浩平犯科帳 第二部 第五話 投稿者: 偽善者Z
浩平犯科帳 第二部 第五話「仁義屋浩平誕生」


「で、焼き打ちは成功したというわけか」
「はい」
浩平は桂にイギリス公使館襲撃の報告をしていた。浩平は襲撃の後、ゆっくりする間もなく京都に呼び戻されたのだ。少年達のことは、謎のままであった。それどころか、ますます深まったと言ってもいい。高杉に聞いても、高杉は知らないと言った。しかし、襲撃前夜の夜宴では確かに少年はいたのだ。浩平はわけがわからなくなった。で、釈然としないままここにいたる。
(そういえば・・・また会うようなこと言っていたな)
浩平は報告を終え桂の部屋から出ると、そんなことを思い出した。また、少年からの誘いも思い出した。浩平は迷っていた。あの不思議な少年には、何か引きつけられる魅力があった。いや、魅力と言うよりは似たものを感じたと言っていい。
(俺は破滅に向かっているのか・・・・・?)
少年の言葉を聞いてから、浩平は一人になるとよくこれを自問した。もちろん、答えはでない。
ヒュウーーー・・・
廊下を歩く浩平の足元を、冷たい風が通り抜けた。もう真冬である。浩平は寒さに身を縮めると、足早に自室へ向かった。

京都に戻って数日間、護衛の仕事は忙しさを増した。勤王派が力をつけるにつれて、新選組が活発化したのである。藩士には表向きには手を出さないものの、浪士等は怪しい素振りを見せると、容赦なく尋問され、時には問答無用で斬られることもあった。そんな中、久坂玄水から護衛の申し立てが来た。

