ONE総里見八猫伝大蛇の章 第三三幕 投稿者: ニュー偽善者R
第三三幕「待ち人」


「うそ・・・だよね?」
瑞佳は七瀬の言葉を聞いて、言葉を失った。
信じられない。
しかし、七瀬や凪達の沈痛な表情が事実を肯定していた。
「どうして・・・」
瑞佳は驚愕して膝をがっくりとつけた。頭を上げることができない。
あまりの衝撃に瑞佳は泣くこともできない。
浩平が火口へと落ちた。
この一言が瑞佳に絶望をもたらしたのだ。
「ごめん・・・」
七瀬はそう言うことしかできなかった。もちろん七瀬が悪いわけではない。
しかし、瑞佳を見るとそう言わずにはいられなかった。もちろんそれは凪達にも言える。
誰もがなぐさめの言葉をかけることができないでいる。
つと、瑞佳は突然立ち上がると奥へと走り出した。
「あ・・・」
七瀬は止めようとした手を、宙で止めて立ち尽くした。
大蛇退治から出雲を出て、一人欠けるものの帰還するのにすでに数週間が過ぎようとしている。火口付近を探し回っても、浩平の姿は見つかろうはずがなかった。
返り道の行軍は皆無口であった。


「浩平・・・ほんとに死んじゃったの?」
部屋に引きこもり、瑞佳は床にうずくまり泣きだす。
皆の前ではこらえていたものの、涙は関を切ったかのように流れ出した。
浩平が帰ってこない。事態は最悪の結果で瑞佳に訪れたのであった。
「つらいよぉ・・・・・」
身を引き裂かれるような悲しみ、それを初めて瑞佳は味わっていた。
涙は枯れることなく着物を濡らす。


「・・・長森さん」
部屋へと走る瑞佳を見て、住井がさびしそうに呟いた。
浩平達が旅立ってからの一カ月、住井は年が近いせいもあり瑞佳と会話をすることが多かった。
住井は女に馴れないながらも、飾らない瑞佳にどこか惹かれていた。
同時に浩平に対する劣情感は高まる一方であった。
嫉妬と言ってもいい。
瑞佳が浩平の話を楽しそうに話すのを、住井は複雑な気持ちで聞いていた。
(くそ・・・、俺って最低だ・・・)
住井は強い自己嫌悪に陥っていた。
悲しみに暮れる瑞佳は見るに耐えないが、浩平が消えたということに優越感を持ったのも事実である。
住井はそんな自分に気付き嫌になった。
一人になりたくなった住井はさりげなく皆から離れた。


「はあ・・・折原の馬鹿、何でこんなに悲しませるのよ・・・・・・」
月明かりの中、中庭で七瀬がたむろっていた。気分が鬱蒼としていらいらするばかりである。
「ご機嫌斜めのようだね」
離れた所から少年の声がかかった。屈託のない笑みを浮かべて近づいてくる。
「驚いたわね。駄世門宗のお偉い様が顔を出すなんて」
「君は赤月の者じゃないんだろう?所詮過去は過去さ」
「よく笑ってられるわね」
少年が笑みを崩さないのを見て、七瀬はますます機嫌が悪くなった。
「僕は彼が死んだとは思えないんだ。現に闇雲は生きているのだから」
「・・・生きている?」
「ま、あまり深く沈まないことだよ。案外ひょっこり帰ってくるかもよ」
本当にそうであったらいい、そう七瀬は思いながらその場を去る少年を見送った。
「はあ・・・」
溜め息をつきながら七瀬は夜空を見上げた。ちょうど少し欠けた月を雲が隠そうとしていた。七瀬はそろそろ戻ろうと考えたところに、気配を感じた。よく知る気配である。
「飛主・・・?」
「左様で・・・」
振り返ると、そこには茂みから姿を現した飛主がいた。傷もすっかり癒え、動けるようになったのである。
「一体どうしたの?」
「これを・・・」
飛主はそれだけ言って、七瀬にあるものを差し出した。それは鈴であった。わずかだが、チリチリと鳴いている。
「これは・・・!?」
その鈴は浩平の鈴と対になったものである。
「小僧はまだ生きていますよ」
飛主が上機嫌に言った。鈴の共鳴、それは浩平の鈴がいまだ存在していることを意味していた。
「・・・折原の馬鹿!生きてるんなら、帰って来なさいよ!」
悪態をつきながらも七瀬の表情は喜々としていた。


