紅の羽  投稿者:から丸&からす


第四話「探し物はなんですか?」

 どがががががが!!
「わー!浩平、大丈夫ー!?」
 浩平が目覚めた瞬間、世界は上が下に下が上に迫ってぐるぐると回り出した。
続いて後頭部に鈍い痛みが走り、起きたばかりなのにまた気が遠くなる。
気がついたときには階段の下で討ち死にしていた。
「わぁ・・・浩平、体が柔軟なんだね・・・」
 今の浩平の姿勢を詳しく説明するのは困難だ。ただ、どんな体操選手でも
これほど肉体に悪そうな姿勢はしないことだろう。
「ぐあ・・・足が頭に・・・いや、足に手が!?」
「ほどいてあげるから待ってて・・・」
「ちくしょう長森!お前、俺が寝てるのをいいことに階段から突き落としたな!」
「そんなことしないよ・・・ああ、動かないで」
「そんでもってもっともらしい遺書まで用意してあってお前はみんなの前で
そんなに思い詰めてたなんて・・・とかもっともらしく嘘泣きするつもり
だろう!」
「わけわかんないよ・・・動かないでってば」
「そして保険金の受取人はちゃっかりお前になってるんだぁ!!」
「いいから動くなぁ!!」
 ぐきき・・・と手を変な方向にねじられ、浩平は強制的に口を閉じらされた。
「うぐぐ・・・覚えてろぉ・・・」
「ほらほら、解けたよ」
「く・・・節々が痛いぞ」
「浩平なら大丈夫だよ」
 その意見にどういう科学的根拠があるのやら説明してほしかったが、
この幼なじみと言い合いをしていては遅刻するどころか日が暮れてしまう。
浩平は珍しく大人の決断をして何もいわずリビングに向かった。
「・・・着替え上に置いたまんまだった。取ってくるね」
「よし、俺は階段で迎撃準備だ」
「やめてよ!」
 それでも牽制するのを止めないあたりは浩平も抜かりはない。
 いつも通り同居人の由希子叔母さんが自分のついでに慎ましく用意してある
トーストとコーヒーをいい加減に口の中に放り込んで朝食を終える。
「ほら顔洗って」
「へいへい・・・」
「浩平!今日の時間割が間違ってるよ!」
「勝手に鞄を見るな!」
 瑞佳がまた上へと上がっていく。浩平は適当に洗顔を済ませると
髪に水をつけて適当にブラッシングした。子供じゃないんだから整髪料ぐらい
使えと瑞佳によく言われるのだが、頭に残る妙な違和感が浩平は大嫌いで
一度使っただけですぐにやめてしまった。
「ほら着替え・・・ってなんて格好だよ・・・」
「んー・・・気にするな」
 トランクス一枚の状態で瑞佳から着替えを受け取り、大急ぎで着替え始める。
浩平は制服に毎日アイロンをかけるようなマメな性格ではない。
当然、毎日無頓着に着続けられる浩平の制服は週末となると浮浪者顔負けの
代物だ。
だが男子生徒の大半は浩平と大差ないのであまり気になることはない。
ただ瑞佳だけはいつも着てくるものはちゃんとしろと浩平にうるさかった。
「発射準備完了・・・5・・・4・・・」
「さっさと行く!!」
 浩平の謎に満ちた朝の出立儀式。もちろんそれに付き合っているほど
瑞佳は温厚ではない。
「うお、めちゃくちゃいい天気だ」
「そうだね」
「俺は晴れの方が好きだがここまで晴れろとは言ってない!雨を呼ぼう!!」
「・・・学校行こう」
 家に戻ろうとした浩平の服の裾を瑞佳が冷静に掴んで止める。
果たして浩平はなにをしようとしたのだろうか。
「よかった。今日は余裕あるよ」
「それじゃあ俺が階段から落ちたのはなんのためだったんだ・・・」
「寝ぼけてただけだってば」
 いつもなら同じく通学途中の生徒がちらほらと見える通学路も
まだ人気がなく、二人っきりの街路にはどことなく幻想的な雰囲気が漂っていた。
 心なしか、さきほどまで困ったような顔をしていた瑞佳が笑顔になる。
「毎朝、こうやって登校できるといいのに。ねぇ浩平」
「あ!いかん、ちょっと用事があったんだ先に行くぞ長森!」
「え・・・ちょ、ちょっと、待ってよ・・・」
「じゃあな!」
 浩平は弾かれたように走り出すと瑞佳を置いて走り出した。
いつもは瑞佳のペースに合わせて走る浩平も今は全力疾走だ。
当然、瑞佳が追いつけるはずがない。
 願いも空しく、浩平はすぐに瑞佳の声が届かない所まで行ってしまった。
「もう・・・バカァ!!」
誰もいない街路で一人になってしまった瑞佳は声の限り浩平を罵倒した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 浩平は走り去ってしまった後から、ちょっとまずかったか、
