未来  投稿者:から丸&からす(改名)


第三話「遺影」

 つまり俺は帰りの電車の中でもとにかく落ち着こうと試みていた。
自分に訪れたあまりにも急で衝撃的な出来事を受け止めて、
冷静になろうと務めていた。
 だがそれが無理な相談であったことをやはり俺は認めざるを得ない。
 電車の中で俺の心は揺れていた。人間というのは本当に信じられない状況に
直面したときには心を凍てつかせてしまうというが、それなら
その時の俺の状態はその凍てつかせる一歩手前の最も苦しい状況で
あっただろう。
 もしかしたら中崎に担がれてるだけじゃなかろうか、と何度も思った。
しかし俺は公衆電話に十円を投入して手近な知り合いに事の真相を
告げさせるほどの勇気を持ち合わせてはいなかった。結果、
俺の思考はどうどう巡りを繰り返し、
完全な絶望にも希望にも至らずただ悶々としていた。
「まだかまだか・・・」
 そんな救いようのない心境に陥っていた俺は、ともかく一刻も早く
里村さんの実家に赴き真実を突き止めたいという、いわば欲求に満たされていた。
おかげで時間が進むのが遅い遅い。それに電車の速度を
ここまでじれったく感じたことはいまだかつてなかった。
「お飲物はいかがですかー・・・」
 俺の窮地にまったく関係なく売り子が機械的な笑顔と声とでもって
列車の中をねり歩く。頼む、頼むから俺に話しかけてくれるな。でないと
俺はそのお飲物を振り上げて貴様を惨殺しかねないぞ。
 次第に売り子の声が遠ざかり、俺の殺意は和らいでいく。
「早く早く早く・・・」
 里村さんが死んだ・・・だと?
しかし、もしもそれが本当だとしても俺は一体
何故こんなにも慌てているのだろう。
ただの元同級生、いまじゃ連絡を取り合うこともない半他人だ。
向こうは俺のことなど覚えていないだろうし、俺だってつい最近偶然にも
思い出しただけだ。思い出さなかったら、
それから永久に思い出さなかったろうし、ましてや会う事なんてなかったろう。
それなのに何故、俺はこんなにも里村さんのことばかりを考えずには
いられないのだろうか?
 なにか取り返しのつかないことが起こりだそうとしているような、
そんな気分だった。そして自分がそれに対して無力であることに
たまらない焦燥感を覚える。
「もう少し、もう少しだ・・・」
 列車はすでに都心離れていた。今まで帰ることもなかった俺の故郷、
両親が住所を変えていなければ里村さんの実家もそこにあるはずだ。
 次第に風景が見慣れたものへと変化していき、ほどなく列車は停止した。
俺を目的の場所へと送り届けてくれたのだ。
 ものすごく久しぶりな帰郷のはずだが、今は余韻にひたっている暇はなかった。
俺は無感動に列車から降りると、殺気だった雰囲気をまき散らしながら
真っ直ぐ里村さんの家へと向かった。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そして俺は・・・里村さんの実家と思しき家の前に黒い服を着た
人々の列を見たときには、あまりにも愕然としすぎて持っていた鞄を
水たまりの中へと落としたことにも気がつかなかった。
「・・・・・」
 そしておそらく、その時の俺は心を凍てつかせるに十分な驚愕に
直面していたのではなかろうか。俺は家の50mほど手前で突っ立ったまま
泣きもせずわめきもせず、無表情のまま俺を貫いた事実が心の中で荒れ狂うに
任せていた。
「死んだのか・・・」 
 俺がそのときどんな感情を抱いていたか、詳しく説明することはできない。
俺にも悲しいのかどうかよくわからなかった。ただ心を食い破られるような
衝撃が俺の中を駆け回っていた。そしてそれにすら俺は無関心だった。 
 俺はふらふらと黒い服の人々の中へと分け入っていった。
その人たちの中にほとんど知った顔はなかった。彼らは喪服を着ていない
俺を奇異の目で見たが、その薄汚れた背広姿は仕事先から急いで駆けつけたと
いう事実を如実に物語り、とがめる者はなかった。
「おい、南・・・」
 見知った顔もいくつかあったが、俺は一切気に留めなかった。
いや、気に留めることができなかったのだ。
 家の中にはでかい棺桶と・・・線香の匂いがたちこめていた。
どの装飾も、よってたかって俺を絶望させようとしているような気がした。
「・・・・」
 そして棺桶の上には写真があった。
女の写真だった。それは里村さんだったのかも知れない。
だが里村さんではなかった。俺の中の里村さんではなかった。
それに映っていた女は、人生に疲れ切った目をしていた。あの時の面影など
どこにもない。ただのくたびれた中年の女だった。
だからそれは里村さんではなかった。
 俺は線香を立てて儀礼的に手を合わせて礼をすると、
それ以上用のないその場所に別れを告げて早々に立ち去った。
周囲の人間が俺に軽蔑するような視線を浴びせたが、
俺はそれにも気づかずに早足のまま、そこを立ち去った。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 俺は悲しみの元凶がどこにあるのかを考えていた。
すでに暗くなった街を、明かりがないと目の前を見るのにも難儀するような闇の
中を歩きながら、俺は考えていた。
 俺は・・・一体何を望んでいたのだろうか?
もしあの時の中崎の伝言が嘘だったとして、
里村さんが本当は死んでいなかったとして、だとしたらそれは
俺にとってなにになったというのだ?
 里村さんが生きていたとして、それが俺になんだというのだ?
幸せな家庭の一つでも築いていると思ったのだ。実際そうだったらよかったろう。
しかし里村さんは死んでいたのだ。
 それすら・・・俺にとってなんだというのだ。
 
