もし告白イベントがなかったら 投稿者: から丸
あれから、どれだけ時間が経っただろうか。
クラスメート達にはすでに俺にまつわる記憶が消え去っていた。
そしてついさっき唯一の家族である由紀子さんからも俺は忘れ去られていた。
あれから由紀子さんが出かけるのを見計らって家の中に忍び込んだのだ。
・・・どうせ消えてしまうのだったら早くそのときが来ればいい。こんなふうに、
ただ宙に浮いているような感覚は辛いだけだ。
もう俺をこの世界に繋ぎとめるものなどありはしないのだから。
 いつもだったらもう学校に行かなければならない時間だ。
詳しく言えば眠りたくてしょうがない時間。
だが今は皮肉なことにまったく眠くなどならなかった。
 これからどうすればいいのだろうか。消えてしまうまでのわずかな時間、
だがもう俺には絆を求める相手すらいなくなってしまった。
 こんなものだったのだ。幼い日に交わした口約束、
それが果たされようとしているのには薄々気づいていた。
だが俺には絆などなかった。消えて行く瞬間、俺は一人なのだ。

ピンポーン・・・ピンポーン・・・

・・・?自暴自棄に駆られている中、不意にあまりにも場違いな音が響いてきた。

ピンポーン・・・

誰かが家を間違えたのだろうか。

ピンポーン・・・ガチャ・・・

そういえば鍵をかけていなかった。誰かが階段を駆け上がってくる。
 そしてそれは俺の部屋の前で止まり、さらにドアが開かれる。
「あ、あれ?浩平が起きてる。」
長森?何故。
「ほら、起きてるんだったら早く準備してよ。」
「・・・」
「どうしたの?」
「お前、昨日は来なかったよな?」
「え・・・あ、ごめんね。昨日は私も寝坊しちゃって。浩平のこと忘れてたんだ。」
忘れてたという言葉がいやに胸を締めつけたが、
それ以上に目の前の出来事に狼狽していた。
「ほらー!急がないと遅刻しちゃうよ?」
「・・・」
「ねえ、どうしたの?」
長森がいつまでも動かない俺をおかしく思ったのか、
小走り気味に俺の枕元に寄ってきた。
「・・・あ」
「寝ぼけてないでよ。ほらあー!」
長森が俺の体を強引に揺すった。頭が左右にガクガクと振れる。
 そんなことをされて少し頭がどうかしてしまったのかも知れない。
「起きなさいってば!」
「長森!」
俺は不意に長森の名を叫んだ。そのまま長森の目をじっと見つめる。
「な、なに?」
急に見つめられて焦っているのか、長森は少し頬を赤くさせるとそのまま動きを止めた。
 俺は無意識の内に、こちらの肩に置かれたままの長森の手をとった。
「え、なに?」
「長森。」
今度は照れているのか。びくっと反応すると、そのまま顔を真っ赤にした。
「ね、ねえ・・・どうしたの。」
「長森・・・」
ほとんど何も考えられなかった。
俺は握っている手に力を込めるとそのまま長森を胸元に引き寄せた。
そしてそのまま長森を抱きしめていた。
「きゃ、浩平!」
「長森・・・」
長森に警戒の色が見えた。というより、
俺の腕から抜け出そうとあからさまに抵抗している。
 俺は両腕に力を込めて離さないようにすると、
そのまま長森の首筋に口付けした。
「や、浩平待って・・・!」
長森の声は明らかに怯えていた。俺はそれに構わず、
今度は長森をベッドに引きずり込もうと腰に手を回して抱き上げようとした。
「!や、やだ。やめて浩平。」
長森から拒絶の声が上がる。そのとき、抱き上げようと力を込めたところで
長森が両腕で俺の胸を押した。
急に働いた別の方向への力で、俺の腕は振り払われてしまった。
長森は床にしりもちをつくとそのまま部屋の隅まで移動し出口がどこにあるか探し始めた。
長森の怯えきった表情が俺の目をつらぬいた。
 長森は立ち上がれないままドアまで移動して部屋を出た。
階段を急いで降りる音が聞こえる。
 長森は部屋を出る直前、俺の方を見た。恐怖に満ちた表情。
 俺は我に帰った。一体、何をしていたのだろう。長森が部屋に入ってきて、
俺のことをまだ覚えているのが信じられなくて。
いつものように俺を起こそうとしてくれた長森の存在が嬉しかった。
そして抱きしめずにはいられなかった。そしてそれから・・・
 次から次へ後悔の念が浮かんでくる。口の中には妙な苦味が広がっていた。
 もうどうしようもなかった。失ったのだ。何もかも。

