ONE英雄伝説4〜パタポ星域の会戦〜 投稿者: 北一色
ナガモリ艦隊は、前進を開始したナナセ艦隊に呼応して動き出した。やや突出したナナセ艦隊に少し遅れて前進を開始する。天頂方向(つまり上)から見ると、帝国軍はやや左下がりの陣形のまま前進していることになる。

「ふむ……?」
旗艦「Robespierre(ロベスピエール)」の艦橋でナカザキは首をかしげた。
彼が疑問を発したのは、帝国軍の作戦が戦術の基本に反していたから――ではなかった。
彼には純粋に不思議だったのだ。
「なぜナナセさんは僕の所じゃなくミナミモリの方に向かっていくんだ?」
……それはミナミモリがナナセの前方に布陣しているからだろう。
「僕の胸にまっすぐ飛び込んで来るのが普通なのに。
……ははあ、そうか。照れてるんだな。それとも、まずは邪魔なミナミモリを蹴散らしてからゆっくりと僕との時間を過ごそうと考えているのかな?
ふふ、可愛い所、あるじゃないか」
……よくそこまで自分に都合よく考えられるな……。ほとんどストーカーだぞ。
……こんな彼に兵士達がついていくのは、単に給料の高さのためだった。
ナカザキは大金持ちで、趣味で要塞を作った程である。
「そう考えると、ナガモリさんの行動も合点がいくな。
僕の胸に飛び込んで行きたいのは一人じゃないってことか。
ふふ、僕も罪な男だな」
……確かにあるイミで犯罪に近付いてはいるが。

そしてミナミモリは、
「やっぱり俺の方に来たか、ナナセさん。
ナカザキの奴なんかの方には行かないと信じてたよ」
……あんまりナカザキと変わらなかった。
旗艦「Casanova(カサノヴァ)」の艦橋で、ミナミモリは不敵に(とゆーより不気味に)笑った。
「まずは二人にとってジャマな、周りの艦隊を消してしまおうね……」
……二人とも、少しはミナミを見習った方がいいかもしれない。

ナガモリ・瑞佳の用兵は奇を好まない。
あまり面白みがあるわけではないが、それだけにつけいるスキもない。まさしく「優等生」的な用兵をする。攻防ともに得がたい手腕を発揮し、敵の奇策に対しても、冷静に、完璧に対応する。
今回採った作戦も決して戦理に反してはいなかった。

ナナセ率いる「乙女槍騎兵(フロイライン・ランツェンレイター)」艦隊は、凸形陣をとったまま、ミナミモリ艦隊に向けて突撃していく。ミナミモリ艦隊は凹形陣で対応し、ナナセ艦隊の前進を阻んだ。
ミナミモリ艦隊は1万7千、ナナセ艦隊は1万4千。わずかにミナミモリ艦隊が優勢だが、ほぼ互角といっていい。
「突撃!」
旗艦「Aschenputtel(アッシェンプテル)」の艦橋で、ナナセは再度命令を下した。
兵士達は即座に従った。
司令シートで木刀なんぞ振り回されては、異存などあろうはずもなかった。
ミナミモリ艦隊からの反撃を力強くはねかえし、凸形陣から紡錘陣を作り上げ、一気にミナミモリ艦隊との距離をつめる。
「グライフ発進!ドッグ・ファイト(接近格闘戦)に移るわよ!」
帝国軍の小型戦闘機は、正式名を「Vogel Greif(フォーゲル・グライフ)」と呼ばれている。これに対して反乱軍の小型戦闘機は、「Liliputian Hitcher(リリパティアン・ヒッチャー)」と呼ばれる。
これらの小型戦闘機は艦隊同士が接近しすぎているときに、艦同士の衝突や、接近しすぎているときに主砲を撃って巻き起こる誘爆をさけるために使われる。
巨大な戦艦や巡航艦に比べて装甲や火力は劣るが、その機動性やスピードは段違いである。
ナナセ艦隊は反乱軍の猛攻をものともせず、正面からその反撃を蹴散らした。

