浩平犯科帳 第一部 第十一話「約束」
浩平達がお竜の手の者を片づけた頃。お七は周りの異変に気がついた。
「お竜姐、そこにいるんでしょ」
お七は障子の向こうに向かって言った。
「さすがね、お七」
「殺気をそれだけ出してりゃすぐにわかるわ」
お竜は障子を開け部屋に入ってきた。その手には長ドスが握られている。
「まさか本気でわたしの首を取るつもりだったとはね」
「あら、いつだってわたしは本気よ」
そう言うお竜の顔には笑みが浮かんでいる。
「わたしのやみ討ちには失敗したようだけど、どうするのかしら?」
「そうねぇ・・・じゃあここは正々堂々、決闘といきましょうか。庭に出なさい」
お竜は考えるそぶりを見せてから言った。
「いいわよ」
お七は承諾し、長刀を掴み荷物から草履を取り出した。お竜はと言うと、懐から草履を取り出す。最初からやみ討ちに失敗したら、決闘をする気だったのだ。
「変わらないわね。その性格」
お七は縁側から庭に出ると、まずそう言った。
「あら、そうかしら?」
「ええ、思わせぶりな態度をとるところとか、本心を見せないところなんてね」
お七は言いながら鞘を抜いた。お竜も抜き身の長ドスを構える。
「いい、真剣勝負よ」
「わかってるわ。ただしお竜姐、わたしが勝ったら節太や婦亜瑠後のことについて答えてもらうわ」
「勝てたらね」
お七は慎重に相手を観察した。組に居た頃は、何度かお竜と剣を交えたことがある。お竜は女の身で荒くれ者を仕切るだけあって、その腕前は相当なものだ。しかし、それは並みの剣士から見たもので、お七ほどの強さではない。現にお七はお竜の実力を見抜いていた。
(これなら斬らずに済む!・・・)
お七はそう思うと、一気に勝負をつけようとした。
「はあっ!」
お七は間合いを詰め一気に切り込む。しかし、お竜は迎え撃とうともしない。それどころか、口元には笑みすら浮かんでいる。
(何かある!?・・・)
お七はその様子を見て直感した。そして、体を右にずらす。
ヒュッ!
お七が体をずらした瞬間そんな音が聞こえた。
「ぐっ!・・・」
お七は痛みに左肩を抑える。見ると、肩には矢がささりそこから血が流れている。お七が体をずらさなければ、確実に心臓をとらえてただろう。
「あ〜あ、惜しかったなぁ・・・」
お竜は笑いながら近づいてくる。そしてお七の後ろの茂みから、弓を持った男が現れる。こいつがお七を撃ったのだ。
「くっ・・・卑怯よ!最初から仕組んでたのね!」
お七は痛みと怒りに顔をゆがめている。お七は自分に腹が立った。節太のことに気を取られて、判断を誤ったからだ。
「あはは!当たり前じゃない!寝込みを襲うような奴が正々堂々と戦う?甘いわよお七」
お竜はそう言うと、お七の喉元に長ドスをつきつける。そして、お七の刀を足で弾き飛ばした。
「ふふふ、これで邪魔者が消える」
「なぜわたしを殺すの!?こんなやり方じゃ、みんな離れていくわ!」
「それが狙いよ。あいつらお七お七ってうるさいのよね〜。それにわたしのやることに文句を言うし。今時人情をつらぬいていたらやってけないわ。まあこれで、あいつらもいなくなるわね」
お竜はそう言うと、腕を振り上げる。
「くっ・・・」
お七は目をつぶった。
(ここまでか・・・節太、あんたの顔を最後に見たかったわ・・・・・・)
「死になさい!」
ビシュッ!
「くっ!」
「えっ?」
うめいたのはお竜であった。お竜は長ドスを落とし、手を抑えている。
「お七!今よ!」
詩子の声だ。お竜が長ドスを振りおろそうとした瞬間、間一髪駆けつけた詩子が小柄を投げたのだ。お七は詩子の声を聞いた瞬間、考えるより先に体を動かした。
ドカッ!
