魂の暗殺者、消えた世界の向こうに  投稿者:犬二号


まえがき

副題「戦術小犬日記・11/28」
犬、何やら大喜びで跳ね回っている。
犬「やったーうわーいいえーい!おめでとう俺よーっ!
(Sくにゆき先生風)」
巡回員「おいおい何だどーした何事だオイ」
少年「テストの予習があまりにキツくて、狂ったのかな?」
犬「違ーう!11/28は、俺の19才の誕生日なのだー!」
二人「…ええっ!誕生日ーっ!?」
犬「はっはっはー!そのとーり!そーゆー訳で、生まれて初めて、
誕生日本とゆーものを作ってみよーと思った!」
巡回員「誕生日本ン!?」
少年「というよりも、誕生日SSだね」
犬「まーそーだな!それで、以前没案にしたシリアス話を手直し
して出そうと!こう思ったのだよ!」
二人「わー、パチパチパチ(犬の狂気をやり過ごすように)」
犬「では、行ってみましょう!『暗殺者』!」

でも、投稿したのは12/2。テストの関係です。やれやれ。

***

『…楽園が、欲しくはないか…』

「…楽園…だって?」

『そうだ、楽園だ…』

「…今からお前に消去されるこの僕に、楽園…だって?は、笑わせる」

『…望むなら…新たな…貴様だけの楽園をくれてやろう…』

「…天国か。生憎だが、僕はそんなものの存在を信じてないんだよ」

『…』

「ごたくはいいから、やるなら…さっさとやってくれ」

『…よろしい。では…』

***

EYES・ONLY
COPY・ONE・OF・ONE
特級機密教団命令#065535
実験計画名「絆なき永遠」に関する書類:
完全破棄

***

誕生日読み切りSS「魂の暗殺者、消えた世界の向こうに」

***

「…ねー、パパあ、聞いてるー?」
「…えっ?」
そして今、目の前には、男の子だか女の子だかわからないような
幼い顔がぺったりと貼り付いていた。
「わっ!びっくりした…何だい、未悠?」
その顔は、少し困ったような、気まずいような、しかし甘えた表情を
浮かべていた。
未悠「ねー、昨日見た人形、買ってよー、ねーねーねー」
「…おねだりの顔だったか」
未悠「え、なーに?」
僕は、コホンと咳払いすると、取り敢えずはっきりと言っておいた。
「あのね未悠、お父さんは、五十万円もする『地下ダンジョンの主・
暴走ハムスター』人形なんて買えないんだ」
未悠「えーっ!?ケチーッ!」
「ケチじゃないよ。大体、前買ってあげた『眉毛付きバニ山バニ夫』
人形、お腹破いて中の喋る機械取り出して、そのまんま三日で丸ごと
捨てちゃったじゃないか」
未悠「それとこれとは話が別ーっ!」
「…」
僕はそろそろ、ハンバーガーショップのテーブルの上に四つんばいに
乗っかって父親にだだをこねている娘に、奇異と不快の視線を投げ
かけている他の客や店員が気になってきたので、取り敢えず未悠を
向かいの席まで持ち上げ、どすんと下ろす事にした。
「…あのね、いいかい、未悠、あまりわがまま言ってると、今晩の
夕御飯の中に、生ピーマンの微塵切りとか入れるよ。それでも、
いいんだね?」
未悠「ええええーっ!?そんなの嫌だ嫌だあーっ!」
かなり本気で嫌そうだ。
「なら、取り敢えず外では静かにしようね。さ、そろそろ全部
食べちゃって、買い物に行こう」
未悠「…はあーい」
未悠は手早くテリヤキバーガーにがっつくと、口の周りをソース
だらけにしながら、あっという間に平らげた。僕も、結局未悠が
食べてくれなかったサラダボウルに手を付ける事にした。
未悠「ちょっと、トイレ行ってきまーす」
「え、ああ、はいはい…って、こら!口の周りはちゃんとふいて
いきなさい!」
未悠「あーとーでー!」
未悠は僕の制止も聞かず、トイレに勢いよく走り出すと…

ドシーン!