「さすがはナナセさん……! 攻撃力においては宇宙最強と言われるだけのことはある……!」
ミナミモリは呻いた。
「……よし、ここで勝っても意味はないな。全艦隊、防御に徹せよ!」
もともと主戦場はパタポ星――つまり恒星――付近である。スミイ艦隊が補給線を破壊さえすれば、ナナセ艦隊がいかに強くても、ナガモリ艦隊が圧倒的兵力を有していても、勝利は最終的には反乱軍のものなのだから。
……結果として、彼は誤った。

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「佐織、お願いするね」
瑞佳は旗下の2万3千の艦隊から、8千隻を割き、副司令官イナキ・佐織に与え、最左翼に布陣させた。そのまま左に展開させ、ナカザキ艦隊の右側面を突かせた。
「……しまった!斜形陣か!」
ナカザキは顎然として悔やんだが、その後悔は遅すぎた。

……斜形陣とは古代の用兵家エパミノンダスが考案した陣形である。左右に広く展開し、左右どちらかが突出し、もう片方は下がっておく。始めのうちは突出している方だけが戦うことになるが、やがて下がっている方が追い付くと、そのまま敵陣を包み込むように運動し、半包囲態勢に追い込んでしまう。
戦場においては、包囲ないし半包囲した方が圧倒的に優勢になるというのは軍事上の常識である。
かのアレクサンダー(アレクサンドロス)大王が終生好んだ陣形(左下がり重装歩兵斜形陣)であるという。

分艦隊の旗艦「Bremer Stadtmusikanten(ブレーマー・シュタットムジカンテン)」の艦橋でイナキ・佐織は艶やかに笑った。
「遅すぎるわよ、ナカザキくん。戦闘中に余計なことを考えているからよ」
佐織はすでに半包囲態勢を整えつつあった。さながら1つの名曲を演奏して、クライマックスを迎えるかのように……。

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その頃、茜の防御もついに限界に達しようとしていた。もともと敵の2割の兵力で戦線を維持する方が無理なのだから。
今まで戦線を維持できたのは、まさに「鉄壁サトムラ」の名を証明する、茜の能力ならではだった。
サトムラ艦隊の被害は4割に達し、兵士の疲労も限界になりつつあった。
そこに加えて、ミナミ率いる小型戦闘機群が襲いかかってきたのだ。

ミナミ艦隊旗艦「Billy the Kid(ビリー・ザ・キッド)」の艦橋で、ミナミは指示を下した。
「リリパット全機発進! 敵艦隊を叩き潰せ! ……でもサトムラさんの旗艦は狙っちゃダメだぞ」
……戦闘中にムチャ言うな。
「サトムラさんにケガでもさせたら……降格の上、軍法会議で死刑だからな」
……敵を殺しちゃいけない戦争がどこの世界にあるのだ?
「そうだ!降伏を勧告しよう!サトムラ艦隊旗艦『Dornro"schen(ドルンロースヒェン)』に通信回線を開け!」

「茜、ミナミくんから通信が入ってるよ」
副司令官ユズキ・詩子がそう報告をもたらした。
「嫌です……」
「じゃあどうするの?」
全く動じない詩子だった。見事なまでのマイペースぶりである。
「通信、切ってください」
……茜はまさに「鉄壁」だった。

「あのー……通信、切られたんですが……。どうしましょう?」
オペレーターが申し訳なさそーにミナミに告げた。
「う゛う゛っ……なぜなんだぁ……サトムラさ〜ん……!」
号泣するミナミ。
しかし、いつものことなので誰も気にも止めなかった。
「……かくなる上は!!」
ミナミが突然、がばっと跳び起き叫んだので、艦橋のスタッフ達は仰天した。
「僕自らがサトムラさんを迎えに行くしかあるまい!」
……どういう理屈で思いついたのか、理解した者は皆無だったが、戦術としては正しかったので、スタッフ達は放っておくことにした。

「ミナミ艦隊前進して来ます!第1、第2防衛線、突破されました!」
「……これまで、ですか……」
オペレーターの叫びに、茜はつぶやいた。
もはや余力はない。
「……浩平、これまでです。……さようなら」
茜がそうつぶやいたとき――ミナミ艦隊を含むスミイ艦隊の一角が爆発し、陣形が崩れた。
「これは……?」

