ONE総里見八猫伝彷徨の章 第八幕 投稿者: ニュー偽善者R
第八幕「花園」


さわやかな日差しが雪がうっすらと降り積もった地面を鮮やかに照らしている。
しかし、そんな何げない美しさも今朝の浩平にはどうでもよかった。
したり顔で後をついてくるみけが原因である。
「おい、くそ猫」
「何だくそ坊主」
「この野郎・・・」
生意気な口調に思わず拳を握りしめる浩平。
茜は場を和まそうとみけに質問をした。
「・・・あの木のたもとで何をやっていたんですか?」
「えへへ、実は腹が空いたもので何かおこぼれでもと・・・」
みけの茜に対する態度は一変する。どうやら茜には心を許したようだ。
「誰かに飼われてたのですか?」
「主人が少し前に召されてからずっと一人です」
「そうですか・・・」
顔を曇らせ茜はみけの背中を一撫でする。
みけは茜にしか触ることを許さない。浩平が触ろうとした時等、大喧嘩を起こして浩平はしこたま爪で引っかかれた。
浩平とみけの間の溝は決定的である。
茜が争いを好まないので、何とか均衡は保たれていた。
「そういえばみけ、お前ここらに住んで長いのか?」
「ああ、それなりにな。でも、昔はよく放浪の旅をしたものだ」
人間くさく遠い目をするみけ。
どうもみけは人間と長く暮らしたせいか、人間の情が強いらしい。その姿との差から余計かわいいのだ、と茜は言っている。
「これどこのものかわかるか?」
浩平は懐から自分をつなげる手がかりである櫛と鈴を取り出した。
みけは浩平の肩に飛びつきそれをじっと見つめる。
「ふうむ・・・」
「何で俺の肩にのるんだよ・・・」
「けちけちすんな。櫛はそこらの市で出回ってるものだな。特に珍しくもない。で、鈴の方だが・・・」
「何かあるのか?」
期待を込めて浩平はみけの言葉を待つ。
「こいつは何かしらの念が込められてるぜ。まあ、どんな念かはわからないけどな」
「浩平の記憶に関係するのでしょうか・・・?」
茜が割り込み自分も鈴を見つめて言った。
茜の言葉にみけが不思議そうに反応した。
「記憶?どういうことですか?」
「浩平は記憶喪失なんです・・・」
「すごいだろ」
何がすごいのかどうかはわからないが、浩平は胸を張って威張る。
「へ、どうせお前のことだから単に記憶力が悪いだけじゃないのか?」
「てめえ・・・殺す」
髭を揺らしながら笑うみけの首を浩平は締め上げる。
たまらずみけは悲鳴をあげた。
「ぐああ・・・死ぬ、死ぬ!」
「・・・浩平、いけません!」
「ちっ、許してやるか」
「はあ、はあ、はあ・・・てめえ本気だったろ!」
「当たり前だ」
「殺す!」
こうして一人と一匹の喧嘩は続くのである。


浩平達は北陸道を南に下っていた。
当面の目的は浩平の記憶を取り戻すことだったが、櫛の出所がわからない以上次は鈴の念の正体を確かめるしかない。
それに関してはみけに提案があった。
「俺の知り合いにさ、何でも詳しい奴がいるんだよ。妖怪のことだけでなく人間のこともな。もしかしたら記憶を取り戻す方法を知っているかもな」
「どこにいるんだそいつ?」
「伊豆だ」
「何だよ逆戻りかよ」
伊豆はちょうど越後の南に位置している。
常陸から直接下れば同じぐらいの時間で行けたことになる
とにもかくにも、これで新たな望みができた。
浩平達の進路は伊豆になった。
「ん?何だこの音は」
一行が峠を歩いていた時のことである。浩平は前方から川の流れる音を聞いた。
ちょうど峠の急な曲がり角を曲がると、急斜面の山間に濁流があるのが見えた。
不思議なことにその激しい流れからは水靄ならぬ、蒸気が出ているのがわかる。
「水じゃないのか?」
浩平が疑問を口にすると、みけが物知り顔で説明を始める。
「ふふん、ここは湯脈なんだよ。そこから吹き出したお湯が川となってるんだ」
「・・・入れるんですか?」
「もちろん!もう少し下れば手を加えて作った湯溜りがありますよ」
口調をころころ変えてみけは説明するが、ここで浩平にあるひらめきが思いついた。
「茜、疲れてないか?」
「・・・疲れてません」
「そうだろう、長いこと歩いてきたからな、って何!?」
綿密な計画を立てたらしい浩平だが、出だしからつまずいてしまった。
「い、いや・・・こう汗を流したいな〜、とか思ったりしてないか?」
「・・・してません」
「く・・・」
取りつくしまのない茜に浩平は攻略に悩んだ。
みけは苦しむ浩平を見て愉快そうに髭を揺らす。
「馬鹿だね〜。茜さんの入浴でも覗こうと考えたんだろ?」
「何ぃ〜!そんなこと考えるわけにはいかないだろう!俺は純粋にだなぁ・・・」
「・・・いいですよ」
「「え?」」
茜の意外な言葉に一人の男と一匹の雄が口をそろえた。
「・・・体もほこりぽいし、せっかくですから」
「「やった〜〜〜!」」
「・・・でも覗いたりしたら許しませんよ」
「「・・・・・・」」
喜び合う浩平とみけだが、鋭さを帯びた茜の視線と言葉に動きを止めた。



