紅の羽  投稿者:から丸&からす


第二話「遅すぎる朝日」

 人間は生まれて死ぬ。
それまでの人生がどんなに気高きものであろうとも、
あるいは虫けらのようなものであろうとも、
万人に死は訪れ、それから逃れることはできない。
 そういうことを真理というのかどうか、そうであるにしろないにしろ
それは浩平の知るところではない。ただなんとなく直感的に、
今のこの状況からをそれを連想したに過ぎないのだ。
「ほら、起きなさいよー!」
 毎朝起こしに来てくれるのはありがたいのだが、もう少し起こし方を
考えてくれてもいいものと思う今日このごろであった。
「ほらほらさっさと起きる起きる!」
 布団をひっぺがされたかと思ったら今度はベッドから落とそうというのだから
非常なものだ。そんなことでは嫁に行けんぞと言ってやったことがあったが
「大きなお世話だよ!!」
着替えを顔に投げつけられて終わりだった・・・。
「う、どうやら外に出ていたらしい」
「ばかなこと言ってないで下に降りる!」
「へいへい・・・」
 以前は遅刻しがちな浩平をたまに起こしに来るだけだった瑞佳の
この行動も今ではすっかり習慣となり彼女の朝の日課であった。
「ぐー・・・」
「食べながら寝るなー!」
 すぱーん!と浩平の後ろ頭を持っていた浩平の制服で叩きつける。
「ほらほら、食べ終わったら着替えるんだよ」
「んー・・・」
「目の前で着替えるなぁ!」
 今度はボディーブローを入れて一旦部屋から出ていく。
そして家を出る頃にはきっかり15分が経過している。
長年このカリキュラムをこなしてきた瑞佳だからこそ出せる最良のタイムである。
浩平はこれをだよもんマジックと呼んで日々体験している。だが体験している
最中のほとんどは意識がない。
「うお!?目が覚めたら家の前に!?」
「さあ、早く行こっ!」
「お、おう・・・」
 もう4年も続いている朝の日課だった。
「お、そうだ瑞佳」
「なに?」
「お前、点字の本に悪戯したことあるだろう」
「はあ、なんでそんなことしなきゃならないんだよ!?」
「いや、お前に間違いない。生徒会の方にはそういうことで連絡しとくからな」
「うー・・・なんなんだよぉ・・・」
通学路を全力疾走しなければならないのも浩平の朝の日課、というか
それは浩平の生涯かけての宿命だろう。それに付き合わされねばならない
瑞佳のため息の数は毎日ただただ増すばかり。
「もう、ちゃんと早く起きて欲しいよ」
「それができたらノーベル賞だろうが!!」
「堂々と言わないの!」
 どちらにしろ浩平の寝起きの悪さは天下広しと言えども右に出る者はいない。
そのあたりは浩平もすっかり諦めて努力するつもりも全くない。
「さあ校門まで残すところ後数十メートル・・・瑞佳選手、今のお気持ちを一言」
 ひゅんひゅん、といいかげんに怒った瑞佳から繰り出される鞄のラッシュも
浩平はなんなくかわす。瑞佳の方は余計なことをしたせいで体力を消耗して
しまったようだ。
「はぅぅ・・・浩平待ってぇ」
「男に二言はない」
「意味不明だよ・・・」
浩平は瑞佳を見捨ててさっさと校門を通過、そのまま下駄箱まで滑り込んだ。