「久しぶりだな」
浩平は料亭の久坂のいる部屋に通され、中に入るとすでに久坂は杯をくんでいた。
「今日の会合の相手は?」
周りを見渡すと、部屋には久坂しかいないことに気付いた。
「今日は酒を飲みにきたのだ。たまには一人になりたいときがある。そう思わないか?」
「はあ」
「ほれ、お前も飲め」
「あ、いただきます」
久坂が銚子を傾けたので、浩平は慌てて膳の上のとっくりを差し出した。
「じゃ、遠慮なく」
「うむ」
それからしばらく二人は無言で、酒を飲んだ。会話は全くない。浩平は心の中で警戒の鐘を鳴らしていた。理由は全くないのだが、どうも久坂は信用できなかった。そして、銚子を二本ほど空けた頃、久坂が言い出した。
「さて、そろそろ戻るか」
「はい」
二人は立ち上がり、部屋を出た。
「あらあら、もうお帰りですか?」
途中で女将が声をかけてきた。
「うむ、また来る」
そう言って、久坂と浩平は外に出た。三日月が頼りなげな光りを照らしている。二人は京都の通りも無言だった。時がたつにつれて、浩平のいいようない不安感は増していった。
「そろそろかな・・・」
「?」
突然、久坂が足を止めた。浩平もそれにならった。
「何がですか?」
「迎えだ」
「迎え?」
浩平は答えを待つ間もなく、前方から足音が聞こえてきた。いや、後方からも。
「久坂さん、こいつが生贄ですか?」
前方から来たのは三人の新選組だった。その中の一人が言った。
「あんた、何で新選組なんかと・・・?」
浩平は事情がよく掴めなかった。勤王派の久坂と左幕派の新選組が手を組む理由がわからなかったし、何よりも、の標的が一介の雇われ者にすぎない自分であるとはどうしても思えなかった。
「余計な詮索はしても無駄だぞ。お前の記憶は消えるのだからな。そして、新たに生まれ変わるのだ」
「何のことだ!?」
浩平は久坂から間合いを取り、刀に手をかけた。状況は完全に不利だった。前方に三人、後方に二人と周りをふさがれ、逃げることもできない。
「久坂さん。こんな子供が強化体になれるんですか?」
先ほどの男だ。
「うむ。まあ、こやつの抵抗を見ればわかる」
「てめえらっ!何わけのわかんねぇこと言ってるんだ!」
浩平は刀を抜いた。こうなったら強行突破しかない。
「ふむ。勢いはいいようですな。よし、松原、相手をしてやれ。くれぐれも殺すなよ」
松原。男は確かにその名を言った。浩平はその名を聞いて、耳を疑った。松原と言えば、新選組四番隊隊長松原中司がいる。その名をただの隊員にしか見えない男が呼んだのだ。新選組の上下関係は厳しい。上の者を下の者を呼び捨てにしたら、斬られるほどである。
「・・・」
名を呼ばれた松原はずい、と前に出た。浩平はその顔を見て、松原本人であることを確認した。浩平は一度、松原の顔を見たことがある。通りを歩いている時だったので、剣は交えていないが、その時の表情は隊員をまとめる威厳溢れる顔をしていた。しかし、今見る松原の顔は、まるで生気の抜けた人形のようであった。
「さしでやるってぇのか、なめられたもんだな」
浩平はそう言いながらも、これをチャンスととらえた。松原を倒し、そのわずかな隙に逃げようと考えた。
「いくぞっ!」
浩平は疾風のように突っ込み、突きを放った。沖田との戦い以来、浩平はいっそう稽古に励んでいた。あの時は逃げることができたものの、手傷をおわされたことは、浩平の自信を傷つけた。稽古のせいもあり、浩平の腕は確実に上がっていた。だが、
キィーン!
「何っ!?」
浩平の突きはあっさりと、松原に弾かれた。浩平は自分の斬撃を弾かれたことにも驚いたが、その松原の刀を抜く速さに驚いた。
「・・・」
ブンッ!
松原の剣が横に払われた。その速度は尋常ではない。
「くっ!・・・こいつ!」
浩平は何とかかわす。そして、体制を整え連続で斬撃を打ち込む。上、中、下段を不規則に打ち込む。これで相手のリズムを崩した所に必殺の一撃を入れる。
「だああああーーーーーっ!」
浩平の剣が、松原のわき腹に向かって振りおろされた。
ザグッ!
見事松原のわき腹に、浩平の刀が食い込んだ。しかし、松原は動きを止めることなかった。
ドフッ!
「うぐっ!?」
松原の膝蹴りが、浩平に命中した。崩れる浩平の喉元に、刀が突きつけられた。松原はわき腹から血を流しながらも、ゆるぎなく立っている。
「ば、化け物め・・・・・」
「化け物?ふふ、お前もこれからこの化物のようになるのだ」
「な、なんだと・・・?」
久坂の言葉に浩平が問う。
「お前はこれから一切の感情を持たず、最強の肉体を持った強化体になるのだ」
「よくわからないぞ・・・」
「わかる必要はない。折原浩平。しかし、因縁を感じるぞ。まさか、あの折原東栄の息子だったとはな」
「親父を知っているのか!?」
「ふふ、調べさせてもらったよ。お前のことをな」
「答えろ!」
「知ってるとも。東栄を殺したのは俺だからな」
「何っ!?」
久坂の言葉に、浩平は一瞬目が眩んだ。そして、すぐに久坂の首筋を見る。そこにはもおう消え掛かっているいるが、確かに三本傷があった。まさか、こんな形で敵に出会うと思ってなかった。
「なぜ親父を殺した!?」
「江戸で我らの動きを調べる岡っ引きがいてな。邪魔なので消したのだ。まあ、その岡っ引きが東栄だったがな」
「お前等は一体・・・?」
「知る必要はないと言っただろ?お前はこれから我らが主のために戦うのだ」
男が近づく。その手には何やら薬を包む薬包紙が握られている。
(くっ・・・こんなところでっ!)
浩平は悔しさに顔をゆがめた。その時、
シュンッ!
「ぐあっ!」
空を切る音とともに、後方の男達のうめき声と倒れる音が聞こえた。
ヒュウゥゥゥーーー・・・バシィッ!
「ぬっ!?・・・・・」
浩平の目の前の松原が吹き飛ばされた。突然、突風が起きたのだ。
「な、何だ!?」
久坂やその他の男は突然のことにうろたえ始めた。
「危ないところだったね」
「お前は・・・品川の」
声をかけたのは少年だった。後ろには茜と詩子もいる。
「どうやら助けられたみたいだな・・・」
「まあ気にすることはないよ」
そんな二人の会話に、久坂が割り込んでくる。
「貴様等、何者だ!」
それにも少年はあっさり答える。
「仁義屋だよ」
久坂や男達はその言葉を聞いて、驚愕した。
「な、何!?まさか、すでに動き出していたのか!?まずい、久坂さん逃げますぞ!」
「し、しかし・・・」
「今ここで小奴等と戦えば、大切な人材を失います!ですから早く!」
「くっ・・・仕方あるまい・・・・・」
久坂は悔しそうな顔をすると、背を向け逃げ出した。男達もそれに習う。最後に松原がつく。
「待ちやがれっ!」
浩平は追おうとするが、腹の痛みに足を止めた。
「もう、遅いよ。それに今の君ではあいつには勝てない」
「でも、あいつらはっ!親父を・・・だから、みさおが・・・・・・」
語尾は聞き取れないほどにかすんでいる。
「憎しみは何も救わないよ。ただ、新たな憎しみを生むだけだ」
少年は諭すように、語りかける。
「心を開いてごらん。君がなろうとしてなれなかったものになれるから」
「俺がなれなかったもの・・・・・・」
浩平はすぐに、みさおの言葉が思い浮かんだ。約束・・・。岡っ引きになるという・・・・・。
「俺はどうしてこんなことをしているんだ・・・・・?」
浩平の目には涙が浮かんでいた。その心には今まで人を斬ってきたことと、約束を果たしていないことに対する自責の念でいっぱいだった。
「僕らと一緒にこないか?君の破滅は見たくないんだ」
「・・・ああ」
浩平がうなずいたのを見て、少年は嬉しそうな顔を見せるが、すぐに真面目な顔に戻った。
「君に必要なのは安らぎと心の強ささ。今は忘れることだ。過去の悲しみを・・・そして、いつか思いだすんだ・・・・・・君が強くなった時に・・・・・・・・」
少年が言うと、茜が近づいてきた。そして、ためらいがちに腕を差し出す。が、すぐに意を決したように念じ始めた。
「・・・一つだけ・・・教えてくれ・・・・・お前の名は・・・・・・・・・」
薄れゆく意識の中で、浩平は少年に問いかけた。
「・・・・氷上・・・・氷上駿(シュン)さ・・・・・・」


