幻想猫の魔法 投稿者: から丸
第4話 「消え去る時間と浮く時間」 

 いい天気だった。昨日とはうってかわって晴天だった。
相変わらずひねくれ者の俺は、これも俺の心境を天が見透かしてのことではないか・・・と考えてしまうのだった。
 それでも、天すら知るまい事実が今日はあった。
「ふ・・・筋肉痛の上に疲労と睡眠不足の三連積みとは思うまい・・・」
「そんなこと知りたくもないっていうか神を持ち出すな」
 我らが悪友折原は今日も今日とてあの謎の三角フラスコを片手でぶらぶらやっていた。
いや、色が微妙に変化しているような気がするが・・・気のせいか。
「折原、息が上がってるんじゃないか」
「ふう、今日は長森のやつが寝坊してな」
「ほう」
「なかなか起きないもんだからそのままかついで学校まで持ってきた、
だからあいつはまだパジャマで・・・」
 かこーーん・・・と何故か目覚まし時計が折原にクリーンヒットした。
「起こしにいってるのは私だよ!」
 長森さんが廊下側先頭の自分の席から投げたらしい、
ちなみに折原は窓側最後尾、最も離れている。
「愛のなせる技か?」
「愛がこんなことなすか!」
 折原が目に涙を浮かべても、それに関係なく今日はいい天気だった。

・・・・・・・・・・・・・・・

 午前の授業は滞り無く、折原が目覚まし時計を分解して遊んでるところを見つかって
バケツにスプーンで水を張る作業をやらされた以外は、なんの滞りも無くすんだ。
「あの教師・・・いつかフォークで風呂桶に水を張らせてやる・・・」
「他に復讐の仕方がないんかい」
 半分本気の折原と共に、昼飯であるパンの入手を済ませた所だった。
「どこで食うかな」
「すまん、住井。俺は約束があるんだ」
「誰と」
「里村」
 折原は平然と言ってのけた。
「長森さんはどうした、この無責任男!」
 罵った俺を完全に無視して折原は教室へと向かった。俺もそれを追いかける。
「長森ファンクラブから鉄槌がくだるぞ」
「そんなもん、あるわけないだろ」
 教室に入ると折原はそそくさと里村さんの前の席に、座っていた南を蹴り飛ばして、
座り込んだ。
「この席、空いてるみたいだから座るぞ」
「・・・」
「おお里村、隣の席だったのか偶然だな」
 里村さんは表情を変えずに立ち上がると、ゆっくりと教室を出ていった。
その動作があまりにも自然なものであったために、折原も俺も反応できなかった。
「約束じゃなかったのか・・・」
「そんなこと言った覚えはない!」
 無責任なことを叫び飛び出す折原をしかたなしに俺も追うことにした。

