「……帰って」
重い…重い声。
「もう…誰も傷つけたくない……傷つきたくない……」
拒絶。その心を現すように、再び闇が瑞佳を包もうとする。
「帰らないよ…みさおは」
「俺だって。瑞佳と一緒じゃなきゃここから1歩も動かない」
それは、みさおと交わした約束。
必ず3人で帰ってくる…帰るんだ……
「どうして…どうして浩平! あたしがいたから…あたしのせいで浩平は!!」
「いいんだよ…瑞佳」
俺とみずかが出会ってから生まれた世界……
「誰が悪いわけじゃなかったんだ。瑞佳もみさおも、俺の為にこの世界を作ったんだろ?」
俺が元の世界に戻って…ひとりぼっちになったみずか……
「俺は…瑞佳のおかげで元の世界に戻って来れた。だけどそれは、瑞佳と一緒にいたかったからだぜ」
そして…永遠の世界の崩壊……
「俺は…瑞佳と離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ……」
再び訪れた別れの時……
「瑞佳が好きなんだ……」
「こう…へ……い……」
瑞佳の体の内側から光が溢れ出る。
永遠の世界の闇を打ち砕くかのように。
目が見えるまでに光が弱まった時、二人に分かれた瑞佳とみずかの姿があった。
「わわっ!」
どこまでも落ちていきそうなみずかを、みさおが抱きかかえる。
みずかはぐったりとしたまま、動く気配はない。
「浩平…好きだよ。あたしも…ずっと浩平の事……好きだよ……」
「瑞佳……」
ゴゴゴゴゴォォォォォ!!
「お兄ちゃん、いよいよ始まったみたいだよ……」
どこからともなく吹く突風。押しつぶされそうになる重い空気。
永遠の世界は消滅するのだ。
「折原君、早く!」
先輩の声が頭に響く。
「瑞佳っ!」
「浩平!」
二人の手が今度こそしっかりと握られた。二度と離れ離れにならないように。
俺は瑞佳を右腕で抱きかかえ、みさおへ手を伸ばす。
「みさお!!」
しかし、みさおはみずかを抱きかかえたままで、手を取ろうとはしない。
「みさお、早く!!」
「みさおちゃん!!」
しかし一向に俺の手を取ろうとはしない。
「みさおは…ここに残るよ。みずかちゃんを置いては行けないよ」
バリバリバリィ!
みさお達の後ろの空間がまるでガラスのように割れ、辺りの空間を吸い込んでいく。
バリン! バリン! バリン!
それを合図に、次々と辺りの空間が割れていった。
「折原君。もう時間切れよ!」
時間切れ。これ以上ここにいては俺も瑞佳も助からない。
「みさお……」
「みさおね…少しだけど、お兄ちゃんとお話できて嬉しかったよ」
「ああ、俺もだ」
みさおと過ごしたほんの少しの時間。かけがえのない時間。
「でもね、お兄ちゃんはみさおの事、忘れなくちゃいけないんだよ」
「お兄ちゃんには瑞佳さんっていう大切な人がいるんだから」
「みさおちゃん………」
みさおは分かっていたんだ。越えられない現実の壁。
俺がみさおの記憶を持ち続ければ、また幾度となく苦しむ事。
ほんの少しだけの再会も、後で悲しみに変わるという事を。
そんな俺の弱さを、みさおはすべて知っていたんだ。
「だから、バイバイだよ」
「みさお……」
最後の言葉、みさおはそれを求めている。
「みさお…バイバイ……」
差し出していた手を引き戻し、みさおに向けてゆっくりと振った。
「みさおちゃん…ありがとう………本当に…ありがとう………」
瞳から溢れる涙を拭こうともせずに、瑞佳は手を振っていた。
バリバリバリバリバリ!
すぐ下の空間が割れ、俺達を吸い込もうとする。
「うお!」
気合で体をその場に保とうとするが、そろそろ限界のようだ。
みさおも限界を悟ったのだろう。目を閉じて流れに身を任せる。
「さよなら……」
俺はありったけの意識を元の世界へ向けた。涙を見せない為に。
みさおがくれたチャンスを無駄にしない為に。
元の世界へ近づくにつれ、意識が退いてゆく。
消えてなくなるのだ。
悲しい記憶も…たったひとりの妹も……
永遠に……永遠に……
そして……
永遠の世界は……崩壊した……