人魚姫 投稿者: から丸
第二話「尾ひれは足に」

 剣の正体が判明してから間もなく、留美もとい人魚姫と詩子は
深海に位置する魔法使いの住居へと向かって出発しました。
「陸に上がるには魔法使いと契約しなきゃいけないのよね」
「留美は陸に上がったことある?」
「ううん。まだないけど」
「そうなんだ。もったいないなあ、陸は楽しいよ♪」
「まあ、あたしも興味がなかったわけじゃないけどね」
「じゃあしっかり楽しんでこようね」
「あんたってほんと・・・なんていうか」
「人生は楽しく生きなきゃ♪」
 城の警備は詩子お手製の爆雷で切り抜け、二人はすでに普通の人魚だったら
まず寄りつかないような海域に達していました。 
「なんだか暗いし寒いわね・・・」
「もう少しだから、がんばろーね」
「うん」
 やがてその海域の最深部、ここら一体で最大の深海に
出ると、海溝の底になにやら怪しげな住居が見えてきました。
「な、なに。この匂いは・・・」
「あれがもう10000年は生きていると言われている
魔法使いの家よ」
「いちまん・・・それじゃ、すごいお婆さんね」
「そりゃもうこの世の物とは思えない、しわだらけでぐてぐての人よ」
「そんなになるまで生きてたくないなあ・・・」
「ほんと、若いっていいよね♪」
 ものすごく失礼なことをほざきながら、二人は魔法使いの
家の戸を叩きました。
「こんにちわ、詩子でーす!今日はお姫様連れてきたぞー!開けてー!」
「はいはい・・・」
 するとものすごくあっさりと戸が開けられ、出てきたのは
艶のある黒髪を腰まで伸ばした、それはそれは綺麗な女性でした。
「わ、綺麗な人・・・」
「えへへ、ありがとう。あなたがお姫様?」
「はい、初めまして・・・本名は七瀬留美です。
お好きに呼んでください」
「じゃあ、留美ちゃんって呼ぶね」
「え!?それはちょっと・・・」
「いや?」
「いやってわけじゃ・・・でも照れるなぁ・・・」
「それじゃ、よろしくね。留美ちゃん」
「あはは・・・よろしく。魔法使いの・・・えーと」
「私は川名みさき、みさきちゃんって呼んでね」
「あの・・・あなたって本当に一万年生きてるお婆さん?」
「違うよ。私はお婆さんじゃないし、魔法使いでもないよ」
「え、それじゃ・・・」
「留美、魔法使いはその人じゃなくて奥にいるあの人よ」
 詩子が指さした先にはなにやら怪しげな薬品と怪しげな書物に埋もれて
怪しげな実験に興じている者の姿が認められました。
「雪ちゃん、お客さんだよー」
「なによ!?今忙しいんだから追い返しなさい!」
「ほら、お婆さんでしょ?」
「ほんとだわ」
「そうだね」
 ぷつ・・・っと留美と詩子の視界が閉ざされました。
「ふう、これで静かになったわね」
「あれ、雪ちゃん何したの?」
「心配しなくていいわ。ちょっと時空の狭間に閉じこめてあげただけよ。
1億年もすれば発見されるわ」
「わー、だめだよ!留美ちゃんと詩子ちゃんがお腹減って死んじゃうよ!」
「なんか観点が違うような気がするけど・・・
それにみさき、あなたもどさくさにまぎれて何か言ってなかった?」
「目の錯覚だよ」
「それは違うわ」
「臨死体験だよ」
「私は死んでないわ!」
「いいから二人を助けてよ〜」
「えーい・・・しょうがないわね」
 ぽんっ、と二人が姿を現しました。
「あれ、今のなに?」
「よかったね二人とも」
「気にしないで留美。この魔法使いにはなんか気に障ることがあると
人を時空の狭間に吹っ飛ばすっていうはた迷惑な特技があるのよ」
「お望みはなにかしら詩子さん!?」 
 達人深山の額にはすでに青筋が数え切れないほど浮かび上がり、
手に持っていた試験管やらフラスコやらはすっかり握りつぶされ
跡形もありませんでした。
「なんていうーか人間にしなさい!」
「あ、あんた・・・それが人にモノ頼む時の態度・・・?」
「いーからさっさとやりなさいよこの年増!」
