ラブレター <後半> 投稿者: から丸
 放課後、その日は楽器の調律があったため部活は休みだった。
瑞佳はどこかすぐれない面持ちのまま、下駄箱に向かい帰路につこうとした。
「ああ、浩平!」
「うおっ、長森?」
 下駄箱で同じく帰ろうとしていた浩平とはちあわせる。
浩平は気まずそうに目をそらしたものの逃げはしなかった。
「浩平、家が火事じゃなかったの?」
「お、お前こそ部活はどうした。」
「結局男子の部員と先生がやるってことになって、私たちはお休み。」
「なんて汚いやつらだ。」
「ま、まあ少し悪い気はしたけど・・・」
「まあいいや。じゃあ、一緒に帰るか。」
「うん。」
 
もうクリスマスが近くなって、特別賑やかになっている通りを浩平と二人で歩く。 
 気に入った服が目に付いて、つい浩平を引きとめて見入ってしまった。
似合うと思う?と聞いたらそっちのやつの方が似合うぞと、
何か鎖がごてごてついたような服を指差された。
「そんなの似合うわけないよ。」
「お前はいつも地味だから、そういうのを着てイメチェンしてみろ。」
「それじゃあ浩平を信じてイメチェンしてみるよ。」
「ま、待て。俺が悪かった。」
「あはは、冗談だよ。」
 甘そうなクリスマスケーキが目に入り、クリスマスの夜におめかしして浩平の
家に遊びに行ってあげようかと言うと、住井たちとやる大酒のみ合戦に参加して
勝利したらな、と言われた。
「無理だって、そんなの。」
「そうかな。七瀬は六人抜きまでいったぞ。」
「それ本当?」
「いや冗談だが。」
「はあ・・・」
 通りの中央まで来た所で、不意に浩平がちょっと待ってろと言い道の脇にある
自動販売機のところまで行き、なにやら怪しげな缶を持って帰ってきた。
「というわけで、少し飲んでみろ。」
「なにが、というわけなんだよ。これなに?」
「いいから飲んでみろ。うまいぞ。」
「本当・・・?」
 瑞佳は不安ながらもそれをほんの少し口に含んでみた。
「!!!」
 その妙な香りと苦味に耐え切れず、反射的に外に出そうとしたとき。
「おおっと。吐くなよ。」
 浩平に口を押さえられた。
「んーんー!」
「飲み込めって。」
「・・・ぶはあ!こ、これお酒じゃない!?」
「ほんっの少しアルコールが入ってるんだが、お前本当に飲めないのな。」
「当たり前だよ!」
「なんでだ?うまいのに。」
 そういうと、浩平はなんの抵抗もない様子で口に入れた。
「ああ、高校生がお酒飲んじゃいけないんだよ。」
「心配するな。家は放任主義だから法律を破ってもいいんだ。」
「それなんか違うよ・・・」
 そんなやりとりをしながら、浩平と二人で歩いていた。
 だが通りの隅に、ある人影を見つけてしまい瑞佳の体は凍りついた。
あの片思いの女性徒だった。
呆けたように、誰の目にも止まらない道の隅で遠くを見つめている。
「どうした長森。」
「ううん。なんでもないよ・・・」
 こみ上げる罪悪感を押し込めて、不自然な雰囲気にならないように通りすぎようとした。
 一瞬、女性徒がこちらを見たような気がした。
「どうしたんだ?」
「なんでもないよ。」
「はて、万引きした店の前でも通りすぎたか?」
「そんなことしてないよ!」
「気にしなくていいんだぞ。誰もが一度は通る道だからな。」
「通らないって・・・」
 そのまま、その事は忘れたかった。
「ねえ、そう言えば浩平は私にクリスマスプレゼントくれないの?」
「お前が投資してくれるんだったらいいけどな。」
「それじゃプレゼントになってないよ。」
「うーん・・・どんなものがいいんだ?」
「浩平のくれるものだったらなんでもいいけど。」
「んー・・・。じゃあ、終業式の後にもう一回俺と一緒に帰るか。
そのときになんか買ってやるよ。」
「ほんとう!?」
「ああ。」
「やったあ!期待してるよ。」
「お前もちゃんと用意しとけよ・・・」
「わかってるよ。」
 浩平がこんな約束をしてくれることなどめったにないことだった。
そこから浩平と分かれるところまで来る間ずっと、瑞佳は上機嫌だった。
「お前ずいぶん嬉しそうだな。」
「うん、嬉しいよ。」
「あんまり期待するなよ・・・。うおお、俺の家が燃えている!!」
「ええ、本当!?」
 瑞佳は焦った様子で浩平の近くに駆け寄った。
「冗談だって。」
「ああ、もうまったく・・・」
「それじゃ、また明日の朝な。」
「浩平早く起きてよー!」
「努力するぞ。」
 手を振って浩平と別れた。
 帰り道、瑞佳は一人になって考えていた。
 こんな日々がずっと続けば、どれだけ幸せだろう。
 わがままで身勝手でいいかげんで、それでも温かくて気取らない
性格の浩平と一緒にいると楽しかった。浩平の側にいるときは
私はいろんな束縛から解放される思いだった。浩平だけはいつも、
私の本当の気持ちを理解してくれる。無理をしなくても、
私のことを受け止めてくれるのだ。
 浩平の一番近くにいられることが幸せだった。だからいつまでも
その場所にいたかった。でも、それは叶わないことだ。
 いつか私のいる場所には別の誰かが入ってくる。それは逃れられないことだった。
今日だって、もしもあの女性徒が自分で手紙を渡していたらどうなっていただろうか。
 女に生まれたことを呪いたかった。もしも私が女でなければ、
なんの心配もすることなく浩平の側にいられるのに。
 今の私は浩平にとって一番の女友達という役を演じるしかないのだ。
それが浩平の前で行っている唯一の演技だった。
「でも」
 なんの気兼ねもなく付き合える女友達を演じながらも、
私は浩平に送られるラブレターを握り潰している。
 もしも、何年間もかけて培ってきた浩平との絆が別の人に
とって変わられたりしたら。もしも私がずっといた浩平の心の
中に、別の誰かが私を押しのけて入っていくとしたら。
そう思うとやりきれなかった。
 しかし私自身には浩平の真意を確かめる勇気がなかった。
そうしてしまえば、それまでの関係を全て壊してしまうことになる。
浩平もそれを望んでいないはずだと、思い込もうとしている。
 その葛藤は、いままであまりに近くにいすぎたことへの代償だと思った。
「浩平・・・」
 浩平が失われそうになる度に私は自分の中に、正体不明の感情が
湧き上がるのを感じていた。それが今は大変な重荷だった。
 いままでの関係が一番いいのだ。でも私はそれだけじゃ我慢できなくなっていた。
自分が浩平のことを最も大切に思うように、浩平にとっても一番大切なひとになりたかった。
それでも、私にはどうすることもできない。
無力感にとらわれながら思う。
こんな日々がずっと続けばどれだけ幸せだろう。
 
-結-

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 ぐふ・・・またこんなに長く書いてしまった・・・
 読んでくださった方、どうもありがとうございます。
 途中、瑞佳のセリフなのかナレーションなのかわかりにくいところが
 あったかと思います。すみません。どうにも勢いで書いてしまうもので・・・
 それでも感想を送ってくださる方、大感謝いたしますのでよろしくお願いします。