トイレから出てきた、青っぽい髪を後ろで束ねた青年に正面衝突
したのだった。
(…ああ、あの馬鹿…)
青年「おっと、大丈夫かい?」
未悠「あ、はい…うわ」
未悠の声の調子がおかしい。
「…うわ!」
事態を把握すると、僕もそう叫んでしまった。
未悠の口の周りのソースが、青年の上着にべったりと付いてしまって
いたのだ。
…あの、馬鹿っ!
「わー、済みません!未悠っ!だから言ったろーっ!このお兄さんに
謝んなさいっ!」
未悠「わー、ごめんなさいごめんなさい!」
青年「うわ、これはなかなか取れそうにな…あ、いいですよ、別に」
「いや、せめてクリーニング代だけでも出させて下さい。僕は…
こういう者です」
僕はそう言って、名刺を差し出した。
青年「精神科医の…天沢先生、ですか?」
「天沢医院で院長をやっている者です。記憶と深層意識を主に
取り扱っています」
青年「…記憶と…深層意識…ですか?」
青年は怪訝な顔になった。
(…ま、そりゃそうだろうな)
世界広しとはいえ、そんな限られた妙な領域を守備範囲としている
精神科医の話など、普通耳にするはずもなかろう。
それに、こんなに若い院長先生なんかもそういるまい。目の前の青年
よりは、僕の方が多分確実に若いのである。
「未悠、トイレに行ったらまず顔をちゃんと洗いなさい!いいね!
えーと、それで、あなたのお名前は?後で連絡しますんで…」
僕がそう言ってメモを取り出そうとすると、
青年「あの…天沢先生、よろしければ、ちょっとお時間を頂けません
でしょうか?」
その青年は、何やら深刻な顔で、そう言うのであった。

***

未悠がトイレに行っている間、僕は青年の話を聞く事にした。
青年「僕の名前は…巳間良祐といいます」
その、巳間という青年は、申し訳なさそうに、その分かり辛い漢字の
読みについて説明した。
「いいですよ。僕の名前も、普通その漢字は使いませんからね」
巳間「そうですか。それで…記憶と深層意識を扱うっていうのは?」
「あー…普通、精神科の手法は、カウンセリングや精神療法、後は概ね
薬物治療ですが、僕はさらに、一風変わった手法を使っているんです」
巳間「と、いうと?」
「接触により、有害な記憶、深層意識を消去するのです」
巳間「は?」
ああ、信じてない。
信じられないだろう事は分かっていたのだが、その度に説明するのが
面倒臭くてならない。
巳間「そ、そんな超能力みたいな話があるんですか?」
「あー、これは、実際に体験してもらった方が分かりやすいですね…」
そう言いながら僕は、追加注文しておいた紅茶二つを横に並べた。
「一応、どっちが自分の紅茶か、分かりますね?」
巳間「え?あ、はい」
「それでは…」
僕は、医者の癖に似合わないといつも指摘される、赤い玉の付いた
首輪を外した。
「これ、患者さん達からいつも、外せとか、着けてると怪しいとか
言われるんですね。でも、力を使う必要のない時は、これが必要
なんですよ。さて、動かないで下さいね…」
僕は手早く、巳間の額に手を当てると、少し「念を込めた」。
「…はい、終了。ところで巳間さん、あなたの紅茶はどっちですか?」
巳間「え?えーと…あれ?あれ…ええ!?」
巳間は、あわてふためいた様子で両方のカップを見比べた。
「どうです?思い出せないでしょう、その記憶だけが、全く」
巳間「え、ええ…」
巳間はうなずいた。どうやら、納得したらしい。
「まあ、そういう訳です。何か、記憶や深層意識の事でお悩みが
あったら、うちに来られてはどうですか?初診の時カードを作れば、
二回目以降からは割引で…」
巳間「…ああ、その話なんですが…」
巳間は、急に深刻な顔になると、紅茶をぐっと飲み干そうとして…
また、混乱に陥った。
「その、口を付けてあるのが巳間さん、付けてないのが僕ですよ」
巳間「あ…どうも…」

