ONE総里見八猫伝彷徨の章 第一幕 投稿者: ニュー偽善者R
第一幕「冬の出会い」


・・・冬は嫌い

・・・あいつが消えてしまったから

・・・雪のように消えてしまったあいつ

・・・帰ってくるかどうかもわからないあいつ

・・・それでもわたしは待ち続ける


「・・・寒い」
川へ水を汲みに行こうと、茜は外に出た。
その瞬間、身を切るような冷たい風が駆け抜け茜は身を寄せた。
息を吐くとそれは真っ白である。
水汲みに向かうのは川上の上流に値する谷間の渓流だ。
そして、水汲みのついでにいつもの場所に向かうのである。
(・・・雪が降りそう)
重い灰色の雲がかかった空を見て茜は思った。
まだまだこれから寒くなる。渓流に達すると桶に水を汲む。
ふと上流の方を見ると、川岸に何かが引っかかっているのが見えた。
ここからでは距離があるので、特定できないが何か黒い着物のように見える。
「・・・・・」
茜はちょっと考えて桶を置くと、そちらの方に向かった。
近づいてみるとそれは岸に打ち上げられた人であることがわかった。
それを遠目で確認した茜は急いで走り出した。
川の水は冷たい。もしかしたら凍死しているかもしれない。
冷たい水にくるぶしをつかりながらも、茜は男の体を岸まで引き上げた。
女の身にとってそれは重労働である。
「大丈夫ですか?」
呼びかけるものの返事はない。それでも、胸が上下しているので生きてはいるようだ。
しかし、顔色は真っ青で唇はすでに青い。
不思議なことにその体は火傷や爪痕で傷だらけである。
男は茜と年の変わらない少年である。
「これは・・・?」
その時茜は男が手に一振りの抜き身の剣をしっかりと握っているのに気付いた。
意識を失ってなお大事なものなのだろうか。
茜は剣を不思議な感慨に捕らわれながら、じっと見つめた。
剣から受けた印象は、何か懐かしいものを感じた。
どこかで同じ感じを受けた気がする。
「・・・どうしましょう」
剣のことを考えるのはやめて、茜は男の処置に悩んだ。
このまま放置するわけにもいかない。仕方なく茜は自分の小屋に運ぶことにした。


『お兄ちゃんきょうも川で遊ぶの?』

懐かしい声。誰の声だろう?

『ああ、きょうはでっかいのを釣るんだ!』

これはぼくの声だ。まだあどけない無邪気な声。

『お母さんが流されたらたいへんだから、だめだって』

『なにぃーっ!ぼくがそんなまぬけなことするわけないだろ!だからいくぞ!』

『えっ?わたしも?』

『あたりまえだ。ほらいくぞ』

『ひっぱらないでよー』


懐かしい日々。いつのころだったろう・・・?


「うう・・・」
浩平は体につきまとう倦怠感と共に意識を目覚めた。頭がずきずきと痛む。
「ここは・・・?」
浩平は辺りを見回すとそこは見知らぬ部屋だった。
まだ意識がはっきりとせず、事態が掴めないが意識がはっきりするごとに浩平はある違和感に気付いた。
「・・・起きましたか?」
声の方を向くと、襖を半分ほど開き一人の少女が顔を覗かせていた。
「・・・これに着替えてください。話は後で聞きます」
見知らぬ少女に着物を差し出され、それを受け取る浩平。
袈裟が濡れているせいで、布団を濡らしてしまっていた。
どうやら男の着物を脱がすのはためらわれたらしい。
浩平は何がよくわからずぼーっ、としていたが、とりあえず着替えることにした。
「着物ありがとう」
着替え終わり座敷の方に来ると。少女が正座をして待っていた。
「えーと、まず何から話せばいいのかな?」
「・・・名前は?」
「折原・・・浩平だと思う」
「・・・だと思う?」
浩平の不思議な言い回しに少女はきょとんとしたが、自分も自己紹介をした。
「・・・わたしは里村茜です」
「そうか、よろしく。ところで早速なんだが、俺何者なんだ?」
「は?」
茜は浩平の質問の目を白黒させた。知りたいのはこっちの方だ。
「実はな・・・名前しか思い出せないんだ。自分が何者かもわからないんだ」
浩平の違和感。その正体がこれであった。
「・・・つまり、記憶がないんですね」
「そうらしい」
冗談にしか思えない台詞だったが、茜はそれを信じた。
なぜなら浩平の表情は嘘が混ざっていなかったからである。
困った表情もないが。記憶喪失になって動揺しない人間等浩平ぐらいのものだろう。
「ここはどこなんだ?」
「・・・常陸の山奥です」
「うーん、俺の居場所はここじゃない気がする」
漠然とした感じなので、断定はできないが浩平はそう判断した。
事実、浩平は遠い肥後の地で火口に呑み込まれたはずである。
それが何故こんな所にいるのか?そして、月日もあの時から長い時間が流れている。
当人の浩平に記憶がないのだから真実は掴めない。
「・・・この剣は覚えていますか?」
茜が脇に置いた剣を差し出した。浩平はそれを取り、じっくり眺める。
柄を握ると手にぴったりと吸いつくような感触がした。
「多分、俺はこれを使っていたんだろうけど・・・駄目だ、何も思い出せない」
「・・・そうですか。とりあえず今はゆっくり休んでください。まだ傷は癒えてませんから」
「ありがとう」
浩平は茜の言葉に従うことにした。茜に迷惑をかけるわけにはいかないが、今のまま行動してもしょうがない。その性格には落ち込むという言葉は存在していなかった。


