人魚姫 投稿者: から丸
第四話「魔剣」
    
 一段一段、そこに階段があることを確かめるように二人は
降りていった。辺りは一寸先も見えないような深淵である。
茜が手にしているカンテラを失えば、真面目な話、無事に
帰れるかどうか怪しかった。
「みゅ〜・・・」
「・・・大丈夫です」
 繭は泣きそうになりながらもこらえ、必死で茜にしがみついていた。
 茜の方も余裕というわけではない。戦士として研ぎ澄まされた神経を
総動員しながら、決して踏み外すことのないように慎重に階段を降りていく。
「もう少しです」
 もうどれほど螺旋状に続く階段を降りてきたことだろうか。
すでに距離の感覚が消し飛んでいるような気が、少なくとも繭にはした。
「みゅー・・・」
 やがて、長すぎた行程も終わり二人は大きな石扉に突き当たりました。
重苦しい音を響かせながらそれを開けると、大きな広間に出ます。
いや、広間というと語弊があるだろうか。そこは貴族がダンスを披露するための
広間ではなく、闘士が命を賭けて戦う広間でもない。
囚人のためにあてがわれた、責め苦の広間である。
「・・・・・・」
 その中央に、茜の目指しているものはあった。
呼吸をしているようには見えない、はたから見れば死んでいる
ようにしか見えない男の姿。
「・・・護」
 男がそのくすんだ瞳を動かした。まるで何かが乗り移ったかのように、
その目玉だけがぎょろぎょろと意志を持って動いた。
「・・・」
 繭は言葉を失っていました。その男は体の半分を水牢につかり、
半分は水から出ていましたがその体は恐ろしくやせ衰えており、あばらが
浮き出て肉が残っているのかと疑われるほどでした。
「生きていますか・・・」
「ア・・・」
 男が声にならない声で呻きます。
それは地獄の底から響くなにかのうねりのようでした。
「ガ・ガ・・ァ・・・なに・・・ようだ・・・」
 のどをならし、男はその声だけをやっと絞り出しました。
 繭は茜の影にかくれてずっとふるえていました。何故ならその声は
繭の恐怖をかきたてるように、彼女の体と言わず魂の奥まで響くからです。
「あなたに・・・剣が近づいて来ています」
「・・・ほ・・う・・・」
「その剣を持って、王城に来なさい・・・」
「・・・な、に・・もの・・・だ」
「・・・剣の導きがあらんことを」
 すると茜は懐から小さな革袋をとりだし、中に入っていた清水を手にすくうと
それを男ののどへ流し込みました。すると男は二人が部屋に入ってきた時と
同じように目をつぶりました。するとそれまで部屋に充満していた
男の気配が一気に消え失せ、辺りには牢のかび臭い匂いと鼠の鳴き声とが
帰ってきました。
「・・・行きましょう」
「みゅー・・・」
 繭は目に涙を一杯にためて茜にしがみつき、なるべく後ろを振り向かないように
しながら元の階段の入り口に向かいました。
 部屋からはもうなんの音も声も聞こえませんでしたが、茜が階段に
足を伸ばしたとき、くわ、と男が茜に気配を飛ばしました。
 茜は動物のように素早くそれに反応すると振り向き、背負っていた弓に矢を
つがえると男に向けました。
「・・・・・・」
 男の様子はさっきからとなにも変わりません。茜はしばらく男に狙いを
定めたままじっとしていましたが、やがて弦を戻すとゆっくり矢をしまいました。
「・・・剣が・・・」
「・・・」
 すぐ横では、気配にあてられた繭がころんと気絶していました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 辺りに転がっていたのは手刀で気絶させられた兵士達だった。
「陸の兵隊もたいしたことないのね」
「わー、やっぱり留美って強いんだね。それじゃ行こうか」
「ねえ、でも本当にこんなところにいるの?」
「こういうところにいる奴なのよ」
 留美が倒れた兵士から大剣を奪って肩に担ぐと、詩子にしたがって塔の
中へ入っていきました。