***

未悠がトイレから出てきた。
未悠「ねーパパあ、お顔、ちゃんと洗ったよ」
「んー、上出来だ。さあ、ちょっとお父さんは、このお兄さんと大事な
お仕事の話があるからね」
未悠「ええーっ!?」
未悠は、不満そうに叫んだ。
「ほら、そんな声立てない。お兄さん、困ってるだろう?…ああ、この
CDでも聞いてなさい」
そう言うと、僕は未悠に携帯CDプレイヤーと、「アルファレ○ード/
YM○2/テクノポリス・君に胸キュン(浮気なバカンス)」を差し
出した。
「…さて、何でしょう?」
巳間「ああ、あの…」
巳間は、何やら沈痛な面持ちで、窓の外の駐車場を指さした。
巳間「向こうに、白い車が停まっているでしょう?」
その指先には、確かに白い小柄な車と、その助手席に座っている、
大きな濃黄色のリボンを着けた、茶髪の女が見えた。年齢は…僕と
同じくらいか。
「妹さん…彼女?」
巳間「彼女です、今は。それで…」
死ぬ程渋い顔で、巳間は紅茶をすすった。
「…?どうなさいました」
巳間「…これは、本来、他人に言うべき事ではないんですが…」
かなりの逡巡がある。
「…巳間さん?」
巳間「…先生…ここで僕が先生とお会いしたのも、何かの縁でしょう…
ですから、包み隠さずに言いましょう…」
そう言ってからも、なお相当の戸惑いを見せつつ、やがて、何やら
全てを諦めたような顔になり…
彼は、ボソリと呟いた。
巳間「かつて…僕は、あの娘を…由依を、強姦した事があります」
…
何だって?
巳間「僕は、かつて、今は亡き宗教団体兼研究機関の下級研究員として
働いていた事があるんです」
僕は、未悠をちらりと見た。
未悠は、「テクノポリス」に合わせて、アルファベットを呟いていた。
「…よろしい。先を続けて」
巳間は、消え入りそうな声で、歯切れ悪く続けた。
巳間「そこの教団の教義の一つとして…下級教団員が、女性しか
いないんですが下級信者に、精神の鍛練と称して、輪姦を行うと
いうのがありました。そして…あの娘は、下級信者だったんです」
巳間は、そこで一端言葉を止めた。顔色が相当に悪い。
「…続けて」
巳間「…はい。僕が組まされたのは、その棟の総責任者で…ものすごく
加虐的な男でした。それで…いや、止しましょう。結果的に、僕が
そいつと組んで、彼女含め数名の女性を輪姦したというのは、どうあれ
動かしがたい事実なんですから」
「…それで…今は?」
巳間「教主の死により、教団が崩壊した後、僕は、今まで強姦してきた
女性に謝り続けました。そのうち、ほぼ全員からは、謝罪そのものを
拒絶されたんですけどね…そして、最後に強姦した名倉由依…あの娘に
謝罪しに行ったのですが…その…」
「…その?」
巳間「彼女はそもそも、僕の顔なんか覚えてないようでした。しかも…
その、実は、彼女、僕の妹の友達だったらしかったんです。それで、
名前を言った瞬間、急に親しくされて…それで、謝罪を切り出す事も
出来ずに…気が付いたら、彼氏彼女の関係に…」
「…なるほど。それで?」
巳間「それで、親しくなって…そのうち、肉体関係をも持つように
なって…その時、分かったんです」
巳間の声のトーンが、急に元に戻ったので驚いた。
「…って、何を?」
巳間「彼女は僕の顔は知らなくても、強姦そのものは覚えてるんです。
終わった後で、彼女が悪夢を…内容は明しませんでしたが、多分その
強姦の記憶を思い出して、脅えたような顔で目を覚まして…僕にしがみ
ついて、泣いたんです。そして…こう、言われたんですよ…」
彼の声のトーンが、また急激に、暗く、低くなる。
「…何を…言われたんですか?」
巳間「…」
巳間は、まるでそれが最も忌むべき内容であるように、地獄の底から
響いてくるような呻き声を立てた。
巳間「…『お願い、一人じゃ怖いの、ずっと、ずっと側にいて』…と」
「…それは…」
それじゃあ…
…返す言葉が、あるはずもなかった。
巳間「芯の強い彼女が、ああまで自分の弱さをさらけ出したのは、
あれが最初で、そして最後でした」
「…彼女のその記憶を…消せと?」
巳間「…そういう…事です」
僕はその時、多分故郷が戦火に焼き尽くされでもしたような恐ろしい
形相をしていたのだろう。巳間は、僕の顔を一瞥すると、がっくりと
うなだれ、そして何かを覚悟したような瞳の輝きを見せた。
巳間「全てが終わったら、僕は警察に自首しようと思います。それが、
僕の本来の目標だったので…」