「おっしゃセーフ!」
「ち、惜しいな」
 入り口近くに席を構える南はクラス公認の遅刻判定官である。
やつにOKと言われたのならば絶対間に合っている。
「ひどいよ浩平・・・ぐす」
「長森さんアウト・・・折原、お前また何かしたろ」
「すまん、記憶にない」
 手近に生息している、もというろついている悪友達へある者には挨拶を
ある者には手刀をある者には髪を引っ張って挨拶する浩平。
「ぎゃーーーー!!」
「今日もいい天気だな」
「折原このーー!!!」
 と、クラス中に響くような大声を張り上げたところで留美は静まった。
(中途半端に怒らせることこそ最も危険である)と、浩平が勝手に作った
七瀬留美攻略アドバイスには書いてある。なお、これはタイトルをそのままに
法外な値段でレンタルしたことがあったが、
クラスの男子半数がそれに引っかかったとされている。
「覚えてなさいよ折原・・・」
「すまん、お前とのことは忘れるよ」
「あほか!!」
 涙を隠すようなポーズを決める浩平に向けてさらに留美の怒号が飛んだ。
浩平はどこからか持ち出したヘッドホンをつけて
それ以上は聞く耳持たなかったのだが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 エンドウ豆や蠅の交配結果や遺伝子の構成などを
我々に聞かせて一体なにを企んでいるのだ!?
と、浩平が授業中に考えているのはこんなことぐらいである。
いや、何かを企んでいるに違いない!と断定して退学していったのは
浩平の古き良き友である。今はどうなっているか知れない。
「ふあああ・・・」
「浩平、ちゃんとノートとった?」
「とったぞ、ほれ」
「・・・なにこれ」
「ノートの線であみだを作ってみたんだ。すごいだろう」
「無意味だよ・・・世界中の暇人が必死になって考えても考えつかないくらい
無意味だよ・・・」
「俺もそう思う」
 浩平にとってその頃の勉学の日々などそんなもんであった。
それでも昼休みになると目が覚めてくるから人間の体というのは不思議である。
「昼飯買いに行こ・・・」
「浩平、たまにはちゃんとしたもの食べないと体に悪いよ」
「へいへい、それじゃ今日は七瀬の弁当でも盗むか」
「だめだよ!」
「それじゃパンを買うしかないじゃないか!?」
「私に怒っても困るよ・・・」
 まったくだ。わざわざこんなことで時間を潰すこともないと思い、
浩平はさっさと購買へ出かけた。
 学校のパン争いというのは世界中どこを探しても出てくる万国共通の
風景だろう。
それを眺めているとまるで食料を求めて世界中のいたるところで巻きおこった
暴動や革命の数々を思い浮かべてやまない。
「・・・・・・」
 そして革命の波に乗りそこねた者は必ず全てを失うはめになるのである。
「お、おばちゃん、残ってない?」
 がらがらがらぴしゃ!
「わざわざシャッター閉めることねえだろうが!!」
 どが!とシャッターに八つ当たりしてみてもなにが出て来るわけではなかった。
浩平は空しくその場を後にするしかなかった。
「くいもの〜くいもの〜」
 浩平は意識が薄れていくのを感じていた。当たり前のことだが、
浩平は朝食の後から何も食べていない。つまり計5時間は飲まず食わずでいるということになる。
男子高校生にはあまりにも辛い苦行の時間であった。
「くいもの〜くいもの〜ぐわおお!!」
 通りすがりの大きなスケッチブックを持った下級生、澪を驚かすと
はわわわわ〜という感じで声もなく逃げていった。
「うう、澪をいじめたって腹はふくれん・・・」
 まったくその通りであるのだが、浩平は生来の習性からか無意味なことを
せずにはいられないのである。まったく無意味な習性だ。
「うう、どこに行っても飯を食っているやつらばかり・・・
俺がこんなに腹を空かしているというのに!
こんな理不尽なことがあっていいのかー!」
 廊下で叫び出すあたり、もう浩平を止める者は誰もいない。
廊下を歩く生徒も遠巻きに眺めるだけである。
「はあ・・・」
 ふか〜くため息をついて去っていく浩平。
「こうなったら誰もいないところで昼寝でもしよう・・・」
悲しい結論に達した浩平は、はっと昨日の出来事を思いだした。
どうせだったらあの本を取ってきて解析でもしてみよう。
住井あたりに見せてみればなにか調べてくれるかもしれないし、
みさきに渡して本の内容を教えてもらうのもいい。
「図書室にレッツゴーだ♪」
 なにか遊びのネタができると途端に元気が出るのも浩平の特徴の一つである。
それは瑞佳にしてみればため息のネタにしかならないだろうが。
 もちろん昼休みに図書室を利用しようなどという奇特な輩はいない。
まれに用事があって来たり、密会に使われることもあるだろうが、
それだって大抵は昼食を済ませた後である。
 浩平は人気のない図書室の前まで来ると、昨日みさきから預かったままに
なっていた鍵を使って手早く中へと入ってしまった。
「う・・・真っ暗・・・」
 もちろん誰も使用していない時にはあの厚いカーテンが閉められている。
その中は真っ暗な深淵で、一足入るとその闇に呑み込まれてしまうような錯覚さえ受ける。
「明かり明かり・・・」
 浩平は手探りで蛍光灯のスイッチを探り当てると、いささか乱暴に
パチパチパチと全ての照明を点灯させた。
「ってうお!!」
 浩平はまたもや驚いた。
 明かりがついて中の様子が明らかになるとカウンターの上になにやら奇妙な
モノが存在しているのだ。
「な、なに・・・」
 それはぱっと見ると陸上の生活に適応したイソギンチャクのようであった。
中央から触手のようなものが四方に散らばり、
不気味にも呼吸しているかのように規則的な上下運動を見せている。
「うう?」
 浩平には恐怖もあったが、それよりは好奇心の方が百億倍は優っていた。
カウンターに横たわる生物らしきモノにそろそろと浩平は近づいていった。
