ONE総里見八猫伝彷徨の章 第十二幕 投稿者: ニュー偽善者R
第十二幕「恋と殺意の狭間」


・・・殺せ

・・・我らが仲間を屠る憎き奴を

・・・その身を引き裂くのだ。

闇にうごめく妖魔達の思念。そのどす黒い思念は巨大な邪悪となっていた。
その憎悪の向かう先は暗い林道を歩く一人の男に向けられていた。
(・・・・・・面倒だ)
彼にすればその程度のことだった。敵なぞそこらに五万と転がっている。
化け物も人間も。
(しかし・・・そうさせたのはお前等だ!)
彼の心の中には怒りしか住んでいなかった。
それ以外必要ないからだ。化け物であれば殺し、邪魔する者は人間ですら殺してきた。
友情、信頼、絆、そんなものはとうの昔に捨てたのだ。
いや、奪われたと言うべきか。

クアアアアアアアアーーーーーァァァァァ!!!

闇の中から凶悪な牙が向かれた。
横合いから飛び掛かってきた化け物だが、男はさっと身を翻し懐にしまい込んだ鉄の爪をはめその首筋に突き立てる。
断末魔の声すら出せず、どさりと化け物はが地に落ちた。
しかし、男に向けられる殺気は消えなかった。
見ると暗闇の中にいくつもの光る眼が浮かんでいた。
(やれやれ・・・)
彼には死の恐怖は存在はしなかった。


浩平との再開、いまだかなわぬ願いを抱えて瑞佳達は駄世門宗総本山に戻ってきた。
何か情報が入ってないかと期待していたのだが、期待外れに終わった。
瑞佳はすぐに再び旅立とうとしたのだが、長旅の疲れを察した氷上に止められ、しばらくここでとどまることにした。
闇雲に動き回っても得るものはないのだ。
そして、瑞佳を止めておきながら氷上は煙のように姿を消した。
どうやら何か指令を受けたのだろう。
「繭、あまりはしゃいだら駄目だよ」
「だいじょうぶだもーん♪」
瑞佳と繭は本山を囲む山中に山菜取りに来ていた。
過酷な旅をするよりも、やはり繭はこちらの方が楽しいらしい。
(華穂さんの所に返した方がいいのかな・・・?)
華穂の承諾を得たからと言っても、数ヶ月も親元を離すわけにはいかないだろう。
旅に出てから内向的な所が和らいできたが、母が恋しいのか時々さびしそうにしているのを瑞佳は知っている。
血がつながっていないとはいえ、二人はどこかでつながっているのかもしれない。
瑞佳が思案に暮れていると、先を行く繭の声が聞こえてきた。
「みゅ!おねえちゃん、こっち!」
「どうしたの?」
いつもとは違った繭の声色に怪訝な顔をして、瑞佳が側に寄った。
「きゃ!・・・だ、大丈夫ですか!?」
荒れた山道の脇に男が倒れていた。服はぼろぼろで、そこかしこが裂けている。
その隙間から流れ出た血がこびりつき跡を残している。
激しい戦闘の後。
瑞佳はそう直感した。
「繭!誰かを呼んできて!」
「うん!」
繭が元と来た道を走るのを尻目に瑞佳はしゃがみ、観察をする。
息は細いがしっかりと肩が動いている。
意識を失っているだけのようだ。
顔や着物には本人のものではない血もついている。
返り血だ。
「大丈夫ですか・・・?」
「・・・う・・・・・・」
瑞佳が恐る恐る問うと男はわずかにうめいた。
傷の具合がわからないため、動かすわけにもいかずに、瑞佳は助けを待つしかなかった。


・・・誰だ?誰かが呼んでいる。

・・・女の声か・・・小春か?

・・・いつも小春はこうして朝起こしてくれたな。

・・・小春・・・行かないでくれ!


「小春!」

ガバア!

「きゃあ!」
男は手を差し伸べ、勢いよく起き上がった。
枕元で看病をしていた瑞佳は突然のことに驚いてしまった。
「目は覚めましたか?」
「・・・小春」
「え?」
男は瑞佳を見た途端つぶやいてしまった。
だが、それは人違いだということに気づく。
確かに似ているが、面影程度に過ぎない。
(それに・・・小春はもういないのだからな・・・)
男は顔をうつむき一人嘲笑した。
「あ、あの・・・」
「すまぬ。ここはどこだ?」
「駄世門宗です。出雲の」
「駄世門宗・・・」
男には聞き覚えがあった。
妖怪退治を目的としながら、その正と邪を見極めるという密教。
無駄な殺生はしない。
美徳に感じられるが、男にとっては甘い考えにしか過ぎなかった。
「あの・・・名前は?」
「おとし。字だ。本名は捨てた」
「はあ・・・」
「そなたは?」
今度は逆におとしの方から聞き返したために、瑞佳は戸惑ったが、すぐに調子を取り戻し笑顔で答える。
「瑞佳です。長森瑞佳」
「そうか・・・」
「何かあったら言ってくださいね。すぐに来ますから」
そう言って瑞佳は立ち上がると、襖の向こうに行ってしまった。
一人になったおとしは天井を見上げると一人ごちた。
「俺は・・・何を求めているのだ?」