「…止しなさい」

僕の言葉に、巳間は、え、と呟いた。
「強姦はね、親告罪なんです。あなたが自首したら、警察は彼女に
訊くんですよ。『君、名倉由依は、巳間良祐に、これこれこういう
状況下で強姦されましたか』…と。それで…記憶の有無は関係なしに、
彼女が不毛に苦しむ事は目に見えてますね」
巳間「し、しかし、僕は罪を償わなくちゃ…」
「もちろん…」
彼の言葉が少しだけうるさくなってきたので、僕はそれを遮った。
「法に照らすなら、あなたは告発されてしかるべきだ。僕も本来はそう
思う。ただ…法というのはですね、結局、あなたがやった事によって
起きた影響全てを、社会の代理たる司直が値踏みし、裁きという形で
清算する、そういうシステムですね。まあ、それでも、この腐った社会
には、前科による差別と、唾棄すべき事に、強姦された女性に対する
差別という、愚劣な信仰がある。そういったものと、このまま無限に
続くあなたの自責の念と、彼女の苦しみ、それら全ての負債を、
あなたの立場とか、彼女の立場から考慮すると…」
巳間「…?」
僕は、少しぬるくなった紅茶を飲み干すと、結論を下した。
「その依頼は、お断りせざるを得ないでしょうね」
巳間「…あの、どうして、ですか?」
「これは、僕や司直の手を煩わせるまでもない、あなたと彼女の絆の
問題です。あなたのすべき事は、彼女の心の傷を許して…本来、罪を
犯したのはあなたで、彼女は被害者なんですから、許すいわれは
ないんですが…まあ、許してやる事です。その後で、あなたが彼女に
自分の罪を悔いるかどうかは、それはあなたの判断にお任せします」
巳間「…し、しかし、どうすれば」
「あなたが彼女の信頼に足る、包容力のある人間である事を、考え付く
限りの方法で示せばいい。そして、今度彼女が苦しんだ時に、問えば
いいんです。『どんな内容でも驚かない』、と言って。そして…話を
聞き終わったら、『もう心配ない、僕がついているから』とでも言えば
いいでしょうねえ。そんな所でしょうか、僕に言える事は」
巳間「…先生…」
いきなり、彼がすっくと立ち上がったので僕は驚いた。
巳間「有難うございました。感謝します」
巳間は、急に深々と頭を下げると、泣きそうな顔で店から出ていった。
「あ、ちょ、ちょっと!?」
多分、人前で泣くのが苦手なのだろう。しかし、
(上着…いいのかなあ?)
それと、店員さんが彼のテイクアウト番号を呼びながら困っている。

***

この能力は、元々僕がこの世界に封印される前からあった。
もっとも、かつて僕らを支配していた専制君主の意向で、その能力は
厳重に抑制されていたのだが。
僕らがいた、馬鹿馬鹿しいほど巨大な牢獄の中では、僕らが能力を
使う事は、即、死を意味していた。
ここでは、能力を自由自在に使った所で、命に別状はないし、誰も
文句を言わない。
だから、この首輪は、自分で自分を制している、その証だ。
僕が能力を使うのは、その事を僕自身が特に望んだ時に限られる。
そして、ほとんど同義なのだが、それが必要とされる時だけだ。

必要とされる時…
出来れば、それさえ無ければ理想なのだ。
しかし、そうもいくまい。この、牢獄のない世界ですら、悪意の影は
確実にうごめいている。世界そのものが、意識でも持っているように。

…誰の?

