人魚姫 投稿者: から丸
序文:

 人魚・・・って知っているかな?
 知っているよな。そう、人魚だ。
 信じないかも知れないが、僕は人魚を見たことがある。
 しかもそれは人魚は人魚でも、ただの人魚じゃない、なんと人魚姫だ!
 さて、その話を今からしようと思うのだけど・・・きっと皆さんはこの話を
 聞けば人魚に失望するかも知れない。だって、この話はロマンチックでは
 あるけども、主人公は人魚姫・・・ただの人魚姫じゃない、勇敢な人魚姫だ。
 だから皆さんが人魚に対するイメージを変えてしまっても、僕を恨まないでほしい。
 それを踏まえて、今から僕はこの話をしようと思う。
 え〜っと・・・あれは僕の故郷だったんだよな・・・
 僕の帰りを待ってる女が二桁ぐらいは居るはずの故郷・・・って信じてないだろ?
 
 あ、そうそう、僕が人魚を見たのは僕の故郷でなんだけど、あそこでは
 年に一度、お城で大きな舞踏会が催されるのさ。その日は、お城に一番近い
 岬に近づかない方がいい。何故かって?そりゃ、人魚姫が跳ねるときに
 水をかぶってしまうからに決まってるさ。

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第一話「船沈む」

 その日、ミッドラント公国近海が激しい大嵐に見舞われていた。
熟練の航海士達をも欺くほどに、それは突然の嵐でした。
「船底の海水が処理しきれません、転覆は時間の問題です!」
「船体の被害も寛大、大破の危険があります!」
 公国皇太子、つまりは王子様を乗せた船がいま崩壊の危機にありました。
水夫達の懸命の努力も空しく、今まさにその巨体は冷たい冬の海中に沈もうとしています。
「ぐわ・・・そう来たか」
「・・・王子は先を読まなすぎです」
 しかし王子は水夫達の闘いも、自分の生命の危機もどこ吹く風。
侍女の茜とチェスの勝負に没頭しておりました。
「よし・・・ここだ!」
「・・・チェックメイト」
 もはや王子の王は窮地に追い込まれ脱出不可能回避不可能、絶体絶命です。
「ま、待った・・・」
「・・・だめです」
 しかし王子も往生際が悪いのでした。
そこに血相を変えた王子の衛兵が駆け込んできます。
「王子、船が沈みます!すぐに甲板の船艇にお移りください!」
「ああ、この勝負がついたらな」
「・・・もうついてます」
「だから、待った」
「・・・だめです」
 近衛兵が地団駄を踏みました。
「そんなことやってる場合じゃない!です!ほら、あんたもなに落ち着いてるんだよ!」
「・・・私だったら、この状態でも3つぐらいは打つ手があります」
「嘘だろ・・・」
「ぐあああああ!!!」
 近衛兵は王子を担ぎ上げるとまっしぐらに甲板に向かいました。すでに緊急船艇の
準備はできています。
「ああ、チェスが・・・この勝負はお流れだな」
「・・・これで17連敗です」
「ところで、なにを急いでるんだ?」
 すでに自分の足で走っていた浩平王子はのんきにそんなことを聞いてきやがります。
