紅の羽  投稿者:から丸&からす


第一話「異界の本棚」

 もしも生まれ変われるとしたら、ぜひとも掃除当番というものがない
世界に生まれたいものだ。
 折原浩平は下校直後でまだ人も多い廊下を疾走しながらこの時だけは
輪廻転生を信じてもいいと思わずにはいられなかった。
「折原待ちやがれぇ!!」
「殺してもいいから捕獲しろ!」
 捕獲されたら本来の目的を忘れて本当に殺される可能性が高い。
暴徒と化した民衆に通常の理屈は通用しないのだ。
 たんっ!
弓道部の一派が放った矢が背中のすぐ横に突き刺さる。
模擬弾だろうが、当たり所が悪ければきっと死ねるだろう。
 その他にも後ろで住井あたりがライフルほどの大きさもあろうかという
エアガンを構えているのが見えた。そんなもんが見つかったらさらに状況が
泥沼化することは目に見えていると思うのだが、
やはり暴走する彼らにはもはや考えるということができないらしい。
 なんともはや、彼らを振りきるのはどうしたものか。
 ここで浩平は賭に出た。いつも掃除当番から逃れるのに使っている場所だが、
おそらく彼らならばその場所を突き止めて自分を引きずり出すことぐらい
造作もないことだろう。だが助っ人がいれば話は違う!
「屋上に逃げたぞ!」
「追え!」
もはや止まることを知らない浩平の悪友達が浩平に続いて
屋上への階段を駆け昇っていく。だんだんだん!というなんでもない
効果音でさえここでは凶悪に響いてやまない。
 立ち入り禁止と書かれたプレートを下げる鉄扉を強引に押し開き、
彼らは屋上へと躍り出た。
「あ、あれ・・・」
 と、浩平が追いつめられている様を頭に思い浮かべていた彼らの前に
浩平とは全く似ても似つかない上級生らしき女性徒が風に髪をなびかせて
立っているではないか。彼らは拍子抜けを通り越して唖然としてしまっていた。
「こんにちわ」
 こちらに向き直る女性徒、さらさらの黒髪を従えた女性徒の面持ちは
大人としての魅力を携え、スタイルの点から見てもそれはそれは美人という言葉が
果てしなくあてはまる見事な容貌だった。そんな彼女がまるっきり
無邪気な少女そのものの笑顔と声を投げかけてきたものだから、
それまで殺気立っていた修羅の群は一撃でその闘争心を削られ、
為す術もなく立ちつくすだけだった。
「あの・・・」
 不意に女性徒が困ったような表情を見せると、彼らは即座に我に帰り
次々に頭を下げては気弱そうな小声で挨拶を返した。
そこでようやく本来の目的を思いだした隊長格の住井が
やや緊張したふうに女性徒に声をかける。
「あ、あの、ここに誰か来ませんでしたか?」
「え・・・誰も来なかったけど」
「そ、そんな馬鹿な・・・」
「ううん、確かに誰も来なかったけど・・・」
 女性徒がまた困ったような顔を見せたために、
住井以下の少年達は、ばか!やめろ、もういい!などと小声で罵りあい
女性徒に一礼するとそそくさとその場を立ち去った。
 そしてそれから数分も立たない内に
「浩平くん、もういいよ〜」
「助かったぜみさき先輩・・・」
 フェンスの影から浩平がごそごそと出てきて、みさきの隣まで走って来た。
「危なかったね」
「本当にやばかった。感謝してるよ」
「それじゃ、今度お昼ご飯奢ってくれるね?」
「う・・・」
浩平は自分が持っている財布の重量が月初めと相対的に見て
軽くなっている事実をこの時ほど強く受け止めたことはなかった。
浩平の悪癖である衝動買いのせいで今月はまたかなり財政がひっ迫しているのだ。
ここで先輩に奢ろうものなら犯罪に手を染めでもしないかぎり生き抜くことは
できないだろう。
「びっくりしたよ〜、いつもの幼なじみの彼女かと思ったら
男の子がたくさんだもん」
「そ、それはまあ・・・」
「怖かったから、ね」
 みさきが悪戯っぽく浩平に微笑む。
 どうやら異性に対して自分の笑顔が絶大な威力を持っていることを
みさき自身よく心得ているようだ。これにかかって浩平もいくらみさきの頼みを
聞いてしまったかわからない。
「とっても怖かったんだよ・・・」
「う・・・それはだな・・・」
「みさきーーーーー!!どこにいるのーーーー!!!」
 一つ下の三階から響いてくる怒声。
みさきにとっては死に神の声で浩平にとっては天の助けだ。
