幻想猫の魔法 投稿者: から丸
第八話 「コークハイ」<前編>

 世の中、どうしようもない現実というものがある。そう、それは文字通り
どうしようもない。どうにもできない。いかんともしがたい。
 実際、自分がそんな状況に陥ったらどうするのだろう。ふと、そんなことを
考えてみる。そして思う、それは目の前にしないと意味がない。考えても、
その答えは的を外したものに決まっている、と。
 そしてそれはその通りだった。
「おはよう、住井」
「・・・ああ、おはよう」
 12月24日 晴れ 目が覚めたら隣に折原くんがいました。
 なんて学級日誌を想定している場合かっ。
「記憶を取り戻せ、住井」
「・・・・・・」
 えーと・・・
「ああ、そう言えば、クリスマスの前夜祭にお前の所に遊びに来て・・・」
「そしてつい酒が・・・」
「家に酒を常備するな、この不良!!」
「勝手に飲んどいてなに言ってやがる!!」
 ベッドの上で折原と掴み合い、じたばたともつれ合った。
どうやら制服のまま寝たらしく、両者とも見るに耐えないシワだらけのいでたちだ。
「・・・・・・え?」 
 と、そこへ来訪者あり。ドアを開けて呆然としているのは我がクラスが全校にほこる
美少女、長森瑞佳その人であった。
 長森さんはベッドの上でもつれあっている二人を前に、しばし呆然としていた。
「えーと・・・」
 長森さんは驚きのあまり、無表情でこちらを伺っていた。
俺は何も言えず、折原が弁明するのを待っていた。
「まあ、そういうわけだ、長森」
 そう言って折原がはっしと俺を抱きしめた。背中に鳥肌が立つ。
 くらっ・・・
 長森さんは目眩を覚えたのか、危うく卒倒しかかった。それでもなんとか倒れるのは
免れたが、立っていられず尻餅をついて誰へ言うでもなく呟く。
「あ、あははははは・・・ははは・・・」
 いや、引きつっている。
「止めてやれ、折原」
「冗談だ」

(「貴様ら、わけのわからない冗談はやめろ!!いっぺん死んでこい!いや、私が
殺してやるっ!!」)
 いや、今のは俺の想像上の声。ホンモノは次。
「もう、二人とも変な冗談はやめてよね・・・」
「引っかかるお前もお前だ」
「だって、あんまりリアルだったから」
「長森さん、そりゃあんまりだ・・・」
 ここは通学路、生徒が学校への通学へ使う道。俺達にとってはそれ以上でも
それ以下でもない。
「あ、そうだ長森。今日のパーティーに食い物用意してくれるか?」
「いいけど、お買い物に付き合ってよ」
「それは、それに付き合わないと住井との一件を学校中に言いふらす、という脅しか!?」
「そんなこと誰も言ってないよ!」
「わかった。買い物でも地獄でもどこでも付き合おう」
「だからそんなこと言ってない・・・」
「住井、こいつはいつもこんな調子なんだ。同情しろ」
「こら!」
 ・・・・・・はいはい、ごちそうさん。お前ら本当に仲がいいんだねぇ。
まったく妬けますよ。
「そう言えば住井、お前と詩子はどうなったんだ?」
 そうきたか・・・
「あ、付き合ってるんだったよね?」
「ま・・・まあ、そういうことだが」
「住井くん、顔が赤いよ〜」
「・・・で、どのあたりまでいったんだ?」
「こ、こら浩平!なんてこと聞くんだよ!?」
「なにを言う、親友としてそのあたりのことを把握しとくのは義務だ」
「どこの世界の親友だよ!」
 お前ら二人の世界に入るな!そりゃ通学中はいつも二人だからしょうがないでしょー
けどねー!