「ふあ〜あ・・・」
大きなあくびを上げて浩平は目覚めた。熟睡してすっきした気分である。
「ううむ・・・何か足りない感じがする。誰かにいつもは起こされてたような・・・?」
考え込む浩平だが、やはり何も思い出せない。
浩平は伸びを一つすると床を出た。
「あれ・・・?どこいったんだろう」
座敷には茜の姿はない。一応、土間の方も見るが見つからない。
浩平は家にいてもしょうがないので外に出ることにした。
「うっ、寒い」
戸を開けると冷たい風が吹きつけてきた。
浩平はそれに耐えながらも外へと足を踏み出した。
茜の住んでいる小屋は、外界から隔離された山奥にぽつんと存在している。
近隣には村もあるのだが、茜はここで一人暮らしをしている。浩平は茜からそんな話を聞き、感心しながらも時折寂しさを見せる茜が気になった。
近くに川があることを思い出した浩平はそっちの方に行ってみることにした。


茜は上流の岸から少し離れた奥地に来ていた。そこは開けた野原になっていて、高く伸びた雑草やすすきが視界を覆っていた。
すでにその背丈は茜の口元にまで達している。
そしてその眼前に岩壁がそびえている。
「・・・・・・」
茜はそこで無言で立ち尽くしていた。目の前には不規則ながらも岩で囲まれた囲いがある。その中央はぽっかりと大穴を開けていた。
「・・・」
茜はぽつりとつぶやいた。穴はまるで闇そのもののように、真っ暗で底が見えない。
「お〜い、茜〜」
「・・・?」
草を擦らせながら浩平がこちらにやってくる。
どうして居場所がわかったのが不思議だが、茜は浩平の方を向いた。
「茜、こんなところで何やってるんだ?」
「・・・・・」
茜は答えない。と、言うよりもどう答えていいかわからなかった。
それを浩平は勘違いをした。
「あれ?茜じゃなかったっけ?」
「・・・あってます」
「そうだよな。昨日聞いたばかりだし」
「・・・浩平」
「何だ」
今度は茜の方から遠慮がちに口を開いた。
「・・・この穴には見覚えがありますか?」
「いや、全然。にしてもずいぶん深い穴だな」
その答えに茜はちょっと残念そうな表情を見せたが、すぐに元の表情に戻った。
「・・・帰りましょう。ここは寒いです」
「そうだな」
さっさと歩き出す茜だが、浩平は穴のことが気になりそちらの方を見た。
(この闇・・・どこかで)
浩平の脳裏に火口へと落ちる瞬間見た闇が浮かんだ。
浩平は立ち止まり記憶をたどるがそれ以上は思い出せなかった。


・・・この匂い。憎きあの剣の匂い

・・・壊さなくては

・・・しかし、我らの力では太刀打ちできんぞ

・・・案ずるな。剣を持っていない小僧一匹ものの数ではない

闇っでうごめく妖魔達の声。それらは凝縮し一つの形となろうとしていた。


「・・・浩平、これからどうするつもりですか?」
「さあな、でもこれ以上ここにいるわけにもいかないし、旅にでも出るさ」
夜、囲炉裏を囲みながら浩平と茜が今後について話している。
傷は完全には癒えていないが、動くには差し支えがない。
浩平は明日にでも旅立つつもりであった。
「・・・実はわたしも・・・」
茜がそう口を開きかけた時である。浩平の脇に置かれた闇雲が鳴動し始めた。
浩平は無意識の内にそれを掴んだ。
「・・・何か来る!」
「・・・?」
茜は事態を掴めないが、浩平は本能的に危険を察知して外に飛び出した。
冷たい夜の闇には静けさが目立った。しかし、その沈黙もすぐに破られた。