すでに血圧がこれ以上ないってほど上昇していた衛兵は鬼のような形相で叫びました。
「だから船が沈みそうだっていってんだよぉぉ!!です!!!」
「そ・・・そうか」
 王子達を始めとする側近達が船艇に乗り込み、特別に選ばれた航海士が岸の方角を
確認し始めました。
「と言うか・・・この嵐で小舟なんか出しても無駄じゃないか?」
「陸まではそう遠くありません。それに湾に入れれば波も静まっているはずです」
風雨が注ぐ直中にいても顔色一つ変えない、見るからに場数を踏んでいそうな
航海士がはっきりとした口調で返しました。
「他の水夫達は?」
「他の船艇に乗って逃げるでしょう。ただ数が足りないので、多くは神に召されます」
「・・・だから貢ぎ物なんて降ろしとけと言ったんだ・・・」
「嵐を回避できなかった我々の責任です!さあ、行きますよ!」
 小さな船が、荒れ狂う海の直中へ投じられます。
 航海士の判断は間違っていませんでした。たしかに小さな船ですが、岸までの
わずかな距離は持つはずでした。しかし、王子の日頃の行いが悪いせいでしょう、
船は偶然にもその日最大級の波に盛大に迎えられました。もちろん、船がもつわけはありません。
「やっぱ無理だったな・・・」
「岸まではあと少しです、神のご加護を!」
 ついに船はこっぱみじんに砕け散り、乗っていた王子を始め側近達はバラバラに海へと
投げ出されてしまいました。王子も逆らうことはできず、波の衝撃に乗せられて
海へと落下しました。
 そこへ、なんか騒がしいな、と思った人魚姫が偶然にも海面に顔を出しました。
「やっぱりすごい嵐ね。あれ、なにかしらこの木切れ・・・」
 ごつっ・・・
 ここに第三者がいたのなら、そんな鈍い音が聞こえたかも知れません。
 悲運な人魚姫は、わざわざ今まさに崩壊しようとする小船の真下に顔を出してしまいました。
さらに、そこに王子が落下してきましたから大変です。
「くあ・・・」
「・・・」
 強烈なヘッドバットのもとに、二人が劇的な出会いをした瞬間でした。しかし王子は気絶し、
人魚姫は頭を押さえて唸っています。
「なにすんのよ、このぉ!!」
 ぼかっ!
 振り向きざまに姫が放った右フックが王子の顔面に直撃しました。王子は気絶していたので
幸いにも痛みは感じずに済みましたが、脳にダメージをくらい身体的には
かなりやばい状況でした。
「・・・」
「あ、ちょっと。そのまま沈まないでよ!」
 心優しい人魚姫は、なすすべもなく海中に没しようとしていた王子を引き上げました。
 そしてそのままにするわけにもいかず、人魚姫は王子を陸地へと引っ張って行きました。
「お、重い・・・」
 その嵐の中で運良く助かったのは王子を含めてほんのわずかでした。
なお、助かった者の中で侍女の茜の姿を認めた者は一人もいなかったそうです。
「・・・すごい嵐ですね」
 茜は一本のほうきにまたがり、荒ぶる雨風を無視して陸地へと向かっていました。
 