と反省していた。少し先を読めば瑞佳が怒ることぐらいわかるはずだが、
それに気がついたときにはすでに瑞佳の姿は見えなくなっていた。
「ま、なんとかなるか・・・」
 帰りにクレープでも奢ってやろう。長い付き合いだし、こんなことで
へそを曲げることもないだろう。浩平は極めて楽観的に判断すると、
それ以上その事は考えなかった。
 人もまばらな校門を素早く通過して下駄箱に駆け込み、
靴を履き替えると鞄を持ったまま教室にも行かずに図書室を目指した。
「捜索だ捜索だ♪」
 もちろん目的はあの本だ。浩平はみさきから預かったままになっている
鍵束を手に携えながら図書室へ通じる別校舎一階の廊下を疾走した。
「それにしてもこの鍵、俺が持ったままでいいのかね」
 いいはずがない。職員室では図書室の鍵が一つ紛失したことが
ちょっとした騒ぎになっていた。もちろんみさきは浩平に鍵を預けたままと
いうことを完全に忘却していた。真相は闇から闇へ、後々乏しい学校予算から
鍵一つ分の費用が捻出されたことは浩平の知るところではない。
「よーし・・・どの鍵だったかな」
 毎度のことだが図書室のドアというのは他の教室のものと違って大きい。
物の出し入れが行われることから大きく作ってあるのだろうが、
そのどことなく威圧感がある様に浩平の鍵を探る手も鈍る。
 浩平が手間取っていると後の方から出入り口の戸が開けられる音が
聞こえてきた。
おそらく特別教室から教師が出てきたのだろう。障害物のない廊下で
発見されるのは必須である。
「やべ・・・」
 切羽詰まった浩平に野生の勘が働いた。今まではずれ続けていた
鍵がその時になっていきなり一致したのだ。浩平は素早くドアを開けると
体をねじ込むようにして図書室へ転がり込んだ。
「うおお!」
 浩平は近くに教師がいることも忘れて声を上げた。
なにせ年中閉められっぱなしのカーテンは天気のいい朝でもそのままである。
すぐにドアを閉めてしまった浩平は完全な闇の中へ取り残された。
「う・・・な、なにも見えん・・・」
 部屋に入った直後ならともかく、一度驚いてしまった浩平はすっかり
自分がどこにいるのか見失ってしまった。こうなってはどこがどこやら見当が
つかない。
「落ち着け落ち着け・・・ここがドアだから明かりは壁際に・・・」
チャンスは一度きり。失敗すれば今度はドアまでたどり着けるかどうか
怪しくなってくる。永遠にこの闇の中から出られないかと思うと、
さすがに無鉄砲な浩平も背筋が寒くなった。
「よぉーし」
 浩平は覚悟を決め、壁に手をかけると蛍光灯のスイッチに迫った。
「もうちょい・・・かな?」
 しかしそこで左手に妙な感触があった。右手はスイッチを探そうと壁を
まさぐっていて、左手は体を安定させようと壁に張り付いている。
その左手に違和感が生じた。なにか得体の知れない物が手の甲を
通過しているようなのだ。もちろん見ることのできない浩平はその感触に
グロテスクな虫の大群や謎の奇怪な生物を想像してしまった。
 だが大声を出すわけにはいかない。というか完全に固まってしまっていたので
そうするわけにもいかない。浩平は為す術もなくその場に立ちつくした。
「あ・・・あ・・・う・・・」
 感触が手を伝って腕へと伸びてきた。それでも止まらず感触は首を通って
ついには顔までも覆い始めた。
「ひぃ・・・!」
「お〜ま〜え〜は何者じゃ〜」
「へ・・・?」
「何者か知らんがこの図書室に近づくでな〜い」
「は・・・?」
「わかったらすぐにここから出て行きなさい!」
「・・・」
 浩平にはなにも見えていない。しかし声の主は声を出すという致命的なミスを
犯してしまった。
 浩平は手を闇の中へ突き出すと、勘を頼りにあるものを探した。
 むにゅ
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「っきゃあああああああああ!!!」
「きゃーうるせー」
声の主は一瞬にして浩平から遠ざかった。
浩平はそれまで触れていた柔らかな感触を忘れまいと怪しい手つきで手を
握り直した。
「こ、この・・・悪ガキ・・・」
「いやー、僕なにも見えないっすから」
 声の主は半泣きで浩平を罵ったが、当の浩平は悪びれる様子もない。
「いいから明かりを点けてくれよ」
「点けるもんか!」
「・・・いい度胸だ」
「え・・・な、なによ・・・」
「まあ、この暗闇なんだから誰かは確認できんよなぁ。