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由紀子さんが帰ってくるまで家にいることはなかった。
あれからすぐ、財布だけを持って家を出た。
することなど何もなかったが、じっとしていることが妙に辛かった。
行く当てもなくただぶらぶらと街を歩いた。
 考えていた。考えることは一つしかない・・・。長森に謝りに行こうかとも思ったが、やめておいた。
いまさらどんな顔をしてあいつの前にいけというのだ。それに心配することも無いかもしれない。
俺が消えてしまいさえすれば、あいつの中から俺の記憶は消滅するはずなのだ。
それなら、なにがなんでも消えなければならないな・・・空しすぎる前向きな感情が生まれたことに苦笑した。
 夜になっても、体をどこかに落ち着けようとは思わなかった。
際限無くうかんでくるさまざまな思いに、じっとしていると
呑み込まれそうだった。あいつに、最後に覚えていてくれたあいつに礼が言いたかった。
今までずっと一緒に居て、最後に繋がりを見せてくれたあいつに礼が言いたかった。
でも、だめだ。俺はなにもかもぶち壊したのだ。
今までのあらゆる記憶を、最後の最後にぶち壊したのだ。どうしようもない馬鹿だ、俺は。
 
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その日のうちに消えてしまうかとも思ったが、思ったより長く留まっていた。
あれから三日。俺はずっと自己嫌悪と後悔に苛まれていた。
もしかすると、この世界にその思いを残しているからこそ余計に長くなっているのかも知れない。
まあたいしたことではないが。
 体力に限界がきて眠るときは、映画館やビルの通風孔などを使った。
こういう寝方をしていると、思ったより疲れが取れないものだった。
さすがに2回繰り返すと、頭がくらくらして足元もおぼつかない。
ろくにものも食べていないせいか、さらに気が遠くなっていった。
 3度目の夜が来る。もうそろそろ、
意識が体の不調とは別の原因で朦朧としてくるのがわかった。
近づいているのだ、もうすぐそこに。
 やっぱり最後は一人だった。
その上俺は向こうの世界で糧となるような思い出すら失っていた。
長森との思いでもすべてが後悔に変わった。
あいつとの幸せな記憶を思い出すことはもうできない。
最後には最悪の形で終わりを迎えるからだ。もう俺には何も無かった。
 最後の瞬間を一人で迎えるために俺がむかったのは学校裏の林の中だった。
もう辺りはすっかり暗くなり、林の中はこの世界とはちがうどこか幻想的な雰囲気をかもしていた。
俺にはそれが深く暗いこの世の果てのように思えたが。
 ふと、長森との思い出がよみがえった。
学校から目と鼻の先にあるこの空間に長森と二人で来た思い出。
 学校を抜け出して来ていたのだ。俺が強引に長森を連れ出してやって来ていた。
最初は渋っていた長森も、暖かな日差しが照らす木立の中に来ると結局楽しそうにしていた。
不良への第一歩だ、といってからかってやると、浩平が無理に誘ったから、と言い訳した。
それでも楽しそうじゃないかやっぱり第一歩だろ、というと少し不満を残しつつも黙ったのは、
本当に楽しかったからだろう。
 いま思い出すと、本当に幸せな日々だったと思う。
二度とは戻れない、新たに作ることも不可能になった幸せ。
いまになってようやく、それがどれだけかけがえのないものだったかわかる。
 最後に、もう一度あいつに会いたいと思った。かなわない望みだった。
この段階であいつの中に俺の記憶があるはずは無いのだ。俺は
向こうの世界にいっても思うのだろうか、最後にもう一度会いたかったと。
俺は何をしていたのだろう、消えてしまうまでの間に作ったのはそんな悲しい思いだった。
 
 ふと、林の中に人影を見つけた。こんな場所に、しかもこんな時間に人が居るものだろうか。
誰もいないと思ってきたはずなのに思いも寄らぬ道ずれだった。俺はその人影に近寄っていった。
「・・・」
栗色がかかった長い髪。それを結ぶ黄色いリボン。そのかすかに覗ける横顔は明らかに長森だった。
見間違えるはずが無い、何年間も見てきた姿だ。
俺はもう一度自分に言い聞かせた。長森は自分のことを覚えていない、
薄暗い林の中でくたびれた様相をしている男はあいつの目からは他人としか映らない。
俺は感情を押し殺して声を出した。
「よう・・・道にでも迷ったのか?」
 だが、それならば何故、長森はこんなところにいるのだろう・・・
 長森は低く悲鳴のように息をつくと、反射的にこちらに向き直った。そして声を出した。
「浩平・・・!」
頭の中で血液が逆流したようだった。信じられなかった。起こるはずの無いことだったのだ。
「長森・・・」
「浩平探したんだよっ。」
長森が小走りで俺の方にやって来て、そのまま正面から抱きついた。
だが俺の腕はだらんと下に垂れ下がったままだった。
「どうして、探したりしたんだ。」
「会いたかったんだよ。」
「よせよ、長森。俺のしたことを覚えてるだろ?それは放っとけば消えるものなんだ。だから・・・」
「会いたかった。」
「・・・俺もだ。」
長森を抱きしめた。頬を伝って流れた涙を長森に見られないようにしながら。

