ONE総里見八猫伝大蛇の章 第十三幕 投稿者: ニュー偽善者R
第十三幕「鈴の音の導かれて」


人が集まればそこは市になる。さまざまな人が物を求めて交流する。中にはいろいろな性状、生い立ちを持った者もいる。それらの人々は互いに惹かれ合うという・・・・・・。


浩平達は越後と越中の境に位置する市に来ていた。ただ、国境を越える通り道であったからで、特に目的はない。それでも人々の活気にあてられ、彼らの心は踊った。
「すごい人だね〜」
「まるで祭りみたいだな」
『あっ!飴が売ってるの!』
澪は飴売りを発見し、すかさず駆け出す。
「転ぶなよ〜!」
澪はそれに手を振って答えた。大丈夫ということらしい。
「あっ、浩平これかわいいね」
「あ?」
瑞佳が露店の店先にある櫛を指した。
「何だ、ただの櫛じゃないか」
「ただの櫛じゃないもん。かわいい櫛だよ」
瑞佳は櫛を手にとってそれを見つめる。櫛は薄黄色に染められ、桜の衣裳が施されている。凝った飾りではないが、その質素さが櫛の色に合っていた。
「坊主、安くしとくぞ」
店番のじいさんが声をかける。浩平は迷った。
(うーん、こいつには男を落とすという意識がないからな。いつも俺の世話ばかりで、自分の世話を忘れてる。心配だよ、とか言ってるが俺の方が心配だぞ。その意味では買ってやってもいいな。しかし、俺が贈るというのも何か恥ずかしいぞ・・・・・)
「浩平どうしたの?」
瑞佳は考え込む浩平に話しかけるが、浩平は反応しない。
「かわんのか?」
「おじいさんすいません。また今度・・・」
瑞佳が断ろうとした時、浩平が慌ててそれを止めた。
「買う!じいさんそれを買うぞ!」
「えっ?」
「毎度あり〜」
浩平は櫛を受け取ると、それをぶっきらぼうに瑞佳に差し出す。
「ほれ」
「いいの?」
「いいか!これはあまりにもお前が欲しそうな顔をしてたから、心の広すぎる俺が仕方なく買ってやったものだ!間違っても贈り物とかそういう類じゃないぞ!」
浩平は動揺したようにまくしたてる。
「うん・・・わかってるよ。浩平ありがとう」
「・・・・・・・」
満面の笑みを返す瑞佳に、気恥ずかしくなった浩平は何も言い返せなかった。
「と、ところで澪はどうしたんだ?」
話を変えようと声を出したが、その声はうわずっていた。
「あっ、そういえば」
瑞佳は顔色を変え、辺りを見回した。
「あっ、あそこだ」
瑞佳は通りに目立たない一角にある。何かの店先を指さした。そこの前で澪は一人で立っていた。
「何やってんだ?」
「行ってみようよ」
二人は澪の所に向かった。何かの店先だと思ったのは、間違いであった。澪の目の前にいるのは易者であった。
「澪、どうした?」
『占いなの』
「占い?」
浩平が問い返した時であった。

チリーン、チリーン・・・

編みがさを被り顔を隠した易者が手元の鈴を鳴らした。
「もし・・・」
易者から低くくぐもった声が発せられた。声色を変えているが、それは若い女の声であった。
「何か?」
「あなたは不思議な星の元に生まれてますね・・・」
易者は浩平を一目見て言い出した。
「あなたの進む所、数々の魑魅魍魎に襲われます・・・」
浩平は反論できなかった。
「そして・・・あなたには重大な使命がある・・・」
「それは・・・?」
浩平は無意識に問いかけていた。
「それはわかりません・・・しかし、宿命からは逃れることはできません」
「どういう意味だ」
易者はそれには答えず、浩平に鈴を差し出した。
「お守りです・・・」
浩平は何かに魅入られるようにそれに手をさしのべた。鈴が浩平の手に渡る。
「お気をつけて・・・」
浩平は何も答えずその場を去った。慌てて瑞佳と澪もそれを追う。しかし、彼らは気付かなかった。易者がわずかに見える口もとをゆがめたのを。
「見せてもらうわよ・・・まとめし者の力を」
浩平に危機が迫ろうとしていた・・・・・・・。

市を通過して、一気に国境を越えようと強行軍をする一行だが、予想外に山道は険しくすでに日が暮れてしまった。
「あ〜あ、今日も野宿か〜」
「市で宿をとればよかったね」
『疲れたの』
仕方なく一旦休憩を取ることにした。どっかりと間近な切り株に腰をすえる浩平だが、腰に下げた鈴がチリチリと鳴った。
「何か気に食わないんだよな〜、この鈴」
「どうして?いい音色だよ」
「そうかな〜・・・」

キィィィーーーン・・・

会話を遮るように、闇雲が鳴り出した。
「妖怪か!?」
浩平は闇雲を掴み立ち上がるが、浩平の前に現れたのは妖怪ではなかった。
「霧!?」
どこからともなく霧が沸き立ち、辺りを覆い隠そうとした。
「ちっ、めくらましか!」
浩平はそれを振り払おうと、手を払った。しかし、

ドンッ!

