紅の羽  投稿者:から丸&からす


第三話「図書室の一件」

 退屈な授業に身が入るはずもなく、暇つぶしにペンを
指の上でくるくると回す。ふと外に目をやるとほとんど葉の落ちた
街路樹がからっ風に吹かれているのが見えた。
 秋も終わりか。その寂しげな姿に普段は季節の移り変わりなどには
無関心な俺も自然と心を動かされた。
 そのまま数十秒間ぼーっと窓の外を眺め続けていたが、
不意に頭に何かが当たったのを感じた。
(寝ちゃだめだよ)
 長森が机をいくつも隔てた向こうから消しゴムのかけらを投げつけたようだ。
目で真面目に授業を受けろと叱ってくる。
(大きなお世話だ)
 俺は舌を出して答えてやった。
おせっかい長森は放っておいて、また窓の外へ視線を移す。
 普段なら6時間目は眠くてしょうがないのだが、今日は昼飯を抜いたので
眠る気も起こらない。
 今度は道路ではなく、向かいにある別校舎を見やる。
授業中なのだから当然その校舎にも動く影はなく、
鳥の鳴き声が時々のんびりと思いだしたように響いてくるだけだった。
そして昼飯にありつけなかった鬱憤を見事に晴らさせてくれたあの女性徒の
ことをなんとなく思いだしていた。そして目は無意識の内に最下階、
といっても校舎の一階だが、に位置する図書室の方に向いていたが
窓にはあの分厚いカーテンが独特な存在感をはなちながら居座り
中を伺うことは不可能だった。
 今頃あの女性徒もどこかの教室で授業を受けているのだろうか。
短気なようで迫力がなく、外見は綺麗だがおしとやかではない・・・
おっとそこは七瀬あたりと共通するか?
いやいや、所詮女なんて外見だけじゃ推し量れないものだ。
長森だって外見は抜群で人気も高いが、実体はなかなかサディスト・・・
それは言い過ぎかもしれないが時々 そこまでやるか!? 
と思いたくなるようなこともしでかすしな・・・。
 しばらくの間、頭の中に知っている女を思い浮かべては
見かけと本性のギャップを見つけだして暇をつぶした。
授業が終わるまでそうやっていたのだが、ふと気が付くと
最初になにを考えていたのやらすっかり忘れてしまっていた。
 それでもHRが終わると、とりあえず図書室に行くか、
という結論を出すに至ったのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 中には真面目な生徒だっている。
 純粋に不真面目な学校生活を送っている俺は授業が終わってからも
図書室というものを活用して勉学に打ち込む学生がいるのを目撃して
素直に驚愕した。
「ばかな!!」
 と、その場で大げさに驚いてみるが勉強の最中である彼らは
ふっと非難の目を向けただけで相手にすることもなく無視した。
このあたり、つっこんでくれる住井や南の存在が嫌でもありがたいものに
思えてしまう。
 気恥ずかしい思いを振り払い、カウンターに行ってあの女性徒が
いないかどうかを確かめた。
「おい」
「・・・なんだい?」
 カウンターにはひょうたん顔の男子生徒が座って本を読んでいた。
おそらく図書委員なのだろう。
「ここに髪の毛に本を巻き付けた女がいなかったか」
「・・・?」
「いなかったかと聞いてんだ!」
「僕・・・忙しいっすから」
 ・・・これが住井や南でなくとも普通の男子生徒ならば
なにわけのわからんことを言ってんだ!とか、あんたあほか?
