紅の羽  投稿者:から丸&からす


第五話「再び」

 みさきにとって階段を登るなどということは造作もない。
だがそれは彼女が階段の高さから段数までしっかりと記憶している場合に
だけ限られた。外を出歩くときにはもちろん杖を持ち歩かなければならない。
学校でなぜ杖を使わないかといえば、それは単純に必要なかったからだ。
 ぎぃぃぃ・・・
 屋上へ続く鉄扉が重々しい音を上げながら開いていく。
扉の取っ手がどこにあるのか、最初は発見するのに大変な時間を要したが
今では探らずとも掴むことができる。
「ん・・・」
 みさきには目が見えていない。だが彼女は大抵、そこに誰かがいるかいないか
ぐらいの判断は出来るようになっていた。もちろん彼女に人間の息づかいや
細かな足音などが聞こえているわけではない。意識的には捕らえられない感覚を
感じる能力が偶然にも彼女にはあったのだ。
「先客かな?」
 誰かがいるということはかろうじてわかっても場所まではわからない。
適当に見当をつけて歩くだけだ。後は相手の出す音を察知して
探り当てるしかない。
「あ・・・こんにちわ」
「こんにちわ」
 にこっと声の主に微笑みかける。彼女の微笑みというのは相手が自分の
方を見て話しているはずという信頼においてなされている。
自分があさっての方を向いている可能性もあるわけだが、それを恐れるほど
彼女は弱くなかった。
「この季節に来る人はとっても珍しいよ」
「そ、そうですか?」
「あなたも掃除当番から逃げて来たのかな?」
「いや・・・違いますけど・・・」
「うーん・・・屋上仲間として言わせてもらうけど、それはすごく偉いよ」
「あは、そうですか?」
「うん。自分で言うのもなんだけどここに来る人はほとんど
追われてる人なんだよ」
「え、まさかあなたも・・・」
「追われてるんだよ・・・この学校の裏の元締めと呼ばれてる人から」
「大変なんですね・・・」
 そのまま二人は話し続けた。その出会いがまるでなにかの
運命であったかのように、二人は互いに引き込まれていった。
それまでの時間の存在が薄れるほどに、二人が共有した時間は
二人の中で重みを増していった。その証拠に、みさきはこの時の記憶を
いつまでも忘れることがなかった。この後、今話している彼女の
運命を知った後でもその時間の存在を疑うことはなかった。
「自己紹介まだだったね。私はみさき、川名みさき。三年生だよ」
「私はひかりっていいます。名字は有野。二年生だから後輩ですね」
 浩平の時と同じように、みさきがどうしてもちゃん付けで呼びたがることには
ひかりも戸惑いを隠せなかった。それだけならまだしもみさき本人も
同じように呼ぶことはやはり無理だった。それでもみさきの気さくさが
伝わってひかりは嬉しかったのだが。
「みさき先輩・・・やっぱり、ちゃんっていうのは無理ですよ〜」
「そっちの方がかわいいのに。やっぱりあなたでも無理か・・・」
「屋上仲間の男の子は呼んでくれないんですか?」
「一度だけ罰ゲームでやってもらったことがあるんだけど、
二回呼んだだけで「頼む、食事奢るから許してくれ」って涙ながらに頼むんだよ」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「いや、なんか今の声真似どっかで聞いたことがあるような・・・」
「・・・気のせいだよ、きっと、多分」
「なんですかそのこれでもかってほど煮え切らない言い方は」
「ごめん!私、あなたの予感が的中してるってことを確信してるんだよ」
「な、なぜ・・・?」
「なんとなく、だけどね」
 ごごごごごご・・・
 と、実際にそんな音がしたわけではない。だがみさきもひかりも雰囲気的に
そんな様子を感じ取ったのだ。
「助けてくれ!」
 二人の予想通り、血相を変えた浩平が屋上に駆け込んできた。
