うぃるす!!  投稿者:北一色


  ……後から思えば、事の起こりは繭が風邪をひいた事だった。

「……くしゅん!!  みゅ〜……」

  繭は鼻をグスグス言わせている。眼が少し赤く、そして潤んでいた。ロ●のケ
がある人なら、その姿にあるいは色気を感じ得たかもしれない。

「繭、今日はもう帰って寝た方がいいよ。今年の風邪は悪質だから、長引いたら
大変だもん」
「みゅー……う〜……」
「後でお見舞いに行くから、ね?」
「うんっ♪」
 
  瑞佳の言葉に繭が素直に頷いた。

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  ……本来なら、ただそれだけの話だった。わざわざSSにするまでもない話で
ある。
  かといって、この後、繭の病状が悪化して……という訳でもなかった。翌日に
は風邪もすっかり完治して、てりやきバーガー3個を無事に食べ切った程に元気
になった。
  問題が発生したのは、その後だった。

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「おい七瀬、窓の外なんか見て何やってるんだ?」

  その問いに対する七瀬の返事は簡潔を極めた。


「みゅーってるのよ」


「……はい?」
「だからぁ、みゅーってる……みゅ?(あれ?)」
「……お、おい……?」
「みゅみゅみゅ、みゅ〜!!?(何よ、コレ〜!!?)」
「……七瀬?」
「みゅみゅみゅ〜!!?」

  パニックを起こす七瀬だが、無情にも、HRの時間がやって来た。
  髭先生の御登場である。
  2日前には「んあ〜、椎名は休みか〜?」などとのたまってくれたが、今日の
髭はいつもと一味違っていた。開口一番、

「みゅ〜(んあ〜)」

  しかもおぞましい事に、口調はいつものままだった!!

  気の弱い女子生徒の数人が失神し、大多数が気分が悪くなり、男子生徒の数人
が深刻な殺意を覚えた。

「……一体、何が起こったんだ……?」

  七瀬と髭、この2人のダブルコンボをくらった浩平は、うつろな瞳で、ただつ
ぶやく事しかできなかった……。

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  しかし、それはまだまだ前兆にすぎなかった。
  翌日には学校中に広まっていたのだ。

「みゅ、みゅ〜」
「みゅみゅ?  みゅみゅみゅ!!」
「みゅー……」

  生徒も先生もほぼ全てがこうなっていた。
  もはや、授業どころではない。
  なにしろ、金髪・短ラン・ボンタン、おまけに鼻ピアスまでしてるにーちゃん
まで「みゅ〜」とか言ってるのだ。
  学食では、「何故か」てりやきバーガーが凄まじいスピードで売り切れた。て
りやきバーガーをめぐってケンカが起こり、数人がケガを負った。
  しかし、これですらも発端にすぎなかった。

  さらに翌日には、中崎町全てに広がっていたのである!!
  「不思議な事に」、ペットショップからはフェレットが売り切れた。
  てりやきバーガーが飛ぶように売れ、他の飲食店は逆に寂れた。
  何故か裏山を聖地とし、フェレットをあがめる宗教団体までできた。
  
  さらに言えば、七瀬が髪型を変えた。学校で皆に引っ張り回されるだけなら強
行突破するまでの話だが(「みゅっ(なんでよっ)!?」Byななぴー)、自分
自身でまで引っ張りたくなってしまうのである。他に手立てはなかったのだ。

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  1日ごとに事態は深刻化し、それに伴って地域が広がって行き、遂には日本列
島全てを巻き込んだ。
  この空前の事態に日本国総理は一言「みゅー」とコメント、野党はここぞとば
かりに「みゅー!!」と総理の無能を嘲った。

  事ここに至って遂に、笛  烈人博士をはじめとする医師団が結成され、一連の
事態は、「みゅ〜ウィルス」によるもの、と発表した(なお、口頭で発表すれば
全て「みゅ〜語」に変換されてしまうため、文書で発表された)。

  「みゅ〜ウィルス症候群」、すなわち一般に「みゅ〜病」と呼ばれるこの病気
は、発熱も苦痛も何もないが、言葉が全て「みゅ〜語」に変換される事、てりや
きバーガー、フェレットなどに異常なまでの執着を見せる事(七瀬の髪について
は、この時点では気付かれていなかった)などがあげられた。
  なお、「みゅ〜語」は、「みゅ〜病」キャリアー同士なら意味が通じるという
事だった。
  「みゅ〜ウィルス」の名の由来は、ウィルスの形状がギリシャ文字の「ミュー
(μ)」に似ている事から名付けられた。
  「みゅ〜ウィルス」の感染力は極めて強く、空気感染する事も判明した。

