浩平犯科帳 第一部 第五話 投稿者: 偽善者Z
浩平犯科帳 第一部 第五話「繭の手伝い日記 前編」

ガラァッ!
いつものように雨戸が開かれ、そして目の奥を貫く陽光。
「ほら、起きなさいよぉ!」
お瑞がいつもの様に起こしに来たのかと思うが、今日は少し違った。
「ぐーっ・・・」
案の定、浩平は寝ている。
「起きててっば!」
ユサユサ!
浩平は少々、荒っぽく揺らされる。
「ぐーっ・・・」
浩平はそれでも起きない。
「いい加減に起きろぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!」
ドグッ!
声とともに浩平の腹部に、鈍い音がして強烈な肘鉄が入った。たまらず浩平は飛び上がった。
「ぐあっ!・・・・・・・・ごほごほ」
浩平は呼吸が一瞬止まり、苦しそうに咳をした。
「どう?起きた?」
そこには浩平を見下ろす様にお七が立っていた。浩平はすかさず反論した。
「何しやがるんだっ!」
「あんたをわざわざ起こしに来てあげたのよ」
「なにぃ?そんなことたのんでないぞ!」
浩平はかなり怒っている。あんな起こし方されれば当たり前だが・・・。
「お瑞にたのまれたのよ。あの子、今仕事で忙しいから」
「だからって、こんな起こし方あるか!?」
「昨日のお返しよ」
お七はさらりと言ってのけた。どうやら昨日のことをまだ根にもっているらしい。
「それと、お瑞があんたが起きたら、さっさと朝ご飯を食べろって」
お七はそう言うと、部屋を出ていった。
「なんなんだよあいつは・・・それにしても強力な一発だった」
浩平は腹を抑えながらも立ち上がった。そして、部屋を出て階段を降りる。ここの宿も食事は一階である。
「あっ、浩平。やっと起きたんだ」
朝食を取りに食堂に来た浩平を、お瑞が声をかける。お瑞はちょうど食器の片づけをしていた。
「お瑞・・・明日からは絶対お前が起こせ・・・・・・」
「どうして?」
「あれじゃあ、そのうち死ぬからな・・・」
「何、訳のわからないこと言ってんだよ。そんなことより浩平早く座ってよ。今ご飯もってくるから」
「ああ」
お瑞に言われ、浩平は座布団の上に腰を下ろす。少しして、お瑞が食事を持ってきた。
「はい」
「おお」
浩平の前に食事が置かれ、早速浩平は食べ始める。
「いただきまーす」
モグモグ・・・
「ねえ、浩平」
「何だ?モグモグ・・・」
浩平は咀嚼しながら答えた。
「浩平暇だよね?」
「まあな。モグモグ・・・」
「じゃあ、仕事手伝ってよ」
「やだ。モグモグ・・・」
浩平はあっさり拒否する。
「だめだよぉー、ここにただで泊めてもらってんだから、何かお手伝いしないと!」
「やなもんはやだ」
ズズーーーーッ!
浩平は一息ついてお茶を飲む。それを見てお瑞はため息をついた。
「はう〜っ・・・言うと思ったよ。・・・いいもんっ、それじゃあ浩平には宿代を払ってもらうもんっ」
それを聞いて浩平は黙っていない。
「ちょっとまてっ!どういうことだ!?」
「お金を払ってもらうんだよ。それとも仕事する?」
「くっ・・・人の足元見やがって・・・・・・わかったよ、やるよ!」
「ほんと!?」
その言葉を聞いて、お瑞は顔を明るくした。
「ただし、簡単なやつな」
「わかってるよ。浩平、早速だけどおつかいに行ってきてくれないかな?食事の後でいいんだけど」
「どこにだ?」
「魚屋の魚政さん。お魚の注文に行ってほしいんだ」
「わかった」
「じゃあ、食べ終わったら、注文を紙に書いて渡すから」
浩平の了承を聞いて、お瑞は台所に消えた。浩平は食事を取ることに専念する。やがて、浩平が食事を終えると、言葉通りお瑞がやって来た。
「はい、これ」
浩平はお瑞から注文を書いた紙を受け取った。
「魚政さんは、大通りをまっすぐ行って、六個目の曲がり角を右にいったら見えるから」
「わかった」
浩平は説明を受け宿を出た。そんな浩平にお瑞の声がかかる。
「寄り道しないでよーっ!」
浩平は晴天の中、神奈川の大通りを歩いた。暦も五月になり季節も初夏を迎えていた。川名神社の一件から、すでに一カ月以上が過ぎている。あれ以来、婦亜瑠後の活動はなかった。ただし、それは浩平達の視点から見たもので、実際は何かを起こしているのかもしれない。また、このことを仁義屋の頭である声の人物に報告したところ、浩平はこんなことを言われた。

