メサイアリターンズ(前) 投稿者: 神凪 了
私のせいだ・・・。
私のせいだ・・・。
私のせいで・・




雨の中を一人歩いていた。
どしゃ降りの雨の中を、傘もささずに雨にうたれている彼女の名前は巳間晴香。
両親を早くに亡くし、兄、良祐と二人で暮らしている。



先日、起きた事件が。



(どうすれば・・・いいのよ・・)



・・そんな、心に大きな傷を持つ人間に天使は舞いおりる・・・・。




『メサイアリターンズ』




・・・一章



・・人の心は弱すぎるのかもしれない。
・・簡単に隙間ができてしまう。
・・そこを・・天使がつけいるのだ。



・・・・



「暁(あかつき)組の組長が?」
朝来るなり、クラスメートの川名みさきからそんな話を聞かされた。
全盲で、何かと世間ずれしている感はあるが、ニュースや何やらは聞き逃さないようにしているらしい。
流行の曲なども余さずチェックしているようだし。
そして、朝にはこの川名さんの親友である深山さんと同じくらいに親しいであろう、私にこんな話をしてくるのだ。

いい忘れたが私は天沢郁未。高校三年生。
もちろん女だ。
念のために言っておくと淫乱ではないし、レズっ気もないし、ましてやナルシストでもない。
ついでに宗教団体との関わり合いも無い。

・・はずだ。たぶん。

クラスで副組長なんかをやっていて、陸上部に所属していた。
一月のこの時期になると受験勉強で忙しいものだが、私は陸上の方で推薦が通った。
そんなだから特に受験勉強をするということも泣く、やや疎外感を味わっている。

で、川名さんのニュースはというと。

『平和な街の中で、白昼堂々の銃撃戦か!?』

といった感じのものである。
暁組というのはこの中崎町のまわりを支配下に置いているやくざだ。
一般人にはこれといった暴力を振るってはいないようだが、麻薬の販売などもやっているらしい。
で、その組長が、
「うん、乗ってたベンツごと蜂の巣にされたんだって!」
ということなのだ。
「やったのは・・誰なの?」
当然の疑問を口にするが、川名さんは、
「うーん、それがね、わからないんだよ。」
「わからない?」
「うん、全身マシンガンみたいなもので撃たれたような跡はあるんだけど・・・」
「うん?」
「誰もね、銃声を聞いてないんだよ」
「えっ?」
「普通銃を撃ったりしたら、バン!って音がするよね?」
「そうね。ましてやマシンガンなんて物が使われたのなら・・・」
「ダダダダダダダダダダダダ!!ってことだよね?」
「それを誰も聞いてないって言うの?」
「うん。その上これが中崎町の町の中、しかも昼間に起きたんだよ?」
「それを誰も聞いてない・・と。」
「ミステリーだよね。」
うーん・・・不思議なこともあるものだ・・。
あ、でも、
「『サイレンサー』って言うのを使ったんじゃない?」
いつだったかスパイ映画で見たあれだ。
消音機。拳銃の銃口の先に取り付けて、銃声を小さくする。
これを使うと、『パスッ』ってな感じの小さな音しかでない。

「うーん・・でも誰も人影も見ていない、気づきもしないって言うのはおかしいと思うよ?」

キーンコーンカーンコーン・・・・

始業のベルが鳴った。
「あ、じゃあ、あとでね。」
そういって自分の席に戻ってゆく川名さん。

(・・うーん・・・変な話よねえ・・。)



・・・・



「と、いうわけなんだけど」
昼休みの学食、由依のその事件を話す。
いつもぶかぶかの大きな帽子を被って、顔を見せないようにしている。
その上学食に来てもサラダしか食べない変な奴。
その変な奴とどういうわけか親しくなった私も変なのかもしれないけど・・・。
「面白いお話ですね〜。もっとないんですか?」
サラダのトマトを食べながら(普通学食にサラダなんて無いと思うが?)そう言う。

・・・このお気楽娘は。

がすっ!

