月とネコキャット団・3  投稿者:犬神二号


まえがき

久しぶりに「月とネコキャット団・3」を書く事に決めました。
このままでは、「『ネコ』?何それ」とおっしゃる方も出てくると
思ったので、『FARGO・2』の展開に頭を悩ませている合間に
今まで思いついて書きつけたネタを並べてみました。
少年「『ネコ』?何それ、って思ってる読者さんやSS作家さん、
きっともう五十人くらいはいるんじゃない?手遅れだと思うよ」
犬「…百人に増える前に、手は打たねばならんだろーが…」
苦々しそうに呟く犬。

***

あらすじ

女しか入信出来ない、謎の宗教団体、ニャーゴ。
そこではなぜか猫好きが優遇され、猫嫌いの女は性格矯正のためと
称して、密室に数十匹の猫と一緒に放り込むという拷問を課される
ような事が毎日行われていた。
ニャーゴとは一体何なのか?そして、それぞれの理由でニャーゴに
入信した、イクミ、ユイ、ハルカの運命やいかに?

Sがわらくにゆき先生の「Oれさまギニャーズ」復活記念!
不条理SSシリーズ、第三弾!

***

月とネコキャット団・3

***

第四章

さて、A棟のイクミに視点を戻してみよう。

イクミは、他の二人と違い、『精練』、すなわち例の猫尽くし
おしくらまんじゅう攻撃は受けずに済んでいた。

が、それとは全く別の理由で、今、イクミは、多いに悩んでいた。

***

「う…ん」
今、イクミは、ベッドの上に横たわっている。
何かと疲れたせいか、あっという間に深い眠りにおちていく。
気が滅入るような、薄暗い蛍光灯の廊下。
謎の機会を用いての、目的の不明瞭な修行。
それは、今までの生活とは、あまりにも異なるものだった。

彼女は、夢よりも深い眠りに沈んでいった。
体が重い。まるで、自分の体じゃないみたいだ。
世に言う、金縛りという奴か…

…待った。この感触は。

「きゃあああっ!何やってんのよ、あんたああっ!」
イクミは、自分の上で猫のように丸まっている、重くて柔らかい
生暖かいものを振りおとした。
「うわあっ!」
『それ』は、間抜けな悲鳴を上げて、床にごろごろと転がった。
「あんたって奴はああっ!」
「な、何するんだい一体…」
「それはこっちの台詞よ!」
よりによってイクミの上に乗って寝てやがった、この猫っ毛の銀髪と
銅褐色の肌が今風っぽい謎の少年は、自称、イクミの監視役にして
同居人であった。
イクミがこの部屋を与えられてから、こいつまでもがおまけについて
きたのであった。はっきり言って、迷惑以外の何物でもない。
名前は知らない。後でちゃんと訊くべきだと思うが、それよりまず
こいつの非常識の方が気に触った。
「あんた、寝てる女の子の上に乗るなんて、何考えてんのよっ!」
「いやあ、何と言うか…習性さ」
「…こ、この、変態っ!」
「わ、ちょっと何するんだ、何を…うぐうっ!?」
イクミは少年にチョークを極めながら、扉を開けると、そのままこの
馬鹿を外に放り投げた。
「男女は七つにして床を同じくせずとか、そんなことわざがあるけど、
あんた、やっぱ外で寝てもらうわよっ!」
「ええーっ!そんなーっ!寒いーっ!」
「うるさいわね!あんたと一緒にいたら、貞操が危ない!」
「そ、そんな、誤解だよ、ただ、寒い時には人の温もりが恋しくて」
「男が真顔で言う台詞かあーっ!」
イクミは扉をバンと閉めると、そのまま内鍵をかけてしまった。
「あ!酷い!廊下は寒いんだぞ!おーい!ねーっ!」
「…勝手に凍えて、死ねっ!」
イクミはそう言い捨てて、再びベッドに戻った。
しばらくの間、扉の向こうから、「ねーったら、ねーっ!」という
雄猫のような声が聞こえたが、やがて、何の声もしなくなった。