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 瑞佳がそれに気づいたのは、あれから学校に行き呆然としたまま
ホームルームに参加していた時だった。
 担任が出席をとるとき何故か浩平の名が呼ばれなかった。風邪で欠席すると、
伝えようと思った瑞佳は思わず拍子抜けしてしまった。
浩平があらかじめ連絡していたのだろうかと一瞬思ったが、
あの幼なじみが自分からそんなことをするとは考えづらかった。
「住井くん。浩平がどうしたのか知らない?」
「こうへい?誰のことだ?」
「折原。折原浩平だよ。」
「え・・・このクラスのやつかい?」
 そんな会話を他の何人かの男子生徒とも繰り返した。
だが浩平のことを理解する者は一人もいなかった。
何かがおかしい、とそのとき思った。
 浩平は昨日も学校を休んでいる。浩平の親友たちは浩平のことを覚えていない。今朝の浩平の行動。
ふと、以前浩平が自分に話したことを思い出した。
 望んでいた世界が生まれていたとしたら・・・。
そして、あのとき瑞佳自身が導き出した答えは何だったろう。
 いなくなる。
 あの時は冗談だと思った。浩平の態度が少しおかしいとは思ったが、
いつもの冗談だと思ったのだ。
だが瑞佳は後悔した。浩平があんな態度で冗談を言うことは決してないのだ。
どうして気づかなかったのだろう。
 浩平の家に電話をしてもすでに誰も居なかった。
ぞくり、と最悪の予感が瑞佳の全身を駆け巡った。
いてもたっても居られず、瑞佳は学校を抜け出して浩平を探し始めた。
浩平がよく行く場所を順に巡って、やみくもに捜し歩いた。
 それでもその日は浩平の影すら見つけることはできなかった。
その日の夜、浩平の家に直接行き由紀子に浩平のことを尋ねてみたが
やはり由紀子も浩平に関する記憶を失っていた。
浩平に何かが訪れようとしていることをそのとき確信した。
 それから2日間、毎朝瑞佳はかかさず浩平の家へ行きその不在を確かめた。
学校にも来ていないことを確かめると、
放課後真っ暗になるまで浩平を捜し歩いた。それでもやはり見つからなかった。
 3日目の夜になって、浩平は人目を避けているのではないかと思った。
浩平がたいていいるのは賑やかなところなのだが。
すると自然に、浩平との思い出に関係するこの場所に向かっていた。

