未来  投稿者:から丸&からす


第五話「残照」

「な、なに?なんだ、今のは・・・」 
 学校へと続く道を駆けていると、俺は急に我に帰った。
そのままそこに立ちつくし、曖昧な記憶の糸を手繰り寄せる。
 俺はもしやと思って自分の体の様子をあちこち調べてみたが、
多少の中年太りが見える腹はそのままで、
水たまりに映る自分の姿は37歳の自分そのものだった。

 なんだったのだろう

 トンネルを抜けてしばらく歩いたところで、
俺は小さな空き地へと差し掛かったのだ。
そしてそこにあるはずの無い光景を見て、
なんらかの不自然な接触をしたのだ。
 記憶がはっきりとしない。一体俺は誰と、何をしていたのだろう。
ここは以前に俺が通っていた高校への通学路だ。このまま
真っ直ぐ行けば迷うこともなく学校に到達するだろう。
 しかし待てよ。一体俺はどうして学校なんかに向かっているのだ?
 里村さんの通夜が終わって、俺は当てもなくあちこちを彷徨っていた。
なんの目的もなく彷徨っていたはずだ。一体いつ、俺は学校になど
行こうと決めたのだろう?
「・・・」
 答える者はなかった。
 俺は足を止め、これから学校に行くことをしばし躊躇した。
「・・・」
 だが気づくと、俺の足は学校へ向かって動き出していた。
 まあいい。どうせ元から行くあてなどないのだ。
だったらどこへ行ったって構うことはないだろう。
 大粒の雨が降りしきる中、びしょぬれになりながらも
俺は学校へと続く道を辿った。
 ふと、大急ぎで学校へ駆け込んでいた当時の光景を思い出す。
すでに始業ベルが鳴っている校舎を目指して、汗だくになりながら
走っていく少年の頃の自分の姿がはっきりと俺の頭の中に浮かび上がった。
 過去の映像を楽しんでいると、しばらくして現実の校門が見えてきた。
信号を一つ隔てた向こうに見える校門。残念ながらこの大雨の中、
しかもこの時間では学校の生徒どころか誰の人気もなく。
辺りには雨の打ち付ける音だけが空しく響いていた。
「学校・・・」
 誰に言うでもなく俺は独りごちると、青に変わった信号の下から
横断歩道へと足を進めた。

 不意に、目の前が光で覆われる。

「やべえやべえやべえ!」
 青に変わった信号の下から慌ただしく道路に飛び出していく。
横断歩道を横切り、ややショートカット気味に道路を横断した。
 辺りには同じように遅刻の危機を抱えた生徒達が学校へ向かって
疾走している。
 これいじょう遅刻がたまると内申が・・・、などと頭の中で
考えながら残りわずかになった校門への距離をさらに詰める。
 俺は全力疾走しながら、ほとんど男子生徒で占められていた
遅刻寸前組の生徒の中に一人だけ女子生徒が混ざっているのを発見した。
 腰までとどく長い髪の三つ編みといったら、思い浮かぶ人間は一人しかいない。
「さ、里村さん!?」
「・・・?」
 里村さんは息せき切った俺の怒鳴り声にも近い声を聞いても、
別段驚いたような様子も見せずに俺の方へ振り返った。
「さ、里村さん?」
「・・・なんですか?」
 いつもの単刀直入な発言に俺は多少の動揺を隠せなかった。
しかし何かやましいことをやっているわけでもないのだから、
焦る必要もない。
「い、いや。なにかあるってわけじゃないんだけど、
もう鐘がなる寸前だから急がないと遅刻するよ?」
周りとは違って里村さんはこの状況下でも極めて落ち着いていた。
走ることもなく優雅に歩いて学校まで向かっていたのだ。
「・・・まだ大丈夫です」
「へ?で、でもみんな急いでるし・・・」
「ここまで来ていれば、歩いても間に合います」
「そ、そうかな・・・」
 里村さんに諭され、俺は少し不安ながらも急ぐ足を止めて
里村さんの横に並んで歩き始めた。
 周りの生徒達は当然スピードを緩めることもなく、全快のスピードで
校舎へ駆け込んでいく。
「そう言えば、里村さんが急いでるとこって見たことないな・・・」
「・・・」
 は・・・そんなこと心の中で思っときゃいいのに、と俺は
言った後で気がついた。
「いや、俺さ、これ以上遅刻するとまずいんだよな。もう今月入って
五回もいっちゃって・・・」
「・・・」
 ・・・それじゃあ里村さんが無理矢理引き留めているみたいじゃないか・・・
またしても俺は言った後で気がついた。
「私は・・・遅刻したことありません」
「へ?あ、そうなの?そりゃすごいな」
「規則正しい生活をしてれば、遅刻する事なんてありません」
「あ、そう・・・」
 里村さんが歩く度に前へ垂らした三つ編みが揺れる。
艶やかで長い髪は優雅な雰囲気を持つ里村さんにぴったりで、
撫でてみたい衝動に駆られる。
それでなくても里村さんの雰囲気は絶対的な強制力をもって周囲の人間を
彼女の美貌に注目させてしまうのだ。適当な会話のネタを探しながら、
俺は里村さんの横顔に見とれていた。

 ふと気がつくと、俺は校舎の昇降口前に立っていた。
いつの間に通り過ぎたのか、校門は自分のずっと後ろにある。
辺りに聞こえるのは雨の音だけで、その他には人の声はおろか
なんの物音も聞こえない。
 もちろん、俺の周りにも誰もいない。
「・・・?」
何が起こったのか、いやさっきから一体何が起こっているのか俺は訝った。
体が浮き上がるような感じがする。自分の身から現実感が失われているのだ。
だが俺には、何が起こっているのかわからなかった。
「学校だな・・・」
 ただ目の前にはなにも言わずに校舎が立っている。
真夜中に見る校舎はどこか荘厳で神秘的だ。それはこの世に現出した
奇妙な異空間を思わせた。
 
