Pileworld 〜時の狭間で〜 特別編 投稿者: 加龍魔
・・・いい風だね・・・
 そうかな?
・・・だってとってもおいしそうな匂いがするからね・・・
 ははっ、みさき先輩らしいな。
・・・浩平君、公園に行こうよ。もう桜が咲いてる頃だよね・・・
 ああ、きっといい匂いがすると思うよ。
・・・前みたいに居なくなったら嫌だよ・・・
 それはない。約束する。
・・・私ね。浩平君に話さなきゃいけないことがあるんだ・・・
 えっ、何の話?
・・・公園に着いたら話すよ・・・


   Pileworld 〜時の狭間で〜 特別編

『GAL531便香港行き御搭乗のお客様は26番ゲートへ…』
 場内アナウンスが空港内の喧騒をさらに掻き立てる。
 半月前、公園で先輩から話を聞かされた時は正直俺も悩んだ。

「で、先輩。話ってなに?」
 桜の花びらが舞う公園。俺達は公園が見渡せる高台にあるベンチに腰掛ける。
「うん。実はね…」
 そこでみさき先輩の口が止まってしまう。
 何か言いにくそうな歯切れの悪い言葉。少なくともあまりいい話ではなさそうだ。
「どうしたんだよ先輩。今日の先輩なんだかおかしいぜ」
 それでもみさき先輩は口篭ったまま。
 少しして、風が桜の匂いを運んできた時、ゆっくりと話し始めた。
「実は…ね……もしかしたら…また……目が見えるようになるかもしれないんだ…」
 ・・・先輩の目が、もう一度光を取り戻せるかもしれない・・・
「ええっ!?、すごいじゃないか!!」
 俺は思わず先輩の手を取りぶんぶんと振る。
「あ、え、えっと…でもね浩平君」
 先輩の言葉にとりあえず手を離す。
「とっても難しい手術らしくて日本じゃできないんだって。しかも成功する確立はよくて5%だって…」
 5%…確かに『もしかしたら』の話だ。
「ドイツの大きな病院で…結果が分かるまで1年くらいかかるんだって………」
 そこで再び口篭ってしまう。
 ・・・みさき先輩は手術の事を話したかった訳じゃないんだ・・・
「行くんだろ、先輩。俺の事なら気にしないでいいから」
 ・・・先輩は俺と会えなくなる事を気にしてたんだ・・・
「先輩が俺を待っていてくれたように俺も先輩の事を待ってる。何年でも」
 先輩は俺のその言葉を聞くと、
「浩平君…ありがとう」
 小さくそう呟いた。

「もうすぐだな。先輩」
 時計の針は2時半を差したところ。出発まであと30分程だ。
「そうなの?」
「ああ、あと30分で出発だ」
 あと30分。この時間が過ぎてしまえば次に会えるのは1年後…。
「浩平君」
 ムニッ!
 いきなり先輩に耳を掴まれた。
「うおっ! ど、どうしたの先輩!?」
 先輩は俺の両耳を掴んだまま、
「これが浩平君の耳」
 そう言った。
「向こうに着いたら浩平君の顔を想像するんだ。目が治ってから驚かないようにね」
 そう言いながら、先輩の手が俺の顔を這い回る。
「だから今のうちに感触だけでも覚えておかないと」
 ムニムニ
「これが浩平君のほっぺた」
 ゴロゴロゴロ
「浩平君の目」
「いてててて!」
 先輩の指が俺の眼球を押しつける。
「あ、ごめん。ちょっと強かったかな」
「いや、大丈夫。続けていいよ」
 押さえられて涙目になってしまった。
「浩平君の眉毛」
 ザワザワ
「浩平君の鼻」
 ムニッ!
「ひぇ、ひぇんふぁい。ふははふぁひへ(せ、先輩。つままないで)」
 思わず情けない声を出してしまった。
「浩平君の唇」
 先輩の手の平が俺の口を塞ぐ。
「先輩………」
「忘れないよ、この感触。戻ってきた時にちゃんと浩平君を見つけてみせるからね」
 その手を胸に抱き、先輩は力強くそう言った。
 別れの時間が迫る。俺も先輩の事を忘れたくはない。
「先輩。感触を覚えるならいい方法があるよ」
 俺はそう言うと先輩を強く抱きしめた。
「浩平…君?」
 先輩の吐息と心臓の音が聞こえる。
 他には何も聞こえない。
「先輩…」
 少しだけ身を屈め先輩に合わせる。
 お互いを忘れないように。再会の為のキス。
 時間が止まったような気がした。

『Tac777便ボストン経由…』
「それじゃあ、行くね」
 先輩の旅立ちを告げる時。出発の時がきた。
「先輩。最後にひとつだけ聞いていいかな」
 聞かなくていい事だとは分かっていた。
「なに?、浩平君」
「どうして…手術を受ける気になったの?」
 手術が失敗すれば待っているのは絶望。
 二度と光を取り戻せないという絶望感が再びみさきを襲う事になる。
 しかし先輩は、
「見てみたくなったんだ。浩平君と歩いた外の世界を、自分の目で」
 微笑んでそう答えた。

「………行っちゃったな」
 先輩の乗った飛行機が高く舞い上がってゆく。
 希望と言う名の羽根をはばたかせて。
「さーて、こうしちゃおれん」
 飛行機に背を向け、俺は歩き出す。
「まずは、カレー屋でバイトでもするかな」
 先輩が帰ってきた時、精一杯の出迎えをする為に。
 先輩の笑顔に再び出会う為に………


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加龍魔「第3巻発売記念のはずなんですが、どうも力不足です」
秋穂「ちなみに『時の挟間で』に続くようになってるんだよ」
加龍魔「夏コミまでまだ時間あるはずなのになんで追われてるんだろ」
秋穂「まぁまぁ、それよりまた手紙が来てるよ」
加龍魔「なになに、『永遠の世界のみずかは瑞佳とは違うんですか?」
秋穂「どうなんでしょうねぇ」
加龍魔「私のSSでは浩平・瑞佳・みさおの3人の心が生んだことになってますけど」
秋穂「浩平と瑞佳の二人っていうのもあったよ」
加龍魔「少なくとも永遠の世界のみずかは瑞佳ではないという事ですな」
秋穂「いいのかなぁ、それで」
加龍魔「いいの。そうそう、私の書いてる(た?)SSの総集編夏コミで出す予定です」
秋穂「大幅書き直しでボリュームアップ! はい、これ更正」
加龍魔「うわぁ、赤鉛筆がいっぱいだよぉ!!」

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