夜曲 投稿者: から丸
 深い深い眠りの中だった。気の休まることのなかった今日までの日々を
思うと、まさしくそれは天へと昇るような安らかな眠りだった。
 こうやって毛布にくるまってぬくぬくしていられるのは、
きっと神様が俺に与えてくれたねぎらいに違いない。それをかみしめて、
今日は心ゆくまで眠るとしよう。
 深い深い眠りだった。
「折原・・・」
「折原」
「起きろ、折原・・・」
 ふと、俺を呼ぶ声がする。俺は寝ぼけ眼をぐしぐしとこすりながら、
俺を起こした張本人を見やる。
「なんだよ・・・住井」
「敵だ・・・」
 俺はがばっと跳ね起きようとしたところを、住井に止められた。
「動くな、じっとしてろ」
「どうするんだ」
「ほら、そこに・・・」
 住井が隣でさっきまでの俺と同じように眠っている兵の手元を指さす。
そこには捕獲兵器の軽機関銃があった。
 住井は取ってくると手で合図 すると、姿勢を低くして隣の兵の所まで進んだ。
その間に、俺は自分の持っている小銃を確かめる。音を立ててしまうので
確認はできないが、おそらく弾は入っているはずだ。
 敵はすぐ目の前まで来ていた。こちらの急ごしらえで作った塹壕まで後10mと
いった所だ。俺達以外に敵の接近に気がついている奴がいるかどうかわからないが、
この調子だとどうやら歩哨はまっさきにやられたらしい。
 住井が軽機の準備を整える。こちらには戻ってこずに、その場で応戦するようだ。
俺もここを動かずに銃を構える。住井の射撃が合図だ。
「・・・・・・!」
 住井が撃つよりも早く、敵が気づいて悲鳴を上げた。おそらく、伏せろ!とでも
叫んだのだろう。
 もちろん住井は敵が伏せるまで待つことはなく、声と同時に射撃を開始した。
油断していた敵を住井が横になぎ払う。
「敵襲!!」
 俺も小銃で応戦する。近くにいる敵から順に、撃って撃って撃ちまくった。
「起きろ全員!!敵塹壕前方!!」
 目を覚ました分隊長が味方に指示を出す。俺はその声を聞くまでもなく、
塹壕に張り付いて敵に向かう。
「死にやがれぇ!」
 住井が目の色を変えて撃ちまくる。前方の敵は虚を突かれたようで、
草の上に突っ伏して釘付けになっている。
「ぐぁ!」
 予期せぬところで味方の悲鳴が上がる。
「住井!敵が侵入してるぞ!」
「わかってる、気を付けろ!」
 どうやら気づくの遅くて敵の陣内進入を許したようだ。これで俺達は
中と外からの攻撃にさらされることになる。しかも辺りは真っ暗闇で、
どこに誰がいるか、敵か味方か実に判断しづらい。敵の夜襲は半分成功しているようだ。
「2番塹壕へ後退する、走れ!!」
分隊長自身も小銃で応戦しつつ指示を出す。敵がどのくらい陣内に進入してるか
分からず、この状態で戦うのは無理と判断したのだろう。後退の命令が出された。
「住井、大丈夫か?」
「俺が援護する。行け」
「敵は正面だけじゃないぞ!」
「正面の敵がここに殺到したら終わりだ!さっさと行けぇ!!」
 住井が悲鳴じみた声を俺に浴びせる。確かにこの状態で援護なしに後退するのは
危険だ。住井の言うことはもっともかもしれない。
 俺はかがんだ状態で後ろの塹壕までの道のりを必死に走り抜けた。
 頭のすぐ横をぴゅんぴゅんと弾丸がかすめていく。俺は止まって地面にへばりつきたい
心を抑えて、なんとか塹壕まで到着した。
「副長、何人残ってる!?」
「ここには7人です!!」
「隊長、住井が残っている!」
「構っていられん!陣内帰討しろ!!」
「隊長!住井が!」
「貴様も撃て!」
「たい・・・」
「黙れ!!」
 味方の機銃がさっきまで俺がいた塹壕も含めて陣内を帰討する。
肉迫していた敵兵が次々と倒れていく。
「住井ぃー!!」
 やがて陣地内に動く者がなくなると機銃は止まった。さっきまでとは
うって変わって、辺りを静寂が支配する。
「誰か、偵察だ」
「俺が行きます」
 俺は2番塹壕を出ると、さっきと同じく姿勢を低くして、今度は音も立てないように、
住井がいるはずの1番塹壕へと向かった。
「住井・・・」
 塹壕の中に、ごろりと転がる丸いものがあった。
「住井・・・」
「よぉ」
 住井の生首がにやりと笑う。

「ほら、起きなさいよー!」
 カーテンの引かれる音。同時にまばゆい陽光が瞼の裏を刺す。
「あ、あれ・・・」
 そこは俺の部屋で、目の前には長森がいた。
「あれじゃないよ。起きるんだよ」
「ええと・・・」
「ほら!」
 長森が俺の布団を勢いよく剥いだ。俺は反動で床の上に投げ出されてしまう。
「長森・・・」
「なに?」
「今日は何日だ?」
「今日は・・・えーと」
 長森が部屋のカレンダーを見やる。
「四月、一日だよ」
「ああ・・・そう」
「だから、早く起きなよ」
「ああ・・・あれ、じゃあどうして長森がいるんだ?」
「それは、嘘だからだよ」
 長森が背から一振りの日本刀を取り出し、俺に手渡した。
「終わりだ・・・」

<終わり>
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終わりです。