つまりは、こんな事が毎日毎夜行われていたのだった。

***

第五章

食堂。
昼のこの時間には、そこには二人の女が座る事となる。
一人は、当然の事ながら、イクミ。
そして、もう一人は…
「…」
終始無言、そして無表情。食事にもほとんど手をつけない。ただ、
何か物思いに耽っているような眼差しで、じっと椅子に腰掛けて
そこにたたずんでいる。
綺麗な金髪をオールバックにし、上品そうな紫色のケープを、鈍く輝く
十字の留め金で止めている。
ここの教団員たちの、黒い合成皮革で出来た、ボタンのない武骨な
デザインの制服と比べ、それは格段に優雅に見えた…
ただひとつ、どうしても気になる点を除いて。
「ヨーコさん…」
「…何ですか?」
「そのカチューシャ…何?」
彼女…ニャーゴでは先輩にあたるヨーコは、なぜか猫耳の付いた大きな
カチューシャを着けていたのだ。
可愛いとは思うのだが、はっきり言って怪しさ大爆発である。
「…質問の意味が分かりかねます」
「いや、その…だから、何で着けてるのかなーって」
「…気に入っているからです。何か、不都合でも?」
「不都合っていうか、その…それ、外でも着けてらしたんですか?」
「…外の話は、あまりしたくありません」
(ぐあ…)
この、高貴さの権化のような女とは、往々にして、このように会話が
行き詰まってしまう事が多々ある。
「え、えっと、あの、それに…」
「…意味のある質問をお願いします」
「…」
どうして、こうも話が噛み合わないのだろう。まるで、出した餌を
食わない、または食ってもすぐ吐く、ペットショップから買ってきた
ばかりの家に居着かない、血統書付きの猫のようだ。
(…と)
このヨーコや、あの少年を見ていると、なぜか猫のイメージばかりが
浮かんでくる。
(いけないいけない、疲れてるんだわ、私)
「えーと、何で食べないんですか?冷めちゃいますよ」
「いいんです。熱いの、苦手ですから。冷めてから頂いてます」
(…猫舌…)
イクミは内心呻いた。そして、思った。
この人、動物占いで、「猫」なんじゃないか、と。

(注・「動物占い」の中に、「猫」という属性は存在しません。女性と
会話した時に、恥をかかないようにしましょう)

***

第六章

「ねえ、他の棟へ行く方法を教えて欲しいんだけど」
かつて、イクミは少年にそう訊いた事がある、
「…何で?他の棟に、何か用事でもあるのかい?」
「え?あ、その…」
B棟にいるユイと、C棟にいるハルカと連絡を取れたらと思うのだが、
それをニャーゴの人間である目の前の少年に言うのもどうかと思う。
「…あ、実はね、連れてきた猫と、途中で離ればなれになっちゃって、
それで探そうかと…」
そんな事を喋りながら、相当に無理のある言い訳だなと思った。
…が。
「ええっ!?そりゃ大変だ。ニャーゴの中で猫が迷子になったら、そう
簡単には見つからないんだよ!?…うーん、そうか、そうなんだ」
どうやら少年は、本気でイクミの話を信じ込んでしまっだらしい。
何やら呟きながら、一人で勝手にこくこくとうなずいている。
「あー…うん、そうなのよ。それで、どうしても見つけ出したいのよ」
イクミは内心、ここまであっさりとこんな与太話を信じた少年に呆れ
返っていた。
が、その方が都合が言い。騙される奴が馬鹿なのだ。
しかし、少年も只の馬鹿ではなかった。
「…そうだ!BC棟に直接訊いてみればいいんだ!」
「うわああっ!?ちょっと待ったあっ!」
只の馬鹿ではなく、果てしなく傍迷惑な馬鹿だったようだ。
「…何だよ、いい考えだと思ったのに」
「私は、上の方にあんまり迷惑をかけずに解決したいの!」
「そんな事、気にしないでいいのに…それに、教団員に見つかったら、
どんなによくても数十分間ガミガミ叱られる事は免れないんだよ…」
更にブツブツ言っている。どうやら、一度叱られた経験があるようだ。
「…あ、それなら、こういう手がある」
「え?」
「僕が一緒に付いてってあげるよ!そうすれば言い訳も楽だろう?」
「わーっ、それも駄目!」
こいつは善意で言っているのだろうが、こちらとしては傍迷惑な提案
ばかりである。
「…難題、しょーがないなー。じゃ、A棟住居区の空き部屋のベッドの
下に、非常用通路があるから、それを使えばいい」
「ああ、ありがとう。それでいいわ」
「いい?くれぐれも、教団員には見つからないようにする事。それと、
僕が教えたって言わないでくれよ」
「OK。じゃ、早速」
「…あ!ちょっと待て、言うの忘れてた…」
少年が何か思い出したようにポンと手を叩いたが、その時にはイクミは
もう部屋から消えていた後だった。
「あ…しょーがないなー」
少年は軽く舌打したが、まあいいやと言って、ベッドの上に寝転がって
しまった。

C棟。
ハルカと合流出来たイクミは、ハルカの身に起きた異変に気付いた。
「猫が…猫が、うーふふふ…」
ハルカに、C棟ってどんな所なのか訊いたら、瞳孔を全開にしながら、
そうブツブツと呟いたのだ。
「猫?…どうしたの、一体」
「…イクミ…あんたはアレを経験してないの?」
「アレ?いや、知らないけど」
「…あ…そ…」
何やら、猫に関する事で、しかも錯乱状態になるような何からしい。

