アルテミス 投稿者: 神凪 了
第二十三話 「鎖」



・・・・・。



少年は動かない。
目の前にいるのは、敵。
鹿沼葉子。いや、里村、か?

自分を殺せるかもしれない、今や唯一の・・いや、まだもう一人いるか?・・人間だ。

今、鹿沼葉子が不意を討って攻撃をすれば、自分は死ぬ。
でも、動く必要はない。

(もう・・彼女は立ち上がることはできないのだからね。)

鹿沼葉子は膝をつき、また地面に手をついた姿勢で固まっていた。
別に石になってしまったとかそういうわけではない。

絶望。

黒い闇が心の中を支配していた。

「嘘・・です・・」

否定の言葉も意味を成さない。
なぜなら・・

「本当さ・・精神攻撃なんかじゃない、事実さ。」

鹿沼葉子が少年を殺せないわけ。
それを聞かされた時に、鹿沼葉子は終わったのだ。

「嫌・・・」

顔色は蒼白を通り越して土気色。
生きている、という感じすらしない。
さながら死体だ。

「もう・・終わりなんだよ・・君も・・この世界も・・」

鹿沼葉子の額に手をかざす。
反撃しようという意志は見られない。

・・・そして不可視の力を・・



・・・・・。



FARGO本部 B棟。
その、二十八番独房。
平たく言えば牢屋だ。
その中に・・彼女はいた。

疲れきった瞳でただ、壁に映った、見えない何かを見つめていた。

ギィ・・

ドアが開いて男が中に入ってくる。

誰かは、彼女にはわかりきっていた。
この独房に入る事を許されている人間は一人しかいない。

「詩子さん、ご飯持ってきたよ」

まだ完全に声変わりのすんでいない、ややかすれた声。

「ありがとう・・・蒼(そう)君・・」

FARGOの独房・・・
信者にとっては恐怖の対象である。
何か罪を犯した・・FARGOの人間に逆らった者はここに入れられ、一人見張りの・・・懲罰者がつけられる。
懲罰・・何を意味するかは考えなくても分かるだろう。
懲罰者の意志で何人でもFARGOの人間を連れてくる事ができるし、食事を与える、与えないも懲罰者の自由だ。
つまりは・・そういうことだ。

柚木詩子は精練の際に、FARGOの人間二人を殴り倒して脱走しようとしたがため、ここに入れられた。
その懲罰者は里村蒼・・里村茜の弟である。
二人が知り合いであるのはもちろんだ。
彼が懲罰者になったというのは詩子にとって幸運だった。
それは他の独房の惨状を見れば明らかである。
独房に入って戻ってきた者はいない。
精神に異常をきたすか・・それとも自殺してしまうか・・あるいは故意に餓死させられるか・・。
そんなところだ。いずれにしても人間の仕業とは思えない。

蒼はその許可は与えられているとはいえ、一切そういったことはしてはいない。
自分の・・姉の知り合いであり、またあこがれの人であるというのが多分にあるのだろうが・・。

黙って昼食のスパゲティを口に運ぶ詩子。
それを見ている蒼。

おもむろに、詩子が口を開いた。

「ねえ・・蒼君・・」
「ん・・何、詩子さん。」

詩子の顔に、いつもの笑みはない。
この独房で出会って以来、義樹は見たことがない。

「茜に・・会えた?」

姉の名前。
蒼はかぶりを振った。

「ううん・・やっぱりこのB棟にはいないみたいだよ・・」
「・・そう・・」

姉の消息とここからの脱出。
今、蒼が切望しているものだ。

『ラグナロクっていう反FARGO組織があるらしい・・』

そこか、あるいは外国の軍に姉と詩子と自分で逃げ込めれば・・・
そう考えて日夜ここから逃げ出す方法を探している。
だが・・姉の行方はここに来て二週間近くが経った今となってもいっこうに掴めなかった。

酷い目に遭っているのではないか・・・。
あの華奢な姉の事だから、心配だった。

「じゃあ・・」
「・・うん?」

再度、詩子が話しかけてくる。
蒼は耳を傾ける。

「・・『ジョウジマ ツカサ』って聞いた事がある?」

・・?

