アルテミス 投稿者: 神凪 了
(この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは何の関係もありません)


先日降った雪のおかげで、道が明るい。
雪明かりという奴だ。
これが昼間だったらサングラスでもしていなければ目をやられるところなのだが・・・

空には満月がかかっている。
気味の悪い、紅い月が。
それは目の錯覚であったかもしれないが。

腕時計・・・安物だが、時間のずれはほとんど無い、を見る。
今は、23:37。
00:00から・・・その時から・・・


最後の戦いが始まる。





第三十二話 「世界が、終末の闇につつまれる前に・1」





西からは、深山雪見、里村茜が。
東からは、巳間一家・・・良祐、晴香、澪が。
裏からは、折原浩平、天沢姉妹、住井護が。
正面からは僕・・・氷上シュンが一人で。

当然、深山雪見、天沢姉妹、上月澪は【増幅】してある。
それが無ければ、たとえこの場所が分かっていたとしても突入をかけようとは思わなかっただろう・・・

計画は至って簡単だ。

00:00 作戦開始。
僕、氷上シュンができるだけの陽動を起こす。
その三十分後の00:30に三方向から突入。
速攻でカタをつける・・・指導者を倒して。


・・・その指導者が誰なのかわからないのが最大の難点だが・・・


余談かもしれないが全員、ある種の覚醒剤を服用している。
殺人に対する感覚が麻痺するようなものだ。
全員・・・深山雪見、巳間良祐、晴香、天沢未悠は別として後は戦いの訓練を特に受けたわけではない。

これから殺し合いをするのだ。

抵抗を覚えないほうがおかしい。
だから・・・・里村茜を除く全員が服用している。
何故里村茜がそこまで拒むのかが気になったが、今はそれどころではない。

・・・ここに来る際に警視庁の押収品倉庫に立ち寄って装備品は整えてきたのだ。
陽動のための武器は・・・・

手榴弾、使い捨て対戦車用のロケットランチャー。
近接戦闘用の45口径の自動拳銃に格闘用のアイスピック。
防弾チョッキや安全靴はもちろん全員が装備済みだ。
住井護と折原浩平はこれに加えてサブマシンガンも携帯している。

正真正銘の【戦闘装備】だった。
日本も物騒になったものだなあ・・と思う。
こんなものが押収されてゆくような国なのか・・・・






サク・・サク・・・


雪を踏みしめて歩く。

(時間までにたどり着くのかな・・・?)

荷物の重さも手伝って歩くのに難儀している。
このぶんだと折原浩平たちはもっと大変だろう。

そのまま数分ぐらい歩いてゆくと・・・・唐突に視界が開けた。
巨大な、建物。戦車や戦闘機の格納庫。


いくつかの明かりが見えるそこは・・・・








・・・・・。


それは、明らかな食い違いだった。


「でも・・・・実際、そのせいで俺達は・・・」
「だが・・・それが真実だとするならば・・・俺や晴香が生きているはずが無い。」


そう、この議論の題は・・・


「でも・・・俺達の目の前で、FARGOの本拠地は大爆発を起こしたんです!」


そう。間違い無い。
志願兵のほぼ全員がそれで命を落としたのだから。


「しかし、そのお前の言う大爆発が実際に起きたのだとしたら、不可視の力が使えようと使えまいと、俺達は死んだな。」


それも、真実。
不可視の力は元来、防御的な要素は薄い。
天沢未悠ならば、「不可視の楯」でどうにかなるかもしれないが・・・

「それならば、こう考えるのが自然なんじゃない?」

今まで沈黙を守ってきた未悠が不意に口を開く。
その内容は・・・

「住井君達志願兵が攻め込んだ場所と、晴香さんが攻め込んだ、良祐さんたちがいた場所は別の場所だって・・・」
「・・・それは」

これは晴香だ。

「それはありえないわ。あの下水道を通ってゆくルートも、本部施設の位置も生き残った自衛隊からの通信で、明らかになったものだもの・・・」
「・・・ふん・・・・」

良祐が小さく鼻を鳴らす。

「晴香、一つ聞きたいことがある。」

間を置かずにそのまま続ける。

「FARGOの・・・・資金源は何だ?」
「・・・・? ・・それは・・・」

言おうとして思いとどまった。
今、言われてみて気がついた。
FARGOの資金源・・・

「普通の宗教団体は信者からの御布施・・寄付や土地、財産の寄進、場合によっては霊感商法でまかなわれる。」
「・・・。」
「FARGOは・・・・」

澱みなく話し続ける良祐。

「FARGOは非常にクローズな連中だ。霊感商法ってのはまず無い。それはわかっていてそして・・・」
「・・確かにFARGOに潜入するとき・・・入信セミナーからそのまま本部施設に送られたわ・・・寄付は一切募ったりしなかった・・・・」

呆然とした声。

「そう。そして最後に残る可能性としては、『コントロール体』を人間兵器として売り捌くことだ。」
「でも・・・・今はどうかわからないけど、あの頃の・・・」
「そう、俺が生きていた頃のFARGOは創立からもうずいぶん時間が経っていたと聞く・・・だが、それでさえコントロール体は数十人に一人しか出てこない・・・信者は百人近くいたが、それでもだ。
そして、自給自足というわけでもない。」

