Pileworld 〜時の狭間で〜 最終章(中編) 投稿者: 加龍魔
「……帰って」
 重い…重い声。
「もう…誰も傷つけたくない……傷つきたくない……」
 拒絶。その心を現すように、再び闇が瑞佳を包もうとする。
「帰らないよ…みさおは」
「俺だって。瑞佳と一緒じゃなきゃここから1歩も動かない」
 それは、みさおと交わした約束。
 必ず3人で帰ってくる…帰るんだ……
「どうして…どうして浩平! あたしがいたから…あたしのせいで浩平は!!」
「いいんだよ…瑞佳」

 俺とみずかが出会ってから生まれた世界……

「誰が悪いわけじゃなかったんだ。瑞佳もみさおも、俺の為にこの世界を作ったんだろ?」

 俺が元の世界に戻って…ひとりぼっちになったみずか……

「俺は…瑞佳のおかげで元の世界に戻って来れた。だけどそれは、瑞佳と一緒にいたかったからだぜ」

 そして…永遠の世界の崩壊……

「俺は…瑞佳と離れたくない。ずっと一緒にいたいんだ……」

 再び訪れた別れの時……

「瑞佳が好きなんだ……」
「こう…へ……い……」
 瑞佳の体の内側から光が溢れ出る。
 永遠の世界の闇を打ち砕くかのように。


 目が見えるまでに光が弱まった時、二人に分かれた瑞佳とみずかの姿があった。
「わわっ!」
 どこまでも落ちていきそうなみずかを、みさおが抱きかかえる。
 みずかはぐったりとしたまま、動く気配はない。

「浩平…好きだよ。あたしも…ずっと浩平の事……好きだよ……」
「瑞佳……」

 ゴゴゴゴゴォォォォォ!!

「お兄ちゃん、いよいよ始まったみたいだよ……」
 どこからともなく吹く突風。押しつぶされそうになる重い空気。
 永遠の世界は消滅するのだ。
「折原君、早く!」
 先輩の声が頭に響く。
「瑞佳っ!」
「浩平!」
 二人の手が今度こそしっかりと握られた。二度と離れ離れにならないように。
 俺は瑞佳を右腕で抱きかかえ、みさおへ手を伸ばす。
「みさお!!」
 しかし、みさおはみずかを抱きかかえたままで、手を取ろうとはしない。
「みさお、早く!!」
「みさおちゃん!!」
 しかし一向に俺の手を取ろうとはしない。
「みさおは…ここに残るよ。みずかちゃんを置いては行けないよ」

 バリバリバリィ!

 みさお達の後ろの空間がまるでガラスのように割れ、辺りの空間を吸い込んでいく。

 バリン! バリン! バリン!

 それを合図に、次々と辺りの空間が割れていった。
「折原君。もう時間切れよ!」
 時間切れ。これ以上ここにいては俺も瑞佳も助からない。
「みさお……」
「みさおね…少しだけど、お兄ちゃんとお話できて嬉しかったよ」
「ああ、俺もだ」
 みさおと過ごしたほんの少しの時間。かけがえのない時間。
「でもね、お兄ちゃんはみさおの事、忘れなくちゃいけないんだよ」
「お兄ちゃんには瑞佳さんっていう大切な人がいるんだから」
「みさおちゃん………」

 みさおは分かっていたんだ。越えられない現実の壁。
 俺がみさおの記憶を持ち続ければ、また幾度となく苦しむ事。
 ほんの少しだけの再会も、後で悲しみに変わるという事を。
 そんな俺の弱さを、みさおはすべて知っていたんだ。
「だから、バイバイだよ」
「みさお……」
 最後の言葉、みさおはそれを求めている。
「みさお…バイバイ……」
 差し出していた手を引き戻し、みさおに向けてゆっくりと振った。
「みさおちゃん…ありがとう………本当に…ありがとう………」
 瞳から溢れる涙を拭こうともせずに、瑞佳は手を振っていた。

 バリバリバリバリバリ!

 すぐ下の空間が割れ、俺達を吸い込もうとする。
「うお!」
 気合で体をその場に保とうとするが、そろそろ限界のようだ。
 みさおも限界を悟ったのだろう。目を閉じて流れに身を任せる。
「さよなら……」
 俺はありったけの意識を元の世界へ向けた。涙を見せない為に。
 みさおがくれたチャンスを無駄にしない為に。
 元の世界へ近づくにつれ、意識が退いてゆく。
 消えてなくなるのだ。
 悲しい記憶も…たったひとりの妹も……

 永遠に……永遠に……

そして……

永遠の世界は……崩壊した……