「な、何で殴るんですかぁ!」
「作り話じゃないわよ! 新聞、読んでないの!?」
ちなみにわたしは読んでない(笑)。
朝、川名さんに聞いて知ったのだからね。
「うち新聞とってないものですから・・」
「と・に・か・く! これは実話なの! ノンフィクション! このお話は実在の人物とは大いに関係がありますなのよ!」
「はあ・・そうなんですか。」
深々と溜め息をつく由依。
なかなか可愛い声をしているとは思うが・・どんな顔なんだろう。
ちょっと興味があるなあ。

・・じ〜っ。

・・じ〜っ。

・・ぽっ。

「み、見つめないでくださいよぉ〜」
「えっ!? あ、ご、ごめん」

な、何をやってるのかしら、私。どきどき。

「そういえば・・晴香は?」
「あれ・・もう昼休み始まってからずいぶん経ってますよね。」
晴香。巳間晴香。
いつも食堂で昼食を摂っている。
どちらともなく話しかけて仲良くなった。
「お弁当は・・・持ってくるはずないわね?」
「晴香さん、料理駄目ですから・・・」
調理実習のときに救急車を呼んだという逸話があるほどだ。
味覚は普通なのだが何しろがさつで、適当に作るものだからものすごいのができてしまう。
「・・風邪でも引いたのかしら?」
「一月ですからね。」
あの晴香が風邪・・。
悪いけどイメージが浮かばない・・。
「お兄さんの方が風邪っていうんならわかるけど・・」
「良祐さん?」
巳間良祐。
晴香の兄でなんかこう、ひょろっとした人だ。
警察官のわりにはずいぶんと優男にみえたような気がする。
「看病でもしてるのかしらね? ブラコン晴香ちゃん。」
「それ聞いたら怒りますよ・・」



・・・・



今日も今日とて一日が終わって下校となった。
晴香がいないとなると一緒に帰る相手もいないし・・・。
川名さんは深山さんに引きずられていっちゃったし、由依も用事があるとか行ってたから今日は一人だ。
家に帰ってもしょうがないので、陸上部に出て、練習をしてゆく。
必要はないが、日課である。

・・・。

適当なところで上がり、家路につく。
そして家に着いたら夕食をとって、テレビでも見て、時間が来たら寝る。
ろくに授業もやってないこの時期、予習をする必要はない。
推薦が通る事はほぼ確実なので悠々自適とでも言おうか。

だが・・その日はそれで終わらなかった。


人気の無い、公園の前を通ったときだった。


ガバッ!!!!


「きゃ・・」

誰か・・・見知らぬ男が不意に影から現れて、私の口を押さえた。

「・・!!!」

首筋にゾクっと来るような感触。
ナイフだ。

(まさか・・暴漢・・!!)

最悪な考えが頭をよぎる。
だが・・その男の発した言葉は予想と違ったものだった。

「動くなぁ!!! 動いたら、この女を殺すぞぉ!!!」

男は息を切らしていた。
よく見てみると私のまわりに、この男だけでなく数人、気配があった。

「・・・郁未!?」

夕闇の中から現れたその人は・・・今日学校を休んでいたと思っていた、晴香・・・!!

「へへ・・知り合いかよ・・ラッキーだったぜ・・動くなよ・・」

口を押さえられているので声も出せない。
ナイフはいまだ首筋にかかったままだ。

「りょ、両手をあげな・・・」
「ふん・・わかったわよ」

素直に両手をあげる晴香。
よく状況がつかめない。

「よし・・お前ら・・・やれ!!」

私を捕らえている男が合図するのと同時に。

『おらああっ!!』

男達数人全員が晴香に飛び掛かった!

(晴香ぁ!!)

その時、信じられない事がおこった。

「うあああっ!?」
「うがやぁぁぁ!!」
「ぐああああああ!!!」

男達が・・全身から血を吹き出して倒れたのだ。
血の気が、引いた。

「て・・てめえっ!! 何をやったっ!!!!」

ちくり、と鋭い痛み。
首筋にナイフが数センチ食い込んでいる。

「何もやってないわよ。私はこうして両手をあげてたじゃない。」

そう言いながら晴香が両手を下ろした。

「な・・手を下ろすな!この女がどうなってもいいのか!!」
「いいわよ。殺してみなさい。」

(!?)