  発生から1週間で、ほぼ日本全土に「みゅ〜病」は蔓延した。

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  「みゅ〜病」は様々な事態を引き起こした。

  まず、連続殺人事件が発生した。
  逮捕の際、犯人の青年は「あんなオッサンやコギャルが『みゅ〜語』を話して
るのが許せなかった」と涙ながらに語り、情状酌量の結果、執行猶予が設けられ
た。
  別件では、犯人のセクシーな女性が「彼が『ちっちゃいムネの方がいい』なん
て言うから」と、涙ながらに語り、こちらは極刑に処された(なお、この件で、
「みゅ〜病」キャリアーの男性はは小さい胸の方を好むようになるという、嗜好
の変化が起こるとわかった)。

  地理学的には、まず言語分布表の日本の所に、「日本語」「アイヌ語」の上に
「みゅ〜語」が追加された。次に、宗教分布表に、「仏教」「神道」等の上に「
みゅ〜教」が追加された。
  ただでさえ「日本語は難しい」と外国人に言われてきたが、「みゅ〜語」に比
べれば数倍分かりやすいと思われた。

  英語・国語は廃止された。
  教えようにも、教師が正確に発音できないのだ。そのため、1部の小・中学生
が狂喜し、英語・国語教師は職を失った。

  小さな事では、夫婦仲が円満になったという報告があった。
  これまで、「母さん、アレとってくれ」「アレじゃわかりませんよ」などとい
う事でケンカの絶えなかった夫婦が、「みゅー」「みゅっ」で通じるようになっ
た、との事だった。

  音楽界は激変した。
  良い歌詞を考えても、全て「みゅ〜語」に変換されてしまうのだ。環境の激変
に耐え得るものだけが生き残る、まさにサバイバルだった。

  自衛隊の上層部は喜んだ。
  どんな暗号を作っても解読の危険は常に付きまとうものだが、「みゅ〜語」な
らば、他国の軍隊にはとても解読できるはずもなかった。

  ファーストフード業界は好景気に沸き、他の飲食店は衰退の一途をたどった。
特に、気取った店はだめだった。「みゅ〜病」キャリアーはうまく食べられない
ため、誰も店に来ないのだ(この時点で「みゅ〜病」キャリアーはテーブルマナ
ーが下手になると判明した)。

  「みゅ〜連」のアカウント数はかるく50億を越え、カウンターが更新された
が、1週間後には桁がさらに2つ追加された。サーバーは常に超満員状態だった
。なお、この時期、全てのSS作家が繭SSを書くようになった。その他のSS
は見向きもされなくなってしまった。

  「みゅ〜病」は人間だけに感染する訳ではない事も判明した。
  犬が「みゅー」と鳴き始め、他の動物もそれにならった。

  遂には天皇陛下御自身がてりやきバーガーをお食べになり、マスコミは毎日報
道のネタに事欠かなかった。

  そして遂に、数々の事態を引き起こした「みゅ〜病」は、世界中に広がり始め
た。発生から2ヶ月、「みゅ〜病」は世界中に蔓延するに至った。

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  世界中に広がった「みゅ〜病」は、言葉の壁をやすやすと打ち砕いた。
  なにせ「みゅ〜病」キャリアー同士なら、どこの国の人でも話が通じるのだ。
おかげで外交官や通訳はお払い箱になった。

  宗教的な問題も発生した。
  世界中のイ●ラム教徒やキ●スト教徒などが「みゅ〜教」に改宗してしまった
のだ。●ーマ法王庁は、「バベルの塔」の戒めについて語ったが、誰も聞く耳持
たなかった。

<作者注:「バベルの塔」の戒め……言語の違いは、神が思い上がった人間に対
して与えた罰である、という話。詳しくは旧約聖書参照。実は昔、「世界共通の
言語(英語とか、今ある言語じゃない)を作って、世界中がみんな平等に同じ言
語を学ぶようにしよう」という話があったそうです。でも、キリ●ト教会が「バ
ベルの塔」の戒めについていろいろ言い出したんでナシになった、とか>

  こうして、言語と宗教という、人類が越えられなかった2つの壁を、「みゅ〜
病」はあっさり越えてしまったのである。

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  ……さて、何事にも例外というのはあるもので、世界中に蔓延した「みゅ〜ウ
ィルス」にも感染しない者達がいた。
  いまや小数派となった彼らは、中崎高校の地下に潜伏、「みゅ〜ウィルス」の
駆逐を虎視眈々と狙っていたのである。

「……という訳で、ここにいるのは今や極小数となってしまったが、『みゅ〜ウ
ィルス』のキャリアーでないもの達だ」

  言い終えてから、折原浩平は周囲を見回した。
  長森瑞佳。川名みさき。里村茜。上月澪。深山雪見。柚木詩子。広瀬真希。稲
木佐織。住井護。南明義。氷上シュン。
  そして、椎名繭。その母親である椎名華穂。
  さらには自力で回復した七瀬留美。