とかいってつっこんでくれるものである。
完全に相手にすることを放棄して読書にふけるこの男は本にしか興味が
ないのではないかと、俺にいらぬ偏見を持たせた。
「・・・髪の長い女はいなかったか?」
「・・・えーっと、奥で本の整理をしてる彼女ですか?」
「ありがとう」
 礼だけを言うと、さっさとカウンターを離れて図書室の奥へと向かった。
行ってみると確かに、蔵書を片手に本の整理をしている。 
 手の届く距離にまで近づいているのだが、向こうはまったく気づく気配がない。
俺の中で邪心が煌めいた。膝を折ってしゃがむと、
音を立てないように彼女の足下まで近寄った。
おもむろに顔を上げて視線をスカートに這わせた。
「・・・もうちょっと屈んでくれ」
「ん・・・ってきゃあーーーー!!」
 図書室に甲高い声がこだまする。本を読んでいた生徒も勉強していた生徒も
びくっと体が跳ね上がった。しかも声が女の子のものだったためか
図書室全体に妙な空気が漂い始めてしまった。
「あああ、もう!またあんたか!」
「久しぶりだな」
「昼休みにあったばっかりだ!」
 ここが図書室だということを完全に忘れているのだろう。
彼女は本をばさばさと下に落とすとそれまでの静謐な雰囲気を完全に
かなぐり捨ててこちらと対峙した。
「なにしに来たんだ!」
「遊びにきた」
「おことわりだ、来るなぁ!」
 叫ぶ度に辺りに唾が飛び散った。
浩平は6時間目の思索で得た真理を思いだした。
女は外見ほど女ではない。それを大いに確信していた。
「何を言うか、俺はお前のために昼飯を食べ損ねてやったんだぞ」
「そっちが悪戯してきただけじゃないか!」
「大体、俺が起こしてやらなかったらお前は5,6時間目も寝たまんま、
いや今日もその次の日も永遠に寝たままかもしれなかったんだぞ!」
「ええい、そんなわけあるか!」
「というわけで俺と遊べ!」
「断る!」
 ぐぐぐ・・・と両者は一歩も退かずに睨み合った。
まさに竜虎の戦いである。
「とにかく、もう帰れ!私は忙しいんだから!」
「なんだ・・・俺も忙しい中を遊びに来てやったのに」
「忙しいなら遊びに来るか!」
 ち・・・とつまらなそうな芝居をしながら俺はその場を退いた。
そのまま本棚の影に姿を消す。
「ったくもう・・・変な奴だったなぁ」
 女性徒は気を取り直すと、ほったらかしにしてあった本を床から拾って
本の整理を再会した。
「これがこっちでこれが・・・あ、順序間違ってる」
 さっきまで順調に出来ていた仕事がはかどらなくなっていた。
さっきの妙な男子生徒のせいで集中力をそがれたのだ、
と思わずにはいられなかった。
「ああもう・・・なんだったのかなあいつ」
「呼んだか?」
「へ・・・?」
 見ると、隣でさっきの男子生徒が自分と同じように本を小脇に抱えて
本棚の整理をしていた。
「ええっとこれがこっちでこれが・・・おい、これなんて読むんだ?」
「な、なんであんたがやってるのよ」
「ん?今日の仕事はまだ他にもあるのかと聞いたら
カウンターの彼が快く本を託してくれたぞ」
「ああもう・・・バカ!」
「ばかとはなんだ仕事は早く終わった方がいいだろ」
「うう・・・私に選択する権利はないの?」
 女性徒はもううんざり、といった感じでうなだれた。
しかしそれ以上はこちらの相手をするつもりがないようで、
ひたすら本の整理のみに没頭して浩平を無視し続けた。
「おい・・・これをしまう場所がわからないんだが・・・」
「・・・・・・・」
「おい・・・」
 梨の礫とみると俺はすぐさま強硬手段に出るべく、
しゃがんでさささっと女性徒の背後に迫った。
「!」
 女性徒は慌ててスカートの裾を押さえると背後に向き直った。
「これをしまう場所がわからん」
「それは自然科学!」
「おお、サンキュ」
 女性徒に睨まれたのがわかったが、悪態をつかれる前に浩平は退散した。
 それからも俺は西洋哲学、歴史、宗教・心理・・・等々、これは日本語か!?と
思えるほど親近感のない言葉の数々と対決していった。
