浩平犯科帳第一部第十五話 投稿者: 偽善者Z
浩平犯科帳 第一部 第十五話「決別」

ガバアッ!
「はあ・・・はあ・・・はあ・・・・・・」
今日も浩平は飛び起きた。昨日と同じように不快感を覚えて、いや、同じではない、感じた不快感は昨日よりも確かなものになっていた。しかし、原因はわからない。そう、浩平は夢のことを覚えていないのだ。
「またか・・・」
浩平はつぶやく。昨日のように浩平は布団から出ずに、そのままお瑞が来るまで布団の中でくるまっていた。だが、再び眠りにつきはしなかった。そして、お瑞が起こしにきた。
ガラッ
長屋の戸を開け、お瑞が入ってくる。そして、浩平を起こそうと布団のそばに来るが、
ガバアッ!
「わあっ!」
「キャッ!」
浩平は布団から勢いよく起き上がり、お瑞を驚かす。お瑞は突然のことに短く悲鳴を上げ、しりもちをつく。
「いったあ〜〜〜、もう、何するんだよ〜」
「はっ、はっ、はっ、ひっかかったな、お瑞」
浩平は立ち上がると、何故かえらそうにお瑞を見下ろす。だが、すぐにお瑞に手をさしのべる。
「何でこんなことするんだよ」
お瑞が浩平の手につかまりながら言う。
「いや、早起きしたから、せっかくだし・・・」
「はう〜〜・・・そんなことしないでよ・・・あっ。ご飯作らないと」
「いや、いい」
「えっ?いいの?」
浩平は先ほどの不快感で食欲がなかった。食事はとらずに着替えて、浩平とお瑞はそれぞれの仕事場に向かった。

正午。浩平は番屋で十手を磨いていた。そして、ふとこんなことを考えた。
(この十手、いつからもってたっけ?・・・・・それに何でこんなに大事にするんだろう?・・・・・・・・・)
浩平は十手に関する記憶があいまいなことに気付いた。それから必死に思い出そうとしたが、駄目だった。そんな時、番屋の戸が開いた。
「浩平〜」
お瑞だ。隣には澪もいる。
「どうしたんだ?・・・まさか、また稽古を見にこいっ、て言うのか?」
澪はうん、うんとうなずく。
「ぐあっ・・・またか・・・」
澪は浩平の腕を引っ張り、強引に連れていこうとする。
「お、おい、ここはどうするんだよ、って人の話を聞け!」
だが、浩平の言葉は届かず、外に出されてしまった。
数分後。無人と化した番屋に、南が見回りから帰ってきた。
「あれ?旦那はどこいったんだ?」

浩平は今日も深山座に来た。澪の力なら簡単に振りほどけたが、浩平はここに来るのが嫌でもないので、そうしなかった。だが、澪の姿を見ていると、何か心にざわめくものが湧いてくるのだ。
(そう言えば、澪に会ってから変な気分なんだよな・・・・・・)