 つん、と触ってみる。
「・・・・・・」
 変化がない。
 つんつん、と触ってみる。
 わさわさわさ・・・変化あり!触手の中央が蠢くように動いたのだ!
「にやり・・・」
 そーっと触手を引っ張ってみる。
 ぐわっ!!大変化あり!!それまで意識していなかったカウンターの下から、
上のとは比べものにならない大きな触手が浩平の腕を掴んだのだ!
「うわわわ!!」
 そして浩平が手を離すとその触手もようやく浩平を離してカウンターの下に
消えた。
「・・・・・・」
 もしや・・・と思い、浩平は作業に取りかかった。
本棚から適当な本を物色する。百科事典では大きすぎるし文庫本では小さすぎる。
浩平は歴史小説の一冊を手にとってカウンターへ戻ると、
散乱している触手の一本を本に結びつけた。
 そして、一気にカウンターの下へ本を落とす!
 ぴん!と音がしたように浩平には思えた。
「痛あああああああああ!!」
 謎の生物は突然に奇声を発すると、触手の一本にぶらぶらと垂れ下がっている
本を取ろうともがいた。
「痛い、痛い、痛ぃぃ・・・」
 だが触手が長かったことが災いしてかいくら腕を伸ばしても
本には届かない。そんなことせずに触手を引っ張ればいいのだが、
起き抜けでそこまで考えが回らないらしい。
「うぇぇん・・・痛いよぉ・・・」
 謎の生物が半泣きになってきたところで、いいかげん浩平も可哀想になって
きたのかすたすたと近寄ると、触手を引っ張って本ごとカウンターの上に置いてやった。
「ぐす・・・い、痛かった・・・」
「大丈夫か?」
「うん、ありがと・・・」
 謎の生物、ではなく謎の女性徒は涙目になって浩平を見上げると
一礼して本から髪を外す作業に取りかかった。
「う・・・なかなか外れない・・・」
「きつく結んだからなぁ」
 女性徒は四苦八苦しながら外そうと試みるのだが、髪の毛は細くて小さく
結び目をほどくなんてことは相当器用でなくてはできない。
「は、外れないや・・・」
「切った方がいいんじゃないか?」
「だめだよ、大切な髪なんだから」
 そう言われてみると女性徒の髪は見るも鮮やかな黒髪である。
確かに切ってしまうのはもったいない。
「うー・・・手伝ってくれる」
「まあいいが・・・」
 ひょいっと浩平はいとも簡単にほどいてしまった。
「わ、すごい」
「どうだ見直したか」
「・・・初対面でしょ」
「そうだったか?」
 くくく・・・と女性徒はわずかに笑みをこぼした。
「どちらにしろ助かったよ。ありがとうね」
「いえいえ・・・」
 女性徒はにこっと笑うとぺこっと一礼した。
それにつられて浩平も軽く頭を下げた。
「いつのまにか眠っちゃってたんだ。早く帰らないと」
「なに、もう帰るのか?」
「うん。だってもうかなり遅いでしょ?」
「そりゃ一部の人種にしてみれば遅いが・・・」
「え?」
 そこで女性徒の顔色がさぁーっと青くなっていった。
まさかまさか・・・と呟きながら図書室の隅まで移動していく。
カーテンのひかれる音。同時にまばゆい陽光が瞼の裏を刺す。
「って昼ーーーーー!!!」
「昼だなぁ」
 昼である。どうしようもないってほど昼である。太陽は嫌みなくらいに
爛々と輝き。天上には青い空が広がっている。
「し、しまったぁ・・・まさか学校で夜を明かしてしまうなんて・・・」
「そう気を落とすな。俺は何度もやったことがある」
「お風呂入ってない・・・」
「安心しろ。俺の最高記録は一週間だ」
「・・・・・」
「ちなみに南森は一年という最強記録の持ち主だぞ」
「そ、それってなにかすごく深い理由があるんじゃ・・・」
「まあ、そういうわけだから安心しろ」
「う、うーん・・・」
 何か釈然としないようだがとりあえず納得してしまったようだ。
 浩平の目の前のいるのはおそらく浩平と同じ学年であろう女性徒である。
動く度にさらさらと揺れる黒髪と後ろに付けたリボンが特徴的だ。
容姿もみさき先輩ほどではないにしろなかなかの美少女だが、
やや挑発的な眼差しをしているあたりがみさき先輩とはかなり異なって
くるのだが、どちらにしろそのあたりは浩平の注意に入っていない。
浩平は空腹であることもしばし忘れて、ふとしたイベントに夢中になっていた。
「はあ、見回りの先生が気づいてくれてもいいのに」
「そりゃ鍵がかかってたからなぁ・・・」
「ひ、ひどい。私がいたのに閉めちゃったの?」
「さあ・・・」
 女性徒が持ってきていたらしいノートやらなんやらを整理している。
浩平は当初の目的すらすでに忘れていた。
「・・・待てよ。それじゃあ君はどうやって入ってきたの!?」
「ああ、鍵持ってたんだ」
「あ、そう・・・ふうん・・・ひ、一人で来たの?」
「ああ」
「そ、それじゃあ誰が私の髪に本を巻き付けたのかなぁ?」
「うむ、非常に難解な問題だが多分俺だろう!」
 浩平のあまりに堂々とした様に女性徒もしばし唖然としていた。
「あ、あほかーーーーー!!」
「ありがとう」
「礼を言うな!!」
「どういたしまして」
「くく・・・なにか変だと思ったんだ!!やっぱり君がやったんだなぁ!
すっごく痛かったんだぞ!?」
「まあそんなに怒るな、さっき納得したろ?」
「何に納得したんだ何に!」
「細かいことを気にするやつだなぁ・・・」
 浩平は完全に怒り心頭に達している女性徒を手玉にとって
完全に楽しんでいた。大げさな手振りで芝居じみた動作を見せる。
「も、もう!何に怒ったらいいんだかわからなくなったよ!!」
「じゃあ怒るなって」
「う、うぐ〜!!」
 女性徒はなにか納得いかない様子であった。それも当たり前なのだが、
浩平のあまりにも強引なペースにのせられてまともな思考ができなくなって
いるのだ。
「じゃあ、俺は教室帰るからな」
「に、二度と来るなぁ!!」
 また放課後来てみよう・・・と、こっそり決心する浩平であった。