見ると体中に無数の傷が出来ている。
 後ろからは掃除機を獲物にした瑞佳を先頭に各種兵器で武装した
一群が鬼のような形相で浩平を追撃してきていた。
「みさき先輩・・・殺される!」
「ごめん!浩平くん!」
 どん・・・っとみさきが浩平を屋上の入り口当たりで突き飛ばす。
浩平はバランスを崩して階段をまるで空中浮遊するように落ち、
下で待ちかまえる修羅の群の中に落下していった。
「折原ぁ・・・お前の分をきっちり残してあるから資料室は頼んだぜ」
「先生にもそういう風に連絡してあるからな。逃げられんぞ」
 浩平の四肢をがっちり押さえた悪玉集団の男子達が脱走兵浩平に
過酷な代償の数々を突きつけてくる。浩平は自分の顔が青くなっていくことを
自覚していた。
「浩平、そっちとは関係ないけど今日は掃除当番だよ」
 今朝のことをまだ怒っている瑞佳も浩平を逃すつもりはないらしい。
 どちらにしろ、浩平は今までの人生で貯めてきたツケを一挙に
払わされなければならないようだ。
「か、神よ・・・」
「神に祈っても資料室は片づかん」
「教室も掃除しようね」
「覚えてろぉみさき先輩〜」
 連行される浩平が最後に発した泣き言が屋上に響いた。
「忘れるよ、浩平くん。罪は償わないとね」
「結構・・・やりますね」
 手を合わせて黙想するみさきをひかりは驚きと少々の尊敬を
もって見つめていた。
 竜巻、ではなく浩平が去ってからようやく屋上は静寂を取り戻した。
放課後すぐにここに来たみさきとひかりだがもうだんだんと
日が傾きかけてきている。
夕日が照らす屋上は次第に赤色を濃くしていった。
「夕日・・・綺麗?」
「百点満点ですよ」
「そっか。じゃあとっても綺麗なんだね」
「はい!」
 二人は今しばらく、夕日の中に佇んでいた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「うう・・・なんだって俺がこんなことせにゃならんのだぁ」
「浩平がさぼるからいけないんだよ」
 先の男子生徒達は浩平の汚名をいいことに明らかに浩平一人分には
見合わない膨大な量の仕事を残していた。
 とりあえず教室掃除を多少手抜きして終わらせた後、
瑞佳に頼み込んで一緒に資料室を掃除することになった。

「浩平の言う事なんて聞いてやんないもん」
「た、頼む!もう朝もちゃんと起きる!約束も破らない!だから頼む!」
「知らないもぉん」
「パタポ屋のクレープ一週間分奢ってやる、な!?」
「しょ〜がないな〜」

 以前は純粋に頼みを聞いてくれていた瑞佳も、最近はこういう
したたかさを身につけるようになっていた。
「一体どこで覚えたんだか・・・」
「なんか言った!?」
「いえいえ何も・・・」
 とはいえ、高い報酬を払っても瑞佳という助っ人を得られることは
浩平にとって大助かりだった。これなら深夜までかかる作業を
夜までに終わらせられるだろう。
「まったく、浩平っていつまでもこうなのかなぁ・・・」
「こうってなんだよこうって」
「だって悪戯するしさぼり癖も直らないしだらしないし・・・」
「だああ、わあったわあった!!その内直すから今は整理に集中しましょー!!」
「はあ・・・」
 瑞佳のため息の量は増す一方だが、瑞佳の方も正直に言うと
今の状況が楽しくないわけではない。無駄と思える今の作業も、
時が経てば楽しい思い出に変わることを瑞佳は知っていた。
「まったく、正直者ってのはやっぱり損するんだな」
「・・・逆だよ」
 瑞佳の反論に浩平がぐるるるる・・・と唸り声を上げた。
瑞佳も浩平に対峙して威嚇するように間を詰めていった。
「きしゃーーー!!」
「ふーーー!!」
 どっちがどっちの鳴き声だか見当がつかないが、
二人は少しづつ距離を狭めて攻撃の瞬間を見計らっていた。
 がらがらがら!