「ふ・・・先輩もさぼってきたな」
「えっと・・・」
「いずれここにも来るな」
「え〜っと・・・」
「うん、昼飯奢るからまたな、先輩」
 がしっと浩平の袖が捕まれる。
「くくく・・・先輩も悪よのぉ」
「こ、浩平くんほどではありませぬ・・・」
 二人の芝居が終わるか終わらないかのうちに、雪見が階段を駆け上がってくる
音が屋上に聞こえてきた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「先輩もたまにはちゃんと掃除した方がいいと思うぞ」
「浩平くんにだけは言われたくないよ・・・」
 わははは、と人通りも少なくなった廊下に浩平の笑い声がこだまする。
「でも、どうして今日はあの子達が追いかけてきたの?」
「・・・資料室」
「!」
「俺は明日から脱走兵だよ」
「ちゃんと生きのびるんだよ・・・」
 学校生活が長いみさきには一言で通じた資料室というのはつまり、
資料室の整理のことである。科目教室が偏って位置しているせいか、
授業で使うありとあらゆる資料や教材が資料室の一室に集中されているのだ。
もちろんその混乱の中で整理整頓が行き届くはずもなく、
中の様子は見るも無惨な阿鼻叫喚と化している。
そしてどの学年にも必ずいる悪玉集団にその資料室の整理という
超無謀な任務が通達されるのだ。教師の側も本気なので逃げられない、
生徒の方は全員を運命共同体の連帯責任として腹をくくり、
互いに監視して任務が達成されないうちは決して逃げ出す者がないように
しなければならなかった。
「地獄を見た・・・」
「以前、不良っぽい女の子がそれをやらされたんだけど・・・」
「どうなった?」
「更生したよ」
「・・・・・・」
 二人が今向かっているのは図書室である。
あれからみさきに頼まれて教室から鞄を奪取して来た浩平は
長居は無用と見てすぐにみさきと帰路につこうとしたのだが、
不運なことにみさきの鞄から一ヶ月延滞している本が発見されたのだ。
「まあ、あいつらは図書室の存在自体知らないだろうから大丈夫だろうけど」
「今度教えてあげたら?」
「いや、避難場所が減る」
 こんな時刻に図書室を利用する生徒など今ここにいる二人ぐらいのものだろう。
図書室まで後十数メートルというところまで来ても人影はなかった。
「なんか薄暗いな・・・」
「手、繋いであげようか?」
「いいって!」
みさきが受け取ってきた鍵を使って浩平が図書室の扉を開ける。
中には厚いカーテンで窓が仕切られていて一筋の光も射さなかった。
「電気電気・・・」
「ここだよ」
 みさきが苦もなく蛍光灯のスイッチを発見すると、
室内に無機質な明かりが広がった。視界は確保されたが、
厚いカーテンで外と仕切られる図書室はまるで閉ざされている空間の
ように思えて浩平には息苦しかった。
「じゃ、本を返してくるからね」
「本は俺が返してくるよ。先輩はカードを書いといたら?」
「わかったよ、それじゃお願い」
 みさきは浩平に本を渡すと、カウンターにしまわれている貸し出しカードを
取り出して返却の旨を書き込み始めた。浩平はそれを見届けることなく
図書室の中でも一番奥の点字のコーナーへと足を踏み入れていった。
「ここか」
 図書室全体の雰囲気からも言えるが、この点字の本が置かれる
本棚には特に奇妙な雰囲気が感じられた。たくさんいる学校の生徒にも
ほとんど知られることなく、図書室の片隅でひっそりと存在しつづける本棚。
それは全てを見透かして息づいているように浩平には思えた。
 さっさと本を返してしまおう、寒気を感じた浩平は急いで
みさきの持っている本のタイトルを確認すると、五十音順に並べてある
位置を確認しながら、一冊一冊本を直していった。
 だが、最後の一冊になったところで不意に違和感が生じた。
直す位置は見つかったのだが、どうしても隙間が見つからないのだ。
おかしい、今この学校にいる盲目の生徒はみさき先輩だけのはずだ。
そうそう本が増えたりするはずはない。
「・・・・・・」
 もしかして普通の本が混じっているのかもと思って他の本を見渡してみたが、
どの本にもちゃんと線で書かれたタイトルの横に点字でタイトルが掘られている。
 ぞぉーー・・・っと浩平の背中に悪寒が走り、脂汗が頬を伝う。