戦慄が走った。
頭の中が真っ白になった。
晴香は・・今なんて言った!?

「や、野郎っ!後悔するなよっ!!!」

そういって男は手に力をかけた。
私は、目をつぶる事しかできなかった。


・・そして、永遠とも思える時が流れた。


「な・・どうなってやがる・・・ナイフが・・動かねえ!!!」

男の驚いた声に目を開ける。
ナイフは私に首筋に食い込んだままだったが、それ以上は動かなかった。

「・・仕上げたわ・・。これで終わりよ。」

パチン、と晴香が指を鳴らすと同時に・・・

「ぐああああっ!!!」

男が胸を押さえて倒れ伏す。
そして胸元を押さえてひときしり苦しんだ後、口から泡を吹いてそのままぴくりとも動かなくなった。

「し・・死んでるの・・・?」

自分でも思わずに、声が震えた。
腰が抜けて、地面にへたり込む。

「郁未・・・今見たことは忘れて。」

そうとだけ言い残して背を向け、さっさと歩いていく。
追いかけようにも腰が抜けて、立てなかった。


(何を・・何をやっているの・・晴香は!?)


今日・・学校で見かけなかったのは・・。



ふっと・・去り際の晴香の背中に・・青白い人影が・・天使の姿が見えた・・・。








・・・・二章







「・・じゃあ、目立った動きはないのか。」

これは住井君のセリフだ。
朝の早い時間、僕らはいつもの忘れ去られた倉庫に集まっていた。
メンバーは僕こと氷上シュン、住井護、鹿沼葉子の三人だ。
由依はまだ来ていない。
ちなみに住井君は今日も動きがぎこちない。
体中、あざだらけなのかな?
まあ、仲のいいことは悪いことじゃないし・・・。
それはそうと。

「うん・・・『城島司』以降は『天使』の姿は見かけないよ。」
「折原も消える兆候はないぜ。相変わらず七瀬さんと長森さんとにぎやかにやってるよ。」
「・・川名さん、上月さんも大丈夫です。『干渉』されていません。」
「じゃあ、しばらくは平和な日常が過ごせそうだね。」

僕らは戦っている。
何と戦っているのか・・それはいずれ語ることにしよう。長くなるからね。
とにかく、今はその『敵』が攻めてくるような兆候はないということだ。

「でも・・」

鹿沼さんが不安げに続ける。
良くない話、とかそういう類の物だろう。

「どうしたんだい?」
「あのですね・・・上月さんと、川名さんなんですが・・」

要注意人物(別に悪い事をしているわけではない)二人の名前が同じにあがる。
これは・・?

「変な噂を聞いたんです・・」
「恋人同士だとか?」

がすっ

裏拳一撃で地に伏す住井君。

「え・・と・・そ、それでどうしたの?」
「クリスマスの・・つまり終業式の日の夜にですね、二人を見た、ということを聞いたんです」
「・・どこで?」
「・・学校です」

学校で密会している・・しかもコミュニケーションの取れない二人が・・
どういうことだろう?

「それも夜の暗い教室の中でろうそく一本だけ立てて何か怪しい儀式をしていたとか・・」
「交霊会でもしてたんじゃないのか?」
「住井君、復活速いね」
「まあな、で、何なんだ? 二人して怪しいシューキョーにでもかかったとか?」
「・・・護の言う事、あながち外れてはいないかもしれません」
「外れてないって・・宗教が?」
「違います」

きっぱりと否定する。
と、いうことは・・

「交霊会のほう?」
「ええ・・肉体では互いにコミュニケーションを取ることはできませんが・・精神体同士なら・・」
「でも、それってかなり特殊な才能が必要なんじゃない?・・それも精神系の」
「いえ・・それはそうですが川名さんは近い親戚筋にお寺の住職がいたはずです・・」
「うーん・・そいつがはっきりと霊感なんて持ってるかどうかはともかく・・可能性はあるって事だな?葉子・・・・・・・・様」