「ふう・・・」
湯煙の中うっすらと白い肌が見える。
岩で囲んだ露天風呂に茜は肩までつかっている。
「・・・気持ちいいです」
湯加減は熱目だったが、冬の冷気にあてられた体にはちょうどよかった。
目を閉じてぼーっとする茜。今は何も考える気がしない。
(・・・このまま溶けてしまいたい)
そうすれば茜は全てから開放され、楽になれるだろう。
しかし、これも一時の安らぎにしか過ぎないのだ。


「・・・おい、くそ猫」
「・・・何だ、くそ坊主」
「どうしてもどかないつもりか?」
「当たり前だ」
露天風呂から離れた所で浩平とみけが向かい合っている。
ここからでは茜の入浴は見えない。
何故二人が対立しているかと言うと
((絶対こいつには覗かせない!))
一人と一匹は牽制しつつも、一方でこんなことも考えていた。
((何とか出し抜く!))
所詮、彼らも男である。
だが、茜に浩平とみけ以上の欲情を持つ者の魔の手が迫ろうとしていた。


女だ・・・かぐわしき女の匂い

まさに求めていたものはこれだ

我が花園にふさわしい・・・・・・



「・・・?」
砂利を踏み締める音が茜の耳に入った。
同時に何者かの視線。
「・・・誰ですか!?」
茜は手で身を隠した。浩平とみけとは違う。
彼らは牽制し合っているのは茜には予想がついていた。
何よりもこの視線は理性を失った獣の視線だ。
そして、その持ち主は現れた。
「ふふふ、湯加減はどうだい?娘さん。俺の名はけだもの。そう警戒しなさんな」
岩場から一人の男が現れた。ほころびの目立つ着物を着ている。
そして、その身から発するのは人間のものではない。
「・・・来ないで下さい!」
「そういうわけにはいかないのさ、あなたのような美しい方は俺の花園にこそふさわしい。さあ、俺とともにいらっしゃい!」
「・・・嫌です」
「ぐあ・・・」
間髪入れず茜の拒否。
「まあいい、こうなれば力ずくでも・・・」
「助けて下さい!浩平!みけ!」
茜の叫びが山間に響いた。


「はっ!?この声は!」
「おい、くそ坊主!茜さんが危ないぞ!」
「行くぞ、くそ猫!」
「おう!」
闇雲を掴み浩平は走り出す。みけは先に浩平の前を走る。
一人と一匹の思いは一致していた。
((茜(さん)を助ける!)
濡れた岩場を全力で走り露天風呂へと駆けつける浩平とみけ、そこには囲いぎりぎりまで後退する茜と、いやらしい笑いを浮かべ近づくけだものがいた。
「てめえーっ!茜に何しやがる!」
「むっ!仲間がいたのか!?」
闇雲を抜き放ちけだものへと飛びかかる浩平。
湯へと飛び込み、飛沫を上げながらも浩平は剣を払った。
「甘い、甘い!」
それはわずかに遅くけだものは後ろに飛んでそれをかわした。
「けだもの!お前性懲りもなく!」
みけはけだものの姿を見て声を上げた。
どうやら知っているようだ。
「ほお、猫又か。こんな所で会うとは奇遇だな。しかし、今はそれどころではないのだ」
湯から飛び上がり岩場へと着地するけだもの。次に背をかがめるとけだものの体に変化が起きた。
「ぐおおおおおーーーーーーっ!」
けだものの全身がびっしりと体毛に覆われ、まさに獣と化していく。
その瞳は理性を失い凶暴なものに変わっていった。