…恐らく、僕自身の。

***

あの手の相談は、今回が初めてではない。
もっと救いのない相談事だって、何度も受けた事がある。
まあ…あれはあれで、よかったのだろうか。

未悠「ねー、パパあ、お願いお願い、アルジー人形買って買って、
買ってよー!」
「だーかあーらー、そんなお金ないの!人の話はちゃんと覚えろ!」
で、僕らは今、デパートにいる。予定通りのお買い物だ。ただ、
恐れていた事に、玩具売り場前で、未悠がそう言ってだだをこねて
しまった。
未悠「あれくれたら、野菜だってちゃんと食べるからあー」
「そんなもん、交換条件にならない。無茶言わないで、そこの
子供広場で遊んでなさい。入場料五百円くらいなら、桁三つ違いで、
僕にも出せるからさ」
未悠「うー…」
玩具売り場と子供広場を見比べ、激しい逡巡を見せる未悠。この娘は
本当にわがままだが、こういう所はやはり可愛いと思う。
(…ん?)
目の前を、どこかで見た女性が横切っていく。
(…ああ)
さっきの、巳間の彼女だ。男物の上着を持って、向こうの女子トイレに
入っていく。
(あの上着、未悠が汚した奴の替えだな、きっと)
だとしたら、申し訳ない。
…ん?
彼女を見ている者が、もう一人いる。
青緑がかったウェーブの髪の、眼光の鋭い清掃業者のバイト然とした
格好の青年だ。
(何だ?)
僕は、とりあえずその清掃業者を放っておいて、未悠の説得に戻る
つもりだった。

その男が、彼女がいるにも関わらず、「清掃中」の看板を下ろして、
女子トイレに入っていくまでは。

(!?)
僕の中で、何やら閃くものがあった。
「未悠、ちょっと用事が出来た。五百円あげるから、遊んでなさい。
十分くらいで戻ってくるから」
未悠「え?」
「じゃあな」
僕は、未悠に五百円を渡すと、そこを離れた。

***

名倉「な、何するんですか…」
彼女…名倉由依は、壁の上から突如現れた男に、下半身を手で隠しつつ
身を固くした。
業者「へっ、何するんですか、と来たか。何も知らねえ小娘のように、
よく言うぜ」
名倉「な、何だってんですか!」
業者「お前、俺の顔に覚えはないのか?んー?」
名倉「…誰なんですか、一体」
業者「お前の、バレたら困る重大な秘密を知る者さ」
名倉「…!まさか、あの時のっ!」
清掃業者は、一気に青ざめた彼女の表情を見ると、この上なく下卑た
笑みを浮かべた。
業者「そうだ。分かったら、壁に手をついて、ケツを高く上げな」
名倉「…っ!嫌ですっ!何で今更っ!」
業者「ジタバタすんな!彼氏とダチと姉貴にバラされたくなかったら!
もう一度、一家離散の憂き目を味わいたくないんなら、どうすべき
なのかは分かってるよな?」
名倉「!…っ…」
清掃業者から逃げようとする、名倉の動きが止まった。
業者「はん、急に大人しくなりやがったて。つまらん…もっと恐怖と
絶望に歪んだツラを見せろ!」
ガチガチと歯を震わせていた名倉だったが、やがて意を決したように、
すう、と息を吸い込んだ。
業者「おっと、叫ぼうってんなら無駄だぜ。さっきここに『清掃中』の
看板を置いた。誰も来やしねえよ!」
名倉の息が詰まる。左肺を殴られたのだ。
名倉「!けはっ…うええ」
業者「…ふん、いい顔だ。だが、まだ足らんな…」