イクミがその正体を知ったのは、B棟のユイと再開した時だ。
B棟精練の間で、イクミとハルカが見たものは…
密室の中、何十匹の猫の中に埋もれて、泡吹いて気絶しているユイの
姿であった。
「…こ、これは…」
「…分かった?何が行われているか」
「…そ、そんな…何て…何て…」
「…酷いでしょう?これじゃ、身がもたないわ」
しかし、イクミが考えていたのは、全く別の事だった。
(何て羨ましい…)
猫好きのイクミにとっては、正に理想そのものではないか。どうして
この二人、錯乱だの気絶だのしているんだ?
「よっこいしょ…と」
ハルカがユイを引きずり出した。幸い、猫は皆ぐっすり眠っていて、
さしたる手間はかからなかった。
「い…犬…私は猫より犬が好き…」
ユイが、何やらブツブツ呟いている。
「…さ、帰りましょ…イクミ!何やってんの!行くわよ!」
寝転がっている猫達をなでなでしたり、ぎゅーっと抱きしめたりして
いるイクミに、ハルカがそう叫んだ。
「え?ああ、今行くわ…」

「…何なのよ!アレは一体!」
少年は胸ぐらを掴まれ、暖かいベッドの中の微睡みから、寒い部屋の
空気という現実に晒された。
「…アレ?」
「他の棟の信者の人達、猫とおしくらまんじゅうしてたじゃないっ!」
「ああ…見てしまったか…精練の間には、入らないようにちゃんと
言うべきだったな…」
「何なのよっ!何でA棟にはアレがないのよっ!ああ、羨ましい…」
「…ホラ、やっぱりそういう事言うし…だから嫌なんだよな…」
少年は何やらブツクサ呟いていたが、しょうがないなと言って、
自分の胸倉を掴んでいるイクミの手を離した。
「…アレはね、猫嫌いのクラスBC信者の性格を矯正するために
やってるんだってさ。あれに慣れれば、猫好きになれる訳で、もう
既に猫好きのクラスA信者の君には関係なし!」
そう言って少年は、入信時にイクミの首に着けられた、「Aー12」と
いう鑑札の付いた首輪を指さした。
「…うう…」
「…全く。で、探していた猫は見つかったの?」
そんな事を訊いてくるのでイクミは大いに困惑した。
(うっ!今更忘れかけていた初期設定なんて持ち出してくるなーっ…)
しかし、そんな事叫ぶ訳にはいかない。
「…見つかったわよ、一応」
「で、その子、おしくらまんじゅうされていた?」
「そうよ、それで錯乱していて…」
「…」
「…」
「信者だね、本当に探していたのは」
「…うぐ…」
そう呟く少年の顔は、『裏切られた』というより、『ま、そんな事も
あるだろうな』という感じの顔だった。
「ま、別にいいよ、僕を騙してた事は。ただ、今度からは止した方が
いい。リスクが高すぎる」
「え?それはどういう…」
「他の棟へ侵入するのも、それから『僕を騙すのも』、だ」
そう言った少年の目は、少しだけ怒っていた。
「…ご…ごめん…私が悪かったわ…」
「ん、それならいいや」
少年はそう言うと、再びベッドの中に潜り込んだ。

(…でも…今更、そんな事言われても…)
イクミとしては、二人と連絡を取り合うことは何より優先される。
それに、やはり、A棟には猫耳美女と猫っ毛少年はいても、本物の猫は
いないのだ。
さっき久しぶりに触った、猫の感触が忘れられない。あれのためなら、
もう一度リスクを侵してでも、BC棟に行ってみたいと思う。

「…ところであんた…何、人のベッドの上で寝てんのよっ!」
「うひゃああっ!?」
イクミは少年を、ベッドから床へ、ごろんと突き落とした。
「な、何するんだよっ!」
「ベッドの使用権は私!あんた、レディファイストって概念ないの?」
「何だよ!男だの女だの、関係ないじゃないかーっ!」
「あるっ!女の方が基本的に体温が低めーっ!」
こうして、この日から、ベッドを巡っての、両者の仁義なき戦いが
始まったのだった。

