ONE総里見八猫伝彷徨の章 第十一幕 投稿者: ニュー偽善者R
第十一幕「吸血鬼、再来 後編」


・・・・・おいで

・・・・・迎えに来たよ


『・・・?』
誰かのささやくような呼び声に澪は目を覚ました。
寝起きのはっきりしない視界で部屋の中を見回すが、聞こえるのは瑞佳と繭の静かな寝息だけである。
澪は首をかしげると、気のせいだと考え再び布団に潜り込み目を閉じる。

さあ・・・一緒に行こう

『誰なの?』
今度ははっきりと聞こえた。頭を上げると、いつの間にか枕元に男が立っていた。
真っ黒な外套を着込み整然と直立している。男は澪に手を差しのべてこう言った。
「来るんだ・・・」
『!?』
男が口を開いた瞬間、真っ赤に裂けた唇が露になりその鋭利な牙が剥き出しになる。
澪を恐怖が支配した。男が澪の体に手をかける。
澪は逃げようと体をよじらすが、全く力が入らなかった。
「ふふふ・・・ついに手に入れたぞ」
男がすくっと立ち上がり襖の前に立つと、音もなく勝手に襖が開いた。
座敷では桃太と凪が眠りについている。
『助けてなの!』
澪の声にならない思念が響く。
男はそんな澪に構うことなく桃太の横を通り過ぎた時、澪の思念が届いたのか桃太がうめき声を上げた。
「うう〜ん・・・・・・あ?誰だ、お前?」
「くっ、しまった・・・!」
「あっ!てめえ!」
男の右手に抱えられた澪を見て桃太は飛び起きた。
そうしている間にも男は足早に外へと飛び出した。
「くそー、おい!かまいたち!大変だぞ!」
『ぐうう・・・何だ、騒々しい・・・』
「澪がさらわれたぞ!」
『何っ!?』
桃太は凪を揺り起こすと、素早くチャクラムを掴み男の後に続く。
「どこだ!?」
月明かりの下、背中を向けて去る男の姿が見える。
桃太はチャクラムを男目がけて投げつけた。
「このっ!」
空を切り裂く鋭い戦輪は男の体を引き裂くか、と思われた。しかし、
男が外套を翻した瞬間、チャクラムは男を切り裂くことなく受け流された。
「ふふふ・・・この程度でわたしに勝とうというのか?」
「なめるなーーーっ!」
桃太は無謀にも拳を掲げて走り出した。
澪を抱えて右手がふさがり、左手のない男に反撃する手段はないはずだ。
『小僧!やめろ!』
後ろから凪の警告が飛ぶが、桃太は止まることを知らない。
桃太は全体重をかけて拳を突き出した。
「!?」
桃太の拳が男の顔面に達しようとした時、おぼろげな月明かりの中、男の瞳が妖しく赤く輝いた。
すると、桃太は魅入られたかのように動きを止めがっくりと膝をついてしまった。
「く、くそ・・・」
体が言うことを聞かず悔しげな表情を浮かべる桃太。
「ふははははははーーーーーーーっっっ!!!」
男は悠然に笑うとその背中に翼を広げた。
翼がはためき男の体が宙に浮かぶ。
『おのれっ!』
凪が打ち落とそうと駆け出すがすでに遅い。
男は澪を抱えたまま山の斜面の方へとふらつきながらも羽ばたいてしまった。
「澪ちゃん!」
一足遅れて瑞佳も外へと飛び出すが、その時には男は一つの点でしかなかった。
「そんな・・・!」
呆然と立ち尽くす瑞佳。あまりに突然なことに対処しきれていないのだ。
「まだ、あきらめるには早いぜ・・・」
『小僧、動けるのか?』
「何とかな。瑞佳さん、あの化け物の居所はわかるぜ」
「本当ですか!?」
「ああ、倒れる寸前に奴の衣に札を仕掛けておいたのさ。今ならまだ間に合う」
得意満面な笑みを浮かべる桃太。
しかし、時間は少ない。何としても彼らは澪を救い出さなければならなかった。