「折原、いるかー?」
 だからひかりが援軍として資料室にやって来たとき、
そのなんとも味の深い光景を見て立ちすくんだことは当然と言えるだろう。
なにせ放課後、人も少なくなった校舎の中さらに人のいない資料室の中で
男女が異常な至近距離で向かい合っているのだ。
それも寄り添っているならまだ判断の余地があるのだが、
両者が戦闘の姿勢をとっているところがさらにひかりを混乱させた。
「な、なにしてんの・・・?」
「・・・なにやってんだろ」
「え〜っと・・・」
 浩平は平然としているが、瑞佳はどんな顔をしていいのかわからない。
浩平と二人だけの空気の中に突然見も知らぬ他者が入ってきたのだから
当然と言えば当然だが。
「よし、有野。お前はドアを閉めて巻き戻れ」
「そ、そうね・・・」
 ひかりはなるべく数瞬間前の動作に沿うようにドアを閉めると、
そのまま中の準備が完了するまで待った。
 なんとも説明しがたい緊張感の後、資料室の中から浩平が
もういいぞという合図を送ってきた。
 がらがらがら!
「ごほん!折原くん、いますか?」
「敬語じゃなかったろ・・・」
「固いこと言うなよ!」
 ひかりが妙にぎくしゃくした動作で資料室の中に入ってくる。
瑞佳は整理の仕事に戻ったまま無言だ。普段なら会話を見計らってから
二人の間に割って入ればいいのだが、一度タイミングがずれてしまっているので
どうしていいかわからなくなっているのだ。
「で、なにしに来たんだ?」
「あれ、な〜によその厄介者を見るような目は?
この優しいひかりちゃんが哀れな折原くんを助けに来てやったんじゃないか!?」
「長森が手伝ってくれるからいらん。お前は帰って図書室と遊んでろ」
「あたしゃ図書室の主か!?大体こんなの二人でやったって夜中までかかるよ。
三人でやれば日が沈む頃には終わるかもしれないし・・・」
「まあ、そこまで言うなら手伝わせてやらないこともない」
「私は手伝いに来てやったんだー!」
 まったくペースを崩さない浩平にひかりは思わず地団駄を踏んだ。
瑞佳はすっかり仲間外れにされて整理に集中するしか
することがなくなっている。
浩平はおそらくひかりをやりこめるのに夢中になって瑞佳の存在を
忘れているのだろう。
「ねえ・・・そっちの彼女はあんたの彼女?」
「そいつは長森。今はなき超古代文明の長、だよもん族最後の生き残りだ」
「あれ、日本人じゃないの?」
「こ、浩平・・・頼むから普通に紹介して・・・」
 瑞佳と浩平の二人の間だけでしか使われない言葉、もしくは通用しない
世界をあっさりと他者に開放する浩平に瑞佳はいいかげん
ついていけなくなっていた。
しかし、ひかりは天性の資質からか浩平の異常なペースに早くも適応している。
それがますます瑞佳の精神を困惑させた。
「うむ、本当は俺の友達で俺のクラスメート。さらに吹奏楽部の部長だが
本業はこの辺りの猫を統一する猫軍団の頭領で名前はジェネラル・ミズカだ」
 ぐぎぎぎぎぎ〜・・・
 つかつかと歩み寄ってきた瑞佳が浩平にヘッドロックをかけて黙らせた。
幼なじみの意外な力に浩平も白旗を揚げて降参する。
「うむ・・・途中から間違ったが長森瑞佳だ」
「どっから間違ってたのかわかんないけど・・・。
ま、いいか。私は有野ひかり、二年生で図書委員だよ。よろしくね長森さん」
「こっちこそよろしく、有野さん」
 なぜか二人は両手で握手している。女の子二人から発せられる
ほのぼのとした雰囲気が浩平がそれまで作ってきた謎の異空間的空気を
一掃していく。浩平はなんとなく空しくなった。

 人手が増えたとはいえ、資料室に残る作業の山は依然として
巨大な勢力を誇ったまま健在であった。浩平も腕をまくり、
事の張本人としてようやく真面目に働き始めた。
というかひかりと瑞佳が親睦を深めてしまったので
そうする以外になかっただけなのだが。
「ねえ・・・まだ聞いてなかったんだけど」
「うん、なに?」
「瑞佳ってさ・・・浩平の彼女?」
「よ、よく間違われるんだけど・・・違うよ」
「でも、名前で呼んでるじゃない」
「それは、長いこと一緒にいるからそうなっただけで・・・」
「でもさ、彼はあなたのこと名前で呼ばないよね」
「うん、そう言えばそうだけど」
「それってさ、意識してる証拠じゃないかなぁ・・・」
「えぇ!?そ、そうかなぁ・・・」
「そうだよきっと、じゃなかったら名前で呼ぶもの」
「う、うーん・・・」
「・・・長森、ピンク。有野・・・スポーツショーツか・・・」
 まったく無防備だった二人の足下に浩平が仰向けの状態で忍び寄っていた。
なにせ第三者の目がないのでそれはもう大胆な覗き方である。
 ボカ!バキバキバキ!ボカ!ドシャ!
