浩平犯科帳 第一部 第十二話 投稿者: 偽善者Z
浩平犯科帳 第一部 第十二話「面影」

ガラッ!
いつものように開かれる雨戸の音。そして目の奥を突き刺すような陽光。
「うっ・・・」
浩平はそのまぶしさにうめいた。
「浩平起きてよー!」
「お瑞か・・・」
浩平は久しぶりにお瑞の声を聞いたような気がした。浩平は昨日ちょうど駿河から帰ってきた。江戸を出発してから十日ほどしかたっていない。
「浩平ったら!」
「わかったよ・・・」
お瑞が布団を引きはがすので、浩平は仕方なく起きることにした。
「まったく、久しぶりに帰ってきたと思ったらまたこれだもん。少しは進歩してよ」
「やかましいな・・・飯は?」
「ないよ」
「なにぃ?」
浩平は寝ぼけた目でお瑞をにらんだ。
「どういうことだ?」
「だって昨日の夜、突然帰ってくるんだもん。お米を切らしたままだったんだよ」
「それぐらい用意しとけ!」
「そんなの知らないもん!」
「フーーーーー!」
「ウーーーーー!」
グ〜〜〜
互いに威嚇しあうが、それは浩平の腹の音で中断された。
「腹減った・・・昨日から何も食ってないんだ」
「はう〜・・・しょうがないな〜。じゃあ台所にあるもので何か作るよ」
「すまん」
数分後。食卓には魚の干し物や、残っていた漬物が並んでいた。
「まあ、何も食わないよりはましだな」
「そんなこと言ってないで早く食べてよ。お役目に遅れるよ」
「ああ」
浩平はそれらを一気に腹に流しこんだ。そしてお瑞がついだお茶を飲む。
「ふう・・・よっしゃ行くとするか!」
浩平は十手をたずさえ外に出た。
「ねえ浩平。約束覚えてる?」
いつものように仕事場に向かっていると、お瑞が話しかけてきた。
「約束?何だそれ?」
「はあ・・・やっぱり忘れてたんだね。浩平手紙に礼をするって書いたじゃない」
「ああ、そんなことを書いたなあ」
浩平は言われて思い出した。浩平は江戸を発つとき、お瑞にあてた手紙にそんなことを書いていた。
「その礼がどうかしたか?」
「えへへ、それなんだけどね。今日お昼にどこか遊びに行こうよ」
「まあ別にいいけどよ。で、どこに行くんだ?」
「芝居小屋」
「う〜」
浩平は不服の声を上げた。
「浩平が寝ちゃうのは知ってるよ。でも今両国でおもしろいって評判の芝居をやってるんだよ」
「そんなもん一人で見に行け」
「人数が多い方がいいんだよ。一人だと寂しいもん」
「しょうがないな・・・わかったよ一緒にいってやるよ」
「ありがとう」
お瑞は浩平の言葉に笑顔を見せた。