「・・・寒い」
「そりゃそうだ」
 陽射しが強いとはいえ、冬の半ばで中庭というのはこたえる。
「ほんとにこんなところにいるのか?」
「俺の第六感が告げている!」
 半端じゃなく寒い真冬の中庭、こんなところで昼飯を食うのは雪男か折原くらいの
ものだと思いながら、俺は辺りに目をやった。
「・・・いた」
 なんと、折原の第六感は本物だったのだろうか。中庭の、一際大きい落葉樹の木の下に
確かに里村さんは確認できた。美少女が一人、木の下で食事というのは
絵になるがそれが真冬だと思うと少し間が抜けて思える。
 折原は怪しいくらいに自然な動作で里村さんに近寄っていった。
「いい天気だな」
「・・・」
「隣、いいか?」
「・・・嫌です」
「じゃあ、俺はここで一人で食うぞ。これなら問題ないな」
「・・・」
 折原得意の話術と屁理屈に敵はないらしい。まんまと里村さんから1メートル
隣の席をゲットしてしまった。それにしてもいつ長森さんから乗り換えたのか?
まったく、いつか目にもの見せてやる・・・
 折原を恨めしげに眺めた後、教室に戻ろうとして振り返った。
 ぷにっ
「・・・」
「やほー」
 頬に指が刺さる・・・詩子がいつもの悪戯っぽい笑みを顔にうかべながら、
後ろに立っていた。詩子も昨日は帰りが遅くなったはずなのだが、睡眠不足も
なんのその詩子はまったく元気そうだった。いや、こいつに元気じゃないときなど
あるのだろうか・・・
「昨日は家に帰れた?」
「ほが・・・」
「後から帰り道教えてなかったって気づいたんだけどまいっかと思って、ごめんね♪」
「・・・」
 それは全然申し訳なさそうには見えなかったが、その笑顔を見てしまうと
怒るに怒れなくなる。そういえば昔からこんなだったかな、と心の奥で思った。
「どうしたの?」
「ひや、ゆいをはなせ」
「あ、そうだったね」
 頬から指を引き抜く、普通は会話を始めた段階で気づくべきなのだろうが。
「今日はどうしたんだ?」
「うん、茜とお昼食べようと思って」
「そのためだけに学校を脱出して来るか・・・?」
「だって茜は親友だもんね」
「ふーん」
「あ、それから護にも会いに来たんだよ♪」
「俺はついでか?」
 詩子は里村さんの所まで来ると、ちょこんとその隣に座った。
なお折原とは反対の位置である。
 折原から警戒の気が発せられる。
「おまたせ」
「・・・ちゃんと飲み物は買えましたか?」
「うん」
 他校の制服で買いに行く方も買いに行く方だが、売る方もすごい。
一体この学校のセキュリティはどうなってるんだろうか・・・
「何しに来たんだ柚木」
「あれ折原くん。どうしたの?」
「折原は最近ストーカーを営業中でな。今は里村さんがターゲットらしい」
「わ、最近茜に元気がないと思ったら、そうだったんだ」
「違う!!」
 折原よ、ここは諦めろ。お前が他の女に乗り換えたりしたら本当に
長森ファンクラブに殺されかけない。
「茜、ゴミを出すときは気をつけなよ」
「・・・」
「違う!!」
「玄関前の謎の血痕にも注意してくれ」
「違う!!」
 そこでようやく里村さんが口を開いた。
「・・・二人ともそのくらいにしてください」
「はーい」
「残念だ」
「お前らわかっててやりやがったな!!」
 折原が地団駄を踏むのを無視して詩子は里村さんと話し始めた。
まったく臆面をみせる様子もない。まあ、俺もそうだけど。

「でさ、昨日久しぶりにそこに行ったんだよ」
「自転車が完全に壊れたぞ」
「・・・二人は知り合いだったんですか?」
「うん、ちょっとの間だけだったけど」
「俺は忘れてた」
 ぐいーっと詩子が耳を引っ張った。一言多いよ、と表情が語っているようだった。
「・・・そういえば一時、詩子が姿を見せなかったことがあったような」
「護と遊んでたんだね」
「あれ、そういえばどうして詩子は一人で来てたんだ?」
「連れて行こうとしたら茜がこわがっちゃってさ」
「・・・そうでした」
 普段は無口な里村さんも今日は心なしか饒舌だった。二人が幼なじみというのは
どうやら本当らしい。
「おい住井。今日は仕出しの日じゃなかったのか」
 仲間外れをくっていた折原が機嫌悪そうにぼやいた。手にはとっくに食ってしまった
菓子パンの包み紙がくしゃくしゃになって握られている。
「ああ、そうだったな」
 ”仕出し”とは俺のブローカーとしての仕事、というか仕事の結果を取り引きする
極めて重要な行程だ。たいていは昼休みの喧噪の中で行われるのだが、商品の
量に比べて取引の時間が限られているので時間を逃すとそれまでの苦労が水の泡なのだ。
「やべ、教室に戻らないと」
「なに、仕出しって」
「女の口出しすることじゃないぞ」
 俺は詩子を置いて教室に駆け戻った。今日の客は5人と割と多めだ。
中には物理的にやばいものもあるからなるべく時間に余裕が欲しかった。
「まあ、ぎりぎりなんとかなるか」
 ブツを確認すると急いで屋上に向かった。
 屋上に到着すると誰もいないことを確認してからまず鍵をかける。
やって来る人物が取引相手かどうかは暗号で確認するのだ。
ちなみに本日の暗号は12月にちなんでサンタクロース・クリスマスをもじり
「シュガーキング・エクスレイ」無線用語だ。