しかし俺としてもお前の母親を泣かすのは忍びない・・・」
「な、何する気だよぉ!」
「・・・ナニする気だ」
「うわああ!!わかったわかった明かり点けるよー!」
 ばたばたと起きあがるような気配の後、蛍光灯のスイッチが乾いた音と共に
入れられ、図書室の中を眩しいほどの蛍光灯の光が包んだ。
「ぐわ、眩しい・・・」
「って見えてなかっただろお前・・・」
 ひかりがジト目でこちらを睨んできていた。浩平はさっき胸まで触った手前、
多少は罪悪感を感じていた。ごまかすように口笛を吹く。
「こらぁ〜ちゃんとこっち見ろ〜・・・」
 ひかりは浩平に近寄ると恨めしそうに浩平を睨めつけた。
身長差があるところを背伸びして浩平に鼻先を突きつける。
「おい・・・聞いてるのか」
「なかなか・・・大きかった」
 ドゴ!ひかりのストレートが深々と浩平の鳩尾に突き刺さる。
浩平は体をくの字に曲げて危うく倒れそうになった。
「私、空手のたしなみがあるのだけど?」
「ぜ、全然そんな風には見えんぞ・・・」
「じゃあ確かめてみる?」
「遠慮する!」
 浩平は素早く立ち直るとひかりから距離を置いた。
「はあ・・・まったく今日はなにをしに来たのかしら?」
「急に上品な言葉使いになっても遅いと・・・いや、なんでもない」
 ひかりが跳び蹴りの構えをとったので浩平は慌てて前言撤回した。
そのままさらに距離を置いて浩平はいつでも戦える姿勢を整えた。
「なんというか昨日探していた本をまた探しに来た!」
「大声を出すほど離れるな!」
「ならば本を探すから手伝え!」
「だからって急に近づいて来ないでよ!」
 急に距離を狭めてきた浩平にまた身の危険を感じたのか今度はひかりが
浩平に距離をとった。浩平はひかりと一定の間合いを保ち続ける。
「今日はカウンターまで探し尽くす。急がないと早く来たのに遅刻になって
しまう!」
「わかったから止まって話そうよ、ね!?」
 浩平の誰にも止められないマイペースぶりにさすがのひかりも屈した。
足を止めて構えていた姿勢も崩す。
「じゃあ本を探すか・・・」
「またあの本を探してるんだ?」
「ああ、なかなかおもしろそうだからな。あの本の出所を突き止めてやるよ」
「・・・やめときなよ。あの本はきっと見つからないよ」
「なんで?」
 ひかりは腰をカウンターの上に寄りかからせて足をぶらぶらと揺らしていた。
そのままなにかつまらなそうな感じで浩平に告げる。
「図書委員だよ、私。あの本は時々出てきては人を驚かしていくんだよ」
「なに・・・それからその本はどこに行くんだ?」
「私は見たことないけど、一度見ると消えちゃうって話だよ」
「そんな馬鹿な。あれはちゃんとした本だぞ。俺もみさき先輩も
確かめてるし・・・」
「・・・きっと見つからないよ」
「・・・?」
 その後、カウンターをなにもかもひっくり返して調べてみてもなにも
見つからなかった。管理室に忍び込んで漁ってみたが何も収穫はなかった。
「ほら、私の言ったとおり」
「くそ・・・どこへ行ったんだろうな・・・」
「諦めなよ。いいことなんてなにもないよ」
「なんだよ・・・ずいぶん非協力的だな」
「あんたに協力するつもりなんて最初かっらないもの」
「け!」
「ふんだ!」
 こっそりと図書室を抜け出した後、浩平の教室に着くまで二人は
火花を散らしていた。その上、教室に着いてみると置いてけぼりにした
瑞佳がさらに機嫌悪そうに浩平を睨んでいた。
「べぇーだ」
舌を出してそっぽを向く瑞佳を見ながら浩平は思う。
「く、くそ、今日は人生最悪の日だ・・・」
 とはいうものの、浩平の一日はまだ始まったばかりなのだった。

<第四話 終わり>
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からす「・・・むやみに長いな」
から丸「お前はまともに感想を言う気がないのかぁ!!」
からす「ないね」
から丸「こ、この・・・」
からす「つっても先が見えんなぁ、曖昧な筋ばっかでわかりにくいぞ」
から丸「なんとか終わらせるわ!!」
からす「ふーん・・・」
から丸「おらおら煙草なんてふかすな!」

から丸「えー・・・いかがでしたでしょうか第四話。
    オリキャラが出てきて非常に扱いに苦心しています。
    終わりまでがんばりますのでどうかごひいきに・・・」
からす「手早くやれよ手早く」
から丸「それでは今日もこのへんで・・・」
からす「お、今日は電波が少ないな」
から丸「さよーならー・・・」