 電車が騒音を垂れ流しながら通り過ぎていく。
俺は鉄橋下のトンネルに差しかかった。
中は本当の暗闇で、一寸先も見えなかった。俺はそれにも構わず、奥へ奥へと
進んでいった。

 里村さんは・・・幸せだったのか?
本当に幸せだったのか?
綺麗だった里村さん・・・俺の好きだったひとは、本当に幸せだったのか?
この年まで結婚することもなく、子供も居ない。娘の身を火葬しなければならない
彼女の両親はどんな気持ちなのだろうか?
 再び電車が通りかかり、鼓膜を破るような騒音を出しても俺は無視した。
 幸せだったのか?幸せになってくれたか?
俺にはそれができなかったから・・・それに価しなかったから。
だから、誰かに幸せにしてもらったんじゃないのか?そうじゃなかったのか?
 里村さん・・・!!
 目の前が急に鋭い光に包まれた。俺はびくりと反応して腕を動かし、
目を覆うようにして大量の光を遮った。
 やがて光はおさまった。もちろん俺はその時、車が通りかかっただけだろうと
考えたのだ。エンジンやタイヤの音がまったく聞こえなかったのは疑問だったが、
どちらにしろたいしたことはないと、その時の俺は考えていた。
そしてトンネルの向こうへと踏み出していったのだ。

<第三話 終わり>
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からす「・・・で?」
から丸「ん?」
からす「続きは?」
から丸「さあ」
からす「さあ、じゃねえ!これは漫画じゃねえんだぞ。妙な終わらせ方をスルナ」
から丸「って言われてもなあ・・・」
からす「まあいいか。俺からの要望はただ一つ、長く書くなよ」
から丸「へえへえ」

から丸「ええと・・・この話はそんな長くはならない・・・予定です。
でもとりあえずまだ続きます。まあ、今回は流れに貧しくて鈍重ですので
読むのに飽きてしまわれるかも知れませんが、それでもここまで読んでくださった
方には大感謝の意を表します」
からす「わざわざ感想を書いてくださった方々、ありがとうございました」
から丸「評判いいのかな?」
からす「そんなの誰にもわからん」
から丸「それじゃ評判に関わりなく最後まで書きますからねー」
からす「しかし・・・茜様ファンからの風当たりがきついぞ」
から丸「言論の自由・・・」
からす「ここでは通常の言論が通用せんと思うんだが・・・」
から丸「まあそれはそれで・・・爆弾送らないでね」
からす「とばっちりはごめんだ・・・」