「と、いうわけでどのへんまで・・・?」
「あははは、そりゃもうあんなことやこんなことしちゃった仲だよねぇ、護?」
「あー、そうだな・・・」
「・・・・・・」(折原)
「・・・・・・」(長森さん)
 詩子の超突然な登場に二人は唖然とするばかりだが、俺はもう慣れていた。
「どうしてここがわかったんだ?」
「いや、話し声がしたから」
 動物か、お前は。
「もー護ったら、先に行くなら何か書き置きでもしていってよ」
「いや、先に行ったわけじゃないんだが・・・」
 折原が一瞬にやっと笑って、おもむろに口を開く。
「あ、住井は昨日の夜を俺と共にしたんだ」
「へ・・・?」
「浩平!誤解を招くような言い方しないの!」
 折原め・・・今日はやたらと食いついてきやがる。
 とりあえず、昨日の一部始終を詩子に語って聞かせた。
「まあ、そういうわけだ」
「それで間違いはなかったの?」
「あるか!!」
 詩子が真顔で尋ねる。まさか本気で疑ってるんじゃなかろうな。
「なあ、ところでお前ら、毎朝一緒に登校してるのか?」
 折原はさっきから走りっぱなしで多少息が上がっている。煙草の吸いすぎだ。
「ああ、まあここ最近だけどな」
「柚木が毎朝迎えに行ってるのか?」
「ううん、寝てる場所が一緒だから朝も一緒だよ♪」
「そうか、野暮なことを聞いて悪かったな」
「え・・・毎朝・・・?」
「違う!!とんでもないこと言うな、詩子!!」
 折原は騙されていることを自覚しているのかしていないのか、ともかく
面白がっている。長森さんは顔を真っ赤にして完全に信じている。
「そうか、男になってたんだな、住井」
「だから違う!!」
「初体験は公園でだったんだよ〜」
「ほ、ほんと・・・?」
「そこ!長森さんに変なこと吹き込むな!!」
 詩子が怪しい目つきで長森さんに耳打ちする。
「で、住井。本当のところはどうなんだ?」
「お前、やっぱり遊んでやがったな・・・」
 長森さんのことでさんざんからかったのをここで晴らそうとしているらしい。
折原のサディスティックな目の輝きがそれを証明していた。
「そんなこと教えるわけないだろ・・・」
 当然、そんなこと言えるわけがない。
「それで、遊び疲れたあたしを人気のない公園に連れ込んでね・・・」
「えええ・・・!?」
「辺りはもう真っ暗だし、寒いの。そこで護が「寒いだろ?」とか言って
あたしをベンチに押し倒して・・・」
「そ、そんな強引に?」
 二人の話は事実の都合などなんのその、どこまでも無限の広がりを見せていた。
「お前が俺に真実を言わないと、むこうの話が既成事実化するぞ・・・」
「ぐう・・・」
もう駅との分かれ道はとっくに過ぎているのだが詩子は一向に離れる様子がない。
「し、詩子・・・電車に遅れるぞ・・・?」
「あたし抵抗したんだけどね〜?護ったらそれはもう見事にあたしの服を・・・」
「・・・・・・」
「な、長森さん、嘘だよ・・・?」
 そう声をかけた俺を長森さんは上目遣いにちらちらと見やる。 何かいかがわしいをものを恐る恐る、といった感じだ。
「そうだよ〜。あたし初めてだったのに・・・」
「長森さん、全部嘘だからね・・・」
「じゃ、電車に遅れちゃうからあたしはこの辺で、また後でね護!」
 詩子はぴょんと飛び上がると、そのまま大きく手を振って閑散とした朝早い通りを
駅の方向へ走った。さすがに今日は折原達もいる手前、投げキスはしなかった。
「う〜む。住井に先を越されるとはな」
「だから、あれは全部嘘だ・・・」
「・・・・・・」
 折原は完全に事実をすげ替え、長森さんも詩子の話を真に受けてしまっているようだ。
真実はもはや闇の中。まあ、この二人の関係教育上そういうことにしておいてもいいか・・・
「ふ、そうだぞ折原。お前はいつまで子供でいるつもりだ?」
「なにおう、俺だってなあ・・・」
 開き直りやがったな、と表情が訴えていた。
「俺だってなあ、その気になれば・・・」
「浩平、見栄はっちゃだめだよ」
「ええい、お前だって結局一人者だろうが!」
「それは、浩平がいつまでも彼女作らないからだよ」
「よしわかった。俺は近日彼女をゲットするから、お前も標的を定めておけよ」
「狩りじゃないんだから・・・」
 あれあれ、思いもよらぬ展開だな。長森さん、セリフはいつも通りだが声音がやや寂しそうで、
最後の方はくぐもって聞こえないほどだった。鈍感男折原はその様子に気づくことなく、
本気で女の工面を考えているようだった。
「はあーー・・・」
「なんだ住井、そのため息は」
「いやいや、世の中ってのはやっぱりうまくできてないな」
「なんだよそれ・・・」 
 は・・・そう言えば、俺の服はしわだらけだったな。横目で折原を見やるともちろん
やつも同じくしわだらけだ。周囲から浮くほどにひどい格好だった。
「アイロンくらいかけておくんだった・・・」
「もう遅い」
