ONE総里見八猫伝彷徨の章 第十三幕 投稿者: ニュー偽善者R
第十三幕「運命を変えし者 前編」


月が隠れた漆黒の闇の中を一つの影が走っていた。
息を切らせて必死に逃げ惑うかのようである。
風を切りその長く伸ばした長髪がなびいている。
彼・・・いや、男かもどうかは判断できないが、その服装は至る所に傷が見えた。
それまいまだ新しい。
「いたぞー!こっちだー!」
鬱蒼とした樹林の合間から人のわめき声が聞こえてくる。
影の人物は一瞬振り返るが、またすぐに前を向いて走る。
耳には人の声だけでなく遠い水音も聞こえていた。
谷が近い。
「とまれー!」
脇を一条の矢が過ぎ、手近な木の幹に突き刺さった。
追手は本気である。
(まだ・・・死ぬわけには・・・!)
死なない自信はあった。
なぜなら影の人物はそれを理解していたからだ。
そうは思いつつも、疲れが溜まっているのかその足はだんだんと重くなっていく。
それと共に追手の怒号は近づいて来ていた。
それでも懸命に走り、視界を遮る樹林を突き抜けた。
そこには垂直な斜面のがけとその下を激しい流れを作る激流が流れていた。
影の人物は縁で立ち止まると、ゆっくりと振り向いた。
少しして数人の男達が立ちはだかった。
皆、黒い衣装で正体がわからない。
「追いつめたぞ・・・観念してもらおうか」
追手の中心人物らしい男が一歩に出る。
「情けないものだね。赤月宗が人一人追いつめるのにここまで苦労するなんて」
追われていた方は挑発するかのうような口ぶりである。
しかし、その表情は全くずれることがない。
だが、追手の方には殺気がみなぎった。
「貴様はすでに人じゃないさ・・・ただの化け物だ」
「その言葉は飽きたよ。子供の頃から聞いてきたんだ」
「やれ!」
男は話を最後まで聞かずに号令をかけた。
彼はただ、長髪の人物を始末すればよいのだから。
しかし、長髪の人物はどう見ても人間であった。
妖怪の排除を目的とする赤月宗がなぜこんなことをするのか?
そうこうしている内に男達はそれぞれの獲物を構えて、長髪の人物にじりじりと近寄る。
逃げ道はなかった。しかし、長髪の人物は焦ることもなく無表情につぶやいた。
「まだ・・・死ぬことは許されないんだ」
「!?」
そう言って自然と足が後ろに踏み出される。
まるで落ちることを知らないかのようにもう片方も踏み出した。
支える物がなくなり、その体は重力に逆らうことなく落ちていく。
追手達はどよめきながらもそれを眺めるしかなかった。



猫又のみけの情報を頼りに伊豆へと向かうことになった浩平と茜だが、浩平の記憶を求める旅はまだまだ始まったばかりであった。
冬の寒波にさらされ、田園地帯も荒れるに任せて見るに堪えない道を一行は歩く。
空に重たい灰色の雲がかかり、太陽の日差しを覆い隠していた。
嫌な天気である。
「雪・・・降りそうですね」
「そうだな。茜は寒いの嫌いか?」
「・・・好きではないです」
「俺は大嫌いだね。全く・・・冬なんか来なければいいのに・・・」
愚痴をもらしているのはみけである。
人語を介しているが、やはり猫である。
一行は田園を分断する上流から流れてきた河川にかかる橋を渡りにかかった。
ふと、みけが川上の方を見ると何かに気づいた。
「・・・なんかひっかかってるな。何だあれ?」
「うん?」
浩平もそちらの方を見ると、確かに川岸に何かが見える。
横では茜が顔をしかめていた。浩平を拾った時と似ているからだ。
「・・・嫌な予感がします」
「どういう意味だ?」
「俺ちょっと見てくる」
何かを感じたのかみけが素早く岸際を走り、目的の方向に向かった。
そして、元の場所から遠目で確認できるぐらいの所まで来ると、みけの悲鳴が聞こえてきた。
「人だ!人が倒れてるぞ!」
「何だって!?」
「・・・やっぱり」
茜の予感は的中した。