「何っ!?」
上から何かが覆いかぶさるような感覚。浩平は地べたに押しつけられた。
「ふざけんなよ・・・」
両肘を伸ばして立ち上がろうとするが、ものすごい力で起き上がることができない。押さえつける正体の姿は見えず、ただ圧力が加わるのみであった。
「瑞佳・・・!結界を張って隠れていろ・・・!」
「う、うん」
浩平はそれだけ言うのが精一杯であった。

カシャカシャカシャ!

何かがはいずり回る音。それも巨大な何かが。霧に阻まれ何も見えない方向から悲鳴が響き渡った。
「きゃあああああーーーっ!」

キシャアアアッッッ!!!

瑞佳の悲鳴と、妖怪の雄たけび。浩平は無意識に叫んだ。
「瑞佳ーーーっっっ!!!」
浩平は闇雲を強く握り直した。そしてただ一つのことだけを思った。
(動け!あいつを助けるんだ!)

グググ・・・

驚いたことに浩平の体が起き上がる。押さえつける何かは驚いたのか、一瞬だけ力が弱まった。それを見逃すわけにはいかない。
「だあっ!」
勢いをつけて圧力は払いのける。そして走り出した。
「うおおおおおおおおおーーーっ!」

ボフッ!

霧の中を突き抜け、浩平は飛び出した。その眼前には巨大な大百足が、今まさに二人に襲いかかろうとしていた。
「妖虫ごときが・・・!」

ザシュウッ!

浩平の剣がきらめき、大百足の頭部をばっさりと切り落とした。それでも体はジタバタと暴れるのは驚く生命力である。
「死ね・・・」

ドンッ!

浩平は冷酷にそれにとどめをさした。ぴたりと大百足の動きは止まる。
「浩平!」
「まだ終わってないぞ・・・」

ドンッ!

浩平の言葉どおりすぐに何かが押さえつけてきた。先ほどよりもさらに強く。
「く、くそ・・・!」
『大変なの!』
圧力は浩平の肋骨をきしみ、肺を押しつぶそうとしていた。
「ど、どうしよう・・・!?」
状況は瑞佳にとって最悪であった。浩平が抑えられた今、助けることができるのは自分しかいない。しかし姿の見えない妖怪相手にどう戦えばよいのか?
『ひだる神なの!』
「澪ちゃん?」
妖怪だけあって、澪は見えない何かの正体を知っているらしい。
『何かを食べれば動けるようになるの!』
「そっか!ありがとう!」
それを聞いた瑞佳は咄嗟に荷物の方へ走った。そして中を漁り取り出したのは、携帯食の乾飯(かれいい)であった。
「浩平、これ!」
瑞佳が乾飯を浩平めがけて投げつけた。浩平の目の前に落ちたそれは、衝撃で半分に欠けた。
「よし・・・!」
浩平はわずかに動く指でそれを手繰り寄せる。そして欠けた片方を口に含んだ。

ピクッ!

(動く!)
ひだる神の圧力が一気に解けた。浩平は素早く起き上がり、剣に導かれるまま剣を振るった。

シュッ!

空を斬る音。それでも確かに浩平は手ごたえを感じた。
「ふう・・・危なかった・・・・・助かったぜ瑞佳」
浩平はそれを確認し、闇雲を鞘に収めた。
「もう人に押しつけないでよ。やられたらどうするんだよ」
「その時はその時だ」
無事を確認し合い、笑い合う彼らを、離れた大木の枝の上で見下ろす者達がいた。
「あれがまとめし者の力か・・・」
「あの程度で苦戦するようでは、あなたの敵にもならないのでは・・・」
浩平達を見下ろすのは、市で出会った易者の女と、ごんごろう火を操っていた狐であった。
「甘いな・・・あいつの技はまだ鍛えられてないが、女を助ける時に発揮した力は恐ろしい」
「まだ、闇雲を使いこなしていないと?」
「そういうことだ。これからも奴の監視は続けろ・・・」
「はい」
「後、魂の方もな・・・」
「仰せの通りに・・・」
狐は深々と女に頭を下げた。女は編みがさの合間から浩平達を鋭い視線で見ていた・・・・・・・。



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なぜなにONE猫!
今回の易者の正体がわかった人はいるでしょうか?キャラクターが変わってるので、わかりにくかったでしょう。ま、正体はそのうち(^^)現在ONE猫大幅削減計画実行中ですが・・・それでは!
ちびみずか「さよなら〜!」

次回ONE総里見八猫伝 大蛇の章 第十四幕「薬の原」ご期待下さい!

解説

ひだる神・・・浩平を押さえつけていた妖怪。姿は見えず、食料をもたずに腹が減った旅人にとりつく。とりつかれると、一歩も動けなくなる。何かを口にするか、手のひらに米の字を書いてそれをなめると、しびれが消える。餓鬼や乞食の怨念だとも言われている。参考資料柳國邦男「妖怪談義」

大百足・・・設定はオリジナル。といっても、うしとらでも出ていた。一撃でやられた雑魚妖怪。何百年も生きた百足の変化。

鈴・・・易者が渡した鈴。実は浩平の追跡に用いる。これを持ったものの足取りを、対になった鈴が探知する。