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 人魚姫と王子はどうにか陸地へとたどり着きました。その時にはすでに嵐が
静まっており、辺りは本来の朝の光を取り戻しつつありました。
「ちょっと、起きなさいよ・・・」
 しかし王子は陸へ上がったにもかかわらず一向に息を吹き返す様子がありません。
「水でも飲んじゃったのかしら」
 人魚姫が王子のお腹をぐいっと押してみると、なるほど王子の口から
ごぼっと水が吹き出てきました。しかし、それでも王子は目を覚ましません。
「た・・・確か、人間の場合はここで人工呼吸ってのをやるのよね・・・」
 純真な人魚姫はどうしてもベタな発想をしてしまいます。
実は姫は、17という年齢にしていまだに少女漫画を部屋の中へため込んでいるという
非常にロマンチストな性格をしていました。それこそいつか王子様が自分の
目の前に現れると本気で信じているという見方を変えるとちょっとやばい性格の
持ち主です。
「よぉーし」
 すーはー、と深呼吸をして人魚姫は目標を見定めました。
「・・・・・・よく見たら、結構いい男じゃない?」
 王子の顔立ちは、確かに美形と言って差し支えないものでした。
服装も王子の装飾ではありませんが、なかなか立派なものです。
「どきどきするわね・・・」
 純真な人魚姫はやや顔を紅潮させながら、そーっと王子に顔を近づけました。
ごつっ・・・
 ここに第三者がいたのならそんな音を聞いたかも知れません。
人魚姫のなめやかな唇が王子のそれに触れようとしたまさにその瞬間、
王子はなんの脈絡もなく意識を取り戻し、いきなり起きあがりました。
おかげで肉迫していた人魚姫と激しく頭を打ち付け、二人とも
額を押さえてのけぞりました。
「くあ・・・」
「い、痛いぞ・・・」
「ちょっと、あんた!急に起きあがらないでよ!」
「な、なに?」
 人魚姫に怒鳴られ、王子ははっきりいってかなり驚きました。目の前にいるのは
下半身が魚というどっからどう見ても人外のナニモノかです。
「よ、妖怪!?」 
「人魚よ!」
「同じ様なもんだろ」
「かなり違うわよ!」
 人魚姫は魚の下半身をぴちぴちといわせながら、王子の方へにじり寄って
いきました。王子も人魚の話を聞いたことがないわけではありませんが、
こう直に見てみるとやっぱり人外のモノに変わりはなく、はっきり言って
かなり不気味です。
「うお、寄るな!」
「何よ、助けてあげたのにその言い草は!?」
「なに、助けた?」
「そ、そうよ。あんたが海に落ちて気を失ってたから、
 あたしがここに引っ張ってきて上げたんじゃない」
「そう言えば・・・なんか、固い物に頭をぶつけて気を失ったような・・・」
「そうよ、それよ!」
 右フックをかましたことは永遠の秘密です。
「そうか、そりゃ悪かったな」
「いえいえ・・・」
「うーん、ここじゃたいした礼ができないんだが・・・」
「別にいいわよ、そんなの」
「そう言うな。ああ、そうだ。今度王城まで来てくれるか、
 その時だったら礼がいくらでもできるぞ」
「王城って・・・あんた、城の兵隊?」
「違う。王子様だ」
「絶対嘘ね」
 人魚姫は反論の隙を与えずに即答しました。
「どうして信じない!?」
「だってあんた、その格好はどうみても軍人じゃない!」
 確かに王子の服装は王族のきらびやかな服装ではなく、地味な軍人のいでたちでした。
「いや、これは動きやすいから着てるんであって・・・」
「それに王子様って雰囲気じゃないわよ」
「じゃあ、どんな雰囲気だ?」
「そう言われると困るけど」
「そりゃお前、王族に対する偏見ってもんだぞ」
「そうかなあ・・・」
 人魚姫はだんだんと自分の体が乾燥してきていることも忘れて頭をひねりました。
「ともかく、今度の週に城で舞踏会があるから来てみろ。
 王子だって証明してやるから」
「そんなこと言ったって、どうやってお城に入るのよ」
「そうだな、それじゃあこれをやるよ」
 そう言うと王子は懐から一本の短剣を取り出し、姫に手渡しました。
「・・・なにこれ?ずいぶん古い剣ね」
「大事に扱ってくれよ。王家に伝わる秘宝なんだからな」
「うさんくさいわね・・・」
「それじゃ、俺は城に帰るぞ」
「はいはい、さようなら」
「また会えるといいな」
「・・・運がよかったらね」
「ははは、じゃあな」
「うん、ばいばい」
 人魚姫はどぼんと海に飛び込み、そのまま海中へと帰っていきました。
王子は思わず海面に近寄り、姫の姿を確認しようと身を乗り出しました。
しかし姫はすでに海へと戻りその姿はなく、代わりに海と女の匂いが混ざった
不思議な香りをそこに感じました。
「・・・本物か」
 王子はぶるっと身震いして、少し恐怖を覚えました。
しかしそれとは逆に、あっさりと別れてしまったことを悔やみました。
「帰るか」
 舞踏会に来てくれればいいなと、本気で思いながら王子は
城へと帰っていきました。