 里村さんに逃げられてやって来た折原をアシスタントに、今日の取引も順調だった。
「今回の株主総会の決議案だな、値段は・・・」
「いくらなんでも高すぎるぞ」
「こいつを入手したクラッカーは行方不明になった。プレミアがつくんだよ」
「ちっ、抜け目無いな」
 頭の切れそうな3年生らしき男だった。
「金(きん)のブラックマーケット相場、値段は・・・」
「為替の方を考えればそいつの入手は楽なはずだ、もっと安いだろ」
「ふん、それなら・・・」
 小生意気そうな一年生だった。
「一応銀紙に包んである。扱いに気をつけろよ」
「大丈夫だ。心得ている」
「それから本だな」
「ああ」
 黒色火薬と米軍のトラップマニュアルか、なんに使うんだろ。顔を隠した女だった。
「護、すごいことやってんだね」
「ああ、今回のは大物が多いな」
「ねえ、これなに?」
「触るな・・・っていうか何でいるんだ詩子!」
 いつの間にやら後ろにいた詩子。気配をまったく感じなかった。
「排水溝をよじ登ってきたんだよ」
「・・・はあ」
「もう諦めろ住井」
 折原もぐったりした様子だった。
「わかったよ・・・商売が済むまで大人しくしてろよ」
「はーい」
 本日4人目の客がやって来る。
「なあ、生きのいい女がたくさんいるのに死体嗜好はよさないか?」
「ほっといてくれ」
 裏雑誌、コピー本というのがさらに怪しさを引き立たせている、を買っていったのは
大柄の太った男だった。
「世の中ひろいね」
「平然としてるなよ詩子」
 最後の客がやって来る。
「これから大変だな、がんばれよ」
「ああ・・・」
 いまや違法とされる少女性愛誌を買っていったのは怯えたような雰囲気の小男だった。
そいつはかなりやつれていたが、詩子の姿を認めるなり目がギラギラと輝きだした。
「おい・・・」
「なんだ」
「そこの女、売らないか?金ならいくらでも・・・」
 そいつをタコ殴りにするとすぐさま階段の下に蹴り落とした。
「詩子、お前もうちょっとスカート丈を長くしろよ」
「ええ、なんで、似合わない?」
 そう言うとスカートの裾を押さえるようにしてくるっと回って見せた。
その小動物のような身のこなしに合わせて短めのスカートがひらひらと揺れる。
「いや、似合う。だからやめろ」
「やだよ。それにあたしそんなにお安くないよ」
 耳のいいやつだ。俺は思わず天を仰いだ。
「安い高いの問題かよ・・・」  
「たまにはお金にほだされちゃうこともあるけどねー」
 がばっ!と俺は後片づけの手を休めて詩子の方に向き直った。
詩子はいつもと何ら変わらない様子で
「嘘だよ」
そう言った。
「はあ・・・」
 そう言えば、詩子は嘘をつくのが得意だった・・・
「お前は変わってないよな」
「そう?」
 詩子は微かに嬉しそうな表情をうかべたが、なぜかすぐにその顔に憂いを含ませた。
「護は変わっちゃったね」
 作業の手を休めることはなかった。
「前はもっと素直だったのに」
「この年で素直って言われてもなあ・・・」
「ほら、素直じゃないよ」
「・・・」
 詩子には背を向けたまま、俺は荷物をかつぐと教室へ向かって歩き出した。
「おい」
 後ろについて来ていた詩子は教室の前に来ても退く様子がなかった。
もう間もなく授業が始まる。
「どこまでついて来るんだ」
「んー・・・午後の授業に出ちゃうよ、あたし」
「無茶言うな!」
「大丈夫だよ」
 詩子はそう言うと、俺を取り残す形で教室へ入っていった。
何故か、教室中の誰も不信がらなかった。
「お前、いままでどのくらい授業に出席した!」
「もう少しで数学の単位が取れるよ」
「取るな!」
 適当な席に着いた詩子に苦笑を投げかけると、詩子はそれを笑顔で返した。
俺は打つ手がなくなり、自分の席に戻っておとなしく午後の授業を受けるしかなかった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なんでばれなかったんだ・・・」
「神様のおかげだね」
 だとしたらさらに疑問だ。
 5、6時間目はどういうわけかなんの弊害もなく終了し、
俺は詩子と共に帰宅の途についていた。最初は目立ってしょうがなかった詩子の
制服も、恐ろしいことにこの風景に溶け込みつつあった。
「自転車がこわれたよ〜・・・」
「変な歌」
「まがりなりにもお前のせいなんだぞ・・・」
「どうして?」
 ・・・はたしてこのお気楽娘にどうやって責任というものの概念を