浩平の思考は記憶の闇から覚醒する・・・・・。


「思い出したかい?僕らの出会いを・・・」
あばら屋の暗闇の中、浩平は氷上、仁義屋の頭である声の人物と顔を向き合わせていた。
「君は強くなった・・・。そして、命の大切さにも気付いたはずだ」
「ええ・・・」
「僕の言いたいことはそれだけさ」
「・・・奴等は・・・婦亜瑠後の奴等はどうなっているんですか?」
「わからない。でも、もうすでに動き出しているのは確かさ。僕らは止めなければならない・・・・・」
それっきり、声は聞こえなくなった。浩平はゆっくりと立ち上がり、外に出た。外は満天の星空である。
(みさお・・・俺は、もう泣かないぞ・・・・・・・)
浩平は決意を新たに歩き出した。しかし、戦いはまだ始まったばかりだった・・・・・。



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〜浩平の愚痴〜
やっと過去が終わったよ・・・・でも二部は終わってないんだよね。
浩平「てっきり三部に入るかと思ったぞ」
一部が長かったからな、もう少し続けるさ。
浩平「ところでよ。やっと声の人物が誰かわかったのはいいけど、どうして今まで隠してたんだ?」
いや〜、最初はMOONの少年を使う予定だったんだけど(今後の展開の関係で)、今までONEのキャラを使ってたから、通してみようかと(笑)。あ、シュンが駿になっているのは時代にあわせてみたんだ。
浩平「さて、そろそろ次回タイトルかな」
おっ、今日はあっさりだな。
浩平「一言多いっ!」


次回浩平犯科帳 第二部 第六話「異変」