 二人は振り向きざまにそれぞれ報復し、終いにはしばらく手をつけない
本の山で蓋をしておいた。なお、ひかりは蹴りを三発入れている。
「はあはあ・・・意識してるならこんなことしないと思うよ」
「ふう・・・そうかな」
 瑞佳が浩平の頭の形に歪んだ百科事典を何気なく棚に戻した。
元々使われることなど滅多にないものだから気にしない。
だがひかりは同じく形が歪んで履きづらくなった上履きが少し気になった。
「う・・・ここまでやるか・・・」
 浩平のことは誰も気にしていない。
 浩平はその後、起きあがれる程度に回復してからさらに労働を
強制された。さぼって寝ようとしているのを瑞佳が見抜き、
ひかりが実力をもって叩き起こしたのだ。厄介なコンビを作ってしまったと
浩平は心底後悔していた。
「はぁ〜、もうちょっとだね」
「ありがとうね、ひかり。手伝ってもらっちゃって」
「いえいえ・・・しかしあなたもあんな幼なじみを持ってると大変じゃない?」
「うん、大変だよ」
「・・・にゃーお」
浩平が拗ねて真面目に働いていたせいか、作業は思ったよりも早く進み
日が傾く頃にはほとんど終わりの状態になっていた。屋上の主が夕日と共に
地上に降りてきたのはまさにそんな時だった。
「がんばってるかな〜?」
 みさきがのほほんと資料室のドアを開けて作業の中に闖入してきたのだ。
「浩平くん、いるかな?」
「いますよー」
「いないふりしてるけどいますよー」
「お前ら・・・今に見てろよ」
「ちょっと本の延滞が溜まっちゃってさ、手伝ってもらえるかな?」
「はいっ、浩平レンタルしまーす♪」
「がんばれ折原ー!」
「いっそのこと殺してくれ・・・」
 浩平はぼろぼろの体にさらに鞭を打たれて出荷されていった。
売り手のひかりに引きずり出され、買い手のみさきに連れられていく。
浩平がこの三人に本気で復讐を考えた一瞬だった。
「ありがとうね、浩平くん」
「・・・・・・はお」
 みさきにわかるはずもないが、このとき浩平は泣いていたのかも知れい・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「みさき先輩・・・これは個人で借りられる量を超えていると思うんだが・・・」
 みさきの机に並べられた本を持ち出した浩平はふと、
みさきに疑問を投げかけた。
その量は誰が見ても生徒個人の図書としては多すぎる。
「・・・だからこっそり返そうね」
 以前会ったことのある茜の親友とちょっと似てる・・・と、
浩平は聞き耳を立てる先輩を見て思わずにはいられなかった。
 この時間になってはほとんど校舎には人気がない。
闇が少しずつ辺りを包んでいく中で浩平はいつも、ずっと闇の中で生きる
みさきがどんな心情でいるのかを考える。普段から接していると彼女に障害が
あるということをいつのまにか忘れてしまうのだ。だがこうして闇と光の存在が
交錯するような場面に出くわすと必ずみさきには目が見えないという
事実を思いだし、自然と彼女の障害に感情移入を試みるようになっていた。
「なあ、先輩・・・」
「なに?」
「・・・いや、なんでもない」
「?」
 屈託のないみさきの笑顔を見て、浩平にはまだ彼女の強さに触れる
勇気がないことを思い知った。
 ひかりが開けっ放しにしていたのだろう。図書室には鍵がかかっていなかった。
浩平はみさきを先導して中に入ると、以前の失敗を繰り返すまいと素早く
照明のスイッチに手を滑らせた。図書室の詰まったような空気の中に
