ONE総里見八猫伝大蛇の章 第二七幕 投稿者: ニュー偽善者R
第二七幕「血を恋う者」


まるで黒曜石のような漆黒の闇。空にかかる月は端が少し欠けている。その不安定さが、何か不気味なものを感じさせる夜のことであった・・・・・・・。


「はあ、はあ、はあ・・・ふ・・・ふっ・・・違う・・・・・・・・違う」
新緑に囲まれる林の中から、荒い息とともにつぶやきが聞こえる。
「こいつじゃない・・・わたしが求めるものは・・・・・・」
臨床にうずくまる黒い影。いや、それは身間違いだ、それは当時としては見ることのない真っ黒な外套であった。
「どこだ・・・?どこにいるのだ・・・?わたしの幸せは・・・・・・?」
外套を着込んだ男が体を起こした。そのだらりと下げた指の隙間から、闇の中でも目立つ真っ赤な鮮血が流れる。その手で男は顔を覆った。
「うおおおおおおーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」
木立を揺らし、獣達を震えさせて男は咆哮した。男が手を広げる。真っ赤に血で染まった顔。そして、真っ赤に裂けた唇から鋭い牙が覗いている。男の足元には元が何であったのか分別がつかない肉塊が転がっていた・・・・・・・・・。


「こほっ、こほっ・・・」
一軒の民家からかわいい咳をする音が聞こえる。
「大丈夫か?」
「うん・・・」
声の持ち主は瑞佳であった。宿を借りた寝床で、その瑞佳を浩平が覗き込んでいる。浩平達は道中とある村にやてきていた。まだ、昼下がりのことである。いつもならまだ進んでいるはずなのだが、今日は事情が違った。瑞佳が風邪をひいたのである。朝から調子が悪いので、なかなか頷かない瑞佳を浩平が強引に休ませているのだ。
「薬は・・・あるんだがどれが何なのかわからん」
「しっかりしてよ・・・」
「適当に混ぜてみるか?」
「・・・悪化するよ」
浩平は越中でもらった薬を与えようとしたのだが、どれがどれだか区別がつかない。
「村の外れに医者が住んでいる。そこで薬を聞けばええ」
困っている浩平に、家の持ち主の老夫婦の内、婆さんの方が襖を開いて言った。
「すいません。寝床まで借りて」
「気にせんでええ、じいさんなんか若い娘と過ごせてよろこんどるわ」
そう言って老婆は畑仕事に戻った。浩平は瑞佳に向きなおる。
「少しは自分のことも心配しろよ・・・逆に俺の方が心配だ」
「浩平がいつも心配かけるからだよ・・・目が離せないんだもん」
「そ、そうか・・・」
浩平はどうも調子が狂っていた。いつもなら適当に冗談を言って元気づけるのだが、みさきと出会って以来変に意識してしまう。二人の間に沈黙が流れる。浩平はなぜか照れる自分がわかり、それをごまかすために思い出したように声を上げた。
「そ、そうだ!薬のことを聞かなくちゃな!澪、いくぞ!」
座敷の方にいる澪に浩平が声をかけた。
『うんなの』
それに澪も答えた。
「じゃ、少し待ってろよ」
「・・・うん」
こうして浩平は澪と連れ立って村外れの医者の所に行くことになった。だが、浩平は慌てていたためか座敷に闇雲を置いたままにしていた。


老婆に指定された村外れの民家。その戸口の前に二人は立っていた。
「すいませーん!薬のことで聞きたいことがあるんですけどー!」
戸口を叩いて怒鳴るが返事はない。
『留守なの』
「そうとも限らないだろう」
浩平は窓から覗こうと思ったが、窓は見当たらない。
「いないのか・・・ちくしょっ!」

ガンッ!