自分が住みかとしている暗い洞窟。
ここに澪をさらってきた男こと、パール三世は戻ってきていた。
「くくく・・・ははははーーーーーっ!手に入れた!ついに手に入れたぞ!」
腕の中で意識を失っている澪の顔の線をなでる。
そして、首をぐい、とのけぞらした。澪の白い肌と細い首が露になる。
「これで駄目だったら・・・」
パール三世の脳裏に嫌な考えが浮かぶが、それを振り払うかのように首を振った。
(ふっ・・・どちらにしてもわたしには道は残されていない)
ゆっくりとその牙を首筋に近づける。
まさに澪の柔肌に牙が触れようとしたその時、桃太の声が響き渡った。
「そこまでだ!その娘を離しな!」
「!?」
驚きいて振り返ると声の方向から一本のチャクラムが飛んできた。
パール三世は地を蹴り辛くもそれをかわした。
その隙に入り口から桃太が向かってくる。
横には凪も地を滑るように走る。
「かまいたち!お前はあの娘を!」
『任せろ!』
「うおおおぉぉぉーーーっ!」
「小賢しい!」
体勢を立て直したパール三世は迎え撃とうと悠然と構える。
そこに桃太はチャクラムの一本を振り上げた。
だが、パール三世は澪を抱えたままにやりと笑い、またも瞳を赤く輝かせた。
「同じ手は喰わないぜ!」
そう桃太が言い放ったのと同時にパール三世の背中に鋭い痛みが走った。
「か・・・はっ!」
先に放ったチャクラムが再び舞い戻り、パール三世の背中に突き刺さったのだ。
予想していなかった攻撃にパール三世の腕の力が抜ける。
『今だ!』
「ぬっ!しまった!」
そこを狙って凪が澪の体を力ずくで奪い返す。
パール三世の表情に初めて余裕が消えた。
「貴様等・・・許さぬぞ!」
「へっ、そんなぼろぼろの体で何ができるんだ。かまいたち、手を出すなよ」
『小僧!何を考えている!』
凪の言葉に構うことなく桃太はパール三世と向かい合う。
本気なのだ。
「自ら死を選ぶとはな・・・後悔するぞ」
「死ぬのはお前だ!」
チャクラムをかかげ桃太が間合いを詰める。
対するパール三世は背中に突き刺さったチャクラムを、痛みで顔をしかめながらも抜き放つ。そして、それを桃田めがけて投げた。
「ちっ!俺の獲物を!」
一直線に向かって来るチャクラムをかかげたチャクラムで弾く桃太。
しかし、そのわずかな一瞬に桃太の体が開いた。それがパール三世の狙いだった。
右手に残る爪を光らせ桃太に飛びかかる。
「ぐあああーーーーーっ!」
振りおろした爪が桃太の左肩に突き刺さる。
「ふふふ・・・」
パール三世の爪の合間からは真っ赤な鮮血が伝っている。
桃太は肩をがっしりと掴まれ動くことができない。
「終わりだな・・・」
パール三世はその牙を剥き出しにしてかみつこうとした。
凪は助けにかかりに走り出そうとした。
だが、桃太は恐怖に叫ぶでもなく、助けを呼ぶでもなくにやりと笑った。
「どうして俺達がここにいるかわかるか?」
「何?貴様まさか!」
パール三世は危険を感じ桃太から離れようとした。
しかし、逆に桃太がパール三世の腕をつかみ逃がさない。
「札を仕掛けたんだよ・・・・・消えな!化け物!破っ!」
桃太が喝を入れた瞬間、外套に隠し張られた。護符が輝いた。
「ぐおおおおおおーーーーーーーっっっ!!!」
その光をまともに浴びたパール三世は苦しみの声を上げ、桃太を強引に引きはがすと入り口の方へと走った。
「逃がすな!」
桃太の声に凪が反応するが一瞬早くパール三世が外へと飛び出した。
「まだ・・・死ぬわけには・・・」
パール三世が翼を広げ逃げようとしたが、入り口の目の前に一人の人影が立ちはだかった。遅れて駆けつけた瑞佳である。
「逃がさないもん!」
「!?」
取り出した護符をパール三世の胸へと押しつける瑞佳。
「うがああああーーーーーっっっ!!!」
さすがのパール三世も力尽き地に倒れ伏した。
苦しみにもだえる中、夜空に輝く満月に手を伸ばすパール三世。
まるでそれを掴もうかというように。
「わたしは・・・わたしは人に・・・」
その言葉を最後にパール三世の動きが止まる。
そして、急速にその体は渇き、崩壊していく。
一分もしないうちに灰へと変わり果てた。
「倒したか・・・」
桃太がよろめきながらも洞窟から出てきた。
その手には澪がしっかりと抱かれている。
そして、瑞佳は残った灰を手にしながら悲しそうな瞳でそれを見つめた。
「とても悲しい目をしてた・・・何を求めていたんだろう・・・?」
しかし、パール三世が滅んだ今、それに答える者はいない。


翌日。澪を救い出し村へと帰還した瑞佳達は、早々に旅立とうとしていた。
桃太は見送りに立っている。
「あんた達といれば妖怪にいくらでも出会えるんだがな。惜しいがあきらめるよ」
肩の傷が思ったよりひどい桃太はしばらくこの村で静養することになった。
「あきらめるなよ。あんたの思い人も必ず見つかるからよ」
「そ、そんなんじゃないもん」
瑞佳は思いっきりどもりながらも否定する。
そんな様子に桃太は笑いを押さえ切れない。
「ははは、ま。達者でな」
『また会うのなの』
「みゅ〜!」
『命を無駄にするなよ』
そして、瑞佳達は歩き始めた。浩平との再会のために。




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なぜなにONE猫!
いかがでしたでしょうか?もももさんの希望によりかっこよくいったつもりですけど、うーん、まあまあかな。死に役となったパルさんごめんなさい(^^;設定では左腕があれば勝っていたという感じなんです。
ちびみずか「ねえ、ところでさいきんいちわがみじかくない?」
ぐあっ。それをいっちゃだめなのだよ(^^;ネタないんだから。主軸の話以外は数稼ぎだと思ってください(^^;
ちびみずか「またにげる〜」
かまうな。さて、次回も瑞佳様達の話。
ちびみずか「あれ?こうへいたちのはなしは?」
大丈夫だって。実は瑞佳様希望の作家さんの話を終わらせてしまおうなんてことはないから。
ちびみずか「あるんだね・・・」
いや、だって初めのころの希望は茜に集中したからさ・・・。主軸はそっちで考えたから。
ちびみずか「しつれいだよ」
うーん。やっぱり(^^;ま、このように苦しみまくってるONEですが。次回は幸せのおとしごさんの出演!それでは!
ちびみずか「さよなら〜〜〜!」


次回ONE総里見八猫伝 彷徨の章 第十二幕「恋と殺意の狭間」ご期待下さい!


解説


パール三世その2・・・再び登場のパルさん希望の西洋妖怪。本編ではいい思いをしていなかったが、作者としてはけっこうお気に入りの設定であった。魔物の血を呪う、これは本編で目指す人と妖怪の共存につながるテーマである。しかし、それをあえて達成させることがなかったのは現実の過酷さを引き出すため。良い終わりばかりではないのが作者の思想。