「そう・・・か」
「いかがいたします?」
本山を統べる少年の私室。
少年は熟年の僧からおとしの報告を聞いた。
「彼の傷は妖によるものは間違いありません。そして、あの男の武器も・・・」
「わかってるよ。下がっていい」
「は、失礼しました」
僧は一礼をしてすごすごと引き上げた。
誰もいなくなった部屋で少年はため息をついた。
おとしに対する処置にだ。
少年はおとしの心の中に棲む鬼に気づいていた。憎しみという名の鬼だ。
「愚かなものだな・・・人というものは」
氷上の不思議な瞳は悲しげな色をたたえていた。


おとしが瑞佳に助けられてから数日が過ぎていた。
瑞佳はその間に献身的な看病を続け、おとしの負傷もだいぶよくなり動けるようにまでなっていた。
「外に出ますか?」
「ああ・・・そうだな」
瑞佳は人当たりのよい笑顔を見せて、雨戸を開いた。
遅めの朝の日差しが部屋に差し込む。
外からはここには似合わない子供のような歓声も聞こえる。
澪と繭のものである。
「もう、朝はお勤めの邪魔をしたら駄目だって言ってるのに!」
「いいではないか・・・子供は元気な方がいい」
おとしは陽光に照らし出される瑞佳の横顔をじっと見つめた。
こんな静かな生活と感情はおとしには久しぶりであった。
そうあの日以来の・・・。
おとしは寝床から出ると縁側に立ち、外の空気を一杯に吸った。
『繭!そっちは僧達の修行場だ。いってはいかん』
「みゅ?」
ちょうど外から凪の注意の声が飛んだ。
おとしはその異質なものに敏感する。
おとしは何も言わず庭へ足を踏み出した。
すでに凪と繭は向こうの建物の影に隠れてしまっていた。
しかし、凪のその獣とも違う姿にすぐにおとしは見分けがついた。
(かまいたちだと・・・妖怪がここにいるのか!?)
自然とおとしは拳を握り締めていた。同時に心の奥底から憎悪が湧いてくる。
全ての妖怪に対する憎しみだ。
おとしの変化に瑞佳はすぐに気づいた。
「あの・・・?おとしさん、傷が痛むんですか?」
「いや・・・何でもない」
おとしは瑞佳を避けるように部屋へと戻ってしまった。
瑞佳は彼の心中を察することもできずに首をかしげるばかりであった。