最後にぽつりと付け加えるところが彼らしい。

「でも・・交霊なんて『Bクラス』能力だぞ? 俺達今までBクラスはおろかC、Dクラス、精神系の『種』を持ってる奴だって折原以外には見たことがないぞ?」
「ええ・・・」

才能。数千人に一人がもつといわれている。
それも目覚めていて、しかも強い力、となると世界に数人程度しかない。
PKとか言われているのも才能の一種だ。ただ・・透視や不確定予知程度ではDクラスだが・・

その中でも特に数が少ないといわれる精神系の能力。

Dクラス・・役立たずに分類されるのが非指向性念波。
自分でコントロールできずに辺りに自分の考えていることをごく、うっすらとわからせる能力。
これはそこら辺に結構いる。まあ、この能力がある人同士だとアイコンタクトとか、以心伝心とかいうのが起こりやすいわけだ。

Cクラス・・『確保』に分類されるのが精神感応。テレパシー。
自分でコントロールでき、なおかつ自分の考えなどを離れた場所にいる特定の相手に伝えたり、相手の考えなどをごく簡単な範囲で読む事ができる。

BクラスやAクラス・・『監視』に分類されるのが交霊など。いくつかあるが今回はこれだけを述べておく。
この場合は任意の相手の『精神』及び自分の精神を虚空に、故意に引き出す事のできる能力をさす。
剥き出しの精神はとても弱い。簡単に破壊したり、記憶を読む事ができる。
この場合は自分も精神体にならなければならないが・・

A+・・つまりSクラス・・『抹殺』あまりにも強すぎる能力に分類されるのが・・精神電波。
直接的な精神の破壊、記憶操作、本人の意思に関わらない肉体のコントロール。
ありとあらゆる精神系の中でも頂点に立つ能力がこの・・精神電波。
だが、数千年の人類の歴史中でもこの能力を使えたのは一人しかいないという・・


そんな事を考えていると、

きぃ・・。

ドアの軋む音。

「今日は遅かったね」

ぶかぶかの帽子を、頭部をすっぽり覆うようにして被っているその人はもちろん名倉由依だ。
制服に、手に持つタイプの黒の、伝統的な鞄を持っている。
どこから見ても女学生(帽子以外)、実際にそうなんだから当たり前か。

「ちょっと寝坊してしまって・・・」
「・・へぇ、珍しいね。」

遅れてくることはときにあるが、寝坊なんて初めてじゃないだろうか。

「ええ・・まあ・・。」

そういって由依はうつむく。
・・あれ?
心なしか今、顔を赤らめたような?
気のせいかな?

(まさか昨日あんなことしたせいで疲れて起きられなくて寝坊したなんて・・言えませんよねぇ・・)

「ええと・・じゃあ早速いつものをやりますから・・・」
「ああ・・うん・・」

なんとなく釈然としないものを感じながらいつもの・・・『治療』に移る。

「彼の者の痕を癒し給え・・・汝、万物の命を司る聖霊よ・・・」

暖かい光。癒しの祝福。
生きる力、生命力の補給。
もはや日課だ。これが無ければ僕は死んでしまうのだから・・・

「はい、終わりましたよ」
「ありがとう・・。」

そこに住井君がいつもの(笑)調子で

「うう・・俺の傷は・・癒してはくれないんだろうな、やっぱり・・」
「そういうのは傷とはいいませんっ。」

ぷいっと横を向いて拒否を示す。

「大体、好きでやってるんじゃないですか・・護さんと葉子さんは・・・」
「俺は・・!」
「護」

住井君が抗議しようとしたところに、落ち着いた声音がかぶさる。
誰の声なのかは言うまでもない。

「俺は、何ですか?」
「あ・・いや・・その・・」

あくまでも落ち着いた声音ではあるが、明らかにうろたえている住井君。
冷や汗までかいているし。

「何ですか?」
「え・・ええと・・」

後ろずさる住井君、にじり寄る葉子さん。

「何ですか!?」
「は、はいっ! 好きでやってます!」

ずいっと顔を寄せて言った葉子さんに思わず返事をしてしまった住井君。
直後、自分が言ったことに気づいてはっとなる。

(し、しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっ!!)

