第四章「永遠の世界へ」
「折原君! 長森さんはどうしたの!!」
先輩の声が響く。
「嫌な予感がしてあなた達の事を聞いてみたら、誰も長森さんの事覚えていないじゃない!」
「…先輩………どうして瑞佳のこと………」
七瀬や茜でさえ忘れてしまっていたのだ。
一度会っただけの先輩が瑞佳のことを覚えているはずがないと思っていた。
「忘れていると思ったの? あたしが、長森さんの事」
「………はい………」
バシーーーン!!
俺の頬に痛みが走る。先輩の平手打ちが俺の頬を直撃したのだ。
「何を寝ぼけた事言ってるの! あなたも気付いているんでしょう!!」
………気付いている…先輩の事………
「言いなさい! 長森さんはどこ!!」
俺は、信じてもらえないと思いつつ話した。
「…長森は…消えました………俺と同じように…永遠の世界へ行ったんだと思います…」
先輩は俺のその言葉を聞くと、ふっとため息をついてその場に座り込んだ。
「………遅かったようね………」
「私の過去。あなたも知っているでしょう?」
とりあえずリビングに入り、台所で作ったインスタントのコーヒーを差し出す。
先輩はそれを一口飲むと、ゆっくりと話し始めた。
「ええ、高校の時一年近く行方不明になったとか」
「永遠の世界に行っていたの。あなたと同じようにね」
………俺と同じ………永遠の世界から帰ってきた人間………
あの時感じた親近感はこれだったのだ。
先輩はそのまま話を続ける。
「あたしには秋穂っていう妹がいたの」
「だけど、秋穂は生まれつき体が弱かった。いつも病院のベッドの上で遊んでいたわ」
ふと、病院のベッドの上で笑うみさおの顔が浮かんだ。
「だけど、秋穂は助からなかった。夏の…花火大会のあった日、突然血を吐いて苦しみだした」
「秋穂は『…お姉ちゃん…痛いよ…苦しいよ…』そう言いながら………死んだわ………」
先輩の顔に、涙が一筋流れていた。
「悲しかった。もう何もしたくないって思った」
「秋穂の所へ行きたい。秋穂とずっと遊んでいたい。そう思っていたわ」
俺と状況がよく似ている。
「だけど、悲しい事っていつか忘れてしまうものね」
「小学校に上がる頃には、秋穂の事も思い出くらいにしか覚えていなかった」
「そして高校2年の夏、あれが起こったの」
何が起こったのか。それは聞くまでもなかった。
「最初は何が起こったのか分からなかった。友達の一人が『誰?』って他人を見るような目で言ったの」
「何かの冗談だと思っていたの。その時は他の友達も私の事を覚えていたから」
「だけど、次第にみんなから私の記憶が消えて行って…」
「………私は…永遠の世界に旅立ったの………」
先輩はそこで一息つく。そしてまた一口、コーヒーを含んだ。
「そこで秋穂に会った。あの頃のままの姿の秋穂に」
「言われたわ。私はこんな所に来てはいけない。この世界に人を来させてはいけないって」
そして先輩はこの世界へ帰ってきた。そんな話だった。
「だけど、瑞佳は行ってしまった。俺には待っているしかないんです」
話を聞いた俺は、ゆっくりと口を開く。
「瑞佳はずっと俺の事待っていてくれたんです。だから、今度は俺が待つ番です」
「待ってるだけじゃ、長森さんは帰って来れないわよ」
先輩は低い声でそう言った。
「永遠の世界では、帰りを待つ人間と旅立った本人。2人の心が一つにならない限り帰れないの」
それは俺もよく知っていた。
俺と瑞佳、2人の心が一つになったからこそ俺はここにいるのだ。
「ええ、だから俺は瑞佳の事忘れないように………」
「長森さんは帰ってくるって言ったの?」
俺の言葉を遮るように、先輩は低い声で聞く。
「いえ、瑞佳は…かえってこないって言ってました………おわかれだって………」
先輩はその言葉を聞くとため息をつきながら、
「だとしたら、長森さんは帰って来ないわね」
冷たく、そう言った。
帰って来ない、その言葉が俺の胸に深く突き刺さる。
「長森さんは帰ってこないって言ったんでしょう? だとしたら、帰ってくる事はないわよ」
「………そんな………」
絶望、その言葉が頭をよぎる。
だが、先輩は意外な事を口にした。
「だけど、長森さんをこの世界へ連れ戻す方法はあるわよ」
意外な言葉だった。けれど、その後の言葉はもっと意外だった。
「あなたが永遠の世界へ行って長森さんを連れ戻せばいいの」
………俺が…瑞佳を連れ戻す………
それができれば苦労はしない。俺はそう言いたかった。
「だけど簡単な事じゃないわよ。下手をすれば長森さんはおろか、あなたまで帰ってこれなくなるわ」
冷たく付け加える。けれど、俺にはそんなことは無用だった。
瑞佳のいない世界に、俺のいる意味はない。
「言うまでもなかったようね」
先輩は、俺の目を見るとそう呟く。
「それで、永遠の世界へ行くにはどうすればいいんですか」
瑞佳を連れ戻す。俺の頭はその事でいっぱいだった。
そんな俺の心を察してか、先輩は話を続ける。
「永遠の世界には距離や時間というものがないの」
「たとえ1メートル離れていても長森さんのところへはたどり着けないわ」
距離がない。みずかが泣いていた時、近づけなかったのはその為だったのだ。
「つまり、ぴったり瑞佳の所に着かなければいけないんですね」
「そう。それと向こうは不安定な世界だから絶対に無理はしないで」
無理はしない。瑞佳の為ならどうなってもいい俺には、意味のない言葉だった。
「そして、永遠の世界に行く方法だけど…」
先輩はそこで言葉を止める。そしてゆっくりと………
「あなたに、私を抱く勇気がある?」
そう言った。
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加龍魔「うーん、休筆するって言ってたはずなのに」
秋穂「いいんじゃない?」
加龍魔「まぁ、ミス打ちでできたキャラに言われてりゃ世話ないか」
秋穂「ミス打ちって誰の事?」
加龍魔「お前だお前」
秋穂「がーーーん。そうだったの?」
加龍魔「んなことはほっといて、前回のSSの事だが」
秋穂「繭のやつ?」
加龍魔「あれの元ネタはエニックスの『ジャングルはいつもハレのちグゥ』というコミックスです。興味があったら見てください」
秋穂「なんだか宣伝みたいだね」
加龍魔「あとタイトルが長いという事ですが、最初の『あるいはこれもONE』っていうのはタイトルではないので」
秋穂「あるいはこれもシリーズっていう意味だもんね」
加龍魔「姉妹作品に『あるいはこれもToHeart 〜ほんとうのセリオ〜』というのもあります」
秋穂「それは他社だよぉ」
加龍魔「てなわけでまた来週!」
秋穂「もう終わりなのぉ」http://www.biwa.ne.jp/~karuma/