***

「ツリ目!青緑ウェーブの髪!覚えはないか!」
巳間「…高槻だっ!もう片方の奴です!」
「阻止する!ついてこいっ!」
僕は、途中で見つけた巳間に相手の正体を確認すると、そのまま
振り返らずに女子トイレに向かった。

***

高槻「オラッ!もっと絶望したツラを見せるんだよっ!」
名倉「きゃっ…!」
高槻は、絶望というより敵意に満ちた名倉の顔を引っぱたいた。
高槻「…このアマ…お、そうだ、忘れてたよ、アレがあったんだ…」
名倉の胸ぐらを掴むと、高槻は、邪悪極まる歓喜の表情を浮かべた。
高槻「いい事を教えてやろうか。あの時、お前を犯ったもう一人の
話だがな…」
名倉「…っ?」
痛みと憎悪に満ちた名倉の瞳が、高槻を睨んでいる。が…

高槻「そいつな…今のお前の彼氏だよ」

名倉のその瞳が凍った。
名倉「…何…ですっ、て…」
高槻「ハ、巳間の奴も上手い事やりやがったぜ、結局まんまと犯った
相手を自分のもんにしてしまいやがって。俺なんか及びもつかん悪党
ぶりだ。そう思わんか?ん?」
名倉「う…そ…だ…」
名倉の体が、小刻みに震え出す。
名倉「だって、良祐さんは、私の友達のお兄さんで…すごく優しくて…」
高槻「は!馬鹿かお前は!全部計算ずくに決まってるだろうが!」
名倉「…っ!嘘!ウソウソ!私、信じない!信じないいいっ!」
高槻「そうだよ、そのツラだ。欲情させてくれるじゃ…」

「そこまでだ」

***

その声が相手に届いてたかどうかは分からない。
鍵のかかった扉を蹴破ると、僕は女子トイレの中に侵入した。
高槻「ん?何ですかお客さん、今はまだ清掃中ですよ。それにここは
女子トイレで…」
高槻という名前らしいその青年は、清掃業者としてのカバーをかぶった
ままで通そうとしていた。見苦しい。
「嘘は止せ。どう見ても、女を脅して手込めにしようとしているように
しか見えん」
ズボンを半分ずり下ろしているのである。弁解の余地もあるまい。
高槻「…へっ、バレたか。そういう事ならしょうがない…」
高槻はズボンをはき直すと、悪びれもせず、どうしようもなく腐った
笑みを浮かべた。
高槻「なあ、お兄さん、あんたも一緒にどうだ?黙ってりゃ、誰も
来ねえんだし、ここは共犯って事で、どうだい、一発…」
(…)
…こいつ…何を言っている…
…こいつが、今までどんな腐った世界で、どんな救いようのない連中に
囲まれ、どんな穢らわしい仕事をしてきたか、よく分かる台詞だ。
(…こいつ…)
胸の中に、何か凶悪な衝動と、深い悲しみが去来した。
…屑め。
高槻「さあ、来なよ、ほら…」

***

この世界は、あいつがあの時僕に与えたものだ。
最初は、僕しかいない、他には何もなかった世界。
それが、僕が一人でいるのが寂しくなった時に、急激に形を成して
いったものだ。
ほとんど全てのパーツが、僕の記憶と深層意識から成っている事が
分かるまで、さほど時間はかからなかった。
巳間も、名倉も、高槻すらも、僕の記憶の片隅に存在する、彼ら本体の
イメージ、それも相当に歪められたものに過ぎない。
未悠は、僕の深層意識の影だ。
この世界に一人きりだった時に、僕は強く絆を欲した。命懸けで愛した
たった一人の女と、僕との間の。
多分、その、具象だ。