住井君の心の叫びが聞こえたような気がした。
あながち外れてはいないだろう。

「いい子ですね・・・」
「ひいっ」

にいっ、とわざと邪悪そうな笑みを浮かべる葉子さん。
住井君の表情が『ムンクの叫び』になっているのは気のせいではないだろう。

「じゃ、じゃあ今日はここらへんで解散にしようか?」
「そ、そうですね」

そういってそそくさと倉庫を出てゆく。

「お前らっ!また見捨てる気かああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」


追記

住井君は今日は学校を欠席扱いになっていました。




・・・・



「お待たせしました」

由依が、図書室で本を読んでいた僕のところへやってくる。
一緒に帰る約束をしていたからだ。
いつもならミーティング(といってもいつもの倉庫でだべるだけ)なのだが、由依の部活(演劇部)と住井君が今日は(何故か)学校を休んでいたせいで中止とあいなった。
で、久々に学校の図書室なんかに来ているわけだ。

図書室の掛け時計は五時。
もうほとんど日も落ちた。
図書室にはあと数人がたむろしているだけで、閑散とした雰囲気がある。

「何読んでたんですか?」

由依が僕の手の中にあったハードカバーの本に目を落として言う。

「ん・・・まあ、心理学とか・・・」
「はぁ・・・すごいですねえ」
「さて・・」

立ち上がり、本を元の棚の所にいれる。

「じゃあ、帰ろうか?」
「はい!」



・・・・



「へえ・・じゃあ、上月さんの練習に折原君も付き合ってるんだ」
「はい、最近、どういうわけか入部してきて・・」


帰り道、暗くなった中を由依と二人で歩く。
茜が消え去ってから毎日だ。あれ以来、僕は城島司ではなくなったのだから。


・・・前から一緒に帰っていたとはいえ、まあ、二人の距離とか雰囲気とかそういうものが違うんだ。
いつもなら、このままゆっくりとした時が過ぎてゆくところで・・・・


・・どうも公園とは相性が悪いらしいね。僕らも、住井君も。


とりあえず・・・・


「ごめん、彼女を起こしてしてやって欲しい。僕は救急車と・・・警察を呼ぶ」



数人の男達の死体と・・・気絶しているらしい、天沢郁未。





・・・・・三章





「これをやったのはお前か?」

俺は問う。
目の前にいる最低の人間に。

「おいおい巳間ぁ・・・・俺にはアリバイがあるんだぜぇ・・・?」

暁組の後を継いだ・・・否、暁組を乗っ取り、今、その事務所でくつろいでるこの男、高槻。

「疑り深いのはいけねえなぁ・・・・」

その俺は、というと刑事。
その俺がこんな所にいる、というのは笑い話でしかない。

「まぁーた、お前の大事な晴香ちゃんがひどい目にあっちまうぜぇ・・・?」

即座に拳銃を抜いて、照準を高槻の額に合わせる。
・・・できることならばこの場で撃ち殺してやりたいぐらいだ。

「もう一度言ってみろ・・・殺す・・」
「おー・・こわいこわい・・」

おどける高槻。
引き金にかけている指に思わず力が入りそうになる。

「でもな・・・本当に分からねえんだよ」

冷静な、『キレる』奴の顔つきに戻って言う。

「俺にも誰が殺ったのか・・・生憎、自ら鉄砲弾になってくれるような奴はいねえ・・・・・」
「・・こっちでも調べた。お前のところの構成員にはどういう訳かアリバイがある・・・」
「ふん・・・」
「麻薬の取り引きに行っていたんだからな・・・・」
「ま、そういうわけだな・・おっと・・・」