浩平はいらだち戸口を蹴った。
「誰だ・・・?」
「うわっ!?」
そこにわずかに戸を開き家人が出てきた。姿どころか顔も見せない。浩平はそのことを気にかけるよりも、突然の応答に驚いた。
「あの・・・薬の効果がわからなくて・・・・・」
「・・・入りなさい。ただし、戸は全部開けないように、薬が痛むからな」
声の気配は奥に下がったようだ。
『蹴ったら駄目なの』
「すまん」
二人はそんなことを言い合っい、家人の言われた通りわずかに戸を開け、体をねじこませた。
「うわ・・・」
『真っ暗なの』
戸を閉めると本当に何も見えない闇だった。日の光は全くささずまるで夜のようである。目がなれず何も見えない。しかし、部屋の奥に居座る白い影だけが確認できた。話に聞く医者だろう。
「薬を見せてみなさい」
落ち着いた声で話しかける医者。浩平は足場に慣れないまま、薬を医者に差し出す。
「連れが風邪をひいたんですけど・・・」
「そうか・・・ふむふむ」
浩平は真っ暗な中、医者が薬を識別できることを不思議に思った。この暗さでは色も形も確認できないのではないだろうか?そして、だんだんと目が慣れてくると周りも何とか確認できるようになってきた。
「わっ!?」
浩平は目の前にいる医者を見て驚いた。包帯を顔まで全身に巻き、肌を全て隠している。
「そ、その布どうしたんですか?」
「ああ・・・ちょっと火傷の跡でね。見せたくないんだ」
「そうですか」
醜くただれているのだろうか?浩平は疑問を思いつつも、触れてはいけないのだろうと口をつぐんだ。そこに、澪が袖を引いてきた。
「どうした・・・?」
小声で浩平が応ずる。
『何か変なの』
「何がだ・・・?」
『あのお医者さん』
「まさか、妖怪だっていうのか・・・?」
『よくわかんないの』
自信がもてないのか澪は判断に困る。だが、浩平はその可能性をあまり信じていなかった。敵意を全く感じさせないし、村では何の被害もない。何よりも妖怪だからと言うだけで邪悪とは限らない。
「わかったぞ。これとこれは傷薬。後は風邪ならどれでも効く」
「ありがとう、お礼は・・・」
「いい」
医者は浩平に薬を渡して、短く答えた。
「帰るぞ澪」
二人は戸口をなるべく開かないようにして外に出た。一人残される医者。わずかな間の後、一人含み笑い始めた。
「ふふふ・・・見付けた・・・・・・見付けたぞ」
うれしそうに笑う口元が大きく開く。そこから鋭い牙が覗いていた。


夜。夜空には今日も不気味な月が架かっている。浩平達はすでに眠りについていた。瑞佳は薬が効いて幾分安らかな寝顔を見せている。
「お迎えに来たよ・・・」
家の前に真っ黒な外套を着た男が立っていた。男は懐から小さな包みを取り出した。

キィィィーーーン・・・!

「!?」
浩平は男の出現を闇雲の反応で気付いていた。体を起こし、闇雲を握ろうと手を伸ばそうとした。が、
「う・・・これは・・・!?」
どこからともなく甘い匂いが漂い始め、浩平はその香りにいざなわれ地に伏してしまった。少しして寝息まで聞こえ始める。
「ふふふ・・・どうかね?わたしの夜眠草は・・・」
いつの間にか男が座敷に上がり込み、浩平を見下ろしている。男は全身に包帯を巻いたあの医者だった。
「しかし・・・まさか闇雲を持つ者が現れるとはな・・・わたしにはどうでもいいことだが」
そうつぶやき浩平の横を過ぎると、男は澪の枕元に立つ。
「さあ・・・行こうか」
男が澪の体を抱きかかえる。そして、誰にも止められることがないまま外へと進む。外は相変わらずの闇が待ち構えている。しかし、男はそれを恍惚とした表情で迎える。
「ああ・・・いい夜だ。わたしは何て幸せなんだろう・・・・・・!」
男が風となり地を駆け出そうとした時、前方をふさぐ者が現れた。
「やっと見付けたよ。まさか彼らと一緒に出会うとは思ってなかったけどね」
「!?」
男は驚愕し足を止めた。男に立ちふさがった者。それは錫杖を構えた一人の少年、氷上だ。
「大陸より渡し、血をすする者。僕はあなたを断ちに来た」
「わたしを知っている者がいるとはな・・・」
「あなたぐらいの妖になると力を隠し切れないからね」
「やれやれ・・・やはり人間には成り切れぬものだな」
氷上がゆっくりと錫杖を構える。男は澪を抱きかかえながらも、外套を翻した。すろと、布で包まれた素顔が現れる。生気を感じさせない真っ白な肌。ぎらぎらと輝く眼光。そして、牙がむきだしになり真っ赤に裂けた唇。
「我が名はパール三世・・・貴様は?」
「仁塔(じんとう)を受け継ぎし者。氷上シュン」
「ほお・・・闇雲に続き珍しい者に出会った」
男は氷上の肩書を聞いて納得した。その隙のない立ち構えから氷上の強さを実感していたのだ。だが、それは氷上も同じである。
「いくよ・・・吸血鬼!」
氷上が仁塔を握ると青白い炎が、一瞬氷上を包んだ。次に氷上は仁塔を振りかざし、パール三世に打ちかかった。

バフウッ!

「!?」
振りおろした錫杖はパール三世に命中したかに思われた。しかし、パール三世が外套を翻すとそこに振りおろされた錫杖は何の手ごたえも感じない。
「ふはははははははっ!この程度かぁっ!」

シュパッ

「つっ!」
パール三世の爪が光り氷上の胸をかすめた。赤いものが飛び辺りにまき散る。さらにパール三世の猛攻は続く。まるで舞うかのように地を飛び跳ね氷上を撹乱する。氷上も錫杖を振り回すが、それは受け流されるのみ。
「その子を離せっ!」
「ふん、そうはいかん。我が求める道にこの者の血は欠かせないのだ!」
氷上が錫杖で薙ぎ払うが、それを宙に鮮やかに飛び後ろに回るパール三世。完全な死角である。
「もらったぁっ!」
パール三世は氷上の右肩を掴み、後ろに反らせる。そこに膝蹴りを突き出した。

ミシィッ!