「一体・・・どういう事なんですか・・? それ以前に、何の関係が・・・」

住井が声を上げる。
この無意味と思われる問答に嫌気が差してきたらしい。

「まあ、黙って聞きな、坊や。」
「でも、良祐、一体何の意味が・・・」
「晴香、さっき『あの下水道を通ってゆくルートも、本部施設の位置も生き残った自衛隊からの通信で、明らかになった』と言ったな?」

抗議の声を止める。
良祐の目は真剣そのものだ。
これは、無意味なことではない・・そう目が語っていた。

「ええ・・・それが・・・・あっ!?」
「気づいたか?」

晴香の頬を冷や汗が伝う。
呆然とした面持ちのまま、頷く晴香。

「でも・・・まさか・・・」
「そう・・この二つのことから答えは出せた。俺も薄々感づいてはいたが、確証がなかったのでな・・・・・
・・・その不明な資金源・・・・あまりにも徹底的な秘密主義。」

ゆっくりと・・・語り出す良祐。

「施設の場所を決して教えようとしなかった理由・・・まあ、おそらくは移転したんだろうな・・『今』の場所に・・・そう、理由は『決して知られてはいけなかったわけ』があったから・・・」


下水道からFARGOを脱出。
もし・・・地上から脱出していたならわかったはずだ。


「その不明な資金源は日本政府・・・そして・・・」






「FARGOとは・・・『自衛隊』だ」






・・・・・。





良祐はラグナロクの発見したルートによってFARGOに潜入した。
その時点では、まだFARGOの正体については詳しいところは掴めておらず、なおかつ、潜入できるのは一人が限界だった。

そして、不可視の力が本当にある事を知る。

だが、FARGOからラグナロク本部に通信を取ることができなかった。

最初の持ち物検査をくぐった時に全て没収されたからである。


・・・正直、B−73、名倉由依が携帯電話を持ち込んできていた時には驚いた。


その時、精練をしていたのは高槻と良祐である。


高槻が由依の携帯電話を壊していなければあるいはその後に起きた惨劇は・・・・・いや、それは言うまい。
とにかく、良祐は郁未、晴香と出会った後、脱出する際にラグナロクに事の顛末を知らせてもらうつもりだった。

だが、またしても高槻は・・!



・・そして、良祐は死ぬ。



その時にはまだ、FARGOの資金源が不明なことに気づいているだけであった。




晴香たちはわからなかった。
ラグナロクに入り、日本支部に配属され、先人・・・巳間良祐の仕事を継いだわけである。

だが、FARGOはより地下に潜っていた。
日本政府の全面的な協力を受けているにもかかわらず、入信セミナーに参加することもままならない・・・
まあ、そんな事をすれば間違いなく暗殺の対象になるわけだが。


法的に違法なことを証明できるわけではないので検問などを行うこともできないわけだ。
数年が経ってもFARGOの足取りは依然として掴めなかった。
一時は自然消滅したのでは・・と思ったが、由依を暗殺しようとした人間は『不可視の力』を使ったのである。
調査は、一向に進まなかった。

その傍らに日本での猟奇的事件や宗教団体の起こした事件なども調べていったが手がかりは皆無だった。



何か、違和感を感じるようになった頃・・・事件が起こったわけだ。





・・・・・。



「でも・・・そんな事が・・・」
「考えても見ろ・・・FARGOの不可視の力がいかに強いとはいえども、『セイレーン』がいたとしてもFARGOの、自衛隊の拠点制圧や米軍の壊滅はあまりにも速すぎる・・・・。」


確かに、そう言われてみればそうだ。
量産のきかないコントロール体。
そして、コントロール体も生身の人間であるが為に、物量作戦には弱い。

それらだけで日本が制圧できたとは思えない。

だが、自衛隊がFARGOそのものだとしたら、いや、少なくとも協力をしていたのだとしたら・・


『訓練』の名目で適当な場所に移動し、米軍に奇襲をかけることができる。
自衛隊が敵なのだから日本の戦力は無いに等しい。
武装している以上、警察など相手にもならない。

そして・・・先の東京湾攻略作戦の失敗。
各国精鋭部隊がFARGOに足止めを食らった理由が。
ただのど素人ではなく、自衛隊ならプロだ。

理由がつく・・・


「少なくとも自衛隊が関わっているのは確かだな・・・連中はラグナロク−自衛隊の緊急回線を使用して連絡してきたのだろう?」

晴香は頷く。
自衛隊とラグナロクの間には緊急時のための秘匿回線があり、使用するための認識コードはもちろん国家機密。
FARGOが自衛隊を占拠したからといっておいそれと使用できるものではない。


「しらみつぶしに自衛隊の基地を当っていってもいいが・・・可能性として一番高いのは・・・・・」
「トラックで数時間という距離を考慮しても・・・・・・」





・・・・・。





時計を見る。
23:50。


はぁ・・・と白い息を吐く。

(もう春だって言うのに・・・)

雪の積もっているような場所で春も無いのかもしれないな・・・

「・・・・決着をつけるよ・・・・間違った絆を断ち切るために」

そう呟いて、使い捨て対戦車ロケットランチャーの組み立てをはじめた。





<第三十二話 「世界が、終末の闇につつまれる前に・1」 了>

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ふふふ・・・いよいよ大詰め。
突然場面が飛んでるなー、と思った方、大丈夫です、心配しないでください。
おいおい説明してゆきますんで。