「キャッ!」
お竜に体当たりをかまし、突然のことに状況を理解していない男の腹に蹴りを入れる。
ボフッ!
「うげっ!」
お竜と男はそれぞれうずくまった。お七はその間に刀を拾う。
「助かったわ。詩子」
「どういたしまして」
お七は詩子に礼を言うと、お竜に近づき今度は逆にお七が刀をつきつける。
「詩子!そっちの男はたのんだわ」
「はいはい」
詩子は男に近づくと、まだうめく男の当て身を食らわした。男は気絶した。
「さてお竜姐。約束通り質問に答えてもらいましょうか」
お七は静かな声で言った。内心ははらわたが煮えくり返る思いだろうが。
「節太の記憶が消えたのはなぜ?」
「やっぱり節太が気になるのね。でもわたしにもよくわからないわ。ただ婦亜瑠後の奴等に用心棒として置いとけって言われたのよ。大体、今回のことだって全部婦亜瑠後に指示されたのよ」
お竜がそう言ったとき、一足遅れて浩平と茜が来た。
「お七!無事か!?」
「遅いわよ、もう片づいたわ」
お七は浩平に答えると、すぐにお竜に目を向ける。
「婦亜瑠後とは一体どういう関係があるの?」
「・・・・・・・・」
お竜は黙った。ここで口を割ることが命にかかることなのだろう。
「ここでしゃべらなかったら、どっちにしたって命がないわよ」
お七は冷酷に言い放つ。
「お、おい。お七・・・」
浩平はそのお七の様子に戸惑った。だがお七はそのまま続ける。
「さあ言いなさい」
「わかったわ・・・あんたは本気になったら何でもするものね・・・」
お竜は重い口を開き始めた。
「わたしが婦亜瑠後と接触したのは二年前よ。組を変えるために闇の仕事をあさってたころね。その時、奴等にであったのよ・・・」
浩平達は黙って聞いていた。
「奴等はいろいろな仕事をくれたわ。資金もね。だからわたしは婦亜瑠後に手を貸した」
「なぜわたしの命を狙ったの?」
「あんただけじゃないわ。そこにいる仁義屋の命もね」
その言葉に浩平達は驚いた。
「俺達のことを知ってるのか!?」
「ええ、全て婦亜瑠後から教えられたわ。お七だけでなく必ず仁義屋も来るってね」
「婦亜瑠後のことについて他に知らないのか?」
浩平は動揺しながら聞いた。
「知らないわ。連絡はいつも手紙だったし、仕事以外で接触することはなかったから・・・」
お竜がそう言ったとき、茜が周りの異変に気付いた。
「浩平!・・・周りの風が変です!・・・」
「何?・・・」
「お七さんそこから離れて!」
そう言ったとき、お竜の周りを重たい空気が押しつぶした。
グシャリッ!
そんな鈍い音とともに、血を吹き出しながらお竜の頭部はつぶれた。即死である。
「くっ!?・・・こ、これは!?」
お七は間一髪、その場を飛んで離れていた。そして、声だけあたりに響き渡る。
「役立たずが・・・貴様はもう用済みだ・・・・・・・」
「ちっ、またこの声か!姿を現しやがれ!」
浩平は辺りに叫ぶ。しかし返ってくるのは声だけである。
「くっくっくっ・・・威勢がいいな小僧・・・だがわたしの相手はまだ早い・・・」
「なめやがって〜!」
浩平は悔しさに顔をゆがめた。
「一体節太に何をしたの!?」
お七は声に向かって叫ぶ。
「どうやらそこの小娘にとって節太は大事らしいな・・・よかろう教えてやる・・・その身をもってな・・・・・・・節太、奴等の相手をしてやれ・・・」
声が言うと、屋敷の廊下から節太が歩いてきた。
「節太・・・」
「小娘よ・・・教えてやろう・・・こやつは強化体として生まれ変わったのだ・・・婦亜瑠後の剣士としてな・・・・・・」
「強化体!?一体どういうこと!?」
お七のその質問に声はあざけるように答える。
