アルテミス 投稿者: 神凪 了
三十話「帰還(前)」




・・・・・。



「さて・・・・」


「ちょっと・・・出かけてくるよ」


「彼が、帰ってくる」



・・・・・。



いつもの、通学路。

もう、六月になったせいか最近は雨が多い。
今日も・・・朝からずっと降り続けている。

「はあ・・・・憂鬱だよな・・・」
「どしたの?浩平」

帰りのショートが終わった後も席を立たずにボーっと窓の外を眺めている俺。
その俺の前にやってくる長森。

「帰らないの?」
「ん・・・そういうわけでもないんだが・・・」

窓の外を指差し。

「瑞佳、お前、雨って好きか?」

なんてことを聞いてみたりする。

「えっ?雨?」
「そう、なめる方のじゃないぞ。『天』でもないからな」
「うーん・・・そうだね」

しばし考え込んでから、

「好きじゃないかな・・・」
「どうして?」
「だって、浩平と一緒に遊びに行けないからね」

眩しい笑顔でそんなことを言ってくれる。

「浩平は?」
「俺も・・・・同じかな・・・」

それを、思い出す。

「雨の日ってのは、どうもあんまりいい思い出がなくてな」

親父が死んだ日も、みさおが死んだ日も、その葬式の日にも、いつも雨が降っていたような気がする。

「お前は、雨って何だと思う?」
「ええと・・・」
「いや、科学的な説明じゃなくて。何だと思ってる?」


「・・・・そうだね・・・・涙・・・かな?」


「そう・・か・・・」


「なにか、悲しいことがあった日とのために、一緒になって泣いてくれてるんだと思うよ・・・・」

何か、遥か遠くを見ている・・・遥か遠くが見えているような、深い眼差しでそう言う。
一年前の・・・俺が消える前の瑞佳はこんな、こんな眼差しができるほど強かっただろうか・・・?

「今日はどしたの? 浩平。なんか変だね」
「んー・・・・ちょっと・・・な。さて、帰ろうぜ」

席を立って、鞄を持つ。
永遠といえるほど永く親しんできた鞄の重さが手にかかる。

「うんっ!」





・・・・・。





その日の俺は何か、変だったのかもしれない。
ここに来てからそんな事は考えなかった。
いつも、この楽しい、何者にも代え難い日常だけを意識してきた。

だが・・・それは・・・・


・・・・・・・・永遠なんて、ないんだ。


わかっていたはずなのに。





・・・・・。



・・・?

「長森?」

帰り道、俺の横を歩いているはずの長森がいなくなった。
慌ててまわりを見渡すと・・・・

「・・・・何やってんだ・・・? あいつ・・・」

草がぼうぼうに生い茂った空き地。
雨の降る日、いつも茜が立っている場所。

そこに。

「どうかしたのか?」

声をかける。
返事がない。

不審に思いながらも、そこまで歩いてゆく。
濡れた草木の露が足を濡らすのがうっとおしい。
昔は・・・・長靴なんてものを履いていたが・・・・


「・・・瑞佳?」


そこに立っていた長森は・・・・



「こうへい・・・」



泣いていた。


「ど・・どうしたんだ!?」


ぽろぽろ、ぽろぽろ涙の雫が雨に混ざって落ちてゆく。
悲しい、瞳。

俺には、何で長森が泣いているのかがわからない。


「私・・・・もう・・・駄目みたい」





・・・・・。



FARGOの、その場所で。
その瞬間に、長森瑞佳という人格が消し飛んでいた。



・・・・・。



「結局・・・・永遠なんてないんだよ・・・・わかっていたはずなのにね・・・」

涙をこぼしながら。

「お前・・何を言って・・・・」

泣き続ける瑞佳の肩を掴んで、抱き寄せようと・・・・・

ぼろっ

「!?」
「もう・・・・終わりなんだよ」

粗悪な、焼き物・・・いや、土くれのように。
瑞佳の肩・・俺の掴んだ部分が崩れ落ちた。

「こころは・・・存在できないんだよ・・・私がいなくなってしまったら・・・」


同時だった。


ゆっくりと・・・・
それでいて確かに・・・・

ぼろり、ぼろり

まわりの、草木が。
まわりの、遠くにみえるビルが。
空の、雲が。
それに雨も。

そして、地面も。


最後に、瑞佳さえも。



ぼろりっ・・ぼろぼろぼろぼろ・・・・・・・



崩れ落ちてゆく。
崩れ落ちたところは黒く塗りつぶされたように。そんなふうに。

闇につつまれた。


そして、全てのものが崩れ落ちた時に・・・・


俺は、一人で深い闇の中にいた。





・・・・・。



瑞佳のいない世界に価値なんてない・・・・

この、崩れてしまった日常・・・・

もう一つの可能性、こんな、日常の崩壊。


それがいやで・・・・にげだしたんだ


ぼくは



・・・・・。



「また・・・逃げるのですか? 浩平。」


「折原・・・・いつものあんたはどうしたのよ?」


『がんばるの』


「誰だって、怖くないわけじゃないんだよ・・・浩平君。」


「みゅーっ・・・・」


「私がいなくても・・・・大丈夫だよね? 浩平。」



・・・・・。



俺はそれを、見つけ出した。

闇の中にあった、それ。
闇の中でもはっきりと見える、それ。
それに手を触れた瞬間・・・・


光。
うっすらと、青い光。


女性。

「折原君・・・・?」
「・・・・あれ・・・? お前・・・」


「確か・・・・」



<三十話「帰還(前)」了>

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なんだかよくわからないうちに30話・・・。
もう三ヶ月もたつんですねえ。

投稿ペースが落ちてきた今日このごろ・・・。
31話は明日投稿しますね。