幻想猫の魔法 投稿者: から丸
第六話「うぃんどぶれーかー」

 俺は珍しく早起きした。日曜日は絶対に昼まで寝るのが俺にとっての
鉄の掟だったのだが、それを何年かぶりに破ったのだった。
 快晴というわけでもないが今日はいい天気で、予定に支障はなさそうだった。
別に急ぐこともないのに、やたらと無駄のない動作で俺は身支度を整えた。
服は下がジーンズに上が皮のコート・・・ではなくてウィンドブレーカーという
極めて適当な服装だった。こんなときぐらい特別な、それっぽい服があっても
いいだろうに・・・いいかげんな自分の性格を呪った。
「う・・・顎が痛い・・・」
 まあ、いでたちは少し不服だが、他は特に異常なし・・・と思っていたのに、
歯を磨こうとしたときにそれに気づいた。顎を動かす度に、押さえつけられるような
鈍い痛みが走る。原因は明らかに昨日の一件にあった。

///////////////回想////////////////

 BGM:太鼓の音
 俺は負け続け、その時すでに30枚になっていた。
「うぐ・・・もうやめてくれ・・・」
兄貴1(長男)「これしきで音を上げるな!まだまだ段ボール一箱は残っているぞ!」
俺「ぐあ・・・嘘だろ・・・」
兄貴1「はっはっは!!さあ配れ配れ、次の倍率は3だ!」
 この日のルールは完全デスマッチで途中退場なし、
逃亡した場合は「死」という過酷なものだった。
 BGM:花火
俺「し、死ぬ・・・」
兄貴1「よし裏返せ!さあ護、死にたくなければ行け!!」
俺「ち、ちくしょぉー・・・」
兄貴2(次男)「しゃべれば楽になるぞ・・・?」
俺「絶対しゃべらねえ・・・」
兄貴1「それでこそ住井家の男だ!さあ戦え!!速さが命だぞ、護!!」
俺「うおおおおぉぉぉ!!!」
 俺はその後も苦戦を強いられ、終わったときには50枚以上になっていた。
 