変な突っかかりをおぼえた。
聞いたことがないのに、ひどく聞き慣れた名前。

「いや・・知らないけど・・誰?」
「・・MINMESやELPODから出てくるとね・・どうしてかその名前が思い浮かぶんだよ・・」



・・・・・。



そこはもはや通路とは呼べない物になっていた。
壁も天井も崩れ落ち、瓦礫で埋まっていた。
そこにいるのは川名みさきと深山雪見。

川名みさきは傷一つ負ってはいなかった。『セイレーン』形態を解き、既にFARGOの中でも高位の者にだけ与えられる黒のローブを身に纏っている。

深山雪見は重傷を負っていた。
両腕に右足の骨折。それに加えて肋骨も数本いっている。
もはや、立つことすらできなかった。

「・・・やっぱり・・だめね・・」

自分でも意外なほど冷静な声が出た。雪見はそう思った。
もっと取り乱したり、半狂乱になるのではないのかと思っていたのだ。
でも・・今は・・

(みさきに殺されるんだったら・・それもいいわね・・)

そんな感情が心を支配していた。
だが、

「まだ・・終わりじゃないよ」

顔を、上げる。

「私を止めなきゃ・・雪ちゃん・・・。」
「ふふ・・この体じゃもう・・無理よ・・・」

何を言うのだろう。自嘲する。
もう『あれ』を使役する事もできないのだから戦うことなんてできない。

「きっとね・・・あと一週間持つかどうかっていうところだと思うんだよ・・。
今日は雪ちゃんに会えたからこんなに制御できてたんだよ・・」
「・・・。」

雪見は何も言わない。
あるいは・・言えないのか・・。

「でも・・もうだめ。きっともうすぐ私は私じゃなくなる。
その時に・・雪ちゃんに止めて欲しい・・・。それに、それができるのは・・・・」
「私・・だけ・・」

唇が小さく動いて言葉を紡ぐ。

「だから・・その時に私を殺してね・・。自殺は・・できないから・・」
「・・・。」
「ほんと・・自業自得なのに・・こんな迷惑かけて・・」
「やめて・・・」
「雪ちゃん・・・」
「悪いのは・・社会そのもの・・・私たちを狂わせたのは社会そのもの・・・」
「・・・。」
「その社会を壊してくれた点についてはFARGOに感謝さえしてるわ・・でも」
「・・・。」
「許さない・・・」