無機質な明かりが灯る。
「やっぱりこれだけあると浩平くんだけに任せるわけにはいかないね」
「じゃあ俺がカードを書くから先輩が直してくれ」
「いいけど、カード二枚にうまぁく日付を偽造して書き入れるんだよ」
「・・・俺が直してくる」
「そう、悪いね?」
「いいえ・・・」
 目が見えないのにどうやってそれをやるのか、浩平には見当がつかなかった。
みさきが字を書くというのはあまり見たことがないが、とりあえず数字くらいは
大丈夫なのだろう。
「それにしてもこの量は・・・」
 浩平はとりあえず机の上に置いた図書の量を見てうんざりする。
さっきの資料室での苦労がまざまざと頭に浮かんでくるのだ。
「・・・ま、なにごとも積み重ねだ」
 意味不明の使い回しはみさきには聞こえていなかった。
浩平は多少の空虚感を感じながらも文句は言わず、適当な何冊かを抱えて
図書室の奥、点字のコーナーへと持っていった。
「はあはあ・・・今日はよく働くな・・・」
 点字のコーナーなどは特に辺りの本棚に遮られて薄暗かった。
盲目の人間が照明で苦労することはないだろうが浩平には不便だった。
おそらく盲目の生徒が入ってきてから無理矢理に設置したのかもしれない。
そう考えると点字の本棚が図書室の中でも特に浮き上がって見える。
「・・・・・・」
 浩平はふと、あの血にまみれた本を発見したことを思いだし、あの突拍子もない
冒険に寒気を感じた。結局あの本はどこへいったのだろうか。
「さっさと仕舞おう・・・」
 浩平はすでにくたくたになってしまっている腕から本を解放すると、
ぶらぶらと腕を回して気休めにした。
 疲れからか普段なら冗談の一つでも本棚に仕込んでおく浩平も
この時はそんな余力がなかった。黙々と本を棚に戻していく。
 本を棚に戻す音もその時はかなり聞き飽きていた。
「浩平くん。どう?」
 カードを書き終えたのだろう。みさきが両手に本を
抱えて浩平の所にやってくる。
危なっかしく本を持って歩くその姿を見ると、手伝って良かったかも知れない、
とそこそこにお人好しな浩平は思うのだった。
 ふー、と息をついて適当な棚の縁に本を下ろすみさきを見て、
浩平はほんの少し抱きしめたい衝動に駆られた。
「先輩、これを直す場所がわかんないんだけど・・・」
「んー・・・これだと上から三番目の一番右端だよ」
「わかった」
 浩平はみさきの手から本を受け取ると点字の本が並ぶ
一番右端に本を持っていった。
「あれ・・・」
「どうしたの?」
 浩平が見当をつけた場所をいくら探っても本を入れるような隙間はなかった。
三段目を適当に探ってみてもやはり隙間は見あたらない。
「おかしいな・・・入らない」
「そんなはずないと思うけど・・・」
 みさきも不安そうに見ている。もしかしたら自分がへまをやったのではと
思っているのだろうか。その顔からはさっきの余裕は伺えない。
「いや大丈夫だ・・・んー・・・」
 しかし浩平がいくら力を込めても本は入らない。
他の本ががっちりと詰められており、浩平の持つ本の侵入を拒んだ。
「ぐ・・・このやろ・・・」
 浩平はふとあることに気づいて本棚の左側に移動した。
そして本棚の右端に見当をつけて本を押し込むと、
本はいとも簡単に本棚に吸い込まれた。
「先輩・・・これじゃ右端って言われてもわかんないよ」
「え、どうして?」
「よく見たら本棚が二つあるじゃないか。これじゃ右端って言っても
どっちの右端だか・・・」
 浩平の当然の疑問を聞きながら、みさきの顔はさあっと青くなっていった。