理由など知ったことではない。ともかくしまう隙間がないのなら
強引に押し込む以外にないではないか。浩平は極めて単純にそう考えると、
本を押し込もうと力を込めた。
「む・・・入らん・・・」
 ぐぐぐ・・・と手が震えるだけで一向に本は中に入らない。
埒があかないと見て浩平はわずかな隙間に手を差し入れると
強引にそれを広げにかかった。
「やべっ」
 すると力みすぎた浩平の腕はあさっての方向に力を向けてしまい、
隣にあった本から続けざまに5,6冊の本が本棚の外へ投げ出されてしまった。
「ぐあ、しまった」
 浩平は毒づきながら、散らばった本を拾おうと身を屈めた。
 と、そこで一瞬、浩平の動作が停止した。もちろん身体的になにか
異変が起こったわけではない。ただ目の前に起こっている事実を
受け入れるのに少々の時間を要したのだ。
「・・・ぎえええええええーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
 ぐわんぐわん・・・と浩平の悲鳴が図書室に響いた。
みさきは声の衝撃にふらふらと目眩を感じながらも、極めて冷静に
浩平の元へ駆け寄って来た。
「何かあったの?」
「ひぃぃぃぃ、せんぱぁい」
 浩平の声はすっかり怯えきっており、みさきが近づくと
がたがたと震えながら抱きついてきた。
「血・・・血が・・・」
「ケガしたの?」
「違うっ、本に血が・・・」
「本に?」
「そうだよ。本に血が・・・」
 浩平の説明はあまりに不十分で目の見えないみさきには
あまりにも不十分だった。
「浩平くん、ちゃんと説明してくれないと、わかんないよ」
「ああ、うう、ほ、本をしまおうとしたら手が
滑って本をばらまいちゃったんだ・・・」
「うんうん」
「そしたら転がって開いた本の中に血が・・・血がついて・・・」
「ほ、本に血が、どれ?」
「こ、これだ・・・」
 みさきは浩平が示した本を手に取ると、タイトルをなぞった。
「聞いたことない本だね」
「ひぃ〜、やっぱり化け物・・・」
「浩平くん確かめてよ。絵の具とかじゃない?」
 みさきに言われて浩平はおそるおそる本を確かめてみた。
ぱらぱらとページをめくって血らしき赤い跡が残るページを見つける。
その跡はページの右上を収束点として転々と続いており、ほとんどページ一つを
覆い尽くすように分布していた。だがその散らばりかただけを見ると
絵の具が飛び散ったように見えないこともないが血であることを否定することも
できない。色の濃さなど見ても、跡自体がかなり古いので判別はできそうもない。
「わ、わかんないよ。絵の具かも知れないけど・・・」
「うーん、後で委員の人にでも聞いてみるよ」
「そうしてくれ・・・」
「ところで・・・いつまでくっついてるのかな?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 結局、その日だけではあの本の正体はわからなかった。
さすがにあれを持って帰るのはみさきもなんとなく嫌だったらしく
問題の本は図書室に置いたままになっている。
浩平は多少の不服を感じながらも手段がないのではしょうがないので
本を図書室のカウンターに放置したまま学校を後にした。
「なんだったんだろうな・・・」
 すでにみさきを送り終え、今は一人で帰路についている。
辺りは真っ暗で人気もない。
「俺としたことが取り乱してしまったな」
 先輩に接近できたのは収穫だったな、と鼻の下を伸ばしながら一人で
にやにやとしていたが、馬鹿みたいであることをようやく自覚して真顔に戻った。
 それにしても本当に血だったのだろうか・・・、
図書室の雰囲気に圧倒されていたが、落ち着いて見てみれば
ただの悪戯だったのかも知れない。
 しかし・・・点字の本に絵の具で悪戯するような
やつがいるものだろうか・・・。
 ずさっ!と背後に気配を感じた浩平は慌てて振り返った。
しかし後ろには誰もいない。
「ふ、ふ・・・俺としたことが・・・」
 結局、家に帰るまで七回ほど誰もいない背後に振り返り続けた。
なにかあるはずがない・・・と頭の中では思いつつも、
怖さから体は反応してしまうのだ。そんな自分が実に恨めしかった。
 だがその日の内は最後まで、何もなかったのだった。