俺は頭に軽い熱を感じながらも必死で集中力をかき集めて作業を続けた。
「ふう・・・」
 一段落ついたのか、女性徒の方が軽く一息ついているのが見えた。
「おい・・・」
「・・・・・・」
「お前、名前なんていうんだ?」
「・・・・・・」
 女性徒は無視してまた本を抱え直すと別の本棚に向かって歩きだした。
「おーい」
 その頑なな態度を見ると、前髪をまとめ上げるように付けている
赤いリボンがまるで戦闘民族の戦士の証であるように思えた。
 浩平は女性徒を追って本棚を移動していった。
動く度に慣れない本の香ばしいような匂いが鼻をつく。
いくつかの本棚の影を移動すると、苦もなく女性徒の姿を発見した。
「なあ、名前・・・」
「・・・・・・」
「俺な、折原だ。折原浩平。第一印象がどうにも悪かったけど、よろしくな」
「な、なんであんたとよろしくしなくちゃいけないのよ・・・」
「俺が遊びに来るからな」
「あほ・・・」
 女性徒はまたも無視すると、会話を拒否するかのように
本の整理をする手を速め始めた。
「おい、こっちが名乗ったんだからそっちも名乗れ」
「・・・・・・」
「名乗ったら今日はおとなしくするぞ」
「・・・有野」
「おう、下の名前は?」
「名乗ったら今日といわず永遠に静かにしてほしいわね」
「サービスして明日もおとなしくしてやる!」
「はあ・・・ひかりっていうの」
「なに?」
「ひかり。有野ひかりよ」
「ひかりか・・・ふーん」
「なによ?」
「珍しいようでそうでもないような名前だな」
「こ、浩平だってどこにでもいる名前じゃない!!」
「なにを言う。これでも俺の名前は3000名の浩平から厳選された浩平だぞ」
「わけわからんわ!!」
「ほれほれ、怒ってないで本の整理をしろよ」
「あんたが妨害してんでしょうが!!」
 ひかりは浩平を睨んでいたが、すぐにそっぽを向いて本の整理を再開し始めた。
浩平もその後はひかりにちょっかいを出すことなく整理を続けたのだった。
しかし二人の努力も空しく、結局作業が終了するのはすっかり
日が沈みきった後だった。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「お、終わった・・・」
「ご苦労様・・・」
 俺が礼儀もなにもあったもんじゃなく床に倒れ込むと、
ひかりも手近な椅子に腰掛けて机にうなだれた。
無防備な足の線がちょっと目の毒だ。
 すでに図書室には二人以外の人気がなく、カーテンを開けなくても
外は暗くなっているだろうことが容易に想像できる。
「疲れた・・・」
「ごめんね、手伝わせちゃって」
「いえいえ・・・」
 一瞬、笑ったように見えたのは気のせいだろうか?
俺はそれを確かめるべくまじまじとひかりの顔を見つめた。
「な、なに・・・」
「いやなんでも」
 俺はあまりにも直線的に行動してしまった自分に少なからず自責の念を覚えた。
「じゃあ、もう帰らないとね」
「ああ・・・」
 ひかりがカウンターに戻ってしまってある鍵を取り出そうとしている時に、
俺はある事を思いだした。
「ああ、そういえば!」
「な、なに?」
「すっかり忘れてたが、カウンターの上に点字の本が置いてなかったか?」
「点字の本・・・それがどうしたの?」
「いや、ちょっと気になることがあってな。借りようと思ったんだ」
「あんた、目が見えないの?」
「いやそうじゃないが、まあちょっとな」
「ふーん・・・でも私は知らないよ?」
 ひかりと二人でカウンターのあちこちを探してみたが、
昨日置いたはずの問題の本はどこにも見あたらなかった。
「おかしいな」
「どこにもないよー」
「うーん・・・」
 もしかしたら元の場所にしまわれているかもしれないと思い、
昨日の恐怖が蘇る中で点字の本棚を探したがあの血の付いた本はどこにも
発見できなかった。
「おかしいな・・・」
「ねえ、タイトルとかわからないの?」
「うーむ、覚えてない」
「それじゃ探しようがないね」
 一体どこにいったのだろう?
