未来 投稿者: から丸
第二話「雪中列車」

 トンネルの中は暗くて狭い。そして変化がなさすぎて不気味だ。
トンネルの中が好きか嫌いかと聞かれれば俺は絶対に嫌いだと答えるだろう。
別にトンネルそのものが嫌いというわけではないのだが、こうしていると
どうしても昔のことを思いだしてしまうのだ。なにを思い出すのかは
時と場合によって違うが、俺の性格が悪いのかあまりいいことを
思い出すことはない。
大抵は今までやってきた仕事の大きなミスとか・・・日常で遭遇した不運とかだ。
「・・・眠れん」
 意識してしまって寝るに寝れない。
「あ、南さん。もうそろそろトンネルを出ますよ」
「ああ、そうか・・・おお」
 トンネルを出るとそこは見渡す限りの雪景色だった。それまで眺めていた
殺風景なトンネル内部の情景とあまりに違うためか、
幻想的な純白の世界が目に眩しいほどだった。
「真っ白だな・・・」
「すごいですねぇ」
 俺は酒を飲む手を止めてしばらく見入っていた。
 家々は雪に覆い隠されてしまっていて、まるで
雪の中に住んでいるように見える。
厚着をした子供達が数人で雪の中をころげまわっている。なにをして遊んでいるのかは
判別しづらかったが、おそらくああしているだけで楽しいのだろう。
「・・・・」
 俺はしばらく雪の情景に見入っていたが、ふとトンネルの中での
嫌な記憶とは違う何かを思いだしていた。
 思い出、というものがこれだろうか。それは確かに俺が体験した物語の
はずなのだが、今となっては遠い世界のお話のようで現実感がない。
「里村さん・・・」
「へ?」
「い、いや」
 懐かしいなぁ〜。美人だった、うん。髪が長くておさげが二つ。
えっと顔は・・・そうそう、こんな顔だったな、確か。
 俺は断片的な思い出の中を駆け回ってどうにか里村さんの
顔を頭の中に呼び起こしていった。そうそう、ちょっと冷めた感じだったけど
それがまた里村さんの神秘的・・・というか高貴・・・というか。
ともかく見とれるほどに綺麗な娘だったと言うことは覚えている。
里村さんの魅力に取り付かれてしまった男がクラスに何人もいたはずだ。
まあ、大抵は相手にされなかったけどな。
 俺も告白しときゃよかった・・・
 俺は・・・いわゆる恋多き少年だったのだ。だが大抵は片思いの最中に
相手に男がいることがわかって絶望する、その繰り返しだった。
実ったことは一度もない。
 空しい青春だよなぁ・・・
 俺は遠くから眺めてるだけだったよ。里村さん・・・真後ろの席だったのに
一度も話さなかったし。
 まあ結局、里村さんに男がいるという話は一度もなかったけど
今は俺と同じく三十路の後半だ。きっといいお母さんになっているに違いない。
「・・・うー、ねむ・・・」
「現地まではまだかかりますよ。少し眠ったらどうですか?」
「そうだな・・・」
 俺はシートに体をあずけて、思い出を掘り返すのに疲れた頭を
休ませることにした。

       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 仕事はこれといった問題もなく終わった。俺達はスキー客を相手にする
リゾートホテルの建設予定地に向かい、現地の様子と図面を照らし合わせて
問題がないかどうか見てきたのだ。土台工事の増強が必要とか、ロビーの壁を
厚くしないと寒いとかいった多少の変更事項があったものの、特に
大きな問題もなく俺達は暗くなるまえに宿へと帰ることができた。
「ふぅぅーー・・・」
 一風呂浴びて体を温め、当たり障りのない宿の食事を食って
適当に腹をふくらますと俺はすることもなく部屋の窓際に座って
時間を潰していた。
「雪だなあ」
 当たり前だ。窓の外には雪が降りしきっておりまともに外の風景も見られない。
「んー、里村さん・・・」
 ぽわわん・・・と、俺の頭には17歳のままの里村さんの顔が思い浮かぶ、
あの時であれだったんだから今ではもっと美人になっているのだろうな。
まったく旦那が羨ましい。
「あーあ・・・」
 青春の日々はほんとにあっと言う間だった。いや、過ぎてしまったから
そう思えるんだろうけどな。未来も過去も関係なく、あのころは毎日を
浴びるように生きていた。喜んで、悲しんで・・・多くの人たちと
時間を共有してあのころの俺はあったのだ。
あの時はそんなこと気にもしなかったが、過ぎてみるとわかる。
「・・・・」
 もう一度・・・あの頃に戻れるのなら、俺は里村さんに
想いをうち明けてみたい。
里村さんと過ごせたのなら・・・あの日々はもっと楽しく、素晴らしいものに
なっていたはずだ。卒業してしまっても、俺達はずっと一緒で青春の日々が
一生続いたのかも知れない。
 そうでなくても、誰かが側に居てくれれば・・・俺はもっと、強くなれた・・・
 俺は思い出の中に浸り、いつしか体には心地よい眠気が訪れていた。
俺は抗いもせずにそれに従い、眠りの中に落ちていった。