「くっくっくっ・・・こやつが強くなりたいと言うので、強くしてやったのだよ・・・その代償に記憶は消させてもらったがね・・・最強の剣士には感情はいらないからな・・・・・・・」
「何ですって!?」
「しかし・・・神奈川ではまだ不完全であった・・・お前と接触してそれがわかった・・・おかげでさらに強化できた・・・」
「許さない・・・許さないわ!人の記憶をもて遊んで!」
お七の怒りはついに爆発した。しかし、声はそれでも余裕を持っている。
「くっくっくっ・・・しかし無駄だ・・・こやつの記憶は一生もどらんよ・・・よかろう・・・わたしは相手をできないが強化体のいい実験になる・・・節太よやれ・・・・・・・」
声の指示通り節太は大刀を抜くと、お七に斬り掛かってきた。
「お七!危ねえ!」
浩平は負傷したお七をかばい、振りおろされた刀を十手で受けた。
バキィィィーーーン
「ぐあっ!」
ズガァァァーーーン
しかし、浩平は節太の力に弾き飛ばされた。そして、後ろに鎮座していた灯籠に激突した。
「浩平!?」
お七は浩平に叫んだ。だが節太はそのお七に無感情に大刀を振る。
「くっ!」
お七は地面を転がり何とかかわす。
「このっ!」
ヒュッ!
詩子が節太めがけ小柄を投げる。
カンッ!
しかし、それを大刀を軽々と振りたたき落とす。
「なっ!?」
詩子はそれを見て驚愕した。
「みんな気を付けろ!そいつの力は人間じゃねえ!」
崩れた灯籠から浩平が起き上がった。
「くっくっくっ・・・どうだ?・・・強化体の力は・・・・・・」
声が愉快そうに響く。
「ふざけないでよ!節太はこんな奴じゃないわ!」
お七が片手で長刀を構えながら叫んだ。
「みんな!こいつの相手はわたしがするわ!手出しはしないで!」
「何言ってんだ!死ぬぞ!」
「そうよ!」
浩平と詩子が反対するがお七の決意は変えられない。
「お願い・・・節太はわたしが倒すわ。もし手出ししたら一生口きかないからね!」
お七はそう言うと、節太と向き合う。
「はっはっはっ・・・これはおもしろい!・・・よかろう・・・節太よ相手をしてやれ・・・・・・」
声が指示を出すと節太は大刀を構え直した。その動きには全く感情が含まれていない。
「お七・・・死ぬなよ・・・」
浩平達は祈る気持ちでこの戦いを見ることにした。
「はあああああーーーーーーー!」
お七は一気に斬り掛かる。節太はお七を迎え撃とうと刀を振りおろした。
ブンッ!
だがそのまま突っ込むかと思われたお七は、直前で後ろにひいた。そのお七の目の前を振りおろされた刀が過ぎる。
「たあっ!」
完全に隙ができた節太に刀を払う。
キイィーーーン!
節太は驚くべき速度で大刀を構え、お七の斬撃を受ける。
「くっ!」
お七は受け止められた反動でいったん後ろに下がった。
「うおおおおおーーーーーーー!」
だがそこに節太は突っ込む。そして、刀を袈裟懸けに振りおろす。
「このおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーー!」
ガキィィィーーーン!
お七は全力でその斬撃を受け止めた。
「くうっ!」
しかし、肩の傷の痛みにうめくと一瞬力がゆるんだ。そこを節太は一気に力をかけてくる。このままではお七は真っ二つになる。が、
ズサッ!
「何!?」
節太の顔に初めて動揺の表情が浮かんだ。お七は全身の力をわざと抜き、地面に倒れ込んだ。節太の体は突然のことについていけず、バランスを崩した。刀身がお七のすぐ脇の地面に突き刺さった。
「節太!ごめん!・・・」
お七はそう言うと、倒れた姿勢から片手で長刀を節太の腹部に突き刺した。
ズシュッ!
