浩平犯科帳 第三部 第二話 投稿者: 偽善者Z
浩平犯科帳 第三部 第二話「発端」


ガラッ!
いつものように雨戸の開かれる音と、そして目の奥を貫く陽光。
「ほら、浩平朝だよ」
「うー・・・眠い・・・・・・」
布団にくるまる浩平をお瑞が揺り起こす。
「お役目に遅れるよ!」
「今日は事件もないからいかなくて大丈夫だ・・・」
「大丈夫じゃないよ。何かがあったらどうするの?」
「しかたねえな・・・・・」
浩平はもぞもぞと布団から出て、いつものように着替えを始める。
「浩平知ってる?昨日雪が降ったんだよ」
朝食を取りながら、お瑞が嬉しそうに語りかける。
「ふ〜ん・・・」
対する浩平は興味なさげである。
「嬉しくないの?」
「寒いだけだ」
「もう、忘れたの?あの日も雪が降ってたじゃない」
「ああ・・・そういえばそうだったな」
あの日。浩平が自分の素直な気持ちを、お瑞に告白した日。あの日もちょうど雪が降っていた。
「で、それがどうかしたのか?」
「私達、夫婦になったのにあんまり変わってないな、って思って」
「嫌か?」
「ううん、そいうわけじゃないけど・・・ただ、そろそろ子供が欲しいな・・・・・・」
朝のひとときに、沈黙が訪れた。浩平は無言で茶をすする。
「・・・お瑞」
「なに?」
「こういう話は朝っぱらからするな」
「そ、そうだね」
お瑞は少し顔を赤くしながらうつむいた。



その日の午後。浩平は見回りと言って、住井の瓦版屋に来ていた。
「どうしたんだい?旦那がこんな時間に来るなんて」
「いや、最近の事件について聞きにきたんだが」
浩平は江戸で起こっている事件について調べにきた。仁義屋からの婦亜瑠後についての情報はなく、浩平は無駄だとわかっていながらも自分で調べにきたのだ。
「う〜ん・・・最近は殺しはないな」
「そうか・・・」
「あっ、でも事件とは言わないが、浦賀に軍艦操練所ができるらしい」
「操練所?何でそんなものが?それがどうかしたのか?」
「実はこれはけっこうやばい話なんだが、この操練所は秘密裏の建設で、一般には公開されないらしい」
「ふむ・・・何かありそうだな」
しかし、これが婦亜瑠後につながるかどうかは見当もつかない。
(幕府の動きは茜に任せるか)
「旦那、どうしたんだい?」
「ん?ああ別に・・・悪かったな、突然押しかけて」
「いや、かまわねえよ。いつでも来てくれよ」
住井の笑みを背中に、浩平は番屋に戻ることにした。



日も沈み辺りも暗くなったころ。浩平がそろそろ帰宅しようとしていた時である。
「んあ〜、皆いるかい?」
番屋に髭が入ってきた。
「髭さんどうしたんですか?」
「殺しがあった。四丁目の河原でなんだが、すぐに向かってくれ」
「わかりました!いくぞ南!」
「へい!」
浩平と南は外に飛び出した。



浩平達が現場に向かうと、多少の人だかりできていた。
「ちょっと入れてくれ」
浩平がその間を分けいると、少し開けたところにござに敷かれたものがあった。今回の被害者であろう。浩平はそのござをめくり死体の状態を見ようとした。
「ぐっ・・・!これは・・・!」
浩平はあまりの凄惨さに目を背けた。
「どうしたんですか?旦那」
南が後ろからのぞき込む。
「うわぁっ!?なんですかこれ!?」
南はあまりのひどさに腰がぬけたようだ。
「お前はやじ馬共を追い払ってくれ。こいつは俺が見るから」
「は、はい・・・」
南は何とか立ち上がり、浩平の指示に従う。浩平はまた、死体と向き合った。
(ついに動き出したか・・・・・・)
被害者の死因はただ一つ、頭が割れていた。いや、この形容は正しくない。割れたというよりは、内部から破裂したと言っていい。これは人間業ではない。しかし、浩平はこれに見覚えあった。そう、婦亜瑠後だ。
(まずは被害者の身元を洗ってみるか・・・・茜は嫌がるだろうけどな・・・・・・)
浩平は落人に死体処理の場所を聞いて、番屋に戻った。