「ぐ・・・あっ・・・」
背骨が軋みがっくりと膝をつく氷上。仁塔の柄を地に突き刺し、そのまま動かなくなる。パール三世はそれを見て悠然と笑った。
「そろそろおしまいか・・・?」
「一つだけ聞きたい・・・」
頭を下げたまま氷上がつぶやく。
「君の求める物は何だい?」
「ふふふ・・・死に行く者にはいい土産になるだろう。我が求める道、それは人への道」
「人・・・?人になりたいのかい?」
パール三世はそれにはうなずかず、言葉を続けた。
「人になりたいのではない・・・変わりたいのだ。この幸せをもたらす娘の血すすり、を我が魔性の血を変え、我が幸せを求める者に・・・・・・・少ししゃべり過ぎたな。死んでもらう」
パール三世は月光の元に爪を振りかざす。しかし、氷上は言葉を続けた。
「自らを変えるのに、血は必要ない。必要なのは・・・絆だ」
「!?」

ブフウッ!

氷上の全身から烈風が巻き立つ。パール三世は突然の異変に動きを止めたが、すぐに我に返り氷上に止めをさしにかかった。
「死ねっ!」
パール三世の鋭い爪が氷上を引き裂きいかかる。

ガツン!

しかし、それは錫杖によって簡単に受け止められる。
「く、くそっ!」
「君が変われる方法はいくらでもあった。でも、君のすることは殺戮にしか過ぎない。そして・・・君は血の味を知ってしまった」
氷上は言葉の次に、錫杖を振り上げパール三世の手を打ち払う。そして、よろけた所に錫杖を振りおろした。

バスウッ!

「うぐああああああーーーーーーーっっっ!!!」
パール三世の肩口に命中すろと、パール三世の左肩が黒い霧をまき散らしながら吹き飛ぶ。と、同時に抱えられていた澪が地面に倒れた。
『う・・・うん』
衝撃にうめく澪。その体にパール三世は残った右腕を差し出す。
「し、幸せ・・・わたしの幸せ・・・・・わたしはここで灰と化すわけにはいかないのだ!」
必死なパール三世の表情。氷上は感情を殺し、その心臓を狙って仁塔を突き出した。

バサアッ!

錫杖の柄がパール三世の心臓を貫く直前、大きくパール三世の背中から翼が飛び出した。
「ああ・・・今夜も月が綺麗だ・・・」
そう呟くと翼をはためかせ飛び立った。
「逃がしたか・・・」
横では澪が意識を目覚めさていた。氷上は澪の元に近づきしゃがみこむ。
『あなたは誰なの?一体何が・・・?』
「夢さ・・・全部夢なんだよ」
あやすように語りかける氷上。
『夢・・・なの』
その言葉にいざなわれ澪は再び眠りについた。氷上はその小柄な体を抱きかかえる。


翌朝。浩平達は薬の効果でぐっすり眠った後、目を覚ました。
「ふあ〜あ・・・」
「おはよう浩平」
大きなあくびをする浩平の横に瑞佳がいた。顔色もよく風邪も直ったようだ。
「元気になったんだな」
「うん、おかげさまで」
ふと浩平が横に目をやると澪がまだ寝ているのが見えた。そこで浩平はあることに気付く。
「あれ?昨夜何かあったような・・・?」
「どうしたの?考え事なんかして」
「ま、いいか」
「変なの」
血を求めた吸血鬼。その幸せへの願望はまだ終わったわけではない・・・・・・・。




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なぜなにONE猫!
第一回!SS作家さん出演作品いかがでしたでしょうか?今回はパール三世こと、パルさんが出演してくださいました!
ちびみずか「ありがとうございました〜〜〜!」
いきなり西洋妖怪と思いっきり時代とあわないじゃん!または、思いっきりうしとらじゃん!とお思いの方・・・図星です(^^;
ちびみずか「えいきょうされまくりだよ」
うーん、やっぱりもう少し練ればよかったかな?ほんとはもう少し出演させたかったんだけど・・・・申し訳ありません
ちびみずか「もうしわけありませーん!」
まあ、そんなわけで何とかSS作家さんを出演させることができましたが、以降も続々と出演します!
ちびみずか「なかにはレギュラーもいるかも?」
それは作家さんの希望設定次第!それでは!
ちびみずか「さよなら〜〜〜!」


次回ONE総里見八猫伝 大蛇の章 第二八幕「雁貫の継承者」ご期待下さい!


解説


パール三世・・・パルさん希望の妖怪。希望の設定では血を吸った妖怪の能力を吸い取ることができたが、生かし切れず。妖怪の生き血を狙うのは魔物に生まれた自分を変えたいから。そのために人を幸せにする座敷童の澪を狙った。本当はもっと蝙蝠に化けたりしたかったが断念。これ以降も登場の可能性あり。西洋の妖怪を用いるのは時代にそぐわないが、どうせ矛盾しまくってるからいいや、と作者は開き直りで承諾。

仁塔・・・氷上の持っている錫杖の名。詳しくは二九幕で明らかになるかもしれない。