その日の昼。浩平はお瑞の約束通りに芝居小屋に来ていた。
「浩平仕事の方はいいの?」
「大丈夫だろ。見回りは南にまかしゃあいいし、事件なんか早々あってたまるか」
「浩平ちゃんと仕事しなよ・・・」
「うだうだ言ってないでさっさと入るぞ」
二人は芝居小屋の中に入った。この芝居小屋は深山座と言って新しく両国にできた芝居小屋で、、幟には『江戸前御前娘録』と書かれてある。
浩平達は土間の切り落としに座った。ちなみに切り落としとは観客席の格のことで、他にも桟敷、枡席がある。切り落としは一番安い席である。
「なあ、この『江戸前御前娘録』ってどんな話だ?」
「え〜とね、この話は江戸が舞台で主役が口が聞けない女の子で・・・え〜と・・・それで〜・・・まあ見てみればわかるよ」
「わかんないなら、わかんないって言え」
お瑞は話を説明しきれず言葉につまった。そんな二人にお構いなく芝居は始まった。舞台は江戸。季節は春だ。台の上で竹本が語り、主役の少女が現れた。その他に数人の子供達も現れる。少女は口が聞けないため、いじめられている。そこに母親が助けに来た。この『江戸前御前娘録』は口の聞けない早苗という少女の一年をえがいたもので、春夏秋冬を通し親の愛情や人の温かみに触れて、早苗が成長していくという芝居である。
「へえ〜、あの女の子なかなか上手いじゃないか」
浩平は早苗を演じる少女の演技をほめた。早苗は言葉を発せないので、気持ちを表現するには表情や動で表すしかない。主役の少女はそれをみごとにこなしていた。そして、春夏秋と過ぎ終盤の冬へと入った。場面は今まで自分の面倒を見てくれた母親との死別である。その悲しい話に涙を長す者もいる。
「うっ、うっ・・・かわいそうだね浩平・・・浩平?」
お瑞は浩平の返事がないので、不思議に思い浩平を見た。
「ぐ〜・・・」
浩平は寝ていた・・・。
「ちょっと・・・浩平起きてよ!・・・」
お瑞は周りを気にして浩平を静かに起こす。しかし、その程度では起きない。そんな中、芝居は終盤を迎えた。母親と死別し悲しみに打ちひしがれた早苗が、周りの者に支えられ新たな一歩を踏み出す。その時の早苗の心境を竹本が語り、舞台は幕。場内は歓声に溢れた。その騒がしさに浩平が目を覚ました。
「う〜ん・・・おっ、芝居は終わったみたいだな。お瑞帰るぞ」
「えっ、おひねりは?」
「そんなもんやるだけ無駄だ」
「あ、まってよ〜」
さっさと人ごみをかき分けて外に出ようとする浩平だが、出口の所で桟敷にみさきがいるのを見つけた。
「あれ?みさきさんじゃないか?お〜い、みさきさ〜ん!」
その声に桟敷にいたみさきが気付いた。
「その声浩平ちゃん?」
「ちゃんはやめてくれ・・・」
浩平は客が帰り始め、多少は人の少なくなった桟敷にあがりこんだ。
「浩平、勝手に入っていいの?」
「かまわん」
「あっ、お瑞ちゃんもいるんだ」
「こんにちは。みさきさん」
「みさきさんも芝居を見にきたのか」
「うん。でも主役の女の子が何やってるのか、全然わかんなかったけどね」
「まあそりゃそうだな。でも、桟敷で見るなんて豪華だな」
「そうじゃないよ。ここの座長さんと知り合いで今日はお呼ばれされたんだよ」
「ふ〜ん、それでもすごいけどな。こんな立派な所の座長と知り合いなんて」
浩平が感心していると、後ろから聞き慣れない声がかかった。
「おほめの言葉ありがとう。でも、この座は大したところじゃないわよ」
「へっ?」
浩平が振り向くと、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「あの・・・あなたは?」
浩平の代わりにお瑞が女に尋ねた。
「あっ、失礼しました。わたしはここの座長を務めさせていただいているお雪と申します。今後ともごひいきに・・・」
「ご、ご丁寧にどうも」
「ど、どうも・・・」
浩平とお瑞は慣れない態度に戸惑った。
「雪ちゃんあんまり猫被らない方がいいよ」
みさきの言葉にお雪の声は急に調子が変わった。
「みさき。あんた桟敷席のお代払ってもらうわよ」
「う〜、ひどいよ雪ちゃん。せっかく帰りにお団子食べていこうと思ったのに〜」
そんな二人のやりとりに浩平とお瑞は呆気にとられていた。
「なあ、みさきさん。座長さんとはどんな知り合いなんだ?・・・」
「わたしと雪ちゃんは子供の頃のくされ縁なんだよ」
「みさき・・・ほんとに払ってもらうわよ・・・」
お雪の声は確実に真剣味を帯びている。が、浩平達の方を向き一転して明るい声で言った。
「あなた達みさきの友達なんでしょ?よかったら楽屋に来ないかい?」
「いいんですか?」
「もちろん」
お雪の誘いを受け、浩平達は深山座の楽屋に入ることにした。