 血の付いた本が翌日に姿を消すなんて、三流ミステリーじゃないが
なんとなく不思議な話ではないか。俺はこのできすぎた現象になにかあると
思わずにはいられなかった。
「ねえ、もう帰ろうよ。あんまり遅くなっちゃうとよくないし」
「うん・・・これ以上は探しようがないな。今日のところは帰るか」
「うん」
 ひかりと図書室を出ると予想通り辺りは暗く、廊下も歩くのが危ういほど
闇に包まれていた。
「じゃ、行くか」
「・・・まっくらだね」
「まっくらだ」
 視界を確保するのがやっとの廊下の中を手探りで進んでいった。
「恐いな・・・目の前に何があるのかわかんねーよ・・・」
「うん・・・」
 俺は始終、何かに足をぶつけやしないかと不安だった。
目の前はなんとか見えるが、足下となるとなにがあるのか確認できないのだ。
「折原・・・そこ、消化器があるよ」
「うお、ほんとだ。落とすところだった・・・」
「危なかったね」
「ああ、ありがとうな」
 その後も苦労しながらどうにかして校舎を抜けると、渡り廊下を通って
自分の下駄箱へと向かった。
「私、荷物をとってこないと」
「なに!?持ってるんじゃないのか」
「うん、教室に置いたまんま」
 浩平はうんざりするような顔を見せているが、ひかりはなんでもないように
平然としている。
「じゃ、取ってくるからね」
「あ、ああ。待ってようか?」
「いいよ。先に帰ってて」
「でも夜道は危ないぞ」
「危ないから先に帰って」
「・・・どういう意味だ」
「冗談だよ。でも本当に大丈夫だから。家も近いし」
 それだけいうとひかりは素早く闇の中である校舎へ駆け込んでいった。
「じゃあね!」
「ああ・・・じゃあな」
 後を追うこともできずに浩平はしばらく立ちつくしていた。
しばらくそうしていたがひかりは帰ってこなかった。
「別の出口から行ったのか・・・」
 戻ってくる保証がないことをようやく悟ると、もの悲しくなって
すぐに俺もその場を後にした。すると外にはぽつぽつと雨が降っている。
小粒の雨だが、この季節の雨は冷たくて体の芯を冷やすようだった。
傘を持っていない俺は自然と駆け足になって校門を抜け出していった。

<第三話 終わり>
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から丸「うはははははははっははははっはははは!!!!」
からす「うひゃひゃひゃひゃひゃっひゃっひゃはやはやはひゃひゃ!!!!」
から丸「うあっははっっはははははは!!!!」
からす「うひゃはやはやはっyひゃはやはやyはややyっっh!!!
から丸「ひーひー・・・・あーおかしい」
からす「なにがこんなにおかしいんだろうね・・・」
から丸「くくく・・・わからん」
からす「最近は進級も危うくてろくなことがないのに、
    なぜかおかしいなあ・・・」
から丸「いや・・・危ういから余計におかしいんだろうな・・・」
からす「くくく・・・」
から丸「はあはあ・・・というわけで紅の羽 第三話です。
    いかがでしたでしょうか?」
からす「誰か読んでくれてますかー?」
から丸「読んでくださっている方、まことにありがとうございます・・・。
    一生懸命書きますのでどうかよろしく」
からす「少しキャラの説明した方がいいんじゃねーの?」
から丸「ひかりは某庵野監督アニメとは関係ありません」
からす「某葉っぱゲーとも無関係・・・」
から丸「容姿の説明が実に難しいんですが・・・長い黒髪に赤いリボンが
    額のすぐ上あたりにですね・・・」
からす「モデルとかいねーの?」
から丸「いるけど・・・元にしただけでかけ離れてる。
    ええい、もうみなさんの想像力に任せます!」
からす「逃げたな・・・」
から丸「では、今日は感想かく余裕がありませんので
    大変失礼ながらこれにて・・・」
からす「いやーSSってほんとにいいものですね!」
から丸「さよなら、さよなら、さよなら!」