「ぐっ!・・・・・・・」
節太は腹から血を吹き出しながら倒れた。
「お七!」
浩平達がお七に駆け寄った。お七は立ち上がると、肩で息をつきながら節太を見た。
「お七!冷や冷やさせやがって!」
「そうよ!やられちゃうかと思ったじゃない!」
浩平と詩子は興奮気味にお七に声をかけるが、お七は二人に何も言わず節太に歩み寄った。
「節太・・・ごめんね・・・今すぐ手当てをするわ」
「お七・・・」
浩平は何も言えなかった。お七は記憶が戻るかもしれないと、まだ希望を持っているのだ。だが、節太に当てをしようと近づくお七を茜が止めた。
「お七さん!いけません離れて!」
「えっ?」
茜の方を振り向くお七だが、その時節太が大刀を掴み体を起こした。信じられない頑丈さだ。そして、お七に
大刀を突き刺そうとする。
「だめです!」
茜はそれより一瞬早く飛び出していた。そして、お七の前にかばうように立った。
「茜!?」
詩子が叫んだ。節太の凶剣はまさに茜をとらえていた。しかし、
バシィ!
何かが弾けるような音がした。
「あ、茜?・・・」
そこには両手を広げる茜と、大刀で突きを入れようとする節太が立っていた。しかし節太の剣先は茜の前で、見えない壁に当たったかのように止まっている。
「これは・・・そうか・・・障壁をもつ者が他にもいたのか・・・ふっふっふっ・・・おもしろいものを見させてもらったぞ・・・さて・・・そこの強化体はもう用済みだ・・・・・・・」
声が響くと、先ほどと同じように重たい空気が節太を押しつぶした。
「ぐあああああっっっっっっ!」
節太は血まみれになってうめいた。
「節太!?」
茜の後ろにいたお七が節太に駆け寄り、抱き起こした。
「節太!しっかりして!」
「うっ・・・・・・お、お七か?・・・・・・」
節太は消え入りそうな声でお七の名を呼んだ。ショックか何かはわからないが、まさに奇跡と言えよう。
「節太!思い出したのね!」
「あ、ああ・・・ごめんな・・・・・・迎えに来るのが遅くなって・・・」
「何言ってんのよ!今すぐ手当てするから!」
お七の声は必死だった。だが節太はお七の頬に手を触れると言った。
「そ、そんなことはいい・・・ただ俺のそ、そばにいてくれ・・・・・・・・」
「う、うん・・・」
お七はいつの間にか、涙を流している。
「お七・・・俺は強くなりたかった・・・でもだめだったんだ・・・・・・だから、俺は婦亜瑠後に・・・・・・馬鹿だったな・・・大切な物を失ってまで・・・・・・・」
「もうしゃべらなくていいよ!」
「お七・・・俺はお前を・・・・・・・」
節太はそれっきり言葉を失った。
「節太?・・・節太ぁぁぁーーーーー!」
お七の声が響きわたった・・・・・・・。
「本当にいいのか?・・・」
「ええ」
浩平はお七の決意が堅いことを知って、それ以上何も言わなかった。節太の死から丸一日がたっていた。節太とお竜の墓を作り、広瀬組に事情を話して時間が過ぎていった。組はしばらくは兵助がまとめていくことになった。そして、浩平達は節太の墓の前にいる。お七は駿河に残らなかった。お七は両国に戻り、浩平達とともに婦亜瑠後と戦うことを決意したのだ。
(節太・・・あんたの敵は必ず討つわ・・・・・・・)
お七は墓に背を向けると歩き出した。新たな戦いへと向けて・・・・・・・。
〜浩平の愚痴〜
浩平「なあ、この話に出てくるお竜って、ゲームの広瀬真希を使ってるんだろ?」
ああ、でも俺の個人的な事情で真希っていう名前は使いたくなかったんだ。キャラが全然違うし。
浩平「ふ〜ん。それにしてもあの死に方はひどいな」
少しMOONっぽくしてみたかったんだ。んじゃ、予告といくか。
両国で起こる新たな騒動!芝居小屋で出会う少女とは!?再び浩平が主役に帰り咲く!
次回浩平犯科帳 第十二話「面影」ご期待下さい!