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 俺が三日間消えずに残っていた本当の理由がわかった。
俺自身がどうしても長森ともう一度会いたかったからだ。
消えてしまう直前になって長森と出会えた、その奇跡に感謝した。
 薄暗い木立の中、長森とただ寄り添っていた。
本当なら伝えなければならないことがたくさんあるはずなのだが、
それがあまりにも多すぎてどれから話そうか迷っていた。
「なあ長森。」
「ん?」
「この前のこと、ごめんな。ひどいことしちまって・・・」
「いいんだよ、あれは。」
今も忘れないあのときの長森の表情を思い出す。あんなことをされて、なぜ許せるのだろう。
「でも」
「いいんだよ、もう・・・」
「・・・」
長森が憂いを含んだ表情を見せる。
もしまだ時間が残っていれば長森のためになんだってしてやるのに、そう思った。
「そういえば。お前はどうして最後まで俺のことを覚えていたんだ・・・?」
親友たちですら、家族ですら忘れ果ててしまったというのに。
なぜ覚えていてくれたのだろう。
 長森は一瞬顔を伏せたかと思うと一瞬こちらを向いた。
そして目線を低くしたまま話し出した。
「私・・・浩平のことが好きだったんだ。」
「・・・」
「たぶんずっと前から好きだったんだと思う。気づかなかったんだよ、私。」
「こんなことにならないと気づかなかったんだ。とりかえしのつかないことになる前に浩平に伝えて、
浩平を繋ぎ止めなきゃって思った。」
「長森・・・」
長森の気持ちが嬉しかった。それと同時に俺の中からも迷いが消えていた。
いままであやふやだった長森への気持ち。
しかしそれを伝えることはできても、育てるのにはあまりにも時間がなかった。
 俺はどうするべきなのだろう。
もう俺はこの世界に残ることはできない。
だとしたら、どうするべきなのだろう。
「浩平?」
「長森、俺はもうすぐいなくなる。」
「うん・・・」
「きっと、もう戻って来れない。」
「!・・・」
長森の表情が悲しみに沈む。
そしてまるでその事実を拒否するかのように俺の体を掴んだ。
「しばらくすれば俺の事はきっと忘れる。だから」
「嫌・・・!」
「だからお前は忘れて、他に大切な人を見つけろ。」
「嫌!いやだよ、浩平以外の人なんていやだよ。」
「長森、どうしようもないんだ。あきらめてくれ。」
「嫌。行かないで、浩平。」
長森の声が枯れているようだった。目には涙が浮かんでいる。
 それでも俺はこうするべきなのだ。長森のことを大切に思うのなら、
長森の心を消えてしまった男に縛り付けるわけにはいかない。
「長森、いままでありがとうな。」
「いや、いやだよ浩平。」
「俺は本当に幸せだったよ。長森と過ごすことがことができてほんとうによかった。」
「浩平・・・」
終わりが近づいていた。少しでも気を許せば、すぐにでも終焉がおとずれる。
俺は必死で意識をかき集めながら長森との最後の時間を過ごした。
「浩平、最後に聞かせて。」
「なんだ・・・?」
「浩平はどんな気持ちだったの?私のことをどう思ってた?私は」
するべきではないと思った。だけど止められなかった。
ここまで引き伸ばしてきた意識の最後の瞬間。
俺は長森を力の限り抱きしめると、その唇を求めた。
 長森が俺の後ろに手を伸ばすのがわかった。
最後の最後になって、俺は長森の温もりに触れた。
 いい匂いがして、そして温かかった。最後に長森と触れあえたことが嬉しかった。
いままで伝わらなかった長森からの思いを、俺は全身で感じていた。
 最後まで抱き合ったまま、俺は消えていった。
 大好きな人の温もりを感じながら。
 
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 あれからどれほどの日々が過ぎていったのだろう。
 長い時間が経ったはずだった。
でも、あの日からどれだけ遠ざかっても私は時間の流れを感じなかった。
 多くの日々に生きたはずなのに私の中で時間は止まっている。
 あの日、あの瞬間に私の心は凍りついたままだ。

 大切なものをなくしてしまった。そんな状態でも、
私はできるだけ普通に生きていようと努力していた。
前を向かないことにはどうしようもないのだ。
 私自身はなにか日常に穴があいてしまったようだと感じながらも、
友達は前と同じように私に接してくれた。
ここまで友達のありがたさを感じることはなかった。
こんな日常に意味などないのではないかと思い、
この世界を放棄してしまおうかとおもったこともあったが、
支えてくれる人達がいるのならがんばろうと思った。
 高校は3年目だった。前の2年と変わらない日々のはずなのに
私はいつしかかわりばえのしない日々を重苦しく感じるようになっていた。
いったい何のために生きているのだろうと、
ネガティブな感情が湧き上がるたびに私は必死でそれをふりはらった。
 友達はいつまでも変わらないと思っていたけど、そうでない面もあった。
当たり前だけど、みんなそれぞれいい人を見つけては楽しそうにしていた。
そんな友達の幸せそうな姿を見るたび、私は切なさで胸を締め付けられた。
瑞佳もそういう人を見つければいい、とよく言われる。 
悲しみを振りきって、また新しい幸せを見つけるのには
そういう方法が一番だってことは私も知っていた。
だけど私はその気にはなれなかった。 

 浩平の存在しない日々はこんなにも空虚だったのだ。
浩平との幸せな思い出があればあるほど、その日々は辛かった。
浩平は自分のことはすぐ忘れると言っていた。嘘だった。
浩平のことを思わない日など1日もなかった。
 それと同じように、浩平自身が言ったもう戻ってこれないという言葉も嘘だと信じていた。
だがそれをふと、疑ってしまうときがある。
もしかしたら本当に浩平は戻ってこないのではないか。
そんな考えがうかぶたびに、私は幸せな記憶の中に自分を投じてしまいたくなる。
いま、自分が生きている現実と浩平が存在する思い出とを秤にかけてしまう。
それでもなんとか現実に踏みとどまりながら浩平の帰りを待った。
 浩平も私と同じように思い出を持っているだろうか。
もし浩平も同じ記憶を共有していてくれるなら、
きっと浩平は帰って来れる。あのとき、
木立の中で浩平を見つけることができたのは奇跡だった。
あそこで浩平を抱きしめることができたおかげで、
浩平は私との絆を確かめることができたはずだ。
私は確かめた。最後に触れ合った瞬間、あのときから何があっても浩平を待とうと決めた。

