未来  投稿者:から丸&からす


第七話「分岐路 <後編>」

 俺が傷つきやすい性格だと言ったらみんな笑うだろうか?
笑うだろうな、絶対。もちろん高校時代にそんなことを
他人にもらした覚えはない。
というかそんなことは誰だって同じだろうと思っていたのだ。
 
 里村さんに冷たくあしらわれた20年前の俺はその後の授業の間も
ずっと落ち込んだままだった。はたから見れば
怠けているようにしか見えないのだが、
本人が見れば落胆や絶望が頭の中に入り交じり、
そこから漂っている哀愁に気づく。
ほんの少しでも女の子から親切にされただけでその日一日ハッピーになれる
安上がりな半面、ささいなことでも落ち込みやすいのが俺の悪い癖だった。
「26番、答えてみろ」
「・・・世界は破滅です」
「はぁ!?」
 あいつまたふられたな・・・というクラスの失笑をかうのにも慣れていた。
その気になって絶望をふりまく俺も俺だったが・・・。

 俺の情緒になどまるで関係なく放課後というのは訪れてくる。
ほとんどの者は ああ〜やっと終わった・・・という気分なのだが、
午後の授業をほとんど机に突っ伏して過ごした俺だけは
辺りをきょろきょろと見回して ・・・いつの間に終わったんだ? 
というような顔つきをしていた。
「里村さん!?」
 ふと気づくと後ろの席にいるはずの里村さんが姿を消していた。
彼女は教室に入るときも出るときもまったく気配の違和感を感じさせない。
つまり知らぬ間にいて知らぬ間にいないのだ。
 俺は慌てて鞄を掴むと教室から飛び出した。廊下にはおらず、
そのまま下駄箱まで疾走する。
「あ、里村さん・・・」
 靴を履き替えているところを見事に発見した。
この辺りに懸ける執念はなんともいじらしいというかあほらしいというか・・・。
「・・・」
 里村さんは名前を呼ばれたことをさも不快そうに、俺と目を合わせず
そのまま下駄箱を出ていってしまった。
「あ、待って」
 俺もその後を追って外に出る。
「ね、ねえ里村さん」
「・・・なんですか?」
 慌てて靴を履いたためにつっかえて転びかけた。このあたりのアクションは
まるでもてない男の代表のようだ。
「あのさ、これから暇?」
「・・・暇です」
「そ、それじゃあ俺とどこか遊びにでも」
「嫌です」
 そのままプイっと後ろを向いて去ってしまう。注意深く頭を回転させれば
今の答えが、たとえ時間が余っていたとしてもあなたに付き合うつもりは
毛頭ありません、という意味であるとわかるのだろうが
その時の俺は迷惑きわまりない不屈のプラス思考で食い下がっていた。
「そ、それじゃあ一緒に帰ら」
「嫌です」
 セリフの途中で拒絶する辺り普通に頭を回転させれば、何があっても
あなたに付き合うつもりはありません、という相手の態度が伺えるものだが
やはり俺は食い下がった。
「・・・雨が降ってるね」
「そうですね」
 季節はずれの大粒雨がぼたぼたと地面を濡らしていた。
俺は打たれるがままで、里村さんはピンク色の傘をばさっとひらいた。
「俺、傘忘れたんだ」
「そうですか」

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その頃の俺はどこか頭の片隅で、もしかしたら俺でも里村さんを・・・
という希望を少しでも持っていたのだろうか?
持っていたとしたらそれはあまりにも勇敢な馬鹿の見本だろう。
「付いて来ないでください・・・」
 まるで虫を追い払うようだ。
 そこまで言われれば気の短い男ならば逆切れしそうなものだが、
俺はなんとか絶望するだけで耐えてみせた。
「くうう・・・」
 だがまあそんなことで諦める俺ではなかった。
里村さんの行く後を角から角へ、電柱から電柱へと付けて回ったのだ。
「ばれてないばれてない・・・」
 もてない男の最終手段である。
 もちろん雨の中でずぶぬれになりながら、かつ隠れながら前進している
その様は見るからに危険人物そのものであったのだが、本人は恋の盲目を
存分に発揮して全く気にしていなかった。
「ど、どうにかして帰宅ルートだけでも・・・!!」
 かわいいピンクの傘が雨の中で揺れる。俺にとってはおそらく、彼女の
姿を見ることができるそれだけでもこの行為の報酬になっていただろう。
「・・・あれ?」
 ふと、里村さんの行く道に違和感を覚える。
 それまで歩いていたのはなんの変哲もない住宅地の道路である。
そこから里村さんの足が急に横にそれた。
「なんだろう?」
 もしかしたら誰かと待ち合わせか、と思ったがそれにしても
もっと他に場所があるはずである。俺はそーっと電柱から電柱に移動して
里村さんの姿を確かめようと近づいていった。
 