数時間後。深夜の通りを急ぎ足で行く二つの人影があった。浩平と茜だ。
「悪かったな、こんな夜分に」
「かまわないです。今はそれよりも」
「ああ、死体のことだな」
「はい」
「かなりひどいけど・・・大丈夫か?」
「多分・・・」
それから二人は無言で走った。そして死体の安置されるえた・ひにんの暮らす村に近い河原に着いた。
「これだ」
浩平は一番はじに置かれたござを指さした。
「頼む」
「はい」
茜はゆっくりござに近づく、そしてめくる。
「うっ・・・・」
茜は咄嗟に顔を背けた。浩平は心配そうに声をかける。
「茜!」
「だ、大丈夫です・・・・・何とかやってみます・・・・・」
茜は目をつぶり、おそるおそる手を近づけた。だが、決して触れようとはしない。
ポォォォ・・・
指先が光る。残存思念を読み取っているのだ。
「・・・・・」
浩平は無言でそれを見る。しばらくして、茜は目を開いた。どうやら読み終えたらしい。
「どうだ?」
「・・・ここを離れましょう」
「あっ、そうだな」
茜の顔は心なしか青い。やはり、死体には慣れないのだ。
二人はそこを離れ、町に向かって歩き始めた。



浩平と茜は堀に沿って歩いていた。歩きながら、先ほどの報告がなされる。
「読み取れたのは殺される直前の瞬間です」
「やはり殺しか」
「はい、相手の顔は黒装束でわかりませんが、間違いなく婦亜瑠後です」
「なぜわかる?」
「不可視の力を使っていました」
「なあ、その不可視の力ってなんだなんだ?」
浩平は不可視の力について説明を受けていなかった。茜もこれを使えるようだが。
「それは・・・」
茜は言いかけたが、突然立ち止まりじっと一点を見つめる。
「どうした?」
「敵です」
「予知したのか」
「はい」
浩平は十手を取り出した。だが、敵は現れる気配はない。
「何人だ?」
「一人です」
「手ごわいな・・・」
「はい・・・」
その時、壁づたいに黒い影が跳躍し二人の前に着地した。
「来たか!」
浩平は身を構えた。
「・・・」
相手は黒装束で、顔は見えない。だが、男にしては小柄であった。
「てめえが昨日の下手人か!?」
「・・・」
相手は答えない。代わりに右腕を振り上げ、一呼吸置き勢いよく振りおろした。
シュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーッ!
空を切り裂き、衝撃波が二人を襲う。だが、茜がすっと前に立ち手を突き出す。
パシュウッ!
そんな音とともに、衝撃波はかき消される。その様子に相手は表情は見せないが、動揺したようだ。
「だあーーーっ!」
浩平がその隙をついて一気に間合いを取り、十手を振りおろした。しかし、相手は風のように跳躍しこれをかわす。
ブウウウゥゥゥンンン・・・
無防備になった浩平に相手が手を突き出した。目には見えないが、なんらかの攻撃がされたらしい。
「ぐあああっ!」
浩平は見えない壁に当たったかのように吹き飛ぶ。
「浩平!・・・許しません!」
茜の髪が自然と浮き上がり始めた。力を解放したのだ。
「!」
茜の身体から突風が巻き起こる。相手も力を解放し、対抗する。
バシィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーッ!
衝撃波が衝突し、辺りの空気を余波が震わせた。そして、この戦いに勝ったのは。
バシュウッ!
「くっ!」
茜であった。茜の衝撃波は相手の力を打ち破り、相手に命中した。威力を殺されそれほどのでもないが、衝撃で相手のずきんがはだける。そして、その顔は・・・・・。
「お、女!?」」
声をあげたのは浩平であった。女は気の強そうな顔つきであるが、かなりの美人であった。
「見たな!」
女がすぐさま顔を隠す。そして、すばやく跳躍し、壁に降り立った。
「今日は小手調べ程度だったが・・・まさか、こんな恥をかかされるとは思わなかったわ」
「てめえらの目的は何だ!?」
「そんなもの言うわけないじゃない。・・・今日はここまでね」
女はそう言って、走り去った。
「くそ!」
浩平は悔しさに顔を歪めた。自分が手も足も出なかったことにいらだっているのだ。その時。
シュタッ!
「うわっ!?」
浩平の前に詩子が降り立った。
「かっこわる〜い!折原やられてる〜!」
「てめえ!いたのか!」
「ふふ、じっくりみさせてもらったわよ」
「詩子。今はそれどころじゃありません」
茶化す詩子を茜が止める。
「そうね。わたしはこれからあいつを追うわ。折原はお頭の所にいって」
「わかった・・・てめえ最初からそのつもりだったな」
「さあね。あっ、茜は城に戻ってね」
「わかりました」
「それじゃあね!」
詩子は女を追って夜の江戸を風となって、走り出した・・・・・・・・。





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〜浩平の愚痴〜
浩平「うう・・・何か弱いぞ・・・・・」
おっ、今日はしおらしいな。
浩平「てめえのせいだ!」
バキッ!
ぐあっ!痛いじゃないか!・・・カルシウム不足だな全く。ちゃんと牛乳飲めよ。
浩平「うるさいっ!何で俺はやられてばっかなんだ!」
うるさいな〜。お前は今までかっこよすぎたんだ。当然の報いだ。
浩平「殺す・・・」
ぬおおおおおおお!首をしめるな・・・・・!


次回浩平犯科帳 第三部 第三話「追跡」ご期待下さい!