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「えーい・・・58枚なんて無茶なことさせやがって」
「ばかもの。それぐらいで根を上げるなんてお前はまだまだ甘いぞ」
 いつの間にか後ろに居た兄貴(次男)がいきなり声をかけてきた。
「俺がお前ぐらいの頃はすでに80枚は余裕だった」
「そりゃどこかおかしいぞ・・・」
 住井一族に伝わる最も恐ろしい慣習「仏でわっしょい」は健在だった。
ちなみに世界記録は126枚らしい、恐ろしいことだ。
 現在時刻は午前九時半、詩子との約束は11時だからいくらなんでも早すぎる。
「どこか寄り道でもするかな」
 もしも外の天気が俺の運命を表しているとすれば、今日は微妙な所だろうか・・・
薄く雲がかかった空を見上げながら、俺は深呼吸した。
 詩子のやつは遊び慣れているらしいから、いくらなんでも俺がデート初体験だと
いうことは感づかれないようにしなければ・・・。ちょっと待てよ、遊び慣れていると
いうのは聞いたが、もしかしたらベッドの中の経験も豊富か・・・?ぶるぶるぶる!
いらんこと考えんとこ。
 それよりもこういうときに相手とどういう風に接したらいいのか・・・
「・・・普通でいいと思うよ」
「わああ!?」
 慌てて辺りを見回してみた・・・誰もいない。
「・・・?」
 正体不明の天の声に惑わされながらも、俺は無事に待ち合わせ場所に到着してしまった。
寄り道するはずだったのにそれすらしなかったため、時間は大幅に余りまくっていた。
「う・・・あと40分か・・・」
 待つには長く、他の場所に行って時間をつぶすには短い、なんとも中途半端な
時間だった。まあ、いまさらどうしようもないので、俺は待ち合わせの目印である
石碑に寄りかかると黙って待つことにした。
 この石碑・・・この街の名物の一つなんだが、なんかこの辺りの土地が戦争で
奪われたことがあったらしく、それを取り返した記念に建てた、らしい。
高さは20メートル近くあってバカ高く、てっぺんにはその時の勝者である指揮官が
銅像として飾られているのだが・・・まあ、今の俺にはさほど関係のないことだ。
 ・・・30分経過・・・
じゅ、十分前・・・いや、この辺りで来ても何の不思議もなかろう・・・
正直、俺は緊張していたよ。笑うなら笑え!
 さっきの天の声もあったが、確かに俺がそんな器用に立ち振る舞える訳がないんだから
いつも通りでいくしかないのかも知れない。いや、そもそもこの行動の目的は
なんだったろう・・・?
 ・・・40分経過・・・
 下手すりゃ俺も詩子に喰われてお終いじゃないか・・・気をつけなければ。
・・・一時間経過・・・
 元々あいつにその気があるなんて知れたことじゃないんだからな・・・
調子に乗って足下すくわれることにならなきゃいいが。 
 ・・・一時間十分経過・・・
 ・・・あれ、もしかしたら遅れてる?
 俺は慌てて待ち合わせ場所を確認したが、間違っていない。すでに30分遅れていたが
詩子が姿を現す様子はない。
「なにかあったのかな?」
 ・・・二時間経過・・・
「う〜腹、減ったなあ」
 いくら何でも遅すぎる。事故にでもあったのだろうか?
 ・・・二時間半経過・・・
 ・・・あれ、俺ってもしかしてふられた?
 俺は自分でも呆れるほど、それを自覚するのに時間がかかっていた。
「い、いや・・・あいつはいきなり現れるからな、うん」
 俺は残った希望をかき集め、どうにか粘っていた。
 ・・・3時間経過・・・
 ・・・最初から来る気がなかったんだろうか、
それとも来る途中にナンパでもされたか?
 俺の中で最悪の思考が巡り始めた。
「こうなったらとことん待ってやる・・・」
 ・・・3時間20分経過・・・
 一向に詩子が現れる気配は無かった。立ちっぱなしで足が相当だるくなっている
はずだが、それを無視するには十分すぎるほどに空しさと情けなさが
頭の中で渦巻いていた。
 さらば青春。現実はそんなに甘くない・・・なに、女なんて星の数ほどいるさぁ・・・
泣くな。住井護。いつか花咲くこともある・・・
 俺は特に意味無く、その場所に立ちつくしていた。
 ・・・3時間40分経過・・・
「わぁーーー!!」
「うわぁぁぁあぁ!?」
「・・・すごいね、護。3時間待ったのは護が初めてだよ」
「あ・・・あ?」
「詩子さんとのデート権獲得!だよ♪」
「・・・えあ?」
 俺は海岸を歩いていたところを急に高波にさらわれ、気がついたら無人島だった
ってぐらいの困惑を受け、とにかく状況がつかめなかった。
「じゃあ、行こうか?」
 詩子が俺の手をとって促した。
「お、お前、まさか・・・」
「うん、ずっといたよ♪」  
「・・・はああああ・・・」
 俺は無人島に漂着したと思ってさまよっていたら、いきなり自分の家が目の前に
現れたってほどに脱力した。なんかもう怒る気も失せていた。
「さっき、俺が初めてじゃないようなことを言ってたな・・・」
 俺達は適当に歩き始めた。俺の足は少し痺れていたが、歩くのに支障はない。
「うん。いままで6人くらいにやったけど」
「・・・そいつらどうなった」
「一人は30分で脱落。一人は1時間半で脱落。
一人は2時間待ったところで泣いちゃって・・・」
「・・・」
「最後の一人は2時間半待ったところで逆ギレ♪」
「・・・一人も残ってないのね」
「うん」
 俺は正直怯えた。
「それって、最初からその気がなかったのか?」
「うん」
「・・・はっきり言うなよ」
「あ、護は別だよ♪」
 そう言って、いつも通りの・・・小悪魔のような笑みを浮かべる。
俺は、どこまで本気なんだ、と訝しく思った。それは当然だろう?
「護、疑ってるでしょ?」
「そ、そんなことないぞ」
 いつもと変わらない鋭さを見せる詩子。こいつも、もしかしたら
緊張してるんじゃないかと少しでも思った自分が馬鹿らしく思える。
「ねえ・・・ほら見てよ。この服、お気に入りなんだよ。
特別な時にしか着てこないんだよ?」
 そう言って、くるっと回ってみせる詩子の服装は上が白のTシャツにベージュの
セーター、下がチェックのプリーツスカート。ここまでのいきさつから素直に
感想を述べられないが・・・まあ、かわいい、のだろう。
「ねえ、感想は?」
「あ〜・・・。かわいい・・・かも知れない」
「え〜、はっきり言ってよ!」
 詩子が口をとがらせる。どうやらその服装をほんとうに気に入っていたようだが、
まあちょっとした仕返しだな。
「護も特別かなー・・・って思ってたけど」
「何を言う。これは住井家にとっては最高の正装だ」
「ほんと?」
「そうとも、先祖が関ヶ原の合戦に出陣したときもこの服装だったぞ」
「嘘でしょ?」
「あー・・・。腹、減ったな。どっかで食おうか・・・」
「あ、こら〜」
 俺はわざと歩調を早めて歩き始めた、詩子が駆け足気味に追ってくる。
「もう、後からちゃんと感想言ってもらうよ」
 詩子の様子はほんとうにいつもと変わらないように思えた。
後から思えばそれは間違っていたいたのだが、その時の俺はそんなこと知る由もない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ふう・・・おいしかったね」
 目星を付けておいた店で昼食を済ませたところだった。
勘定はもちろん俺が払わされたが・・・
「お前って、結構小食なんだな」
「ひどいな〜。あたしはいつもこのぐらいだよ」
 猫かぶってんじゃないか?と少し思ったが、どうにか口には出さなかった。
「ずいぶん時間が過ぎちまったけどこれから・・・」
 俺があらかじめ決めておいたデートコースを提示しようとした。
それはこれと言って差し当たりのない、言ってしまえばありきたりなものだったが、
これでも何時間も悩んで選び出したものだった。
「どこ行くの?」
「駅前の映画館で、今おもしろいのがやってんだけど・・・」
 密かに練習したセリフを、さりげなく口にする。
だが、俺の計画が持続したのはほんの数秒だった。
「それなら、あたし見たいのがあるんだけど」
「なんだ?」
「護はそれでいいかな?」
「ああ、まあ俺はいいけど、なに見るんだ?」