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 宿直の教師が使う裏口から、俺は校舎に侵入していた。
もしも見つかったら絶対に警察行きだが、
俺は何故かこの時なんの躊躇もしなかった。
なにか不思議な力が守ってくれるような、普段の俺なら考えても見ない
非論理的な自信があったのだ。
 誰もいないことを確認してから、横に教室が連なる廊下を歩く。
 どこに向かっているかと言えば、もちろん以前の俺の教室だ。
さすがに3年間通っただけあって久しぶりに来たにもかかわらず迷うことはない。
照明をつけられるはずがなく、月明かりもなかったが、特に困ることはなかった。
真っ暗な校舎の中でも俺が無事に教室を発見できたのは、
まだこの教室と俺が繋がっているからだろうか?
「おはよーございます・・・」
 場違いな挨拶を誰に言うでもなく、俺は下の通気口から教室の中にお邪魔した。
 教室は驚くほどなにも変わっていなかった。普通、20年も経てば
改装工事ぐらいしてもいいものだが・・・。
 まあいい。むしろ変わっていない方が俺にとってはありがたいのだ。
「里村さんの席は・・・っと」
 もちろん机が同じはずはないが、それでもそこに見える光景は
20年前とそっくりそのままだった。俺は妙な錯覚に捕らわれかかったが、
頭を振ると教室の後ろに下がって、さらに隅の窓際によりかかった。
「腹が減ったな・・・」
 新潟からの強行軍で俺は何も口にしていない。
というか食う気が起こらなかったが。
「腹減った・・・」
「おい南、それなら学食行かないか?」
「・・・あ?」
「もちろん、お前の奢りだ」
「なに」
 目の前には折原がいた。少年の折原だ。教室の様子はなにも変わっていない。
暗くて陰気くさい深夜の教室のままだ。しかし不思議なことに、
なんの光源もないはずの教室の中で折原の姿だけはまるでそれ自体が
発光しているかのようにはっきりと見えるのだ。
「財政難が続いてるからな。人助けだと思って俺に奢れ!」
「いや」
「そんなに気にするな。フルコースでおかわりもしてやる、な?」
「そうじゃなくてだ・・・」
 深淵の教室の中で、いつもと同じようにおどけて振る舞う折原は
ひどく滑稽だった。
「こら浩平!南くんが困ってるでしょ!」
「いででで、耳を引っ張るな」
 どこから現れたのか長森さんが折原を引っ張っていく。
「あ、おい・・・」
 そして気がつくと二人の姿は消えていた。
「な・・・」
 そしてそのまましばらく、
俺は目の前に起こった現象が信じられずに唖然としていた。
「幻覚?」
「なに言ってんだ南・・・」
 窓際に、俺のすぐ横に腰掛けていたのは住井だった。
「いくら腹が減ったからって、幻覚は体に悪いと思うぞ」
「・・・」
「そうだなあ、懐に余裕があればなにか奢ってやるんだけど
今は財政状態が逼迫して国家滅亡の危機に陥っている最中だ。
残念だが金は出ないぞ」
「あ、そう・・・」
「俺にやれるのはこの缶コーヒーだけだ」
 ほいっと住井が俺に缶コーヒーを投げ渡す。
俺はそれを反射的に手で受け取った。
 そして面を上げたときにはすでに住井の姿はなかった。ただ俺の手の中には、
熱いくらいに温まった缶コーヒーがあった。
「・・・」
 このコーヒーが本物だとしたら果たして俺はどこにいて、
いつの時間にいるのだろうか?
 俺はコーヒーの感触が信じられなかった。そしてそれを確かめようと、
プルタブに手を伸ばした。
 だが、その手が止まる。
教室の一番右隅の席から、里村さんがこちらを見ていた。

<第五話終わり>
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 月イチかかさずクラブで女装してくるくせ会社に来てみりゃセクハラ三昧・・・
からす「落ち着けーーー!!!」
 なにを怒ってるんだパトラッシュ
からす「・・・後書きだ後書き!」
 ああ、後書きねえ・・・
からす「消えるな!」
 だからさあ、恐竜が火をふくと小学校高学年まで信じていたおいらの心の傷は
どうしてくれるんだ?
からす「知るか!」
 ふふふ・・・サンタさん、枕元に置いた靴下をいつも無視しやがって・・・
からす「そういう個人的なことはいいから、SSの解説をしろよ」
から丸「前後の設定が矛盾していることぐらいしか解説することはない」
からす「だからそれを解説しなきゃいけないんだろーが!」
から丸「つまりだ。雀さんのSS「大切なもの」には大感動したからよろしく」
からす「関係ない・・・」
から丸「「なにもない猫」もよかったなあ・・・」
からす「・・・」
から丸「「ONE猫」の続きってどこに置いてるんだ・・・?」

から丸「えー、今はちょっとまともな文章が書ける状態でないので
ろくな後書きも書けませんが・・・」
からす「まあ元々ろくなもんじゃねえけど」
から丸「パトラッシュが・・・」
からす「ではもうちょっと続きますので・・・
ここまで読んでくださっている皆さん。
本当にありがとうございます」
から丸「感謝感激雨霰」
からす「では、季節の変わり目ですが風邪などめされませんように・・・」
から丸「東北全自動車道完全延滞規則滅裂」
からす「それでは、また」
から丸「東海道はごヒュ胡散連勝」