***

第七章

「…うう…寒い…」
そして、今夜もまた少年が追い出され、廊下をウロウロしていた。
結局、イクミがBC棟に行くのを、少年は止めなかった。イクミが
戻ってくるまでは、ベッドの使用権を勝手に奪って、ぐっすりと惰眠を
貪れたからだ。上が知ったら怒りのあまり脳溢血を起こすくらいの
職務怠慢である。
でも、まあ、結局、彼女が戻ってきた時点で、このように寒い廊下へ
放り出されるのであった。
「…ん?」
A棟修行区廊下をぶらついていると、壁際に、知り合いがぺったりと
貼り付いている。A棟巡回班の奴だ。
通気口越しに、住居区の…イクミではない、誰かの部屋を覗き見してる
ようだ。
(…僕の事は、気が付いてないみたいだな…)
少し、悪戯心が涌いてきた。抜き足差し足忍び足で、音もなく巡回員の
背後を取ってみた。
(さ・て・と…)
すう、と息を深く吸うと、限りなくA棟巡回班班長に近い声で叫んだ。
『こらーっ!仕事もせんと、貴様何やっとるかーっ!』
「うわーっ!誤解です班長ーっ!これも信者の監視のうちですーっ!
…あれ?」
ぎょっとした巡回員は、反射的にそう返答した後で振り返り、少年の
顔をみて怪訝な表情を見せた。
「…あ!このガキ!よくもやりやがったなーっ!」
「はーははは!まさか本当に引っ掛かるとは思わなかったよ!」
「うるせーっ!本気でびっくりしたんだぞーっ!」
「ごめんごめん。で、一体何を除いてたんだい?」
「…ああ、お前も、見るか?」
言われて、少年は通気孔から部屋のなかを覗いた。
中には、金髪の若い女…Aー9、ヨーコの、あまりにも無防備で幼い
寝顔があった。もちろん、猫耳カチューシャはそのままである。
「…彼女は?」
「どーだ、可愛いと思わんか?」
「…まあ、ね」
「だろう!?」
何やら過剰な反応を見せながら、巡回員は続けた。
「お前はここに配属されたのがほんの数日前だから知らんだろうが、
俺がもっと前入信して即ここに配属される、もっと前からいたんだ。
何かもう、可愛いっつーか、美人ちゃんっつーか、何つーか…」
熱心に捲し立てる巡回員を見て、少年は呆れたように呟いた。
「…ファンなんだね、彼女の」
「そうだ!猫に、可愛い猫とふてぶてしい猫がいたり、女に美人や
ブスがいるように、猫耳女にも色々あるんだ。そして、彼女ほどの
逸材はそうそうないぞ!本当にもう!」
何やら一人で興奮している巡回員。よっぽどメロメロらしい。
「…ウーマンリブや動物保護団体とかから、いつか屠られるよ、君。
それと、彼女の猫耳、偽物なんだろう?人間の耳が一緒に付いてる」
「ああ、俺は猫耳が付いていれば、それで猫耳女と認めるタイプ」
「…マニアック変態オタクだなあ」
少年の台詞を耳し似た瞬間、巡回員は少年を絞め落としていた。
「き・さ・ま、言うてはならん事をーっ!」
「ぐわーっ!だって、本当にその通りじゃないかーっ!」
「たわけーっ!ウサ耳女がアメリカの古式ゆかしき伝統であるのと
動揺に、日本でも猫耳女は市民権得とるわーっ!」
「暗に、『PLAYB○Y』誌の受け売りのような事を…ぐええ…」
二人の眠れる美女達の、壁一枚隔てて隣で、二人の男達の、下らない
醜悪な争いが始まった。

(続く)

***

あとがき

犬「いやー、久しぶりに書いたもんで、量が多いですねえ。てな訳で、
久しぶりの『ネコ』、どうでしたか?」
A巡「久々に出番があったよな。『怠惰』以来だ」
少年「『小犬』は?」
A巡「作者の出てくる日記SSは、邪道だからノーカウントだ!」
犬「…うぐう…」
少年「で、何で『FARGO』や『小犬』じゃなくて、『ネコ』?」
犬「あー、久しぶりに元気になったもんで、その勢いに任せて書いた。
やはり、自分の部屋で、昼間、青い空を見ながらSSが書けるってのは
いいもんだなあと思った」
A巡「そー言や、すがわらKにゆき先生って?」
犬「むかーし、桜T吉先生のアシスタントをやってらした漫画家先生。
脱力日記漫画『おれギニャ(略)』の他にも色々描いてらした。その
漫画の中で共通して使われている、悪戯好きの猫達の組織の名前が、
実は『ネコキャット団』なんだな」
A巡「…お前、渋っ濃いいオタクなんだな」
犬「えーえ、渋くて濃ゆくて小洒落たオタク出身のプロを目指して、
頑張ってますよ」
少年「で、『おれギニャ』とか、他人事とは思えなかった、と?」
犬「うん。『コミッ○ライス』誌での最終回は、不覚にも感動して
泣いてしまったよ」
A巡「…で、『ポプリク○ブ』誌で再開した時は、心からホッと
したんだったよな」
犬「そうそう…ん?こらー!お前ら、人のプライバシーを勝手に
暴くんじゃねー!」
二人「うわーい、逃げろーっ!」

『三人の男達の、下らない醜悪な追い掛けっこが始まった。』
(終)

***

次回予告

多分、『小犬』になると思います。
お題は、『タクSS作家オフ会』だーっ!