 季節が過ぎて行った。浩平が消えてしまってから訪れたはじめての春。
日の光は暖かくなったけれど、
相変わらず私の頭に浮かぶのはちょうど1年前に姿を消してしまった幼なじみのことだった。
 あの日から浩平の家の前を通ってから学校にいくのが日課になったいた。
意味のない事だとは思ったけれど、結局1年続けてしまった。
 その日の陽気が穏やかだったせいか、
私は浩平の家の前で立ち止まって部屋の様子を伺ってみた。なにも変化はない。
 ふと見てみると、由紀子さんの車が今日はなかった。どうやら早くに出かけたらしい。
その日の陽気が穏やかだったせいか、私はつい玄関のインターホンを鳴らしてしまった。
・・・誰も出ない。当たり前だ。でもその日は何故かドアのところまで行って
鍵がかかっているかどうか確かめてしまった。
空いている。これでだまって入ったら泥棒といっしょだ。
 それでも中に入ってしまった。家の中に変わった様子はない。
なるべく音を立てないように階段を上って、
浩平の部屋の前まで来た。いったい自分は何をしているのだろう。
こんなことをしても悲しくなるだけなのに。
それでも部屋のドアを開けて中に入った。
 中の様子は暗くてよくわからない。明かりがないのだから当然だ。
朝なのだから、電気をつけるよりもカーテンを
開けるほうがいいだろう。

カシャア!

「ほら、起きなさいよー!」
カーテンを開けるとほぼ同時にベッドの上の布団を剥ぎ取った。
「ぐわ・・・もう朝か。」
「そうだよ。ほら今日はすごくいい天気だよ。」
だが瑞佳が油断したすきに浩平は布団を奪い返すともう一度寝に入った。
「あ、こらあー!」
瑞佳もすかさず布団を再度剥ぎ取ろうとする。だが今度は浩平がそれに
抵抗して布団を掴んでいるためなかなかうまくいかない。
「もう。放しなさいってば!」
「ううう・・・昨日は七潮のやつにストリートファイトを
挑まれて体中ぼこぼこなんだ・・・休ませてくれ・・・」
「だったらどうしてそんなに力が出るの!?」
「ばか。俺はカムバックするために全力で休まなければならないのだ
そのためなら力を惜しまないぞ。」
「もう、わけのわかんないこと言ってないで。ほら!」
瑞佳は力を込めて再度布団を剥ぎ取った。
「うお、すごい力だ。」
「ほら、ぐずぐずしてないで早く準備してよ。」
「はいよ・・・」
浩平が着替えと鞄を受け取ろうと手を伸ばした。
だが瑞佳はその二つを渡しかけているところで硬直したように止まっていた。
「おい、長森。」
「・・・」
「おーい。」
「・・・」
「おいこら!」
「!」
「おい・・・?」
「浩平・・・?」
瑞佳が信じられないといった風に浩平を見つめていた。
体を細かく振るわせながら、瑞佳は口を開いた。
「浩平?」
「ただいま。」
手に力が入らなくなったのか瑞佳は持っていたものを床に落としてしまった。
そのままゆっくりとした動作でベッドのふちに近づく。
「おかえりなさい・・・」
瑞佳は感極まって返事をすると同時に浩平に抱きついた。
浩平はそれを支えきれずにベッドに押し倒される。
「浩平!浩平!」
「ああ、ここにいるぞ。」
「いるんだね、浩平。もうずっと一緒だよ?」
「ああ。」
「浩平・・・!」
浩平の胸元で瑞佳は泣きじゃくっていた。
浩平は瑞佳を包み込むように両腕をその背中に回してしっかりと抱きしめた。
「長森。俺も好きだったよ、お前のこと。ずーっと前から・・・」
「浩平・・・」
お互いの体温を確かめるかのように、二人はいつまでも抱きしめあっていた。
カーテンの開かれた窓から入る暖かな陽光に照らされながら。

End

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ぐふっ・・・休みを一つ潰してしまった。
勢いで書いてしまいましたが、とりあえず長森瑞佳の創作EDです。
なお初投稿ですので何卒よろしくお願いします。
感想など寄せて下さるとすごく嬉しいです。
なお、お願いだから石を投げないで下さい・・・