 いた・・・

 殺風景な空き地の中に一人で佇む里村さん。ピンク色の傘は雨の中でも
目立ち、艶々の髪は雨の中でも輝きを失わない。朽ち果てた空き地の中に
里村さんという花だけが生き残っている、そんな情景だった。
「里村さん・・・」
 里村さんは俺が尾けてきていることに気がついていたのかも知れない。
一瞬、俺に嫌悪の視線を投げかけただけだった。
俺はそれに多少のよろめきを感じながらも、尾行がばれたことに
ひらきなおって里村さんに近づいていった。
「・・・なにか用ですか?」
 空き地に入る一歩手前というところで、里村さんに制止される。
「いや・・・」
 俺は立ち止まってふと、自分が何故ここにいるのか考えてしまった。
・・・かなり情けない目的だったような気がするが、この際どうでもいい。
「・・・つけて来たんですね?」
「や、その・・・」
「・・・嫌いです」
 ざく・・・っと里村さんの言葉が俺の心をえぐった。
俺は目眩を感じて、危うく倒れかかった。
「・・・用がないんでしたら、いなくなってもらえますか?」
「・・・・・」
 さすがに俺がどんなに鈍くても、あそこまで言われれば
自分がふられたことぐらい分かる。
「で、でも・・・」
「なんですか?」
 ここまで来て・・・という思いが俺の心の中で飛び交っていた。
確かに里村さんにとって俺には用がない。だけど里村さんに付きまとうことが
できるのもこれがおそらく最後なのだ。だとしたら、俺のためにも里村さんの
ためにも、何か俺ができることはないのだろうか?
「前も、ここに来てたよな?」
「・・・・・」
 雨の日に、二人分の傘を持って、誰もいない空き地で。
「誰か・・・待ってるのか」
「・・・・・」
 里村さんは答えない。何か、言いにくいことなのだろうか。
「その人・・・」
「待ってるんです」
「え?」
「待ってるんです。大切な人です」
「そいつは戻って来るのかい?」
「きっと・・・戻って来ます」
「じゃあ、どうしていつまで待ってるんだ」
「・・・・・」
 里村さんは答えない。押し黙ったまま、手に持ったもう一方の傘を
ぎゅっと腕に抱く。
「そいつは・・・」
「やめて!」
 里村さんが叫んだ。
「・・・・・」
「あなたには・・・わかりません」
 俺から目を背けて空き地の奥へと視線をずらす。一瞬、里村さんが
枯れた空き地の風景に溶け込んでしまうように見えた。
「もう、来ないで・・・」
「・・・・・・」
 完璧に拒絶されたと思った。もう入る余地がないと思った。
そしてそれ以上、かける言葉が見つからなかった。
 俺は無意識のうちに後ずさると、背を向けて空き地から遠ざかっていった。
さらに強くなった雨が俺の体を叩き続ける。失恋の痛手と寒さで、体が凍えそうだった。
「ちく・・・しょう」
 これで終わりなのだろうか。もう終わりなのだろうか。
これ以上、里村さんに付きまとうことはできない。以前よりもまして
俺と里村さんの間には厚い壁ができるだろう。そしていずれは単なる
クラスメートの一人として忘れられていくのだろう。
それで終わりなのだろうか?俺は終わりなのだろうか?
好きになったひとを前にして、たったそれだけで終わるのだろうか?

 がさがさがさ! 無造作に生長した雑草に無造作に分け入っていく。
「!」
 里村さんがはっとなってこちらを振り向いた。
「はあはあ・・・ふう」
「・・・・・」
 今度は止める暇がなかったのだろう。
俺は里村さんに手の届く距離にまで近づいていた。
「いや・・・寒いだろ?」
「・・・・・」
 里村さんは呆然としている。それは呆れているのか驚いているのかわからない。
「これ・・・」
 びしょぬれになった制服から水が滴る。俺は濡れた手から、
缶コーヒーを里村さんに差し出した。
「・・・・・」
「寒いだろ?」
 里村さんは小脇に抱えていた差していない方の傘を空き地に落として、
俺が差し出したコーヒーを受け取った。無意識でやっているのか、
行動の一つ一つがぎこちない。
「待つのもいいけど・・・そのうち里村さんに
ほんとうに大切なひとができたら・・・」
「・・・・・」
「待つよりも、そいつといた方がいい。きっと、幸せになれる」
「はい・・・」
「寒いだろ?待ってるのは」
「・・・・・」
「じゃあな」
 俺はきびすを返して走り始めた。雑草ががさがさと音を立てる。
水滴を辺りにまき散らしながら、そのまま空き地を飛び出した。
そのままどこへともなく、俺は走り続けた。

<第七話後編終わり>
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からす「説明!!」
から丸「いや、なにも言わない方がかえってよかろ」
からす「一理あるな」
から丸「うんうん」
からす「礼!!」
から丸「読んでくださった方・・・感想書いてくだすった方・・・
ありがとうございます」
からす「退場!!」
から丸「傑作というのはどういう風に書かれるのでしょうね?」
からす「知るか!!」