 排煙が立ちこめる工業地帯の片隅。
血塗れで横たわる大柄な男とそれに走り寄る細身の男。
”あ・・・兄貴、戻ってきてくれたんですね・・・”
”吉!大丈夫か!?”
”だめでさあ・・・喰らっちまいました・・・腹に・・・二発・・・”
”吉・・・!”
”あに、あにきぃ・・・お願いします・・・これを・・・娘に・・・”
 血にまみれた大柄の男が、懐から人形を取り出した。
”約束したんでさぁ・・・こいつを・・・”
”わかった。もうしゃべるな、吉”
”あにき・・・組は変わっちまいました・・・兄貴が出ていってから古株はみんな・・”
”・・・”
”あ、あに、あにきぃ・・・俺、悔しいよ・・・皆の・・・仇を・・・う・・・”
”吉!”
 大きな血の固まりを一つ吐くと、そのまま大柄な男は動かなくなった。
 傍らにいた細身の男が、遺体の懐から銃を取り出すとすっくと立ち上がった。
”・・・すまされねぇよな・・・これじゃ”

「・・・」
 詩子は固唾を飲んでスクリーンに見入っている。俺は・・・なんだか
異世界に来たようで心ぼそかった。
「詩子・・・」
「え、なに?」
「これ、なんて映画だ?」
「”大東京合戦第二話ー血風鴉の舞ー”」
「・・・」
 回りには俺達のようなデート中のカップルなどいやしない。見るからに
玄人の雰囲気をした、熟年の親父達ばかりだ。
「・・・どしたの?遠い目してるよ」
「いや・・・」
「ほら、いいところだよ」
 
組の本部だろうか、豪華な和風建築の中庭に細身の男が乱入する。
それを大勢のヤクザ達が遮った。
”銀次・・・!貴様、生きていやがったのか!?”
 細身の男は止まらずに前進する。
”待て、何が目的だ・・・?”
”角さんと丁さんが大事にしてた桜の木、どこやった?”
”あ?”
”だから、桜の木さ”
”ふざけたことぬかしやがって、やっちまえ!”
 ヤクザ達が一斉に拳銃を構えると、細身の男は脇に隠していた
二丁のサブマシガンを取り出した。両者の間に無数の火花が散る。

「・・・・・・」
 こいつにラブロマンスを勧めようとした俺が馬鹿だったのか?

・・・・・・・・・・・・・・・

「あ〜、おもしろかったね!」
「そ、そうか・・・?」
 脱力気味の俺に対して、詩子は楽しそうだった。辺りは少し日が陰ってきたが、
まだ切り上げるには早そうだった。
「護、次はどこ行こうか?」
「えーと・・・」
 本当なら映画を見た後は高台公園を散歩でもしたかったんだが、
あの映画の後では、どうにもムードが出ない。
「ねえ、ゲームセンター行かない?」
「ゲーセン?詩子、ゲームやるのか?」
「うん、ちょっとだけね」
「まあ、俺はいいけど・・・」
「じゃ、行こっか♪」
 
