その日は雨が降っていたと思う。
思う・・・というのは降っていて欲しいとも思うからだ・・・
どっちにしろ、それは遠い日の幻でしかない・・・
・・・・・。
氷雨。
雪と何らかわりのない冷たさで地を打つ雨。
雪と違うのは、雪のように優しく地を覆うわけではない、それくらいのことだろうか・・・。
その、今にも雪に変わりそうな雨の中。
俺はこの中崎町の総合病院に来ていた。
始業式だった。
これからまた、何の変りもない日常が始まることを告げる、そのお決まりの行事の日に。
あいつは。
氷上シュンは来なかった。
消毒薬の匂いが鼻をつく。
この匂いは悲しい記憶しか思い起こさせない・・・。
「・・来ると思ってたよ、折原君」
「氷上?」
あいつは、いた。
出会った時と同じ、笑顔で。
そして・・・出会った時は別人のような面持ちで。
頬はこけ、肉が削げ落ちている。
明らかに顔色は死人の色。
死ぬ直前のみさおと・・・・そっくりだった・・・。
「起きてて大丈夫なのか・・?」
「君が来てくれたからね・・・・」
点滴がしてあるということは、氷上はもう物を食べることすらできないのか・・・?
「お見舞いに来てくれてありがとう・・・といいたいところだけど・・・そろそろお別れらしいよ・・」
「お前・・・」
ただ、事実を述べるように淡々と。
「・・・僕はね」
「・・・。」
口を、かすかに動かす。
静寂のともった病室に、生が混じる。
「今まで、死んでも構わないと思っていた・・・」
「・・・お前・・」
氷上が幼い頃から大病を患っていて長くは生きられないことを知ったのはつい最近のことだった。
まあ、それすら・・・氷上が言外ににおわせただけだったのだが・・・
「でも、今は違う・・生きたいと思ってるよ・・・」
「・・・・。」
何も言えない。
この空間が俺の言葉を拒絶していた。
「君のためにね・・・君をここに繋ぎ止めるために・・・」
「・・・・。」
純粋な、言葉。
真摯な、言葉。
きっと、住井や南相手だったら、茶化してしまうような・・・
想いのこもった。
「・・・・・・君と出会ってから、一ヶ月・・・」
軽音楽部で、初めて顔を合わせてから。
「消えそうな君の存在を繋ぎ止めることが出来たのは奇跡だったのかもしれない・・・」
「・・・俺は」
氷上の瞳は、開いていない。
もしかしたら・・・もう、見えないのかもしれない。
「君が泣いていたから・・・君が泣いているように見えたから・・・ずっと・・・」
「・・・。」
涙・・・って。
「僕にそっくりな君が泣いているように見えたから・・・」
「・・・お前も・・・氷上も泣いてるのか・・・?」
涙・・・って言ってた・・・。
「僕を泣き止ませてくれたのは君だよ・・・・」
「俺は・・・何もしていない・・・・」
雨は・・・・
涙だって・・・・
「君は、僕がいることに気づいてくれた・・・だから。」
「・・・氷上。」
天の悲しみをあらわす・・・
涙だって・・・・
「・・・余計に心苦しいんだ・・・・」
雨は降り止むことなく・・・
「僕がいなくなれば・・・二人で繋ぎ止めていたその絆のうち、片方が切れたなら・・・」
地を打って・・・
「おそらく・・・これから、君を言いようのない過酷が襲うだろう・・・」
地の悲しみが乾いてしまうことを許さない・・・・
「だから・・・自分を見失わないで欲しい・・・それだけだよ・・・」
「氷上・・・ありがとうな・・・」
俺には、氷上の言っていることの半分も理解できなかったけれど。
ただ。
礼を言いたくなった。
「・・そろそろ、面会時間も終了する頃だろう・・? 折原君、さよならだね・・」
「ああ・・そうだな・・・。」
席を立って。
「氷上・・・また、明日な」
氷上が、本当に笑ったような気がした。
「ああ・・・また、明日・・・」
・・・・・。
翌日、氷上の訃報が届いた。
そして、予告通り、過酷は俺を訪れ・・・
俺は、帰ってきた。
彼女との絆で。
でも・・・・
「でも、やっぱり半分はお前のおかげなんだぜ・・・氷上・・・」
あいつの、氷上シュンの眠る墓石の前で。
あの時と同じ・・・氷雨の中・・・。
「氷上、お前は最短記録で俺と親友になれたやつだよ・・・」
俺は・・・泣く。
今は亡き親友のために。
・・・・・。
雨が天の悲しみをあらわすというのなら・・・
天が流す、慈悲の涙というのなら・・・
今日は・・・・・
氷上のためだけに泣いてやってくれないか・・・・?
・・・ありがとう、折原君・・・・
僕の想いは・・・・届いたかい・・・?
・・・・ありがとう、氷上。
また・・・今度・・・会おうな・・・
以上。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
・・・ただ、それだけの話。
現在SSスランプ中・・・