 ぷちっ
 みさきと留美には間違いなく深山の頭部血管が破裂する音が聞こえました。
 くら・・・
 まあ、そんなことがあれば人間は倒れます。漫画じゃないかぎり、
怒る前に倒れます。
「雪ちゃん・・・大丈夫?」
「コロス・・・コロスワァ・・・」
「詩子、ちょっと言い過ぎじゃない・・・?」
 留美がおそるおそる詩子に尋ねました。
「だってむかつくんだもん、この人」
何故か魔法使いと仲が悪い詩子でした。
「詩子ちゃん。あんまり雪ちゃんをいじめないで」
「ん・・・みさきちゃんにそう言われると・・・」
 やがてみさきの介抱により目を覚ました深山が、
変身と地上においての活動注意事項を二人に話しました。
「いいこと、変身の効力は3日しかもたないわ。
だからそれまでに海に戻らないと体が泡になって
溶けてそれでお終いになってほしいわ」
「雪ちゃん。文法がおかしくない?」
「それからなんであんたたちが持ってるか知らないけどその魔剣は
本物のストームブリンガーだわ。それで人を斬ったりしたら
剣に取り込まれる危険があるからすごく楽しみね」
「わざと言ってるわね・・・」
「それぐらいしか楽しみがないのよ」
「・・・ちなみにお城の舞踏会は確かに3日後にあるんだけど、
警戒が超厳しいからあきらめた方が身のためよ」
「さっさと送ってよ、このとし・・・」
 留美とみさきが詩子の口を押さえました。
「それじゃあ地上に送るわ。二人ともその石柱の前に立ちなさい」
 二人は言われたとおりに儀式の部屋中央の石柱の前に立ちました。
 留美は怖いのか詩子の手を握って離しません。
「だいじょーぶよ、あたしなんて何度もやってるし」
「でも、やっぱり緊張するわよ・・・」
 全ての準備が整ったのか、深山が短剣を振りかざして
なにやら呪文を唱え始めました。
「・・・Odinn Frigg Tyr Thor Sir Baldr
Nanna Forseti Hermodhr Hel
Heimdall Bragi Idhunn Freyr Freyja・・・」
「わ、なんか体の奥が熱い・・・」
「しゃべらないで!」
「は、はい・・・」
「首吊りにされた者たちの神、オーディン!
グングニルを振る者、オーディン!
刃に疲れし戦死者の神、オーディン!
勝利の父にして嵐の神、オーディン!
槍の大君と我は太ききずなにむすばれ
彼を信ずるに我が心安んじぬ」
達人深山が呪文を唱え終えた直後から、
二人の体に地上の住人としての血が流れ始めました。
 下半身から二の足が生え 徐々に魚としての体型が退化していく様を、
異常な事態に当惑していた留美は確認することが出来ませんでした。
「うーん、毛の生え具合がいまいちね」
 詩子は呑気です。
「地上へ飛ばすわ、目をつぶりなさい!」
なにか見えない力が二人を襲いました。体が内側に吸い込まれるような、
無理に動こうとする自分と体がねじれあうような、奇妙な感覚でした。
 留美の心臓はさっきから波打って止まりません。
詩子もこればかりは慣れないようで、地上に着くまでの間ずっと耐えていました。
 二人の体が閃光となり、恐ろしいスピードで海を駆けていくのを
達人深山とみさきは確かに確認しました。
「みさき!塩持ってきて塩!」
「お料理するの?」
「二度と来てほしくない客を追っ払う儀式よ!」
 なら、本格的に呪えば済むのでは・・・と、みさきは思いましたが、
途中で考えるのをやめました。そういえば、詩子ちゃんのお父さんが雪ちゃんの
魔術研究のスポンサーだったなー、と思い出したからです。
 一度つぶれかかった魔術の教えを、本気で復興させようと闘う
親友の後ろ姿、あちらこちらに必死で塩を撒きまくる親友の後ろ姿を見ながら、
みさきは思いました。
「世の中ってうまくできてるよね」
「どこがよ!?」
 二人の人魚が地上へ放たれた日は、ちょうどお城の舞踏会の
3日前のことでした。