黒いローブが雪見の視界に入った。

みさきは雪見にキスをする。



ゆっくりと時が流れた。






・・・・・。






その日、とある場所、日本のある山奥で大爆発がおきた。

天を貫いた爆発だった。
日本のどこからでも見えるほどに大きな光の柱となって。

それは、ラグナロク秘密基地が自爆したものであり、そしてこの世からFARGOと戦えるだけの戦力が日本から消滅した事を意味している。






・・・・・。



長森瑞佳は。


一台だけ無事に残っていたトラックの荷台に横たえられていた。
意識は戻らない。


トラックは、FARGO本部施設へと向かう・・・。



・・・・・。



名倉由依は。


『由依・・』
「郁未・・さん?」

奇跡は起きるのか。



・・・・・。



巳間晴香は。


下水道を抜け、ようやく戻ってきた。
ラグナロクに。
だが・・全ては終わった後であった。



・・・・・。



巳間良祐は。


山の中を走っていた。
自分の中にある、過去の地図を頼りにラグナロクを目指して。


この事件の・・真相を伝えるために。
FARGOとは何なのか・・・それを教えるために・・・。

「・・畜生・・」



・・・・・。



天沢郁未は・・もう・・いない・・。



・・・・・。



少年は。


トラックを運転していた。
長森瑞佳を荷台に乗せて。

「この世界も・・もうすぐ終わる・・・・」



・・・・・。



七瀬留美、里村茜、上月澪、天沢未悠は。


わからない。
だが、少なくとも動ける状態には無かった・・・。
おそらくは基地の自爆に、巻き込まれただろう・・・。



・・・・・。



氷上シュン、南明義、椎名繭は・・・一体・・・何処に・・・



・・・・・。



折原浩平と住井護は壊滅した秋葉原、つまり合流地点でラグナロクの秘密基地の、自爆の炎を見た。


「・・・。」
「・・・。」


二人は、何も言えなかった。
心を絶望が支配していた。



・・・・・。



「何て・・事なの・・・」
「何で・・・誰も来ないんだよ・・・もう・・二日も・・・」
「・・・七瀬さん・・」
「・・・・・・私は・・・私は・・」
「・・それで・・勝てるんですか!? 郁未さん!」
『・・この・・・感じは・・前にもあったの・・・』
「誰なんだろう・・・『ツカサ』って・・・」
『気づくのが遅すぎた・・切り札よ・・』
「雪ちゃん・・・私を助けてくれるかな・・・」
「畜生っ・・・巳間あ!!!」
「こんな・・こんな現実って無いわよ・・・」
「まだ・・まだ打つ手は残っているはずだ・・・!!!!」
「・・上月さん・・あなたは既に・・」
「私が・・倒れてしまったら・・・留美たちが・・」
「利用できるものは・・・利用しなくては・・・」
「僕も・・・辛いよ・・郁未・・」
「良かった・・間に合って・・・まだ希望は・・・」
「・・・・・・」
「・・・・浩平・・・」



『えいえんは・・・』
『私があげるよ・・浩平・・』



<第二十三話 「鎖」 了>
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はあ・・季節もすっかり春だなあ・・・
雪見「ええと・・何を言ってるのかしら?」
いや・・巷では『ごおるでんういいく』などという物があるそうだが・・
雪見「自分は休めなくて悔しいとか?」
いんや。五連休。
雪見「・・あなた、何してる人なのよ・・」
秘密。
雪見「・・まあいいけど・・。それよりも、なんか私とみさきの関係、妙な感じがするんだけど・・」
らぶらぶ。
雪見「・・・。」
相思相愛。
雪見「・・死ぬ?」
ん、遠慮しとく。
感想書かなきゃならないから。

・・と、思ったけど最近タクSS掲示板行ってないからわかんねえや。はっはっは。
雪見「・・・。」
だから・・

>PELSONA様

メール、ありがとうございます〜
速攻で感想がもらえて嬉しかったですよ。
だから、レスです。


>私内部では、神凪さん=SFってのがあるので。

そうかなあ・・。
SFっぽくしたのって自分の中では『今にも・・・』だけなんだけどなあ・・
雪見「うーん・・でも他の『アルテミス』『メサイア』は超能力者の物語、みたいな感じだからじゃない?」
言われてみればそうだなあ。


>幼なじみという設定を別のキャラにするってアイディアは盲点でした。

これ、ネタ被っちゃってたら言ってくださいね?
さすがに他の人もこれくらいは思い付くかなあって考えながら書いてたんで。
あと、誰か澪を幼なじみにして書いてあげてください。
神凪には書けません(涙)


>最初を思いつく→書いてみる→せっかくだから投稿→続きに困る
>という驚異の四段論法を持つと後が大変だ(笑)

笑えないや。神凪もそうだから(笑)
『アルテミス』に関しては終わりから書き始めてるんでそれほど苦労もしていないんですが・・
今執筆中の『メサイアリターンズ』、シュン=司 以上の設定が思い付かなかったんで投稿するのをためらってます。
『竜頭蛇尾』とかいわれたらやだし。


>馬鹿SS=めいでんうぉーず

神凪は最後の部分読むまで、(というかこのメール読むまで)あれがギャグだとは気づきませんでした(汗)
『おお、なんかシリアスで面白そうだ。』としか思わなかった・・。




今回の感想はここまでっ!
雪見「今後の予定は?」
うーん・・最近ペースが落ちてきたから、せめて二日に一回は投稿。
次回は多分、

『アルテミス』第二十四話 「消え行く世界の前触れに」

を投稿する予定。

『誰も知らない世界の片隅で』『メサイアリターンズ』は現在第三話まで完成。
出来上がり次第投稿。
雪見「出来上がってるならさっさと投稿しちゃえばいいのに・・。」
ん・・あんまりたくさん投稿する余裕が無いんだ。
理由は聞かないで欲しいけど。
雪見「じゃあ、この辺で」
おひらき。