高槻は懐から札束を出して机の上に置く。

「五十万ほどあるからよお・・・・」
「・・・金は受け取れんな・・・・」
「かーっ・・相変わらず御堅いねえ・・・お前も片棒担いでるってことを忘れてもらっちゃあ困るぜ・・・」
「・・・好き好んで片棒担いでいるわけじゃない。」
「ふん・・・・まあいい。お前がそう言うんならな。」





・・・・・





巳間良祐、二十五歳。
都心に近いこの中崎町一帯でもいわゆる「暴力団」「やくざ」の様なものは存在していた。
かなり悪質で、たちの悪い連中が。
その関係だろう。この付近では昔から失踪とか行方不明者が多い傾向にあった。
警視庁も黙っていたわけではない。
ここにマル暴専科の一人の優秀な人材を送り込む。


それが・・・巳間良祐。


伊達に随一の腕利きと呼ばれていたわけではない。
派遣されてから二ヶ月でこの組織の全貌と麻薬のルートを一人で洗い出すことに成功する。

この中崎町の警察の上層部・・署長などは、ほぼ彼らに取込まれており、一人で捜査するほかなかったが、良祐はそんな事はおかまいなしであった。

そして・・・警官の汚職の証拠もつかみ、ついに・・・というところで・・・




『てめえの・・・・・・妹は預かった』




高槻。

この組の、組織のナンバーツー。
おそらくは最も危険で、マークしておくべき人物。
その男から連絡があった。



・・・要求はお決まりのものだった。



妹が可愛かったら見逃せ・・というものだ。



受け入れるほか、なかった。



図に乗った高槻は今までに押収した麻薬の横流し等を要求する。
これに従ったら最後とはいえ、血を分けた最後の肉親、巳間晴香を見捨てるわけにも行かず・・・


彼は堕ちた。





・・・・・





(しかし・・・全く掴めない・・・)

まあ、掴んだところでどうにかなるというものではない・・・それによって逮捕したところで自分も罪に問われることは目に見えている。


だが・・・どうしても納得がいかない。


殺された暁組の組長の乗っていたベンツは防弾仕様・・・日本でこんなものを使う奴がいるとは思わなかったが、ここらへんの用心深さが組織の頂点に建つものの秘訣なのだろう。
そう、防弾仕様のフロントガラスにはマシンガンと思わしき多数の銃痕・・・それこそ蜂の巣のような、があいていた。
そしてその現場付近は人通りが少ないわけでもないし、だいたいに、目撃者がいた。

この状況から見て、『何者かが突然道路・・走っているベンツの前に飛び出してきて、マシンガンを乱射した』としか考えられないのだが・・・

目撃者の証言では、そんな人影はおろか、銃声も聞こえなかったということだ。


もちろん、目撃者が犯人ということも考えられなくはなかった。

彼女には、充分すぎるほどの動機があったのだから。



目撃者の名前は、『巳間晴香』。
だが、晴香には手段がない。
銃器を手に入れるような手段が。


それもマシンガンのような重火器なら、なおさらである。


(全く・・・わからん・・・)





・・・・・





「それは・・十分にありうるな・・・」
「うん・・・多少、天沢さんも錯乱していたとはいえ、彼女は銃器の類は持っていなかったし、銃声も聞いていない。それに・・・」
「あの傷の受け方は異常でしたから・・・」
「・・・・・」
「巳間晴香か・・・」
「間違い・・・・ないだろうね・・・・。」
「でも、彼女には『能力』はなかったのでは?」
「・・・『憑かれて』いるのであれば可能性はある。」
「うん・・・・多分そうだと思うけど・・・」
「・・・心当たりが、あります。」

そういったのは鹿沼葉子だった。

「憑いているものの・・・・心当たりが・・・・」





・・・・・





・・・これで・・・・最後か?

−ええ・・・・おそらくは・・・

・・・では・・少々力を振るいましょうか・・・

−これが終わったら・・・・

・・・ええ・・・あなたの体を貸してもらいます・・・

−・・・何故?

・・・私たちはこの地上で生身の・・このままでは十分に力を振るうことができないのですよ・・・

−なんか・・わけアリみたいね・・・

・・・まあ・・・そういうことです・・・