 登校してくる生徒達の波に埋もれながら、一体俺達はどういう目で見られているのだろう、
と少し不安だった。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「みゅー!」
 明らかに体の大きさとは不釣り合いな、それでいて本人の幼さをより強調させる
だぼだぼの服を着た繭ちゃんが折原にぽふっと抱きつく。ああ〜、気持ちよさそう・・・俺も一回やられてみたい・・・
「おお、椎名。今日はパーティーだからな」
「うん!」
 繭ちゃんが近くにいると誰もが無条件にほわーっとした気持ちになる。
繭ちゃんが子供だからかどうかはわからないが、ともかく特別な雰囲気を持っているのだ。
「俺もおじゃまするからよろしく・・・」
「あ、南君も参加するんだ?」
「ああ、よろしくね」
「うん、歓迎だよ」
 南が長森さんの笑顔にやられて、でれっとしている。甘い甘い、南よ、
それは長森さんの営業スマイルだ。本物の笑顔は好きな男の前でしかしないぞ。
「・・・参加するのは、これで全員ですか?」
「後、一年の子が一人加わるけど・・・」
「・・・そうですか」
 まあ他にも長森ファンクラブの面々から里村隠れファン、繭ちゃん親衛隊のメンバーが
数え切れないくらい志願してきたんだが、俺と折原で一蹴した。まったく、こんな
おいしい場面を男どもに浸食されてなるものか。
「浩平、買い物にはちゃんと付き合ってね」
「南。こいつは俺を脅迫してるんだ。ひどいんだ」
「こらぁ!」
 クラスの一角がにわかに賑やかになっていた。
 俺はその時ふと、その光景を遠くから眺めているような不思議な感覚に襲われた。
 俺の周りに人がいる。そして俺はみんなの一部なのだ。自然に、成り行きで
連れ合っているように、普段は思える友達。だがその時、俺達が出会ったのは
決して偶然ではないようなそんな気がした。
「どうしたんだ住井。ぼぉーっとして」
「へ?いや、なんでも」
「住井。お前も荷物持ちやらないと秘密を全校にばらすと長森が・・・」
「言ってない!」
 うーん・・・なんでもないシチュエーションのはずだが・・・なんだろう?
なんかこう、今あるこの風景に感謝したい気分なのだ。
「くっくっく・・・」
「ほえ?」
「なに笑ってんだ住井、不気味だぞ」
「いや、悪い」
 まったく、ひねくれ者の俺らしくもない。

 終業式はやたらと長く感じた。先生方の高貴なお話は塵ほども頭には入っていない。
「みゅー・・・」
 繭ちゃんもうずうずしてしょうがないようだ。いや、いつもあんな調子か・・・?
『おー、牧場は』
『みーどーりー』
 折原は折原で他クラスの男と口ぱくで合唱を行っていた。誰が考えたのか式中の
遊びの一つで以前は男子全員が同時にそれを行い、全くの沈黙の中、体育館が騒然となる
という不気味な事態が起こったほどだ。
 まあ、そんなことはどうでもいい・・・俺も今夜のことを考えていた。
まったく、これは楽しいイベントになりそうだ・・・酒も入るし女の子までいるとなっては・・・
そう言えば・・・詩子との仲をこれ以上に進展させるにはよいチャンスかも・・・
なにしろ酒が入るだろ、しかもクリスマスとあっては恋人達を止めるものなどありは
しないではないか・・・そうだそうだ・・・しかし、折原の家でどうやって・・・うーん・・・
 まあ・・・そんな不純なことを考えている内に式は終わった。
 その後は現地集合を決めて一時解散。俺達は長森さんと折原と共に買い物部隊として
街に繰り出していった。

「長森のだんな・・・いいかげんに、わしらを国に返してくれろ」
「そうじゃそうじゃ、利息を払う前に老いて死んでしまうわい・・・」
「二人とも誰のまねだよ!?」
「うへえ・・・長森どんは鬼じゃ・・・これ以上わしらから何を取るというのだ」
「もうわしらには血の一滴すら残ってはおらんよ・・・」
「わー!もうやめてよー!」
 クリスマスの賑わいでごったがえす中央通り。高校生が通りのど真ん中でばか騒ぎを
したところで、文句を言う奴はいない。
 俺達は名主の長森さんに率いられ、街で買い出しの強制労働に従事させられていた。
「さて・・・これが最後の仕事になるかもしれんのぉ・・・次はどこで働けと・・・」
「う〜・・・」
「わかった。もうやめるから泣くな」
「ごめんごめん、許してよ長森さん」
「もう、さっさと済ますよ・・・」
「みゅー♪」
 長森さんに手を引かれている繭ちゃん。繭ちゃんは手を繋がれながらも
始終あっちに向いたりこっちに向いたり・・・と落ち着かない。手を離したら確実に迷子だ。
うーむ、これは姉妹と言うより親子だな・・・
「お祭りの準備ってうきうきするよね♪」
 そしてどこからともなく合流している詩子。
「へへー、護、楽しみだね♪」
「そうだな」
「どした護くん、暗いぞ」
「荷物持てよ!」
「力仕事は男の子の使命だよ♪」
 使命ってなんだ使命って!?