教えたらいいのだろうかそれは動物に言葉を教えるよりも難しい気がした。
「ねえ、ちょっと護の家に寄っていっていい?」
「だめだ」
「どうして」
「今日は兄貴達がいるからな、女を連れ込んだりしたら殺される」
「じゃあ、あたしを男の子ってことにしたら?」
「絶対に無理だ!」
「そうかなあ」
 赤に変わった信号の元、横断歩道を歩き始める。
「でも、一人っ子じゃなかったっけ?」
「できたんだよ」
「ええ・・・?」
「新しい父親についてきたんだよ」
 一瞬、辛い思い出が頭をよぎる。
「あ・・・」
 すごい勢いで車が迫って来た。俺は詩子を抱え上げるとどうにか車の隙を
くぐり抜けて歩道に到達した。
「あ、信号って青でわたるんだったね」
「つられてしまった・・・」
 あやうく死ぬところだった。
 周囲の視線から逃げるように、俺達は商店街まで走った。
「そっかぁ、護の部屋見てみたかったのに」
「そんなもん見てどうすんだ」
「だってあたし護の部屋に行ったことないし」
「わざわざ来る必要もないだろ」
「でも興味あるから」
「結局それだろ」
 商店街を疾走する俺達、男の中でも速い方の俺についてくる
詩子の脚力は、ほんとにたいしたものだ。
「な、なんで走ってるんだ俺達・・・」
「あたし、走るの好きだから」
 詩子は軽快な身のこなしで障害物を見事にかわしていく、
俺もすばしっこい方だがおそらく詩子には遠く及ばないだろう。
「ちょっと待てよ詩子・・・」
「ほらほら、遅いぞ!」
「くそ、身軽なやつ」
 まるで風のように駆け抜けてゆく詩子を、俺はだんだんと追いきれなくなっていた。
「あれ・・・」
 すると、その内に本当に見失ってしまった。
 まいった、まさかここまで離されるとは思わなかった。もうこうなると捕まえるのは
無理かも知れない。
「まあ、家に向かってるんだし別にいいか」
 俺は諦めて歩き出した。はあ・・・と息を吐いて呼吸を整える。
「わあーー!!」
「うおっ!?」
 いつのまにやら回り込んでいた詩子に後ろから押され、整えた呼吸が一気に乱れる。
 心臓に急な負担がかかったため少し嫌な汗が流れる。
「あれ、泣かないんだね」
 膝に手をついた姿勢で倒れた俺を見下ろしながら詩子は不思議そうな顔をした。 
「泣くか!それよりいつの間に後ろに!?」
「護の知らない間だよっ」
 そう言って身をひるがえすとまたも走り出した。
「ま、まて〜、もう走るな」
「ほら置いてっちゃうよー!」
「ちくしょう、待てー・・・」
 俺は立ち上がると再び走り出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 結局詩子の家まで俺達は走り詰めだった。
 詩子の「じゃあ、また明日ね!」という本来は不自然なはずの
セリフをいまや聞き慣れつつあることがなんだか笑えてしまった。
そして帰り道は膝が笑いっぱなしで実におかしかった。
「ただいまー・・・」
 やっとの思いで家に帰り着いた。もう辺りは暗く、
家の中はうっすらと闇に包まれていた。
「護、帰ったのか」
「ああ」
 家の奥から一つ上の兄貴の声が聞こえた。
「今日の夕飯当番はお前だぞ」
「わかってるよ」
「ちゃんと食えるもの作れよな・・・」
「それを兄貴が言えるか!」
「う、うるせえなあ〜」
 兄貴との会話を歩きながらすますと普段は用のない、
そして俺以外に用のある者はいない、仏壇の前に立った。
 被った埃を払うこともせず、何も言わず、ただりんだけを静かに鳴らした。
 何事かと顔を出した兄貴が、なにしてんだ、と声をかけた。俺はそれを無視した。
 じっと、その前に立っていた。変わることのない仏壇の写真、俺はこんなに
大きくなったというのにその写真は変わることがない。声を出すこともない。
 俺の母親は、いつのまに死んだのだろう。

<第4話 終わり>
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 ふあああーーーーー・・・・・・・
 長い。長かった、今回は。長かったぁ。 
 もう4話目になりますね、いかがでしたでしょうか今回は。
 話の展開がどうにも急ですが、それでも読んでくださった方に感謝します。
 今回はブローカー住井の真価も発揮でき、また住井ファンの皆様からの反響にも
 恐怖しております。
 あと、佐織の名字は「稲木」でした(大恥)。知らせてくれた北一色さん感謝します。
 うう・・・今回は感想かけねえです。・・・退去。