<第二話 終わり>
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からす「誰かと思ったらオリジナルかよおめー・・・」
から丸「ふふ、そうだな」
からす「投稿ペースが妙に速いが・・・もうすぐ死ぬのか?」
から丸「そうかも・・・っていうかどうして君はそういう発想になる!?」
からす「それとも宇宙人にさらわれるのか?」
から丸「ネタが違う・・・。まあどっちにしろオリジナルキャラだねえ」
からす「モデルとかいるの?」
から丸「さあ・・・似たようなキャラはどこかにいるかも。
    とりあえず元はないけど」
からす「まあ、適当にやってくれりゃいいけどな」
から丸「他人事のようだな・・・」

から丸「えー、やや長めの文章ですが、お付き合いいただきまことに
    ありがとうございました」
からす「読んでいただいただけで限りなく幸いです」
から丸「感想ーっていうか背後にいるのはお一人だけか・・・」
からす「まあええやん」

>風来のもももさん
から丸「初めましてですねぇ」
からす「どうも、半年前程から出没を重ねています作家コンビであります」
から丸「書き殴ったような作品が多いですがなにとぞよろしくお願いします・・・」

・タク・テレホンショッピング
から丸「なんとなく「堀田堀子さん」を思い出しました・・・」
からす「知るわけないと思いますが・・・昔の発明番組に出てきた謎の発明品です」
から丸「我々も抗菌された生活を送ってみたいものだなぁ」
からす「お前には脳の抗菌が必要だろう・・・」

・ああっ瑞佳さまっ(よんっ)
から丸「はあ・・・文化祭」
からす「我々がこれほどまでに浮くイベントもなかったよな」
から丸「そうとも、我々に必要なのはテロだ。
    一片の闘争心と武器があればそれでよかったのだ」
からす「おもしろかったのは高槻のさりげなく外道な話口調でした」
から丸「むう、みょーににくめないところなんかよかったです」

からす「それでは・・・」
から丸「またいずれ・・・」