一方、本山の敷地を離れた山林を住井は散策していた。気分をまぎらわすことができず、ただひたすら辺りを回っている間にこんな所まで来たのだ。夜風は先ほどよりも、冷たくなっているが住井にとってはどうでもいいことであった。募るのは浩平に対する憎しみにも似た思いであった。
「俺・・・何やってるんだろうな」
浮かない気持ちで地面の小石を蹴り飛ばす。小石は辺りの木々に跳ね返りながら、茂みへと消える。ちょうど跳ね返る音が途切れた瞬間であった。

・・・こっちへこい

「!?」
何かの呼び声がどこからともなく響く。住井は身構えるが、人の気配はない。
それでも、呼び声はつづいた。

・・・こっちへこい・・・力を授けようぞ

「・・・・・・」
住井は迷いながらも森の奥へと分けいった。
何かに魅せられたかのように、住井は進む。そして、人の踏み込まないような奥地に朽ち果てた祠がひっそりと存在した。
住井はためらうことなく、その扉を開いた。
「これは・・・!?」
そこには結界を敷かれた陣の中央に、一振りの槍が突き刺さっていた。
槍身には細かな傷のある、古い槍である。

・・・我を抜け・・・・・そして、人の生き血をすするのだ

「俺は・・・」
住井は槍の誘いに逆らうことができなかった。
浩平への劣等感。それは力への魅力となっていたのだ。
結界は古いもので、住井が槍に触れても何の反応もなかった。
住井はゆっくりと槍を引き抜いた。

・・・我は荒矧

声の響きと共に、膨大んな力が流れ込んでくる。
住井の意識はだんだんと遠ざかっていった。


翌朝。本山では慌ただしく、瑞佳の浩平を探す旅の準備が行われた。
浩平が生きていると聞いた瑞佳は、泣き崩れた時とは別人のように顔色を変えた。
その表情には希望が満ちあふれている。
「気をつけなさいよ。妖怪だけでなく世の中には危ない男もいるからね」
「あはは、大丈夫だよ」
七瀬の本気とも冗談ともつかない言葉に、瑞佳は笑って答えた。
七瀬は鈴を瑞佳に渡し自分は同行しなかった。
赤月宗を裏切った自分が、一緒にいれば瑞佳にも危険が降りかかると判断したためだ。
結局、旅立つのは澪、繭、凪である。
「そういえば住井君の姿がないね」
「そういえば・・・?」
見送りに立つ氷上が辺りを見回すが、住井の姿はない。
「昨夜からいないな・・・」
氷上は言い知れぬ不安を感じたが、言葉には出さなかった。
「困ったことがあったら、その地の宗派に助けをかりるんだよ」
「うん。それじゃあ、行ってきます!」
『行ってくるの!』
「みゅーっ!」
『やれやれ・・・まるでお守りだな』
溜め息をつく凪だが、こうして彼らの新たな旅立ちは始まった・・・・・・・・。



大蛇の章 了



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なぜなにONE猫!
ふいー、やっと一部がおわったー。
ちびみずか「ながかったねー」
うんうん、ここまでくるのに何度血へど吐いたことか(TーT)
ちびみずか「たいへんだったね・・・」
うう・・・でも、まだまだ続く(TーT)さて・・・一体浩平はどうしたんだ!?という方々ご安心を。二部では初っぱなから浩平が登場!さらに、お待ちかねのあのヒロインも!
ちびみずか「え?おっきいわたしは?」
うーん、同時進行ということで(^^;けっこうきついけど。とりあえずSS作家さんの出演も本格的になります!それでは、心機一転(?)新たなONE猫第二部、彷徨の章まで!
ちびみずか「さよなら〜〜〜!」


次回ONE総里見八猫伝 彷徨の章 第一幕「冬の出会い」ご期待下さい!


解説

荒矧・・・あらはぎと読む。五武の対の一つで、槍の形状をとる。妖怪の命や魂を吸うのではなく、人の生き血を吸う。持ち主は住井護。