「婦亜瑠後とは一体何者なんでしょうか?」
浩平が声の人物に向かって話しかける。
「・・・あまりこのことは詮索しないほうがいいよ」
「何か知ってるんですか?」
「今日はここまでにしよう・・・その内、いやでも関わるだろうからね・・・・・・」
それっきり声は途切れた。

浩平は声の人物の、核心を言わないことには慣れていた。核心を言わなくても、流れで必ず核心を知るからだ。先日の一件でも背後関係を知っていたに違いない。浩平は声の人物のことについてはほとんど知らない。仁義屋として出会って二年ほどたつが、年齢もよくわからないのだ。また、声の人物だけでなく、茜や詩子のことについても過去のことはよく知らない。
「まあ、この一週間は仕事のことを忘れるか・・・」
ちなみに岡っ引きの方は、休暇をもらっている。
「折原ぁー!」
その時、後ろからお七の声がかかった。小走りで近づき、浩平に並んだ。
「何だ?」
「え、えっとぉ〜、ちょっと散歩に行こうかなぁーっと思って」
お七はどもっている。ものすごく怪しい。
「ふ〜ん・・・」
浩平は気付いてるのか否か。素知らぬ様子である。
「折原はどこに行くの?」
「おつかいだ。邪魔すんなよ」
それから二人は黙ったまま大通りを歩く。なぜか、お七は浩平と同じ道を歩いている。だが、浩平は別段咎める様子もない。そして、お瑞に言われた六個目の曲がり角が見えてきた。しかし浩平はその手前の路地に入った。
「ちょっと、こんなところに連れ込んで何をする気?」
「とぼけてんじゃねー、お前がここに来たのには何か裏があるんだろう?」
「あら、気付いてたの」
お七の口調は拍子抜けしたようだった。
「当たり前だ。さあ話してもらおうか、お前がここに来た理由を」
浩平はお七を問い詰める。
「その前に聞きたいんだけど、今回の仕事って何?」
逆にお七が聞いてきた。
「だからお瑞のお供だって」
「じゃなくて、仁義屋のほうよ」
「はあ?今回はそっちの仕事じゃないぜ」
「えっ?」
浩平の言葉を聞いて一瞬止まる。
「そ、それじゃあ・・・ほんとにお瑞のお供なの!?」
「ああ」
「そんなぁ〜」
お七はガックリ頭を下げる。心なしか、その肩は震えているように見える。
「ここまで来たのは一体なんだったのよ!?わざわざあんたを追って!しかも高い旅費を払って!」
「なあ、だれに俺がここに来ていることを聞いたんだ?」
「詩子よ・・・」
お七は先日の事件以来、詩子と仲が良くなった。そのため、このことも聞き出したのだろう。まあ、さすがに仁義屋のことについては何も教えてないが。
「おのれ詩子ぉぉぉぉ〜〜〜〜〜!」
お七の顔は怒りで歪んでいる。浩平はそれを見て少し恐怖を感じた。
(詩子、お七が江戸に帰ったら何されるかわかんないぞ・・・・・・・)
浩平は自分にとばっちりが来ないことを祈った。
「ところでお七」
「何?」
お七の目が怒りのため鋭く光っている。だが、浩平は言葉をかまわず続けた。
「そろそろお前の目的を教えてくれよ」
「そのうちわかるわよ、運がよければね。それじゃあわたしは行くわ・・・」
そう言ってお七はフラフラ行ってしまった。
「しゃあない・・・おつかいに戻るか・・・・・・」
浩平は仕事に戻った。