 すっかり立派な人間に姿を変えていた二人がいたのは城下の隅、
すぐ後ろに城の城壁が立っている以外辺りには何もない閑散とした土地でした。
「すごい・・・こんなに深いんだ・・・」
 その塔は地下へと続く回廊を隠すように建てられており、塔の内部は
何もなく、ただ地下へと続く階段が螺旋状に続いていました。
地下は一閃の光も射さない深淵で、その階段は地獄の底へと続いているように
留美には思えました。
「天上なる精霊よ、我が目にその力を示したまえ・・・イフリート」
 詩子が呪文を詠唱すると、鬼火が地下へ続く階段に向かって点々と
ともりました。
「詩子、精霊術なんて使えたんだ?」
「陸に上がったときに教わったのよ」   
 二人は声を落としながら階段を降りていきました。
 ただ、階段にそって作られている小部屋からは時折奇声が発せられ、
大きな石扉で部屋とは隔絶されているとはいえ、留美は身震いせずには
いられませんでした。
「詩子・・・ここってなんなの?」
「監獄」
「・・・へ?」
「監獄、牢屋、刑務所、独房・・・」
「そ・・・それで、あんたの知り合いってどんな人?」
「うん、4年ぐらい前に王国の存亡に関わる重大な機密を盗み出そうとしたの。
今は確か水牢に入れられて大人しくしてるはずよ」
「水牢って・・・それは死刑なんじゃないの?」
「大丈夫、きっと生きてるよ」
その根拠は?と留美はいぶかったが詩子の知り合いだったら
生きていそうな気もする・・・。留美は結果を見るまで考えないことにした。
 螺旋階段は永遠に続いているように思われます。
もしかしたらまったく同じ場所をぐるぐる回っているんじゃないか、と
留美が不安を覚えたとき不意に、下から誰かが上がってくる声が
聞こえてきました。
「誰か来るわね・・・」
「隠れようがないね。留美、なんとかなる」
「下がってて」
 詩子は留美と先頭を交代すると鬼火を消しました。まさしく
自分たちが近くにいるぞと敵に教えているようなものですが、
これで相手が持っているカンテラの明かりから敵の位置はこちらにわかり、
敵にはこちらの位置がわかりません。留美は剣を前方に突き立てるように
かざし、その明かりへと近づいていきました。
 ヒュ
 そのような音が留美には聞こえました。気づくと、自分の顔のすぐ後ろの
壁に一本の矢が突き刺さり、着弾の振動でぶるぶると震えていました。
「・・・・・」
 ごくっ、と留美は息を呑みました。
「・・・動かないでください」
 いつのまにかカンテラの炎が消され、相手は暗闇に沈んで
見えなくなっていました。
「・・・こちらには見えます」
 そんな馬鹿な。辺りには光がまったく射していないのだ。目で見るなど
物理的に不可能なはずだ。
「あなた方に危害を加えるつもりはありません・・・。そこを動かないで」
 留美は身動きできませんでした。何か巨大な獣に睨まれたような感覚に
襲われ、留美の足はすくんでいました。ただその横をほとんど音もなく
何かが通りすぎていくのがわかりました。
「・・・はあ」
 やがて気配が去ると詩子が鬼火を照らしました。
「今の、なに?」
「わかんない・・・」
留美の体からは硬直がとけ、あやうく失神しかけました。
 そしてもう目の前には二人の目指す最下層の広間がありました。

 番兵から奪った鍵で広間の石扉を開けると、そこには
数々の責め具が並べられ、その中央には体の半分を水牢につかり
微動だにしない男の姿がありました。
「この人・・・?」
「そうよ」
 詩子は水牢へ入り、男に近づくとゆっくりその頬を撫で上げました。
「おはよ・・・」
 男の目がゆっくりと開かれていく。そこからあふれ出る気配は
広間を覆い、そして国中へと伝わっていった。
留美の胸元に有る魔剣がそれに共鳴するかのように唸る。

<第四話終わり>
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続きます・・・