全ての化け物を殺す。
それがおとしにとっての全てである。
化け物の身を引き裂き、その血の滴りを堪能する。
これが彼の喜びだった。
彼の家族が殺されて以来・・・。
(小春・・・俺は間違っているのか?)
今はなき妻、小春のことを瞼に浮かべる。
だが、そこに小春の姿は映らなかった。
映ったのは自分を助けてくれた瑞佳の笑顔であった。
短い時間にここまで惹かれるとはおとし自身も思っていなかった。
しかし、それを受け入れることができない事情が彼にはあった。
全ての化け物を殺す、これはここの流儀に反していたからだ。
おとしは紙燭もつけずに真っ暗な部屋で一人考え込んでいた。
これからのこと、そして自分の気持ちの決着をだ。
「おとしさん・・・起きてますか?」
「ああ」
瑞佳だ。おとしが呼んだのだ。
襖を開いて瑞佳が中へと入ってくる。
「話は何ですか?」
「・・・・・・」
おとしはわずかに迷うが、すぐに口を開いた。すでに心は決していた。
「一緒に・・・旅に出ないか?二人でずっと一緒に」
「え?」
瑞佳はおとしの言葉の意味を計り兼ね、聞き返していた。
「ずっと一緒にいて欲しい」
「・・・あ、あの・・・・・」
瑞佳の表情には突然の告白に動揺が走っていた。
その答えはためらいとともになかなか返ってこない。
しばらくの沈黙の後、瑞佳が口を開いた。
「ごめんなさい・・・わたしには待っている人がいるんです・・・・・大切な帰りを待つ人が」
瑞佳にはどうして「待つ」と答えたのかが、わからなかった。
探しているはずなのに「待つ」という言葉が出たのだ。
答えを聞いたおとしは無言で立ち上がると。
瑞佳の横を過ぎ襖を開いて外へと出た。
瑞佳はおとしの行動が読めなかった。
(ならば・・・進む道はただ一つ)
いつの間にか、おとしは懐にしまい込んだ鉄の爪をはめていた。
そして、そのまま冷たい夜風の吹く中庭へと出た。
月は出ておらず、不穏な雲が空を覆っている。
そして、おとしの前方には一つの白い影があった。
凪だ。
「来たか・・・」
『当たり前だ。あれだけの殺気を送りやがって』
おとしはゆっくりと爪を構えた。その瞳に殺気がみなぎる。
おとしの取る道は決まっていた。
瑞佳との静かな生活がかなわぬ時、彼の進むべき道はこれしかなかったのだ。
家族を殺された恨みを晴らすための殺戮。
「貴様等化け物をみんな殺してやるよ・・・」
『やれやれ・・・厄介な奴を拾ったものだな』
「・・・行くぞ!」
鉄の爪を構え、疾風のようにおとしが突っ込む。
凪もそれに対応し鎌を構えた。
そして、刃をきらめかせ駆け抜ける。
『何!?』
爪と鎌がぶつかり合い、火花が飛んだ。
凪は交錯の瞬間、自分の刃が欠けたのを見て驚愕した。
「ふふふ・・・この爪は何百もの化け物を屠ったのだぞ!」
薄ら笑いを浮かべおとしは再び向き合い、さらに凪へと襲い掛かる。
鋭く爪を突きだし、それを凪はかろうじて受け止めた。
しかし、そこにおとしの強烈な拳が襲った。
『ぐ・・・は』
凪は鼻面をつぶされ吹き飛んだ。
「くくく・・・はーはっはっは!死ね!」
おとしは嘲笑を響かせ、爪を光らせながら飛び掛かる。
とどめを刺しにかかったのだ。
だが、その前に立ちはだかる者がいた。
繭と澪である。
「みゅーをいじめたらだめ!」
『弱いものいじめなの!』
「貴様等・・・何故化け物をかばう!」
おとしは殺気を殺さずに言い放つ。
あわよくば二人の命を奪おうかと言うほどにである。
だが、それはできなかった。
瑞佳が後ろから近づいてきたからである。
「おとしさん・・・どうして・・・・・・?」
「来るな!・・・こうするしかないのだ!」
瑞佳の言葉を聞くに耐えれず、おとしは繭と澪を押し放つと、勢いよく鉄の爪を振りかざした。
「おとしさん駄目!」
「うおおおおおおーーーーーーー!!!」
おとしは迷いと動揺から雄たけびをあげた。
まさにその腕が振り下ろされようとした時、
「それ以上は駄目だよ」
静かだが威圧感をともなった声が横合いから響いた。
いつの間にかそこには少年が立っていた。
いつものような笑顔は見せずに、無表情に立っている。
「僕は他人のすることに興味はないけど、これ以上のことは許さない」
「貴様・・・何者だ?」
おとしは自分がたじろいでいるのを感じた。
少年は殺気を発していないが、その細い体の奥底からとてつもない強大な力を感じた。
「憎しみに身をゆだねても安らぎはやってこない。どうして人はそれがわからないんだろう?」
「・・・・・・」
少年とおとしはそのまま見つめ合う。
しばらくすると、おとしは爪を懐にしまい振り向いて歩き出した。
ここは彼の居場所ではない。
「とどまることも時には大切なんだよ」
「今更生き方を変えるわけにもいかないんでな・・・」
少年とおとしの会話はそこまでであった。
しかし、瑞佳の横に来るとおとしはつぶやくように言った。
「あなたの待ち人を・・・必ず殺す」
「!?」
瑞佳は驚いておとしの顔を見ようとするが、その表情は足早その場を去ったの見ることはできなかった。
おとしの憎しみが消える日はいつなのか?




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なぜなにONE猫!
あー、久しぶりにかいたな。実はこれ1週間ぶりにかいてます。もしかしたら作風がかわってるかも?
ちびみずか「なんか、せりふがすくなくなってない?」
推理SSかいてたせいかな?よくわからないけど。さて、今回は幸せのおとしごさんが出演しました!
ちびみずか「おまたせしましたー!」
瑞佳様を希望された時にはやばいと思ったんだよね、実は(^^;もう空きがないの。そこを強引に挟む・・・芸術だね♪
ちびみずか「むのうっていうんだよ・・・」
今回伏線をはった感じだけど次回はいつ出演するか全く未定!大丈夫か?(^^)
ちびみずか「またこうかいするよ・・・」
何とかする(^^)さて・・・次回はPELSONAさんの出演!久々に浩平SIDEだ!
ちびみずか「たのしみにしててね♪」
それでは!
ちびみずか「さよならーーー♪」


次回ONE総里見八猫伝 彷徨の章 第十三幕「運命を変えし者 前編」ご期待下さい!



解説

おとし・・・幸せのおとしごさん希望。設定では家族を妖怪に殺され、妖怪を憎むようになった妖怪払い。昔はよい妖怪もいると信じていたが、考えを一転。妖怪を殺すうちに、妖怪の殺戮に喜びを感じるようになる。妻は瑞佳様似で、小春という名前。小春もおとしごさんのご希望。