 そしてゲームセンターに到着すると詩子がやりたがったのは
今流行のダンスマシーンだった。
「俺、それやったことないな」
「あたしもないけど、ルールは簡単そうだよ。やってみようよ」
「よし、やるか」
 はっきりいって俺はこのゲームに関しては素人だった。<作者も全然知りません>
 ルールは簡単で足下のステップを一定のリズムと順序で踏む、
画面で大技を指定されることもあるから多少の経験と勘がいるが、
基本的には持ち前の反射神経と運動能力がものをいうだろう。
”Let’dance!”
 これは見た目よりも遙かに難しい。最初の内はステップだけだからなんとかなるが、
その内にスピードが速くなり、理不尽にも技を指定される。俺も運動神経は
悪い方じゃないが、早々にリタイヤになってしまった。
「あー、ちくしょう!」
 まあ最初はこんなもんだろうが・・・詩子はまだまだ余裕がありそうだった。
「がんばれよ、詩子!」
「まかしといて!」
 俺にはよくわからないが、なんだか詩子はずいぶん筋がいいようだ。
だんだんと周りに人だかりが出来はじめた。
「いやっほう!」
 難度の高い大技を決めて、観客に応える詩子。すでにゲーセンにいた全員が
集結し、店員までもが輪に加わっている。
 最終ランクに突入し、詩子が目にも止まらぬ速さでステップする。
もう会場内のボルテージは全開だった。
「すげえ、もう少しでフィニッシュだ!」
「ラスト・フィニッシュだ!新マスターの登場か!?」
 なんだか会話がわからなくなってきた・・・
「おおお!いけるぞ!」 
 お、どうやらフィニッシュのようだ。もう俺には目がついていかない
速さで詩子が回転を決め、完璧にラストを決めた。
 うおおおおおおお・・・・・!!
 会場内が騒然となり、急にゲーセン内の照明が全部消えた。
「なんだ?」
「レディース・アンド・ジェントルメン!本日はなんと新手のブルー・ガールが
マスターにチャレンジだ!!」
 うおおおおおおお・・・・・・・!!
「???」
 マスター!マスター!マスター!
 会場内にマスター・コールが響く。
「さあ、我らが最強のダンサー!マスターの登場だっ!!」
 プシュウウウウウウ!とゲーセン中央に霧が噴射され、その下から何かが
せり上がった来た。
 せり上がって来たのはどうみても中学生、いや下手すりゃ小学生くらいの
小さな女の子で、肩のところで揃えた髪に青いリボンを付け、
何故かスケッチブックを持っている。
『かもーん!なの』
 スケッチブックで高らかに宣誓した。
 み・お! み・お! み・お!
「え、澪ちゃん?」
 へ、知り合い?
 女の子はとてとてとこちらに寄ってくると、ゲーム台にぴょこっと飛び乗った。
『相手にとって不足はないの!』
「よーし、負けないぞ!」
 そのままマスター争奪戦に突入し、会場内は最後まで最高の盛り上がりを見せた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「あー、おもしろかったね・・・」
「・・・はあ」
 結局2時間ほど二人は踊り続け、僅差でマスターの女の子が勝利した。
詩子はあれだけ動いた後もまだ元気で、まだ余裕がありそうだった。
「次はどこ行こっか?」
 日はすっかり落ち、すでに辺りは暗くなっている。俺は少し寒さを覚えていた。
「いや、もう今日はこの辺で・・・」
「え・・・どうして?」
「俺、もう疲れたよ」
「え・・・」
「だからよ。また今度にしような」
「ね、ねえ、ちょっと待って・・・」
「へ?」
 詩子が俺の腕をぐっと掴むと、俺を行かせまいとした。
「た、頼む。これ以上は俺の体がもたん」
「これ以上はなにもしないから」
「ほんとか?」
「ほんとだよ」
 詩子が寂しそうな表情で俺を見つめる。正直、これが演技なんじゃないかって
俺はこのとき思ったよ。
「・・・わ、わかった。じゃあ、もう少しだけな・・・」
「うん・・・」
「それじゃ、どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「そうだな・・・じゃあ、静かなところがいいな」
 この状態で騒がしい場所を選んだりしたら、それだけで気を失ってしまいそうだった。
だから、その場所を選んだ理由は本当にそれだけだった。
「高台公園行くか・・・あそこだったら、ゆっくりできそうだ」
「うん」
 公園まで、詩子が走り出すことはなかった。