ぐるるる・・・

足場の悪い岩場を跳躍し爪を光らせるけだもの。
「ぐっ・・・」
それをかわそうとした浩平だが足を滑らせてしまい、胸をかすめた。
赤いものが浩平の視界に散る。けだものはそのまま川下の方へと走り逃走した。
「ちっ、逃がしたか・・・」
闇雲を収め悔しげな顔をする浩平。それはみけも同じ思いだった。
「おい、どうして倒さなかったんだよ?あいつはしつこいからまた襲ってくるぞ」
「ふむ・・・」
考え込む浩平だが、ふと風呂の方を見ると茜が怒りを露にしていた。
「・・・早く離れて下さい!」
同時に手近にあった石を投げつけた。
「ぐあ・・・なかなかいい当たりだぞ茜・・・」
見事顔面に命中し、浩平は昏倒した。


茜も着替え終わり、浩平達はけだものの対策をしていた。
それほど大きな危害というわけではないが、浩平とみけは妥協を許さなかった。
なぜなら彼らがけだものに抱いた憎しみの動機、それは
((茜(さん)に手を出そうとは不届きな!))
不純である。
そして、浩平はけだものを退治する策を一つ考えついた。
「おい、耳を貸せ」
「何だ?」
「・・・?」
嫌に浩平とみけが結託しているのを見て、茜は不思議な気分におちっていた。


(あんな美しい人間は見たことがない。ふっ、やはりあの娘が我が大いなる野望、女の花園に組するのがふさわしい・・・しかし、あの坊主と猫又はやっかいだな・・・)
けだものは人間の姿で森をうろついていた。
実の所、浩平には勝てないことを彼は実感していた。
先ほどは環境に救われたが、次は命の保証はない。
ぶつくさ言いながら茂みを進んでいると、けだもの視界にあるものが写った。
(おおっ!)
何と前方の開けた土地に茜が一人で佇んでいた。
(今しかない!)
女のこととなると理性の働かないけだものには罠と言う単語は思いつかないのだ。

ぐるるるる・・・

獣へと身をやつし、けだものが飛び出した。
そして、ものすごい勢いで茜の元に駆け寄りその体を抱きかかえようとした。
しかし、茜のものとは全く違う声が響く。
「残念でした!」

・・・?

急に掴むものがなくなり、けだものは足を止めた。
その眼前に変身を解いたみけが地に降り立っていた。
みけが茜の姿とんまり、囮となったのだ。
けだものの表情に驚愕と恐怖が浮かび上がる。
「茜に手を出した罪は重いぜ・・・」
後ろから殺気のこもった声が響きけだものは振り返る。
そこには闇雲を構えた浩平が立っていた。
そして、中段に置かれた位置から鋭い突きが繰り出された。

ぐおおおおあああああーーーーーーっっっ!!!

断末魔の声を上げ、のたうち回るけだもの。
その獣の姿から人間へと戻っていく。
「く、く・・・俺はお前等に負けたわけじゃないぜ・・・ただあの娘の美しさに目がくらんだばっかりに・・・ふっ、俺の花園に来れば幸せになれたものを・・・」
「・・・絶対なりません」
身を隠していた茜が現れ、とどめの一言を浴びせる。
「ぐあ・・・ま、いい夢見させてもらったぜ」
それを最後にけだものの姿はかき消えた。
「うーむ。気持ちはわからんでもないが、茜に手を出すには十年早かったな」
「百年ぐらいじゃないか?」
冗談なのか本気なのかわからない口調で浩平とみけは言い合った。
彼らの心にわからんでもないという、けだものに対する同情がかすかにあった。




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なぜなにONE猫!
今回はギャグ風だぜ!
ちびみずか「べつのさくひんみたい・・・」
へっ、所詮俺の作品は数だけさ・・・
ちびみずか「じじつだよ」
いうなーーーーーーーっっっ!!!俺だって、血へどはいて頑張ってんだーーーーーっっっ!!!がるるるるる・・・・(けだもの化)

ピ、ポ、パ・・・

ちびみずか「あっ、ほけんじょのかたですか?こっちにやじゅうがいっぴきいるのでたいじしてください。おねがいしまーす」

数分後・・・

保健所の人「ほれ、おとなしくしろ!」
ぐあーーーっ!やめろ!俺は人間だーーーっ!

バタン!

ちびみずか「というわけでさくしゃはほごされました。じかいはななせおねえちゃんのおはなし!それではさよなら〜〜〜!」


次回ONE総里見八猫伝 彷徨の章 第九幕「襲撃、乙音寺」ご期待下さい!


解説

けだもの・・・いけだものさんご希望の妖怪。ハーレムを作るのが夢という軟派妖怪。人間のときはひたすら軟派、獣になると理性も知性もない。どうせならギャグ一本の方がよかったのかもしれない。話に合わせて何となく作者もけだもの化してみた。