冷たい水の中から人を引き上げ、胸の上下の動きから生きていることを確認する。
倒れていたのは長髪の若者で、その顔は男のようでもあり女のようでもあり、判断に困った。その体格からかろうじて男と思われる。
浩平は意識の戻らない男の顔を観察しているとあることに気づいた。
「あれ?これ・・・細工だ。ほら、これ仮面だぜ」
「・・・どういうことですか?」
茜もつられて男の顔を覗き込んだ。
よく見ると、男の表情には全くの変化がなく、その精巧に作られ顔を覆う仮面に気づいた。
「ふーん、化けの皮って奴か」
みけが不思議そうにつぶやいた。男は紛れもない人間である。
浩平もみけをそれを感じていた。
だが、この不思議な男には興味が注がれた。
浩平はにやりと笑い男の顔に手をかける。
仮面を外そうというのだ。
「浩平・・・!」
「大丈夫だって」
茜の制止を聞かずに両手に力を込める。
「・・・!?何をする!?」
「どわ!?」
突然男の目が見開かれ、怒声が発せられた。
意識を取り戻したのだ。
「いきなり何をす・・・いたた・・・」
男は体を抱えうずくまってしまった。どこか怪我をしているらしい。
茜は男のそばに寄り添った。
「動かない方がいいです・・・傷に触ります」
「あ、ありがとう」
「・・・お名前は?」
その問いに男は戸惑いを見せた。
何かある、周りの者はすぐにそれに感づいた。
「・・・仮面。ごめん・・・これしか言えない」
「・・・そうですか」
「変じゃないかい?」
「いえ・・・」
茜と仮面の会話を見ていて、浩平とみけの心中は穏やかではなかった。
言ってみれば嫉妬である。
((この男・・・何者だ?))
不純ながらも浩平とみけは団結するのである。


その夜。
野宿ながらも仮面のために真冬の中奔走し、寝藁をかき集め、少しはましな寝床を作った。
これも怪我人はいたわらなければならないという茜の言葉によるものである。
もちろん行動したのは浩平とみけである。
「気に食わないな・・・」
「ああ・・・」
茜と仮面からは離れて、浩平とみけが座り込んでいる。
怪我人の周りでうるさくするのはいけないと、茜に離されたのである。
そして、二人は腐っていた。
「「はあー・・・」」
一人と一匹は白い息を吐いた。


「どうしてあんな所にいたんですか?」
仮面が床につく横で、茜が座り込んでいる。
表情は変わらないが、仮面の声は明るく感じる。
退屈はしていないらしい。
「まあ、いろいろあってね。わけありなんだ」
「・・・悪いことはしてないですよね?」
「ははは、もちろん。でも、不思議だな・・・まさかこんな結果が待ってるなんてね」
「・・・?」
仮面の言葉の意図が茜はつかめなかった。
見かけだけでなく、どこか仮面は不思議さをかもし出している。
「それにしてもいいのかい?あの二人・・・一人と一匹か。なんかいじけてるみたいだけど」
「多分・・・大丈夫です」
「嫌だよ。嫉妬で刺されるなんてことがあったら」
「そんな・・・」
茜はわずかに微笑んだ。
「おーい、茜ぇ。そろそろ休めよー」
「そうですよ茜さん!無理は体に悪いです!」
向こうから浩平がみけを肩に乗せながらやってきた。
二人のことが気になってしょうがなかったのだ。
仮面は体を起こして浩平の顔をじっと見つめた。
浩平はわずかにたじろぐ。
「な、何だよ・・・」
「君・・・変わった星をしているね」
「あ?」
「いや・・・何でもない」
仮面は再び藁の中に潜り込んだ。
そして、わずかに顔を覗かせ一言だけ言った。
「猛毒には気をつけるんだよ・・・」
「はあ?」
全く言葉の意味がつかめないが、仮面が寝に入ったために質問をすることができなかった。
それから間もなくして浩平達も眠りについた。


・・・ズル・・・ズル・・・

何かが地をはう音。その音は確実に近づいてきている。

ズル・・・ズル・・・

闇の中に真っ赤な狂暴な二眼が浮かぶ。
それは地をはう低い視野で、あるものをとらえていた。
眠りの世界におちいった茜である。

シャアーーーーーァァァ!!!