それから数日間、浩平は澪の稽古に付き合った。稽古後に遊びに行ったりした。澪と過ごす時間は楽しかった。しかし、浩平の見る夢の不快感はより確かなものになり、浩平の気分は鬱蒼とした。そんな時、お瑞がこんな言葉をもらした。
「澪ちゃんって妹みたいだね」
この言葉は、浩平に衝撃を与えた。なぜかはわからない。だが、浩平は忘れていた何かを掴んだ。そして、浩平はいつしか澪をさけるようになった。月日はもう五月の下旬である。
「旦那。最近どうしたんだい?元気がないけど?」
「いや、何でもない」
浩平は中原亭で、久しぶりに友人の瓦版屋の住井と、酒を飲んでいた。浩平がうさを晴らすために誘ったのだ。
「ところで旦那。お瑞さんとの仲はどうなってんだい?」
住井はからかうような笑みを浮かべている。
「またそれかよ」
「じれったいんだよ。旦那とお瑞さんは、ほれてんならほれてるっ、て言えばいいのに」
「誰がほれてんだよ。あいつのことなんかどうでもいいんだよ」
「いいのかい?そんなこと言って。誰かにとられるぜ」
「へっ、そっちの方がうるさいのがいなくなってせいせいするぜ」
「へえ〜、じゃ、俺が嫁にもらおうかな」
「おーおー、もらってけ」
浩平と住井は冗談めかした声で、言い合った。と、そんな二人に店の看板娘(自称)であるお七が声をかける。
「折原ねー、お瑞は人気があるんだから、ほんとにとられちゃうわよ」
「はあ?あいつが人気があるだと?」
「あんた、意地でも認めない気ね・・・」
浩平はお瑞が人気があるとは、本当に思ってもいなかった。よく住井が両国一の美人だと騒ぐが、それは自分をからかうためのものだと、相手にしていなかった。
(そう言えば、南の奴もお瑞に気があったな・・・)
「あっ。そう言えば折原、あんた最近女の子をたぶらかしてるんだって?」
「はあ?」
「お七さん、俺も聞いたよ。何でも深山座の役者の女の子らしいじゃねか」
「何だ、澪のことか。あいつはそんなんじゃねえよ。大体お瑞も一緒にいるからな」
浩平は澪のことを思い出し、少し気が沈んだ。だが、その浩平の説明にも住井は納得しない。
「ほんとか〜?その子はお前に会いに、番屋にいつも来るらしいじゃねえか」
澪は確かに、毎日番屋に来ていた。しかし、浩平は澪をさけるため居留守を使うか、どこかへ見回りに出ていた。
「さらに聞いた話では、お前はその子に冷たくしているらしいんだって?」
「誰に聞いたんだ・・・・・」
「その子、お前が芝居子屋に来るのを待って、いつでも入り口にいるらしいぜ」
「何?」
そのことについては初耳だった。
「お前もひどいよな〜、お瑞さんという者がありながら・・・・」
浩平は住井の話は聞いてなかった。ただ、澪にたいする罪悪感と謝罪の念が沸き起こっていた・・・・・・。

その夜。やはり浩平は夢を見ていた。だが、その夢は日に日に明確になっていった。

「みさおー」
「あ、お兄ちゃん。どうしたの、こんな時間に」
みさお、退屈してると思ってな」
「ううん、だいじょうぶだよ。読み物、いっぱいあるから、よんでるよ」
「読み物?こんな字ばっかのが、おもしろいわけないだろ。やせ我慢するな」
「ぜんぜんがまんなんかしてないよ。ほんと、おもしろいんだよ」
「というわけでだな、これをやろう」
ぼくは隠しもっていた、おもちゃをみさおに突きつけた。
「なにこれ」
「風車だ」
「みたらわかるけど・・・」
紙と、竹でできたおもちゃで、息を吹きかけるとからから回る仕組みになっている。
「みろ、息をふきかけると、からから回ったりする」
「わぁ、おもしろいね。でも、いつまでも息がつづかないよ」
「なにっ?」
言われてから気づいた。確かに病気のみさおからすれば、息を長く吹き続けるのは不可能だ。何でもみさおの病気は『けっかく』と言うもので、みさおの体力を弱めているらしい。
「あ、でも大丈夫だよ。こうやって瓶を使えば・・・」
みさおは枕もとの、花をさしている瓶に風車をさす。風が流れているのか、風車は回る。
からから。
「お、みさお、頭いいな。でも少し爽快感がないけどな」
「そんな風車が速くまわったてそうかいじゃないよ。これぐらいがちょうどいいんだよ」
からから。
「そうだな」
「お兄ちゃん、ありがとね」
「これで退屈しないだろ」
ぼくは元気になるまでの間の、短い退屈しのぎをもっていったにすぎなかった。でも、みさおは、聞いていた話よりも離れで暮らすのが長くなった。そして、そのころから母さんは離れよりも、違う場所に入りびたるようになっていた。どこかはよくしらない。ときたま現れると、ぼくたちが理解できないうなわけのわからないことを言って、満足したように帰ってゆく。『せっぽう』とか言っていた。どんな漢字を書くかはしらない。

それから日にちがたっても、みさおの体はいっこうに良くならなかった。それどころか、日に日にやつれていった。ぼくはそんなみさおを目の前にして、苦しいか、とか、辛いかとか絶対聞かなかった。聞けば、みさおは絶対にううん、と首を横に振るに違いないかったからだ。気を遣わせたくなかった。だから聞かなかった。ほんとうに苦しかったり、辛かったりしたら、自分から言い出すだろう。そのとき、なぐさめてやればいい。元気づけてやればいい。そう思っていた。