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から丸「うがぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!!!」
からす「やめろ、止まれーーー!!」
から丸「違うんだ!アガルタに行かないと!アガルタにっ!!」
からす「いいから止まれ落ち着け・・・」
から丸「う・・・はあはあ・・・ひっくひっく・・・」
からす「そうだ、落ち着くんだ・・・」
から丸「はあ、はあ、いつも創作の後は無気力になるはずなのですが、
    何故か今日は終わると同時に大量の電波が頭に流れ込んできて・・・」
からす「そうだよねぇ・・・お前ってやつは・・・」
から丸「だから、急いでアガルタに行って僕を生むはずの妊婦を捜さないと
    いけないんだ」
からす「それは頭の中だけで終わらせろよ!」
から丸「う、うん・・・」

から丸「か、かんそー・・・短編の人だけに限らせていただきます・・・」
からす「横着だな・・・」

>MIO−Xさん  
・[教祖が歌う日]

からす「初めまして・・・我らはから丸&からすと申し・・・」
から丸「ち、違う!!どこかで会ったことがあるっ!!!」
からす「へ?」
から丸「会った!確かに会った!あの日、東京タワーの上で
    永遠の愛を誓ったはずだ!わすれたのかいトニー!?」

しばらくお待ちください

からす「初めまして・・・我らはから丸&からすと申します」
から丸「ハジメマシテ」
からす「こっぱずかしい拙作がりーふ図書館様に置いてありますので
    よかったらどうぞ」
から丸「ドウゾ・・・」
からす「我らはすず歌をやったことがありませんが、皆さんの作品ですずの
    キャラクターだけはかろうじてつかんでおります」
から丸「オリマス・・・」
からす「しかし某教祖・・・」
から丸「グル・・・」
からす「いや、我々は宗教はやってませんよ、やだなぁ・・・」
から丸「グ・・・」

>犬二号さん  
・変なおまけSSと感想
からす「犬二号さんに挨拶!」
から丸「一度も交信してないので挨拶!」
からす「我々も花畑でピクニックしていきます!」
から丸「わーい、あれ、なんか亡骸が累々と・・・」
からす「あはは、なんか食料を奪い合った後があるなぁ」
から丸「ピクニックだわーい!」
からす「わーい!」

>北一色さん
・うぃるす!!
から丸「もしかして・・・電波?」
からす「失礼なこと言うな・・・でも、もしかしたら・・・」
から丸「作品としてはかなりおもしろかったです。
    息をつかせないしテンポもいい。随所にあらわれる言い回しも
    笑いのツボを押さえた極めて的確なものだ」
からす「落ちもいけてるな」
から丸「でも・・・同じ匂いがする」
からす「風邪をひいてると無意識に電波を受けることがありますが・・・」
から丸「ごほ!いえ、気を悪くしないでください。あくまでこっちの憶測です」

から丸「それじゃこの辺で・・・」
からす「少ない・・・」
から丸「ごほ、第二話もその内に・・・ではでは」
からす「さよなら〜」