「!?」
妖魔の到来を察知した闇雲に浩平は起こされた。
すぐに危険を感じその柄を掴むが、それは遅すぎた。
「茜ーーーぇ!」
眼前には槌のような形をした蛇が茜の素足にかみついていた。茜はすでにぐったりとしていて意識がない。
浩平は素早く闇雲を抜き放ち、蛇に斬りかかる。
闇の中を閃光が走り、あっさりと鎌首が宙を舞った。
すぐに浩平は茜に駆け寄る。
みけもすでに眠りから覚め茜に寄り添っていた。
「た、大変だ!茜さんがつと蛇の毒に!奴の毒は命の危険がある!」
「何だと!?」
浩平はその言葉を聞き、弾かれたように茜の顔を見た。
向こうで仮面が起き上がる気配があった。
「だから言ったのに・・・猛毒には気をつけろって」
「どういう意味だ?」
訝しげに仮面の顔を見る浩平。
仮面のため表情は変わらないが、その声も変わらないのに自然と反感を覚えた。
「夢見・・・未来がわかるのが俺の力だ」
そう仮面が言った瞬間、空を唸り鈍い音が響いた。
「てめえ何でそれを言わなかった!」
浩平が拳を握り締め、地に倒れ付す仮面の前に立っていた。
浩平は怒りを露にして震えている。
殴られても、仮面はその飄々した態度は崩さない。
「言っても無駄だからさ・・・信じるわけがないし、信じた所で僕が化け物扱いされるからな。何よりも・・・運命は変わらない。この娘は死ぬ」
その言葉の次の瞬間、またも浩平の拳が飛んだ。
「くは!」
もう一度鈍い音が響き、仮面は吹き飛んだ。
「未来が決まってるなんて誰がわかるんだ!俺は茜を救ってみせる!」
浩平は仮面を見ることなく振り返った。
そして、みけが見守る茜のそばにしゃがみこむ。
「みけ、解毒剤とかないのか?」
「一つだけある・・・つと蛇の卵だ。つと蛇の巣にある卵を湯で煎じて飲ませれば助かる。巣は巨木の根の本にあるしかし、探す時はほとんどないぞ・・・」
「・・・やれるさ。茜・・・もう少しの辛抱だからな。みけ、お前はここで茜のそばにいろ」
茜の頬に張り付く髪の一筋を払い、浩平は立ち上がった。
後ろで地に座り込んだままの仮面が口を開いた。
「無駄だ・・・彼女には死の影が見える」
「お前はそうして逃げてきたのか?与えられた運命なんて俺は大嫌いだ」
浩平はそれだけ言い放つと歩きはじめた。時間は残り少ない。
「・・・・・・・」
仮面は無言で浩平を見送った。果たして茜の命は助かるのだろうか?





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なぜなにONE猫!
いきなりだけど!ついに!
ちびみずか「ついに?」
通算46話に達しました!つまり・・・自己最高連載記録・・・というかタクSSでちゃんと途中が抜けていない連載最高と思われる記録「浩平犯科帳」の45話を突破しましたーーー!
ちびみずか「ながすぎー!」
ふふり・・・犯科帳は4ヶ月かかったのに書き上げの時点で二倍の速さ(これは2月中に制作しました)我ながらやるねー。
ちびみずか「ひまだね・・・」
いや、けっこう忙しいんだけどさ(^^;さて、自己自賛はここまでにして・・・今回のゲスト!Pelsonaさんお待たせしました!
ちびみずか「おまたせしました〜〜〜!」
とりあえず次回も出演。続きは次回をお楽しみに!それでは!
ちびみずか「さよなら〜〜〜!」


次回ONE総里見八猫伝 彷徨の章 第十四幕「「運命を変えし者 後編」ご期待下さい!


解説


仮面・・・Pelsonaさん希望のキャラ。HN通り怪しげな名前・・・らしい。いつも精巧な仮面をつけている。夢見という予知能力を持ち、周りからは化け物扱いをされてきた。そして、その能力ゆえに人間からも妖怪からも狙われている。その他にも陰陽術が使え、蒼龍の加護を受けているので、水系の術のみ使用可能。性格は飄々としていて、周りをからかったりしているが、本心は見せない。裏で何を考えているかは謎。自分の価値観で行動するため、場合によっては敵になったり、味方になったり。気がつくといたり、いなくなったりする・・・らしい。