アルテミス 投稿者: 神凪 了
不可視の力で潜在能力の限界まで引き出された感覚。

七瀬留美の眼は確実に椎名繭を捉えていた。

(・・・でも・・)

繭の一撃一撃を不可視の剣で捌く。
・・・以前は捌く時に、一緒に腕まで切り裂けていたはずだが・・・

(斬っても斬っても・・・流体金属だからくっついちゃう・・・)

折原浩平の能力で増幅された今の自分の力なら、繭よりも早く動く事ができる。
だが、自分の限界を超えた力を引き出したとしても、それは全身の硬度が増したりするわけではない。

(チャンスは一回・・・)

つまり・・・180%の力を発揮して、繭よりも早く動こうと思ったなら・・
まず、最低でも足の腱は引き千切れる。
運が悪ければ骨まで砕けるかもしれない。
全身の筋肉が疲弊して、指一本動かせなくなるかもしれない。


・・・下手をすれば廃人、もしくは死ぬかもしれない。


(チャンス・・チャンスが欲しいっ・・・一瞬の隙でもあれば・・・)


焦りを感じる。
それは、床に倒れ伏している住井護・・・
今にも命が尽きようとしている彼の・・・・


(隙がなければ・・・自分で・・・!)


繭が目前まで迫る。
巨大な刃物と化した流体金属の腕を・・・


斬るのではなく、床に叩き付ける!


が っ


刃物と化した流体金属の腕が床に突き刺さる。
一瞬、体勢が崩れる。


(この一瞬を・・・!)


ぐぐぐぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉ・・・


耳慣れない擬音が体の底から響く。
視界が、真っ赤に染まる。

ものすごい速度で全身に血液が流れる。
筋肉が限界まで膨張する。



・・・一瞬、頭の中によぎる、過去。



お下げを引っ張って喜んでいた椎名繭・・・


(・・・っ!)


一足飛びに、不可視の剣を振り上げて・・・!


「いぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」



ざしゅっ





・・・・・。





第四十一話 「激怒」





・・・・・。





伸ばす。

床に突き刺さった流体金属の腕を。

軽業師のように反動を利用して。



椎名繭の身体がばねのようにふわっと宙に浮き上がり・・・・



まず、七瀬留美の攻撃をかわした。



そのまま頭上を飛び越え、七瀬留美の背後を・・・とった。





・・・・・。





手応えあった・・・・が。



(いない!?)



斬れたのは、流体金属・・・
細長く伸びて、自分の頭上を通り、背後に・・・・



(しまった・・!!)



背後に、向き直ろうとする。
その瞬間。



ぶちいぃっ



(あ・・・・・)



古くなったゴムの引き千切れるような音。
足の腱が、引き千切れる音。



がくっ、と体勢が完全に崩れる。
凄まじい激痛に見舞われる。



そこに。




ずどむっ!!




(くぁ・・・・・・・)



大砲でも打ち込まれたかのような衝撃が背中に走る。
その勢いで壁まで・・・・・


がっ!


吹き飛べない。
自分の斬ったはずの目の前にあった流体金属が、薄く広がり、七瀬留美のからだを受け止める。


逃げられないように。


このまま嬲り殺せるように。



ずどむっ!
ずどむっ!!
ずどむっ!!!



立て続けに重い衝撃が走る。
脇腹から走る衝撃が内臓をひしゃげさせる。
肋骨に走る衝撃が骨を砕く。
背骨に走る衝撃は脳髄に響く。


もう痛みすら感じなくなるほどの、重い衝撃。



(・・・死ぬの・・・?)



(住井君・・・・)





・・・・・。





机に伏せっていた身体を起こして、目をこする。

(何時間寝てたのかな・・)

まわりを見てみると、もう帰り支度をしている生徒がほとんどだ。
どうやら六時間目までフルに熟睡していたらしい。

(後は髭のHRだけか・・じゃあ、問題無いだろ。もう少し寝てても・・・)

そう思ってもう一回、寝に入ろうとした時。

「住井君。」
「・・? 七瀬さん?」

机の前に七瀬さんが立っていた。

「どうしたの・・・?」

七瀬さんは、悲しさ、寂しさ・・・いろいろな感情が混ざったそんな表情で。


「私を助けて。」
「えっ?」


七瀬さんが自分の事を「あたし」と言わなくなったのは何時からだったろう・・・
それはきっと・・・・彼女が乙女になった日から・・・恋をした日からではないだろうか・・・


「今、頼れるのは住井君だけだから・・・」


ずくん


「助けるって・・・何をどうやって?」


ずくん


「できるよ。住井君なら。」


ずくん


「私が・・・いるもの・・・」


ずくん


『ここに、いるよ』



・・・身体の奥底から。



『いつでも、一緒だから』



ぐきいっ





・・・・・。





ゆっくりと、立ち上がる。
首の感覚がない。


不可視の力で折れた首を固定しているだけで、骨がくっついたわけではないのだ。


・・・別に構わない。


考えるよりも先にからだが動いていた。
今も、嬲るのに夢中になっているあいつに。



めきいっ



不可視の力を込めた拳を、叩き付ける。
繭のからだがくの字に折れる。



「・・・・殺すぜ」





<第四十一話 「激怒」 了>

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ふう・・・・・今日も冷えるぜ・・・
みさき「涼しいね〜了ちゃん」
・・・こう毎日つけてると電気代が心配でしょうがないけどな・・・
は〜・・・・
みさき「・・・・。」
ん・・なんか見慣れないボタンがある・・・
おーばーどらいぶ? ん、ぽちっとな。


(ひゅごぉぉぉぉぉぉ!)


翌日、凍死寸前で二人が発見されたのは関係者の間だけの秘密である。

なお、このクーラーがFARGO製であることに気づいているものは・・・まだ、いない。