が、僕の記憶と深層意識の世界の住民全てが、僕にとって安全な存在
なのではない。
こいつのような…敵もいる。

***

高槻「…はあっ!」
高槻は、近づいた僕に、ポケットに忍ばせておいたナイフをブンと
振りかざした。
「…っ!」
身をひねってかわす。
高槻「死ねえええいっ!」
高槻、ナイフを滅茶苦茶に振り回す。危ない事この上ない。
しかし。
「…甘い」
僕は、刃の単調な軌道を見切ると、思い切り高槻に足を引っ掻けた。
高槻「ぐあっ…!」
高槻は派手に転ぶと、ナイフを落っことした。
高槻「あ!しまっ…」
「…甘いって言ってるだろう?」
高槻の伸ばした手を、踏んで止める。
高槻「がっ…」
「…」
僕は、いつもの自分らしくない残虐さを込めて、高槻の指を、ボキッと
踏み折った。
僕は…怒っていた。
高槻「ぎゃあああああああああ…」
「…おい」
パニックを起こしかけている高槻の頭をわしづかみにして、僕は耳元で
ボソッとささやいた。
「…巳間がどれ程悩んで、この道を選択したのか、分からないのか…」
高槻「ふっ…ふざけんじゃ…」

「…」

高槻が口を開くより早く、僕は、高槻の脳の中に、ありったけの念を
叩き込んだ。

高槻は、体を大きく震わせたかと思うと…そのまま、地に崩れ去った。

***

巳間「天沢先生っ!由依はっ!?」
巳間が、息を切らしながら女子トイレに入ってきた。
「唇を切っているが、無事だ!」
巳間「…高槻はっ!?」
「そこに延びてるよ」
彼は、高槻の姿を見ると、うっ、と顔をしかめた。
巳間「先生…まさかこいつ、殺したんじゃ…」
高槻は、鼻血を流しながら、瞳孔を全開にして倒れていた。端から
見れば、僕がこいつを殺した後のようにしか見えないだろう。
「別に殺しちゃいませんよ」
巳間「じゃあ…」
「こいつの、今までの人生経験のほぼ全ての記憶と、それにあと性欲と
攻撃衝動を司る部位を、全部消去しました。再び十数年経つまで、
こいつはもう一度人生をやり直しです」
巳間「…そんな事まで出来るんですか?」
巳間は、すっかり呆けたような顔で、そう訊いた。
「血筋でね。ただ、娘にまで、こんな事はさせたくないですがね。
そんな事より、彼女を介抱して」
巳間「…あ、はい!おい、由依!しっかりしろ…」
名倉「来ないでっ!」
え、と言って、巳間は凍り付いた。
名倉「せっかく…折角信じてたのに…良祐さんだけは信じようと
思ってたのに…っ!」
巳間「おい、由依…?どうした!何だってっ!」
巳間は、動転したような顔になった。
が、僕には見えていた。彼の瞳が、動転を通り越して、絶望色に
染まっているのを。

彼は、悟ったのだ。高槻が彼女に、何を語ったのかを。

巳間「由依っ!落ち着けっ!しっかりしろっ!」
巳間は、暴れる彼女を抱きしめた。が、抱きしめれば抱きしめるほど、
彼女の抵抗は大きくなった。
名倉「…離してっ!もう、良祐さんなんか信じないっ!男なんか、誰も
信じないっ!もう、誰も信じないんだからあああっ!」
名倉は泣いていた。世界全てが彼女を裏切ったような、そんな声色で、
絶望の悲鳴を上げていた。
巳間「…」
巳間は、僕の方を見つめ、言った。
巳間「先生…改めて…お願いします。もう…どうしようも…ない…」
彼の上下の瞼が歪んでいた。涙を流さずに、泣いている。
僕は…
「…分かりました。これで…いいんですね」