「なんだ!?一体何が起こったんだ!?」
スミイの怒声に対し、オペレーターが叫んだ。
「帝国軍の新手です! 現在位置は――今もって不明!」
「ばかな!」
「なるほどね……。ステルスか」
そうつぶやいたのはヒカミ・シュンだった。
「ステルス……? そうか……『沈黙提督』の暗殺部隊か!」

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コウヅキ・澪が「沈黙提督」の称号を持つのは言葉が話せないから、だけではなかった。
旗下の艦艇はステルス性が高く、並のレーダーやソナー(音波探査器)では捉えることすらできない。
その戦術は影に身を潜め、恒星周辺やブラックホール近辺などの、普通の艦艇なら計器類がまともに動かなくなるようなところを平気で通過し、思いもよらぬ所からの攻撃を得意とする。
危険宙域を通過することも多いため、当然のこと装甲も厚ければ、計器類の能力も高い。結果として防御力も高い。
……ちなみに「暗殺部隊」というのは単なる悪口である。
旗艦「Sechs Schwa"ne(ゼクス・シュヴァーネ)」の艦橋で、コウヅキ・澪は会心の笑みを浮かべた。
『お寿司もちょこれーとぱふぇも渡さないの』
……食い物の怨みとは、かくのごとく恐ろしいものだった。

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そのころの髭とみさお。
「ろーん!ちんいつ、といとい、4れんこー、3あんこー、どら3……あれ?55、666、777、888、999……
これマンズだから、ひょっとしたらこれが『ひゃくまんごく』?」
「んああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………!!!」

……みさおが新たなる技を披露していた。

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へい、みなさん、こんちは。
なんとか書き上げたんですが……す、進まん。ほんとーは今ごろパタポ星域の会戦は終わってるハズなのに……おかしーなぁ……。
よーやっと澪の登場です。この分じゃみさき先輩や繭の登場はいつのことやら……やはり多少削るべきなのか?
スミイはまだしも、浩平の出番が全然ないし……。
……ま、済んだことは忘れよう……。

★ちょっと解説★

★Robespierre=「ロベスピエール(1758ー94)」。そのまんまです。世界史を習ってる人なら、知ってる人も多いでしょう。ナポレオンの台頭前に恐怖政治を行なったフランスの政治家です。

★Casanova=「カサノヴァ」。これもそのまんまです。色事師として歴史上に名高い人物です。本名はGiovanni Jacopo(1725ー98)。イタリアの作家だったようです。

☆Vogel Greif=「怪鳥グライフ」。これもグリム童話です。グライフとは、頭が鷲、身体が獅子の伝説上の動物です(英語ではグリフォンになります)。グライフはこの世で知らないことは何もないそうです。似た様な話に、「3本の金の毛を持つ悪魔」という話もあります。

★Liliputian Hitcher=「繋ぎ留める小人たち」。スウィフトの「ガリバー旅行記」で、ガリバーを地面に縛りつけたリリパット国の住人(小人)です。かの「EVA」で第11使徒が出て来たときの副題でもあります(笑)。

☆Bremer Stadtmusikanten=みなさん御存知「ブレーメンの音楽隊」です。佐織は瑞佳と同じ吹奏楽部……じゃないかなぁ、と思って。

★Billy the Kid=そのまんま「ビリー・ザ・キッド」です。本名William H. Bonney(1859ー81)。アメリカ西部開拓時代の無法者です。左利きの銃の名手でしたが、銃を持ってないときに、かつて親友だった警察官パット・ギャレットに撃ち殺されました。「ザ・ラスト・オブ・アメリカン・ヒーロー」と言われています。

☆Sechs Schwa"ne=「6羽の白鳥」です。知ってる人も多いでしょうが、白鳥になってしまった6人の兄を救う為、6年間もの間、口を利かなかったお姫様の話です。澪以外に旗艦にできる人はいないでしょう。似た様な話に、「12羽のカラス」という話もあります。

お、終わった……もー帰って寝よー。長くなりすぎた……ミナミも出してやれたし……。
では、みなさん、またお会いしましょう。