未来  投稿者:から丸&からす


第八話「過去」

 20年前の俺が空き地を飛び出してほどなく、俺も空き地から遠ざかるように
歩を進めた。身を叩く冷たい雨も、気にならなかった。
「変わったのか・・・?」
俺の記憶とは違う事実が起こったのだ。

「俺の姿が見えるのか!?」
「な、なんだよおっさん。道の真ん中に突っ立ってたら邪魔だろ」
「俺が見えるのか!?」
「・・・まだ春じゃないよなあ・・・」
「俺が見えるんだな!?」
「・・・・・」

 20年前の俺と、過去の記憶に紛れ込んだ20年後の俺が起こした邂逅。

「待て、ここから去ってはだめだ」
「なに?」
「あの子を置いていってはだめだ」
「盗み聞きしてやがったな!?」

 少年の俺は、驚くほど真っ直ぐな目をしていた・・・。
 
「これを持っていってやれ」
「なんだよ、これ」
「こいつは奇跡のような方法で手に入れたコーヒーだ。
そしてお前に手渡すことができるのも奇跡だ」
「・・・???」
「いいから行け」

 俺の頭の中では記憶の改竄が起こっていた。

「うるさいな、俺はもう用なしなんだよ」
「そりゃ大きな間違いだ!!」
「なにが?」
「今こそお前が一番必要とされてるんだ。
後にも先にもこれが最後の機会だ!!」
「なに・・・?」
「行け、好きなひとのために、お前は少しでも温もりを与えてやるんだ」
「・・・・・・」

そのまま・・・。
 ああ、なるほど。俺はこの時この瞬間のために単純な性格でいたのだろう。
20年前の俺は空き地へと走った。俺はそれを見送っていた。
 
 20年前のその日、俺は里村さんを残したまま空き地を去って2度と戻らず、
それからはろくに話をすることもなくいつしかその記憶を恋心と共に
深い記憶の底へ追いやってしまった。
後悔することはなかった。元々自分にはあまりにも望みが高すぎたと
思ったからだ。だが今になって考えてみれば、それはなんと空しいことだろうか。
俺の手に入らなかったからといって、それが無駄だったなどと誰に言えるだろう?
俺が里村さんを好きになったことは、始めや結末はどうあれそれはお互いにとって
素晴らしいことだったのではないか。俺はそれを胸に抱いているべきだったのだ。
 だが俺は忘れてしまった。辛かったから。
辛くて情けなくて泣くこともできなかった。冷えた感情の中で俺は自分だけの
悲しみに身を浸すだけだった。それ以外は何も考えられなかった。
だが今、俺の目の前では20年前に俺が体験した記憶とは明らかに違う
出来事が展開されていた。
 少年の俺は空き地に踏み入り、里村さんに僅かながらの温もりを与えている。
それは格好のつかないふられ男のありがた迷惑。あまりにも不器用な
別れ方と愛情表現だった。
 里村さんは呆然として、渡されたコーヒーを手に持つ。
そして里村さんは、かすかに、笑っていた。
それが俺の見間違いか、目の錯覚でなければ、里村さんは確かに笑っていた。
冷たい雨の降る空き地の中で、手渡されたコーヒーを手に笑っていた。
嬉しそうに・・・。

雨の中で、歩く速度を緩めない。
果たして、これは夢だろうか幻だろうか。
 わからない、わからないが。だが何かが起こったのだと俺は信じたかった。
ふと迷い込んだ記憶の断片。どこまでが真実で偽りか。それすらわからないが。
 俺は里村さんのために何かしてやれたのだろうか。
 思い出はいつまでも色あせない。その中でも特に素敵な思い出を
俺は里村さんのおかげで作ることができた。それはかけがえのないものだ。
 俺は、お礼ができたかい?
 好きになったひとのために、なにかしてやれたかい?
 もしもそれが叶ったとしたら、俺はすごく幸せ者だ・・・。

やがて世界が、20年前の風景がきらきらと輝き始める。
視界には光しか入らなくなり、やがて何も見えなくなる。
 暖かな光の中に俺の体は吸い込まれていった。
過去の世界が終わる。現実へと戻る時間だ。
「さよなら!」
 さよなら俺の時間!
 さよなら里村さん!
 さよなら・・・みんな、なにもかも。
 さよなら・・・。
 
<第八話 終わり>
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から丸「つまり、過去へと潜り込んだ南が少年時代の自分と会ったわけです」
からす「ふーん・・・」
から丸「手渡したコーヒーは第・・・六話に出てきたヤツですね」
からす「ああ、そう」
から丸「まあそういうわけで・・・」
からす「あんまりしゃべらんと退場した方がいいな・・・」
から丸「うーん、もうちょっと考えてから書くんだった」
からす「邂逅って男女に使う言葉だよな・・・確か」
から丸「それでは皆さん、ごきげんよう・・・」
からす「さいなら〜」