舞台の裏手にある楽屋。浩平達はそこに入らせてもらい、浩平とお瑞は簡単な自己紹介をした。
「ふ〜ん・・・浩平の旦那は岡っ引きをしてるんだ。人は見かけによらないね」
「確かに全然仕事してないですけどね」
「お瑞。一言多いぞ」
そんな会話をしている中で、みさきは出されたせんべいやら団子をひたすら食べていた。
「ねえ雪ちゃん。このお団子山葉堂のお団子でしょ?ここのお団子はほんとにおいしいよね」
「あんた何本食べてるのよ・・・子供の頃から変わらないわね」
「あれ?そう言えばお雪さんはみさきさんの幼なじみですよね。わたしと浩平も子供の頃、川名神社に遊びに行ってたけど会ったことありませんけど?」
お瑞がお雪に疑問を持った。その問いにみさきが答えた。
「ああそれはね、雪ちゃんはわたしが十一のころに大阪に移ったからだよ」
「そう。わたしの父が先代だったころは、この座は貧乏な旅一座だったわ」
「雪ちゃんはね、江戸を発つときに、『必ずこの座を大きくして帰ってきて、両国に芝居小屋を建てるから、その時にはみさきを桟敷に呼んであげる』って言ってくれたんだ」
「七年もかかったけどね」
浩平は二人の会話に感嘆して言った。
「へえ〜・・・それじゃあ七年は二人とも離れ離れだったんだ」
「うん。でも雪ちゃんからは手紙がよくきたけどね」
と、その時。
ガシャアッ!
突然浩平の後ろで、湯飲みのひっくり返る音がした。
(何か背中が温かいぞ?・・・と言うよりも熱いぐらいだ・・・って、まさかこれは!?)
浩平は数秒間の間にそんなことを考えたが、すぐに声を上げた。もちろんお茶が浩平にかかったためである。
「あっちいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜!」
浩平は飛び上がりながら後ろを振り向いた。そこには、背の小さい少女が湯飲みが乗せられていたと思われる盆を持って、ぺこぺこと頭を下げている。
「浩平ちゃん、見えないからよくわからないけど着物脱いだ方がいいと思うけど」
「ああ、そうかもしれない」
浩平は着物の上半身をはだけた。
「ちょっと浩平!女の人の前で裸にならないでよ!」
「わたしは見えないから」
「わたしも気にしないわよ」
お瑞は浩平をたしなめるが、みさきとお雪はたいして気にしていなかった。一方、お茶をひっくり返した張本人の少女は、自分の不祥事に慌てていた。
「でもその格好じゃあ風邪ひくわね。澪、何か羽織るものもってきて」
お雪の指示で澪と呼ばれた少女は、うん、うんとうなずき楽屋を出ていった。
「浩平やけどしてない?」
お瑞は浩平に心配そうに声をかけた。
「ああ、大丈夫だ」
「ごめんなさいね。あの子そそっかしくて」
「そう言えばあの子舞台に出てた子ですよね」
「そうだっけ?」
「浩平寝てたからだよ」
そんな会話をする浩平とお瑞にお雪が答えた。
「あの子は早苗役の上月澪。この深山座の人気役者ってところね」
「へえ〜・・・あんな小さいのに」
「澪は十六よ」
その言葉に浩平は絶句した。
「えっ!?俺と一つ違いじゃないか!」
その時、楽屋に澪が戻ってきた。その手は衣装と思われる少々派手な着物を持ってきていた。
「ありがとう澪。はい、これ着て。そこのたてかけの裏で着替えるといいよ」
お雪は澪から着物を受け取り、浩平に着物を渡した。
「かたじけない」
浩平はお雪の言う通り、たてかけの裏で着替える。そして、着替え終わると濡れた着物を持って出てきた。
「なんだ?俺に何かついてるのか?」
浩平は澪が自分の方をじーっと見ているのに気がついた。
「もしかして汚れた着物を洗濯したいんじゃないのかな」
みさきが雰囲気で言うと、澪はうん、うんとうなずいた。
「いや、全然大丈夫だからいいよ」
その言葉に澪は悲しそうに顔をうつむいた。
「浩平、洗ってもらったら?何かすごい残念そうだよ」
「う〜ん・・・んじゃ洗ってもらおうか」
澪は嬉しそうに浩平から着物を受け取った。
「雪ちゃん。わたしそろそろ戻らないと、境内の掃除があるんだ」
「あっ、わたしも」
「俺はないや」
「浩平もだよ!」
お瑞のたしなめが入る。
「それじゃあ、これで解散ね。旦那には早めに着物を返すようにするわ」
「それじゃ俺達はこれで。あっ、俺は一丁目の番屋にいるからそこにでも届けて下さい」
浩平達はお雪に頭を下げ自分達の仕事に向かった。浩平達を見送りに出た澪はいつまでも手を振っていた。
「そう言えば澪って子、一言もしゃべらなかったよ」
帰り際、お瑞がそんなことを言った。
「そうか?」
「そうだよ。もしかしてあの子しゃべれないんじゃないかな」
「まさか。いくら芝居の役がしゃべれないからって・・・」
浩平はそんなこと想像もしていなかった・・・・・・・・。


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〜浩平の愚痴〜
浩平「何か中途半端だな」
まあ気にするな。いつものことだ。
浩平「つまり、また一話におさまんなかったんだな?」
そういうことだ。
浩平「進歩しろよ・・・ところでよ今回はどんな話になるんだ?」
う〜ん・・・仕方ない少し教えてやろう。今回は戦闘はない。
浩平「何!?俺の活躍の場がないじゃないか!」
まあ聞け。この話は浩平の過去につながる重要な分岐点なんだ。この話がきっかけで第二部につながるのだ!
浩平「おお!それじゃあ二部からは戦闘もあるんだな?」
ふっふっふっ、もちろん!
浩平「よっしゃあ!」
しかし問題がある。この話がいつ終わるのかわからない・・・・。
バキッ!
ぐあっ!
浩平「偽善者がダウンしたので予告だ!」

澪との出会いは浩平に何をもたらすのか!?浩平は澪に面影を見る!江戸の安眠を浩平が守る!

次回浩平犯科帳 第十三話「夢」ご期待下さい!