昼過ぎ。浩平は仕事も一段落し、部屋で十手を拭いていた。浩平は道中も十手を持ってきて、日課は欠かしていない。そんな時間もまたもや破られた。
「浩平ーっ!大変だよーっ!」
お瑞が部屋に飛び込んできた。
「何だよ・・・また椎名が来たとでも言うのか・・・・・・」
浩平は適当にそんなことを言った。
「浩平よくわかったね」
「何ぃ〜〜〜〜〜〜〜!?」
浩平は十手を落としそうになった。
「今、裏口でまたせてるから浩平も来て」
「わかった」
浩平はお瑞と共に裏口へ向け、全力で走った。裏口では繭が不安そうに立っていて、周りをキョロキョロ見ている。
「繭、またせてごめんね」
「みゅ〜っ!」
繭は二人の姿を見ると嬉しそうに言った。
「椎名、今日はいったいどうしたんだ?」
「また遊びに来たの?」
浩平とお瑞は続けざまに質問する。
「みゅーっ!」
椎名はそう言って、頭を縦に振った。
「う〜ん・・・まだ仕事があるからまた夕方・・・・・」
「お瑞!・・・」
お瑞は浩平に小突かれ、言葉を止めた。
「なんだよ」
「いいか、お瑞。ここで相手をしたら、こいつは毎日来るぞ・・・」
浩平はお瑞にそっと耳打ちをする。
「それがなんかいけないの?・・・・・・」
「ばか!・・・俺達はもう少しでいなくなるんだぞ。そうしたら椎名はずっと一人になるかもしれないんだぞ・・・」
「だからってほっとくの?・・・」
「いや・・・そういうわけじゃないが・・・・・・」
浩平は思案にふけった。確かに、繭に自分で友達を作ることは難しい。しかし、このまま放って置くのは、友達であるみゅーを失った繭には可哀相すぎる。
「みゅ〜・・・なにこれ?・・・」
「だめだよ繭。これは大事な注文を書いた紙なんだから」
その時、繭がお瑞の持っていた注文票を繭が取り、珍しそうに見つめていた。浩平はそれを見て思いついた。
「そうだっ!ここで、繭を働かせればいいんだっ!」
「ええ〜〜〜〜〜っっっ!?」
お瑞は突然の浩平の提案に声をあげた。
「ほんきなの浩平っ!?」
「ああ、このままじゃあ繭は一人で生きていけないからな。ここで鍛えるんだっ!」
「無理だよっ!」
「そんなもんやってみなくちゃわからん。椎名、お前も働きたいよな?」
「みゅ〜!」
なんだかよくわからない繭は、嬉しそうに声をあげた。
「よし決まりだっ!お瑞、お前はおじさんに事情を説明してくれ。俺は繭の家の方に行ってくる」
そう言うと浩平は繭を連れ、走り去った。裏口にはお瑞が残された・・・・・・。

その日の夜・・・・・。
「ああ〜今日は疲れたぁ〜」
浩平は部屋で大の字で寝そべっている。
「そうだね。そう言えば繭はどうなったの?」
同じくくつろぐお瑞が浩平に聞いた。繭のことについてお瑞の伯父は、手伝いをしてくれるんなら大歓迎と快諾してくれた。一方、繭の実家である椎名屋では、予想通り繭の両親は難色を示した。

「この子に仕事なんて・・・きっとご迷惑をかけます・・・・・・」
繭の義母はそう言って反対した。しかし、浩平は引き下がらなかった。
「そんなのわかりませんよ!それに、このままお嬢さんが心を閉じていてもいいんですか!?」
「それは・・・」
繭の両親は迷った。どうするのが繭にとっていいことなのか・・・。しかし、その迷いを繭が吹き飛ばした。
「・・・わたし、はたらきたいもん」
繭にとって仕事がどういうことなのかは、よく理解していないだろうが、両親の心はその言葉で決まった。
「・・・わかりました。折原さん、お手数ですが繭をよろしくお願いします」
繭の父親がそう言い、両親は深々と頭を下げた。
「まかしといて下さい!」

こうして何とか承諾を得ることができた。そして、早速繭は明日から働きに来るのだ。
「繭と一緒に働くのが楽しみだな!」
「ばかかお前は、苦労が増えるだけだ」
「浩平が働かせようって言ったんだよ」
二人の会話は夜ふけまで続いた・・・・・・。

つづく・・・・・。

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すいません!予定ではこの5話で、繭の話は終わるはずだったんですけど、あまりに長くなり、急きょ四部構成になりました。ほんとにごめんなさい!タイトルが予告と少しかわっちゃったし・・・・・・。あと実際の歴史背景と合わせていく予定なんですが、もう少し後の作品になる予定です。では予定外の予告と一言。

作者の能力の無さのせいで、まだ続く神奈川編!さらになぜ、お七の記憶は消されないのか?という矛盾まで出ている作者!どうやってごまかすんだ!?
次回 浩平犯科帳 第六話「繭の手伝い日記 後編」ご期待下さい!

茜「期待するだけ無駄です・・・」
ひ、ひどい・・・・・・・。