「・・・」
浩平はゆっくりと目を開けた。ここは浩平の長屋である。浩平の目覚めは最悪だった。昨日の酒のせいではない。ただ、悲しみが浩平を包んでいた。
「何で・・・こんなに悲しいんだ・・・・・・」
浩平はしばらくじっとしていたが、ぽつりと呟いた。
「みさお・・・・・・・・」
浩平は忘れていた。そう、忘れていたのだ。覚えていないのではなく、記憶がなかったのだ。忘れるはずない、大切な人のことを。
「うっ・・・」
浩平はうめいた。そして、泣いた・・・・・・。

浩平はその日、番屋にも行かず、江戸川の河川敷でただ時が流れるのに身を任せていた。そして夕暮れ時。
「こんなところに腐った魚がいるわ」
寝そべる浩平に声をかける者がいた。
「お七か・・・どうしたんだ、こんなところで」
「別に、ただ通りがかっただけよ」
「そうか・・・」
それから二人は黙ったままだった。しかし、その沈黙をお七が破った。
「折原・・・つらい時は体を動かした方が楽よ・・・・・」
浩平は少し驚き、体を動かした。
「何が言いたい?」
「あんたもわたしと同じ顔をしてるってことよ」
そう言い残し、お七はその場を去った。
「同じ顔か・・・・・・よし!」
浩平はしばらく考えにふけたが、勢いよく立ち上がった。そして、歩き出す。自分のすべきことをするために・・・・・。

深山座の舞台。暗い舞台の上で澪が一人で稽古をしていた。明日が最後の公演のため、今まで以上に念入りなのだ。澪は一生懸命に演技をする。そして、一段落がつき、澪は動きを止めた。すると、客席の方から拍手が聞こえた。澪は驚いて見る。そこには・・・・・。
「なかなか上手いじゃないか」
浩平だ。澪はぱっと顔を輝かせると、舞台を降り浩平に駆け寄り抱きついた。浩平はそれを優しく受け止めた。
「ごめんな・・・冷たくしたりして・・・・・・」
浩平は気づいたのだ。自分が無意識の中で、みさおを澪に重ねていたことに、そして自分の記憶があいまいな理由を。
「澪。明日が最後なんだろ?がんばれよ」
澪は浩平の胸の中で、うなずいたようだ。
(あとは・・・・・・・)
浩平にはもう一つ行くところがあった。

夜の暗い路地を通り、浩平はあばら屋の前についた。ここは仁義屋である。浩平は一つの目的のためにここへ来た。あの人物に会うため。
ガラッ
浩平は戸を開け、中に入った。中は真っ暗であったが、少しするとロウソクに火がついた。
「やあ、まってたよ」
いつもと変わらぬ声が言う。
「そろそろ来るとは思ってたけど、こんな夜遅くに来るとはね」
「答えて下さい」
浩平は声をさえぎるように言った。
「なぜ、俺の記憶を消したんです!?みさおの記憶を!」
浩平の問いに。声は静かに答えた。
「君が弱かったからだよ。あのままじゃ、君は破滅に向かったからね」
「・・・」
「でも君は強くなったんだ。だから、思い出したんだ」
「茜は・・・俺の記憶を消すのには賛成したんでしょうか?」
「もちろん反対したよ。いくら辛いことだからって、それは君にとってかけがえのないことだからね。茜もそれはよく理解していた」
「そうですか・・・」
両者に沈黙が流れた。が、それは声の人物によって破られる。
「今の君なら過去にとらわれず、自分のするべきことがわかるはずだ」
「・・・」
「思い出してごらん。僕らが出会った時のことを・・・・・」
声に導かれるように、浩平の思考は記憶の闇へと落ちていった・・・・・・・・。

第一部 終

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〜浩平の愚痴〜
ふう・・・やっと第一部が終わった・・・・・・。
浩平「ちょっと、まて〜〜〜いっ!」
うわっ!?なんだよいったい!
浩平「なんなんだこの中途半端さは!まだ全然終わってないじゃないか!」
仕方がないだろ。これから過去の話んなんだから
浩平「それにしたってだなあ・・・・」
あーうるせえ〜、よし、強引に予告だ
浩平「まだ話が終わってないぞ!」

追伸;前回のタイトルで、「第一部」と「第十四話」を抜かしてしまい、リーフ図書館に」のる時、一個だけ変になるのでちょっとブルーです・・・・。

浩平の過去には何があったのか!舞台は二年前の江戸!江戸を浩平が斬る!

次回浩平犯科帳 第二部 第一話「過去」ご期待下さい!