・・・壊せ

・・・砕け

・・・あの剣を

辺りから不気味な声が響き始める。そして、茂みの向こうから赤い瞳がいくつも光った。

・・・ぐるるるる

獣のうなり声。殺気を感じた浩平は闇雲を抜き放った。
同時に膨大な力が流れ込み、浩平の人格が変わる。
「・・・来やがれ、雑魚共が」
「・・・!?」
茜はその浩平の様子を見て驚愕した。
一方、浩平に敵意を向ける妖魔達はその正体を見せた。

・・・砕く

・・・壊す

・・・殺す

現れた妖魔は全て形の成していない魑魅魍魎ばかりであった。
取るに足らない相手だが、幾多に集まり強烈な妖気を発している。
そして、妖魔から空を切り裂く鋭い烈破がほとばしった。
「うっ・・・!」
鋭い風が右手の肉を切り裂き血がしたたる。
赤いものを見た瞬間、浩平の中で何かが弾けた。
「・・・・・・!」
無言のまま地を妖魔めがけて走る。突進してくる浩平に妖魔はいくつもの烈風を放つが、浩平はそれを喰らいながらも足を止めない。

・・・・・化け物か!?

「さあね・・・・・」
間合いを詰めた浩平が無情にも闇雲を振りおろした。

うおおおぉぉぉーーーっっっ!!!

閃光が一線し、妖魔の体は真っ黒なものを拡散して地に溶けいていった。
浩平がそれを見下ろしていると、後方で悲鳴が聞こえてきた。
「きゃーーーっ!」
「・・・!?」
悲鳴の方を見ると茜に気味の悪い、触手をうねらせた流動体の化け物が絡みついていた。茜の表情は恐怖で真っ青である。

・・・剣を離せ。さもなければこの娘の命はない。

茜を人質にする化け物だが、浩平の答えは。
「・・・勝手にしろ」

何っ・・・!?

化け物も予想を裏切られたらしく、動揺を見せた。

・・・おのれ、ならばなめるなよ

化け物は茜の体を締め上げようと、触手に力を込めた。
茜の細い体が悲鳴を上げた。しかし、その分化け物に隙が生じた。
「・・・喰らえっ!」
振りかぶり化け物に向かって闇雲を投げる浩平。
闇雲は導かれるように化け物の中心に突き刺さった。

ううううおおおおおおおおーーーーーっっっ!!!

「茜!」
化け物が茜を離した瞬間、浩平が走りだしその体を受け止める。
化け物は苦しみに身をよじらせながら大地に溶けていった。
「大丈夫か?」
「・・・ひどいです」
非難の目が浩平に向けられる。
「すまない・・・剣を抜いた瞬間、自分が自分でなくなった気がして」
「・・・わかっています」
「え・・・?」
茜は立ち上がると、背を向け小屋に戻り始めた。
だが、急に立ち止まると浩平に向かって言った。
「・・・わたしも旅についていきます」
「何だって!?」
茜の意外な言葉に浩平は驚いた。茜はそのまま何事もなかったかのように中に入ってしまった。浩平は旅立ちの思わぬ付き添いに戸惑うばかりであった・・・・・・・・。





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なぜなにONE猫!
さ〜て始まりました彷徨の章!浩平は記憶喪失だわ、茜が出るわ、もうめちゃくちゃ!
ちびみずか「ごういんだね」
しかも茜の台詞は気になるしね。
ちびみずか「なんのこといってるの?」
まあ、茜だけにほとんどの人は気付いてるだろうな。今はあえて伏せるけど。
ちびみずか「ふーん」
さて、二部ではメンバーがガラッと変わります。おかげで、瑞佳様達の出番が(TーT)
ちびみずか「かきわけようよ〜」
無理(^^;その他のにもSS作家さんも続々出演します!
ちびみずか「どんどんでるんだよ」
その通り。それでは強引な展開ながらも始まりました彷徨の章!それでは!
ちびみずか「さよなら〜〜〜!」


次回ONE総里見八猫伝 彷徨の章 第二幕「旅立ち、再び」ご期待下さい!


解説・・・しょっぱなからなし!

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