芝生に寝転がり流れる雲をぼんやりと眺める。おだやかな午後。
この間の事件がまるで三流小説のように思えてしまうから面白い。
なにか噛み合わない記憶、非現実的な世界。
そんな稚拙さが、三流小説というフレーズに当てはまっていた。
そして現在もまだ、そんな小説の世界から抜けきれないでいる。
このおもちゃと、微かに残る幼き少女の記憶。
幼い頃、なにかとても悲しいことがあったんだ。
とても悲しくて、毎日まいにち泣いていた。
そんな時だ、その少女に会ったのは。
少女のおかげで俺は立ち直ることができた。
なのに俺は、その少女のことを思い出せない。
悲しいことがなんだったのか、それすらも思い出せない。
大切な言葉を聞いたような気がする。そう、たった一言。
一言。それさえ分かれば、三流小説の世界から抜け出せるんだ。
「………もう…終わったよ………」
草の香りを運んできた風の声が、そう言っているように聞こえる。
「………ぜんぶ…終わったんだよ………」
風がまた囁いた。
「しっかし、まだ俺は信じられないぞ」
「まだそんな事言ってる。あたしだって実感ないんだよ」
俺は、ある事件で完全に現実の世界に引き戻された。
「まさか、この年で父親になるとはな」
「あたしだって、ママだもん」
その事件とは、瑞佳が妊娠していたというものだ。
となれば当然父親は俺しかいない。
いきなり『今日からお前は父親だ』と言われて実感が沸くものでもないのだが。
「浩平。この子の名前、どんなのがいいかな?」
「だよもん。折原だよもん」
なかなかいい名前だと思ったのだが、なぜか瑞佳はふくれている。
「浩平、まじめに考えてよぉ」
「いや、俺は思いっきり真面目だぞ」
「真面目に考えてそれじゃあもっと悪いよ」
しょうがない。少し真面目に考えてやるか。
「じゃあ…浩平ってのはどうだ? 折原浩平の息子の折原浩平」
「はぁ…親子揃っておんなじ名前じゃいろいろ不便だよ」
こんどはため息をつく始末。
「それに、男の子とは限らないんだからね」
それもそうだ。なら女の子は瑞佳でいこう。
「だからって、瑞佳なんてのは無しだよ」
……読まれてたか。
「そうだなぁ、女の子なら……」
「女の子だったら……」
少し強めの風が二人の間をすり抜ける。
そして、二人同時に……
「みさお」
「みさおちゃん」
出た名前は同じだった。
「……決まりだな。」
「そうだね」
まだ女の子と決まったわけではないが、多分男の子でもみさおと付けるだろう。
そして、これから3人でこの世界を生きて行く。
……今日を…明日を……
……ありがとう…お兄ちゃん……
……ありがとう…瑞佳さん……
……ありがとう…パパ…ママ……
fin