        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さてさて、あの二人が地上へ降り立った頃、かの浩平王子は
都市の自治問題についての閣僚会議をすっぽかしてお城の
城壁の上で寝っ転がっていました。
「いい天気だなー・・・」
 確かに雲一つない空には太陽が爛々と輝き、
辺りには暖かな春の空気が漂っています。
「まさしく眠ってくれと天が言ってるんじゃないか」
 浩平王子は自分流に物事を解釈することにかけては
プロフェッショナルの男でした。
「そーだな、天。ここはお前の誘惑に負けて寝てやろうじゃないか・・・」
 独り言を延々と続けられるほど、辺りの陽気は王子をボケさせていました。
「ぐぅ・・・」
 ざばーー・・・・・ 
 いつのまにやら近くに来ていた瑞佳が壺の水を浩平に手加減なく
ぶっかけた時、浩平は自分に何が怒ったか分からず慌てふためきました。
「ぶ、ぶわわわ!なに、なんだ!?」
「おはよー、浩平」
 目の前には気後れする様子もなく瑞佳が壺を抱えて立っていました。
「おはよー、じゃない!なんてことすんだ!」
「浩平、また閣会さぼったね?」
「う・・・いや、今日は学食が休みだったから皆帰ったんだ」
「ここは学校じゃないよ」
「それじゃあ、野球中継のせいで中断したんだろ」
「わけわかんないよ!やっぱりさぼったんでしょ!?」
「じゃあな、長森」
「こら〜!!」
 二人がいるのは上空何十メートルあるかわからない城壁の上です。
浩平はすでに何度もここを利用しているから大丈夫ですが、
瑞佳の方はそうもいきません。
「わ、わ・・・落ちる落ちる・・・」
「堅いこと言わずに空を飛べ長森」
「そんなことできるわけないでしょ・・・いい子だから会議に戻ってよ」
「もう終わってるだろ、そっちは」
「それなら、舞踏会のお洋服作りにいこーね」
「これでいいだろ、これで」
「軍服はだめ!」
「それならお前の服貸せ!」
「本気!?」
「本気だ!!」
 かつて浩平が衛兵隊長の中崎大佐と共にフラメンコ姿で場内を巡り歩いた
事件を、瑞佳は忘れていませんでした。
「それじゃ、さっそくお前の部屋に行こうな」
「あ、待って待って私動けないよ。助けて浩平」
「ったく、どんくさいやつだな・・・」
 城壁の隅で硬直していた瑞佳を、浩平が助け起こしてやります。
「それじゃ、お洋服作りにいこうか」
 そのまま瑞佳は浩平の腕をがしっと掴みました。
「お、お前王子を騙したな!?反逆罪で魔女裁判にかけるぞ!」
「なんか変だよそれ。それより早く行こうよ」
「だからお前の服でいいだろ」
「だめ!」
 瑞佳は浩平を引っ張って城壁から階下へと続く螺旋階段を降りていきました。
「まったく・・・婚約すれば少しは変わると思ったのに」
「人というのは長い時間かけてゆっくり変わっていくものだ」
「もっともらしく言わないの!それより浩平、私たちの式の日、
ちゃんと覚えてる?」
「えあ・・・」
「まさか、覚えてないなんてことないよね・・・?」
 瑞佳がやや寂しそうな声音で問いかけます。
「いや・・・えっと・・・」
「・・・まだ決まってないんだよね」
 ・・・・・・さて、この後浩平が瑞佳を追いかけ回すのは放っておきましょう。
 それはさておき、人魚姫を口説きかけた浩平王子はなんと
別の女性と婚約している身でした。相手はまだ浩平が幼い頃に、
本人の意向とはまったく関係ないところで決定されていました。いわゆる
政略結婚です。
 その相手が先ほど出てきた瑞佳で、彼女は大司教の娘です。
それが教会勢力と結ぼうとした先王のしたたかな計略だということは
国民のだれもが知っていますし、本人たちも知っています。
しかし国民が考えているようなものとは全く違った葛藤が
浩平の中にはありました。
 二人は幼い日々を共に過ごした仲です。少なくとも浩平は瑞佳のことを
兄妹みたいな感覚で見ていました。ですが浩平は士官学校へ、
瑞佳は修道院へシスターとしての修行に行き何年かぶりに再会したとき、
浩平は瑞佳の外見の変化に目を丸くしました。幼い日の肖像と、
すっかり女らしく成長してしまった今の姿とのギャップに戸惑うのは
当然のことと言えます。
「私、浩平が全然変わってないから安心したけど、本当に変わってないから
ちょっとがっかりしたよ」
「贅沢言うな」
「ねえ、私は・・・変わったかな?」
「うーん・・・」
「私さあ・・・・綺麗になったでしょ?」
「あ?」
「浩平のために綺麗になった・・・って言ったら、信じる?」
「は・・・」 
自分が結婚を無理強いさせられている、というような被害者意識を
瑞佳はまったく感じることなく、純粋に浩平を想うだけでした。
 ただ瑞佳の気持ちに反して、浩平は居心地の悪いものを
感じずにはいられません。
「・・・俺、閣僚会議の方に行って来るな」
「え、もう終わってるんじゃないの?」
「そんな簡単に終わるわけないだろ。さすがに顔ぐらいは出しとかないと、
大臣たちにしめしがつかないからな」
「そう・・・じゃあ、行ってらっしゃい」
「ああ」
 浩平王子は円卓の間に向かい、やや早足で歩き始めました。
緊張しているようなその面持ちは、来ている軍服と相成って威圧感があり、
偶然通りかかった小間使いは素早く通路の隅に身を寄せて頭を垂れました。
 