「里村さん・・・」
「・・・なんですか?」
「え、ええっと」
「?」
「里村さんいつも飯の時一人だよねえ?よかったら今日は俺と一緒に・・・」
「・・・嫌です」
「学食にでも・・・へ?」
「嫌です」
「あぐ・・・」
「嫌です」
「うう・・・」
  
「ちくしょー、げふ、もう一杯はいけるぜ・・・」
「やるな南・・・」
「ぐぅ・・・折原には負けん」
「よし、おばちゃん俺も一杯追加」
「はいよ」
「浩平・・・ちゃんと払えるの?」
「住井、貸した金から払っといてくれ」
「貸してるのは俺だ!」
「じゃ、長森」
「わたしも借金なんてしてないよ」
「しょうがないな、自分で払うか」
「・・・・」
「ごぅふ」
「南くん大丈夫?」
「ほっときなよ長森さん。大方、女にふられでもしたんだろ」
「ひ、くひょう・・・」
「わあ、南くんが倒れた!」
「ふふふ・・・俺の勝ちだ!」
「なに馬鹿なこと言って
「南さん!!」
 それまで見えていた学食の光景がまるでテレビの電源を切って
しまったかのようにぷつりと消え去る。
「南さん!!」
 
「あん・・・」
「南さん、急ぎの電話がはいりましたよ」
「・・・」
 頭がずきずきと痛む。急に灯された部屋の明かりが目を焦がして残像が
ちかちかと残って鬱陶しかった。
「電話?」
「ロビーに入ってますよ。急用だって言ってます」
「誰から?」
「男でしたけど、名前は聞いてません」
「ん・・・」
 俺は重たい体を起こして部屋を出るとロビーに向かった。
途中何度もつまづいて転びそうになり、ロビーに着く前に一度本当に転んだ。

「もしもし・・・」
 痛む膝を抑えて俺は電話口に向かうと、相手に向かって話しかけた。
「南か!?」
 相手はやたらと強い語気。無意味なほどに勢いがある声で答えてくれた。
「中崎か?」
「そうだ俺だ!!」
「なんの用だ?」
 中崎も同じく高校時代の同級生だ。あいつとは仕事柄 結構会うことがある。
俺と違って大きな会社の立派な地位の奴だが別に嫌みな奴ではない。
「おい、お前は知らないだろうから教えてやる」
「何を?」
「里村さんが亡くなったのは知っているか?」
「・・・・・」
 一瞬、俺の頭は外からの情報を一切遮断した。耳の奥がじりじりと痛み、
急に跳ね上がったように鳴り出した心拍音が混乱に拍車をかけた。
「最近忙しかったみたいだな、お前には全然連絡がとれなかったらしい」
「・・・いつ、亡くなったんだ」
「ええっと・・・4,5日ぐらい前かな?」
「・・・・・」
「でよ。今日が通夜らしいんだ。まあ、別に行っても行かなくてもいいんだけど
お前が里村さんに気があったのを思いだしてな・・・あ、俺は仕事が忙しいから
行くなら」
 がちゃっと受話器を置いて、俺は少しでも落ち着こうと試みた。
 落ち着けるわけがない。頭の中にはいくつもの感情が荒れ狂っていた。
里村さんに関する無数の記憶が浮かんでは消えて、いや消滅していく。
「おおー」
 俺は極力考えることをやめるように心がけた。部屋にとって返して
背広をひっつかむと急いで着込み、同僚にまだ電車があるか聞いた。
「この時間なら最終に間に合いますけど、今からいくんですか」
「ああそうだ。会社の方はよろしくな」
「ええ、わかりました。お気をつけて」
 礼儀正しい同僚に見送られて俺は宿を出た。吹雪のように降りつけてくる
雪を押しのけながら、俺は駅へと向かった。

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から丸「いや、プロローグは後になってからの場面なんですよね」
からす「説明が足らんのよぉ」
から丸「うう・・・」

>幸せのおとしごさん
・海と私達の物語(前編)
から丸「おおう、茜の水着姿・・・」
からす「俺は澪ちゃんの方がいいね」
から丸「季節ものかぁ・・・おいらには無縁だよなあ」
からす「書けよ!!」

>サクラさん
・枕が涙で濡れた日
から丸「おいらだって枕を濡らす日ぐらいはあるさ」
からす「ほほう」
から丸「でも次の日にはガビガビに・・・」
からす「それは違う」

から丸「やっぱり待つ姿は瑞佳が一番・・・」
からす「まったくだ」
から丸「いなくなってしまった人を思って枕を濡らす・・・」
からす「うんうん・・・」
から丸「俺も卒業アルバムを見ては枕を濡らしたものだ」
からす「だからそれは違うわぁ!!」

から丸「はたしてこれは感想になってるのかな?」
からす「それは疑問だな」
から丸「・・・それではこの辺で」
からす「・・・」