  ……これだけだった。総勢、15名。
  おそらくこの15名のみが、「みゅ〜ウィルス」に感染していない最後の人類
であろう。繭はどうかわからないが。

「どういう基準で俺達が残ったのかはわからんが、七瀬がかかった時点で、健康
とか免疫とかの問題じゃなさそうだな」
「どーゆーイミよっ!!?」

「まぁともかく、住井、『みゅ〜ウィルス』について説明してくれ」

  住井は立ち上がって一礼すると、説明を開始した。

「まず、ウィルスというものについて説明しよう。
  ウィルスは、『生物と非生物の狭間にあるもの』と言われている」
「何で?」と詩子。

「生物の定義は、宗教的には『魂』とか『心』なんて曖昧な言葉で説明されたり
もするが、生物学的には2つの事が言われている。
  すなわち、『有機体である事』か『DNA(リボ核酸)を持つ事』の2つだ」
『どう違うの?』と澪。

「ウィルスは有機体だから、前者の場合は生物という事になる。
  だが、ウィルスはDNAを持たないから、後者の場合は非生物、ということに
なるね」これはシュンが説明した。

  さらに雪見が補足する。
「ウィルスはDNAのかわりに『RNA』というものを持っているの。これは自
己繁殖能力は持たないけど、宿主の細胞に侵入して、DNAを取り込んだ後、自
己のRNAを書き込んで増殖するの」
「ふぅん……」とみさき。

「このとき、一時宿主のDNAを取り込むため、エラー、つまり書き間違いが起
こる事がある。しかもこのエラーは、次の増殖の時、エラーまで完全に複写され
る。これがミュータント(突然変異)だ」
  そう住井は締めくくった。

「……つまり?」
  浩平の質問に、住井は結論を述べた。

「繭ちゃんが風邪のウィルスに感染したとき、風邪ウィルスが突然変異を起こし
たんじゃないか、と」

「そんな……それじゃ、どうすればいいんですか!?」
  華穂が半ば青ざめながら、繭を抱きしめた。

「一応、手立ては考えました。
  1つはワクチンを作る事。
  ですがこの方法は、ここまで蔓延した以上、感染力を考えると、治すよりも早
く感染していくでしょう。
  そこでもう1つの方法を使います。
  別のウィルスに、『みゅ〜ウィルス』に対してのみ攻撃するように命令して撒
き散らし、『みゅ〜ウィルス』を駆逐するんです!!」
  高らかに住井は宣言した。

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  ……こうして、約3ヶ月に渡って人々を苦しめ(?)続けてきた「みゅ〜病」
は住井の活躍によって駆逐された。

  住井は博士号を受け、ノーベル賞、国民栄誉賞などを受賞、「ドクター・スミ
イ」の名は世界中に知れ渡った。


  ……「みゅ〜ウィルス」攻撃のために放ったウィルスが突然変異を起こして「
だよもんウィルス」が蔓延し始めるまでの、実に3ヶ月もの間、住井は英雄とし
てもてはやされたのである……(なお、博士号その他は撤回された)。

教訓:「よくわからない、不安定なものなんか使うからよ」(深山雪見)

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  風邪のウィルスがいろいろなイミで頭に来て書きました。なんか誰か書いてそ
ーな気がしなくもないです。
  ところで、七瀬は窓の外を見て、何をやってたんでしょう?  作者も知りませ
ん(^^)。国会答弁とかも同様です(^^)。 
  何故あの15人が感染しなかったのか……それは神のみぞ知る(^^)。
  まぁ、茜とか南なんかは感染しそうにない気もしますが。

  間違っても「みゅー病」じゃありません。「みゅ〜病」ですのでお間違いなく
。1部、かかりたい人、いません?(^^)

  多分、「いちにいさんしいしいなまゆ」とか「瑞佳とみずかと」あたりの影響
を受けまくってるっぽいです。最近、自分が「2次作家」ならぬ「3次作家」な
気がしまくってます。特に「このSSの影響を受けた」と書いてない場合は、も
はや血肉と化していると思ってください。

<例:雀バル雀さんの「上月寿司の看板娘」読んだ後しばらくしてから、澪は寿
司屋の娘だと本気で思い込んでた。証拠が「BLUE  LEAF2」に残ってい
る。最近、HPで発見して愕然とした>

  あと、それに、「らせん」と、あさりよしとおの「まんがサイエンス」を読ん
で味付けして、できたのがこのSSです。

  あぅ、気力が持たん。感想は次で書きます。「乙秋」書かんと……。
                                                 「いまだ風邪が抜け切らない」北一色