 俺達と同じような目的であろう買い物客で賑わう店を転々として
俺達は食料調達を果たしていった。なにせ8人分ともなると量が多い。しかも主戦力が
俺と折原の二人だけだからその労役は果てしない。
 スーパー、肉屋、八百屋、コンビニ・・・そして酒屋!!
「いいか、繭。英国産の火酒とウィスキーだ。後はビールでいいからな」
「えいこく・・・ひざ・・・び・・・?」
「ちょっと待て折原!繭ちゃんがそんなに酒に詳しいのは不自然だろ!?」
「心配ない、俺は中学の頃から飲んでる」
「解決になってねぇ!」
「繭ちゃん、ブランデーもよろしく・・・わかる?」
「ぶらん・・・」
「こら、みんな!未成年がお酒飲んじゃだめだし、繭にそんなことさせちゃだめだよ!」
「なにを言ってる。制服姿の俺達じゃ買えないだろ。椎名ならシャレですむ」
「だから繭はだめー!」
「この紙を店の人に渡すんだ、いいね?」
「うん」
「がんばってね繭ちゃん!」
「ああ、もう・・・」
 繭ちゃんの活躍によりアルコールもゲット!!偉いぜ繭ちゃん、こうやって人は大人に
なっていくんだよなぁ。
 まあそんなわけで買い出しも終わり、俺と折原がどでかい調達品を担いで会場である
折原の家に急いだ。
「ねえねえ瑞佳・・・今朝の話しの続き・・・聞きたくない?」
「え・・・まだあるの?」
「あるよぉ〜ハードなのが・・・」
「はーど・・・?」
 もう知らん・・・どうにでもしてくれ。
 それより俺は今朝の恨みを折原に晴らさねばならない。
「折原よ・・・来るべき時は来たな!」
「な、なんのことだ?」
「とぼけるな・・・なんのために酒を用意したと思っているんだ!?」
「宴会だろ?」
「そ〜だな、つ〜まり女の子に飲ますために仕入れたわけじゃないか!」
「ん・・・?」
「だからな・・・長森さんに飲ませて接近をはかるのがお前の役目だろうが」
「だから、俺と長森はそんなんじゃ・・・大体、長森は酒を飲まない」
「ふっふっふ・・・」
「なんだよ?」
「お前、コークハイってものを知ってるか?」
 俺と折原の策謀は続いていた。
「ねえ、瑞佳の初体験はやっぱり折原くんの部屋・・・?」
「えええ!?な、な、な・・・」
「違うの?」
「あ、あの・・・その・・・わ、私は彼氏いないし、浩平とはそんなんじゃ・・・」
「ええ、そうなの!?」
「そうだよ・・・」
「あたし、てっきり二人はできてるものだと思ってたのに・・・」
「で、できてるなんてそんな・・・」
「じ、じゃあこの子は誰の子なの!?」
「ほえ?」
「繭は椎名さんちの子だよ〜・・・」
 なんか長森さんが困ってる・・・どうせまた、詩子がはやとちったこと言って迷惑かけてんだな。
「そうだー折原、ここで幼なじみとしての壁を破るのだぁ」
「だから長森とは・・・」
 俺の策謀は続いていた。
 もう夕焼けも落ちかけるころ、俺達は折原の家の前まで到着した。
折原が家の鍵を取り出してドアを開く。禁忌の扉が今こそ開かれ、宴の始まりを告げた。

<第八話前編終わり>
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 うーん、やっぱり前編後編に分けるべきですね。長いし。
 後編も近いうちに書きますのでどうぞよろしく。
 それにしても最近は賑やかですねえ・・・