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「じゃあなに。そいつ、自分が王子だって言ったの?」
「そうよ。怪しいでしょ?」
「う〜ん・・・でもさ、難破した船には王家の紋章があったらしいよ」
「だったら、あいつは護衛の兵士かなにかだわ」
 ここは海中の王宮、人魚姫の庭園です。城の四方は鮫や鯨に姿を
変えた兵士達が固めており警戒は厳重です。
先ほど警備をかいくぐって嵐の様子を見に行った姫のおかげで、
警戒はさらに厳しくなっています。
「そうそう、あいつが去り際にこんなもの渡していったんだけど・・・」
「なになに?」
 そして傍らにいるのは人魚界でも名が高い大貴族の娘で名を詩子といいました。
「ちょっと留美!これって・・・」
「え、それがどうしたの?」
 詩子は短剣を手渡されると血相を変えてそれに見入りました。
「これってもしかして・・・魔剣ストームブリンガー!?」
「え、それなに?」
 こう見えても詩子は剣を始めとする武具や兵器が大好きな、そっちの方面には
かなりマニアな女の子です。ですから剣の伝説に関してもそこらへんの
人とは比べ物にならないくらい詳しいのでした。
「なにって、留美!これはあの邪王エルリックが同じく魔剣を手にした
 弟のイイルクーンを滅ぼすために「影の門」と呼ばれる異空間から・・・」
「ちょ、ちょっと。もう少しゆっくり話して・・・」
「だから、これはすっごく恐ろしい、いわくつきの魔剣よ!」
「魔剣・・・まさか」
「続きがあるわ!エルリックは弟に勝利したんだけど、その後は血と戦いを欲す魔剣に
 とりつかれてひたすら戦場を求めてさまよい続けたって話よ!」
「な、なんかすごいわね・・・」
「すごいなんてもんじゃないわ!大体この剣で一度人を斬り殺すと、
 その生命が使用者に流れ込んで一生人を斬り続ける運命を辿らなきゃいけないのよ!」
「待ってよ。そんな恐ろしいもの渡すはずないわよ・・・」
「私の目に狂いがなければ、これは絶対に本物よ」
「まさか・・・」
「それなら」
 詩子は剣を鞘から抜くと、おもむろにそれを自分の腕にあてがいました。
「ちょ、ちょっと詩子」
「見てて」
 そして剣を擦るようにして少し肌を斬りつけました。傷口から人魚の青い血が
流れます。
「だいじょぶ?詩子」
「・・・・・・」
 すると剣に変化が起こりました。突如として薄汚れた剣から黒い煙のようなものが
生じ、それが詩子の傷口にまといつきます。煙は傷口から血を吸い出すように
ぐるぐると腕に巻きつきました。
「な、なによこれ!?」
「だから魔剣だって・・・」
 やがて浮き出ていた血を吸い尽くすと煙は剣に戻りました。
 するとそれまで古く錆び付いていたように見えていた剣が鮮やかな黒に染まり、
鋭い輝きを放ちました。さらに剣から無数とも思える死者の叫び声が聞こえます。
「わあ、どうなってんの・・・」
 やがて叫びが終わると剣は輝きを失い元の色に戻りました。
ですが剣がわずかに大きさを増したように見えます。
「・・・本物ね」
「・・・・・・」
「ね、留美」
「い、いや・・・」
「そいつ、きっと本物の王子よ。でもこんなもの渡すなんて相当な馬鹿だわ」
「なんでこんなの渡したのよ・・・」
「大体、これは王家の財宝なんてもんじゃないわ。王家の秘密を握る禁断の代物よ」
「あ、あほだわ・・・あいつ」
「うん、あほよ」
 殺戮の主を求め続ける恐るべき魔剣が、浩平王子の単なるきまぐれにより
王家から失われました。これから留美と詩子は否応なしに物語へと
巻き込まれてゆくのです。 

<第一話終わり>
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 忙しいときには、時間があれば書けるんだがなあ、とか思っていたのに。
 時間があると創作意欲が萎えるという、書くというのは実に不思議な作業ですねぇ。
 ごほっ。まあそんなことはいいとして、から丸の新たな長編第一弾、
 いかがでしたでしょうか。今度の主人公はズバリ七瀬!どのSSでも散々な
 扱いの留美ちゃんにさあお姫様の出番だ・・・でも何故か書いてるうちに
 魔剣の話が出てしまい。この先もおそらく血しぶきなしでは語れないお話に・・・
 なんでこうなるのやら。これはもう七瀬の宿命だ。うん。
続きますので気が向いたら読んでください。では。

 あ、そうそう。前に書いた「夜曲」の中で間違いを訂正します。
 「捕獲兵器」ではなく「ろ獲兵器」です。