……暗い ……暗い鏡の中 ……ここはどこなんだ ……どうして俺はこんな所にいるんだ ……俺は…確か…… 〜〜〜 リバイバルSS劇場 『鏡・前編』('94) 〜〜〜 「それ……主?」 美術の時間。珍しく真面目に絵を描いていた俺に瑞佳が声をかける。 「長森。どうしてこれが主に見えるんだ?」 授業は机の前後の相手の顔の模写。つまり俺は七瀬の顔を描いているわけだ。 「これが主に見えるって事は七瀬の顔が主って事だ。つまり七瀬は主…」 ドバキイッ!! 「……動くな」 七瀬のスクリューパンチが炸裂する。崩れるようにリングに倒れる俺… 「って、どこがリングよ!!」 あ、いかん。ここは教室だった。 「そんなことより、長森はもう終ったのか?」 「うん、終ったよ。ほら住井君」 そういって長森が見せたスケッチブックには…… 「まったく、あれのどこが住井だよ」 長森のスケッチブックに描かれていたのは、どうみても猫。 控えめに見て『ネコミミ住井クン☆』ってところ。デジ○ャラットもびっくりだ。 「えーっ。浩平よりマシだよぉ」 不満を訴えるが、どんなものを描いても猫になってしまう長森に勝てるはずがない。 「…っと。なんだ?」 話の途中で足を止める。 商店街の外れのゴミ捨て場。 いつもなら通りすぎる所だが、その中の一つに目が止まった。 ……鏡だ。 それも、2メートルはあるかという大きな鏡。 「どうしたの浩平」 長森も気付いたらしくゴミ捨て場を見る。 「あ、鏡……」 別にヒビが入っているわけでもなく、ぼんやりと俺達の姿を映している。 「高そうだな。売ったらいくらにかならないか?」 「やめようよ。こういう鏡って結構呪いとかあるんだよ」 長森の声も聞かず、鏡を引っ張り出す。 「それ、どうするの?」 「もって帰る」 俺の性格を分かっている長森は、それ以上何も言わなかった。 「よっと。ふぅ、さすがに重いな」 長森に呆れられながらも結局持って帰ってきてしまった。 さすがにゴミを持って帰ってきたと分かれば、由起子さんも怒るに違いない。 早速雑巾をしぼって鏡を拭くことにした。 「……おお」 ピカピカに磨かれ、蛍光灯の光を反射する鏡。 …鏡なんだから当たり前か。 いや、鏡の枠の青銅。 細かく細工されたその鏡は、捨てられていた理由が分からないほどの気品を持っていた。 「ま、これなら由起子さんも文句言わないだろう」 磨かれてピカピカになった鏡を、リビングへと運んだ。 「腹減った……」 夜はふける。由起子さんは帰ってこない。 冷蔵庫は空っぽ。財布の中身もからっぽ。ついでに戸棚もなんにもない。 見事なまでに食料は尽きていた。 最後の頼みの長森でさえ、家族で夕食に出掛けてしまっている。 こうなると寝てしまうしかないのだが、余計な労力を使ってしまったせいで眠る事も出来ない。 それでもなんとか布団に潜りこみ、目を閉じた。 「……ん?」 なにかいい匂いがする。リビングの方だ。 俺は匂いにつられるように、リビングへと向かった。 ガチャッ !!!!! ドアを開いた俺は、その異変に驚いた。 あの鏡…… 昼間持って帰ってきた鏡が光っている。 「な…なんだ……!?」 鏡を覗いてさらに驚いた。 鏡の中には、見たこともないような豪華な料理が並べられている。 しかも、その料理を食べているのは……俺!? ……俺だ。鏡の中の俺が料理を食べている。 あまりに非現実的な出来事に、放心状態になる俺。 ……そうか、これは全部幻覚なんだ。 少しして出た結論はそれだった。 どう考えてもこんな事は現実に起こりえない。 これは幻覚なんだ。空腹になった俺が見ている幻なんだ。 その結論にたどり着いた時、もう一つの結論も完成した。 ……幻覚を見るようになったら、俺も終わりだよな…… 軽い空腹だと思っていたが、どうやら俺が思っている以上に重いらしい。 俺は立ち上がり、鏡の前へ歩み寄る。 鏡の中の俺もそれに気付いたようで、手元のパンを持ってこっちに近づいてきた。 俺の前に立ち、パンを差し出す。随分都合のいい幻覚だよな。 反射的に手を差し出す。と同時に鏡から光が溢れる。 「うわっ!!」 その光に目が眩んだ俺は、そのまま意識を失った…… 「うわあっ! 浩平どうしてこんな所で寝てるのよぉ!」 いつの間にか夜は明け、いつものように長森が起こしに来ていた。 「いや、あまりに腹が減って……」 そこで会話が止まる。手の中の覚えのない感触に気付いたのだ。 俺の手には…鏡の中の俺が差し出したパンが握られていた…… ********** いやー、お久しぶりの加龍魔です。 仕事決まるまで新作は書かないつもりだったんで、今回はリバイバル作品です。 タイトルにも書いてある通り、元ネタは94年の『鏡』です。5年も前の作品やね。 まぁそんなこんなで、とりあえず仮復活です。 このSSが終ったら、いよいよ時の挟間第二部『里村 茜』ですー。 http://www.biwa.ne.jp/~karuma/