「・・・どうかしたの、先輩?」
「こ、浩平くん。今、なんて言った?」
「だから、本棚が二つでどっちが右端だか・・・」
 浩平の言っていることは多少こんがらがっているが、
それでもみさきを驚愕させる種はきちんとその中に含まれていた。
 みさきは外見だけを取り繕って、おそるおそる浩平に告げる。
「浩平くん・・・」
「ん?」
「ここには・・・本棚は、一つしかないんだよ・・・」
「へ・・・」
 みさきの返答を聞いても、浩平は今ひとつ意味がわからなかった。
「なに言ってんだ。現にここに二つ・・・」
「き、聞いてないよそんなこと・・・」
 後から聞いた話だが、このコーナーの本は学校に一人しかいない
盲目の生徒であるみさきの要望によって増やされると言う。
だからなんの前触れも無しに本棚一つ分の本が増える
などということはあり得ないのだ。
「いや・・・まさかなぁ・・・」
 浩平は謎の本棚に向き直ってそれを観察した。そしてよく見ると、
二つの本棚は明らかに材質も年代も異なっていて、右側の本棚はその古ぼけた
色からかなり昔に作られたものであると思われた。そしてその本棚に
浩平だけは見覚えがあったのだ。
「・・・まさか」
 浩平は幸か不幸か偶然にも目の高さにあったあの本を発見してしまった。
「・・・これ」
「こ、浩平くん。黙らないでよ・・・」
 みさきが半泣きになって浩平の腕にしがみついてくる。
だが残念なことに浩平はみさきにかまっている余裕がなかった。
 浩平は探していたあの血にまみれた本を発見したのである。
浩平は自分でも無意識の内に本を手にとってぱらぱらとページをめくってみる。
「ない・・・血の跡がどこにも・・・」
「・・・なんのこと・・・」
 浩平はすでに恐怖を通り越してしまいなんともなかった。
しかしみさきはそう器用にいかないので、浩平も長居は無用と見てか
みさきの手をとると異様な存在感を放ち続ける本棚から後ずさりした。
「やばいぜ、行こう先輩」
「うん・・・」
 浩平は問題の本だけを上着のポケットに滑り込ませると身を返して
本棚から遠ざかろうとした。
「止まれ!!」
 浩平はショックで気を失いかけた。だがここで自分が倒れるわけにはいかない。
「どうしたの浩平くん・・・」
 みさきには聞こえていなかったようで早く立ち去ろうと浩平を促した。
しかし浩平は微動だにしない。
「か、体が動かない・・・」
 図書室には浩平とみさき以外の誰もいない。ただ声だけが浩平の頭の中に
響いてくるのだ。
「その本をしまえ。元の通りに」
 すると浩平の体に自由が戻った。
しかし動くのは上半身だけで足は動かない。
浩平は再び身を返して本棚の方を向くと、上着から本を
取りだして元の位置に戻した。
 浩平の記憶はそこから途切れている。

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から丸「なんまんだぶなんまんだぶ・・・」
からす「無理な展開から祟られませんように・・・」
から丸「なんまんだぶなんまんだぶ・・・」
からす「感想くだすった皆さん、まっことありがとうございます」
から丸「白状しますが・・・このSSは書いててかなり不安です」
からす「複雑な心境だ・・・それに結構、駆け足で展開させてるからな・・・」
から丸「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏・・・」
からす「それでは・・・」