 冬のこの時間になると公園は誰もいない。気温はかなり低いだろうが、
俺のウィンドブレーカーは強固なもので、寒さはほとんど感じなかった。
 それと違って、やや軽装の詩子は時々ぶるっと身を震わせては寒そうにしていた。
「大丈夫か?」
 俺は詩子の肩を抱き寄せた。
 それは反射的な行動で、やってしまった後からまずいと思った。
抵抗されると思いきや、詩子は何も言わなかった。ただ一瞬、こちらを
びっくりしたような目で見ると、それからは何も言わなかった。
「い、いや。寒いだろ」
 俺は気恥ずかしくなってそんな間の抜けたことを言ってしまう。
「うん・・・あったかいよ」
 詩子はいやがってはいないようだった。
 そう言えば忘れていた・・・俺達はデートをしていたんだっけ。さっきまでの
騒ぎで、そんなことはすっかり頭から吹き飛んでいた。
「そこ・・・すわろっか?」
「え?あ、ああ」
 ぼおっとしていたところを、詩子の声が遮る。
 公園を一望できる位置のベンチに二人で腰を下ろした。気温でベンチはかなり冷たく
なっていて歩いているよりも寒くなった、詩子は、意識的かどうかはわからないが、
ますます俺に身を寄せてきた。
「さ、寒いのか?」
「ううん」
 詩子が、さっきからとは打って変わってかわいい声を出す。
 びくっ、と俺の心臓が高鳴った、詩子に聞かれたかも知れない・・・
「どうかした?」
「いや、なんでも」
 なるほど、これなら男の10人や20人、ころっと騙せるに違いない。
 ・・・俺も騙されているのだろうか?
「ねえ、護」
「なんだ?」
「ごめんね、今日は」
「なんで謝るんだ・・・」
「・・・あたし、つい・・・舞い上がっちゃって・・・」
「?」
「あたし、護に誘われてすごく嬉しかったんだよ。だから、つい・・・」
「・・・」
「って言っても、信じてくれない?」
 詩子がじっと俺の方を見つめる。
「あたし、こんな性格だから・・・本気でなに言っても、信じてもらえないんだよ」
 俺は星空を少しの間見上げてから、口を開いた。
「そうだな、信じない」
「う・・・」
「でも俺はお前のこと、好きだぞ」
「え・・・」
 詩子の顔が真っ赤になる。いや、おそらく俺の顔も同じようなもんだろう。
「あ・・・」
 詩子は動揺しているようだった。話すことが言葉になっていない。
俺はそれ以上、何も言わなかった。
「あ、茜からあたしのこと聞いた?」
「哀れな犠牲者達の話なら、聞いたぞ」
「じゃあ、どうして・・・」
「さあなあ・・・」
 俺はとぼけてやった。詩子から動揺の色が消えないのをおもしろく、
またかわいく思ったからだ。
「こ、後悔するよ・・・」
「そうなるかもな」
「護、ばかだよ・・・」
「そうかもな」 
 俺は動揺し続ける詩子の体を、ぎゅっと抱き寄せてやった。
詩子から驚きの声がもれたが、やっぱり抵抗はしなかった。
 ふわり、と詩子の匂いがする。今までわからなかった、
あの時と変わらない匂いが懐かしかった。
「ま、護・・・」
 詩子の声が微かに震えている。泣いているのだろうか。
「詩子は、俺でいいのか?」
「・・・うん」
 そう言うと、詩子も俺の背に手を回してこちらを抱きしめた。
寒さのせいからか、俺達はしばらくそのままだった。
「よかった・・・会いに来てよかった・・・」
「詩子・・・?」
「護、抱きしめてくれるてるんだよね」
「ああ」
「うん、護、ありがとう・・・」
 俺は顔を持ち上げて詩子に近づけると、その唇を重ねた。
詩子はまた少し驚いたようだったが、離れずに抱きついたままだ。
 それ以上互いに力を込めることもなく、ただ触れていた。
様々の空白を埋めるかのように、ふたりはずっと、触れ合ったままだった。
 
ある日を境に、少年は来なくなった。
 約束したのに、来なくなった。
 でもあたしは待ち続けた。
 あの場所で待ち続けた。
 でも耐えられなくなって、会いに行った。
 悲しい結末を覚悟して会いに行った。
 だけど、変わってしまったと思った少年は 
 あの時と変わらず、温かかった。

<第六話 終わり>
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ぜーはーぜーはー・・・兄貴・・・俺はもうだめだあ・・・
テスト間近で命がけで仕上げた一作です。見つかったら殺される・・・
いかがだったでしょうか第6話・・・極限状態で書いた割に長い・・・
今回も読んでいただければ幸いです・・・では。

第5話に感想をお寄せくださった皆さん・・・申し訳ない。
危機が去りしだいお返事いたしますので、どうかしばらくお待ちください・・・