<第二話終わり>
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 全裸の道は険しいけものみち 頭隠さず尻も隠さない

電気グルーヴの歌詞を絶叫しながら書くのが習慣となりつつあるから丸です。
 皆さんお元気でしょうか。夏バテくらっている人はストリーキングをやって
 復活してください。元気になれます。
 
 ごほっ。「人魚姫」第二話いかがでしたでしょうか。
 今回は・・・えー・・・自分の作品を解説するほどあほらしいことも
 ないのでやめましょう。親友のNくんが女に振られて校内ストリーキングやった
 話でもしましょうか。それとも全日空で起きた
 ハイジャック犯全裸ダッシュ運動の話でも・・・機長さんのご冥福を
 全裸でお祈りします。
全日空も事件の予防として職員の全裸搭乗を義務づけるそうで、
 あっぱれな話です。そうなれば乗客も全裸で行くのが筋というものでしょう。
 職員も乗客も皆全裸、離陸の時は皆で合唱。飛んでる最中は全員が歌って踊って
 走り回り、着陸の時は全員でヘッドスライディング。
 ビザもパスポートも無視して空港から脱出したのち、ストリーキング運動を
 全世界に広げるわけだな。
 波に乗って戦闘機に乗る人も皆全裸。戦車に乗る人も全裸。 
 もちろん銃を持つ人も全裸。

 「こちら第一全裸情報小隊、前方に全裸戦車!」
 「了解!対戦者全裸歩兵迎撃せよ!」
 「全裸司令部、全裸で応答せよ!敵全裸攻撃機部隊を確認!」
 「全軍退却!全裸でダッシュ!」
 
 うんうん。いい感じだ・・・。
 ・・・妖精さん・・・来てるみたいだな。
 それでは。  
 

 ・・・あ、忘れてた。幻想猫「コークハイ」後編に載せた茜の問答。
 後書きに解説のっけるつもりが忘れてました。
 今更聞きたいって人がいるかどうか定かではありませんが、
 とりあえず書きます。
 その人の内部にある世界を内界、その内界にとっての外を外界とします。
 内界が外界を飲み込んだ場合、その時点で外界が消滅します。
 すると内界と外界は相対的な関係にあるので外界が消滅した時点で
 内界の存在が成立しなくなります。つまりそれは内界にあらずです。
 それからの内界の無限な増幅は、いわば負の数のようなもので、
 広がれば広がるほど現実からは遠ざかる、というものです。
 なんか不明瞭な点があっても抗議しないでください。
 私も正しい答えは知りません。それでは。