僕は、目を閉じると、この不幸な二人の頭に、そっと、手をかざした。

***

数日後。

未悠「ねえーっ!今日こそアルジー人形、買ってってばあーっ!」
「…未悠、まだ諦めてなかったのかい?」
僕は、例のハンバーガーショップで、深く深くため息をついていた。
「仕方ないなあ。大体、ウチのどこにそんなお金があるんだい?」
未悠「『といち』とか、『さらきん』とかで借りてくればいいじゃ
なーいっ!」
「…TVかい、そんな言葉教えたのは…」
僕ないい加減鬱陶しくなって、窓の外を眺めた。このままでは、
身がもたない。
(…ん?)
窓の外に、見慣れた人影があった。
未悠「あーっ!この前の、服汚しちゃったお兄さんだーっ!
どうしよーどうしよー!」
「…二人連れ、か」
巳間と名倉のカップルが、幸せそうな笑顔に包まれて、店内に
入ってきた。
巳間「…あ、天沢先生!この前はクリーニング代、どうも有難う
ございました」
新しい上着をまとって、巳間は僕らに深々と頭を下げた。
「いやいや、元はといえば、こいつが巳間さんの服にソース汚れなんか
つけるからいけなかったんですよ。で…今日は、彼女連れで?」
巳間「いやー、そうなんですよ、今日は彼女の誕生日で、今から軽ーく
昼御飯の後、あっちこっち出かけようかと思って」
名倉「良祐さん、この人、知り合いの方ですかあ?」
名倉が、明るい声で彼に問いかける。これが、恐らく彼女の本来の姿
なのだろう。
巳間「ほら、この前の、ソース汚れの…」
名倉「ああ、あの」
未悠「わーっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいーっ!」
未悠は平謝りに謝った。これで、意外と気にしていたのだろう。
巳間「もういいよ、未悠ちゃん。済んだ事だし」
未悠「え?いいんですか?」
巳間「いいっていいって」
「ははは、よかったな未悠、許してもらって」
未悠「わー…どうも、有難うございます!」
頭を深々と下げる未悠。
巳間「あ、天沢先生もどうです?昼食、ご一緒しません?」
「ああ、僕らはやめときます。二人でごゆっくり」
巳間「そうですか…じゃ」
二人は笑顔で、何を食べるか相談を始めた。
「…」
僕は少々感慨にふけり、二人を見つめた。
未悠「パパ」
「ん?」
未悠「あの人達、パパに幸せにしてもらった人達だよね」
「…なぜ、そう思う?」
未悠「だって、パパ、嬉しそうなんだもん」
僕はちょっぴり驚いた。そんな顔してたんだ、僕は。
「…ま、当たりだよ。例の如く…二人分、記憶と深層意識を
消しちゃったんだけどね。契約違反だ」
未悠「それで幸せになれたんだから、いいじゃない」
「…そう…だな」
物は言いようだと思う。
僕は再び、あの二人に視線を移した。

***

元の世界に執着がない訳じゃない。
故郷には帰りたいし、かつて愛した女とも会いたいとは思う。
だが、僕はもうしばらく、戻らない。
彼ら…自分の幻影に対して、僕は責任を負わなければならないのだ。

誰より、目の前にいる、この少女の幻影に対して。

「…未悠」
未悠「なあに?」
「また、海、行こうか」
未悠「…うんっ!」

呆れ返るくらいの退屈と、それに少しスパイスを入れてくれる娘と。
僕の幻影とは思えないほど、喜怒哀楽、快不快に満ちた人達と。
そして、僕自身にはもう縁遠いものだが…
彼ら自身の人生と、彼らの間に流れる絆という物語があって。

「じゃ、出ようか」
未悠「ごちそうさまでしたーっ!」

僕らは立ち上がり、表へ出た。
永遠に終わらない、夏の日差しを浴びて。

(終)

***

あとがき

少年「…ねえ犬、誕生日本ってさ、漢字で書くと、『たんじょう・
にっぽん』って読めない?」
犬「そう読めん事もないけどさ、何かの隠語みたいで、やだなあ」
巡回員「ところで、これ、ベースは何のパロだ?」
犬「むかーしに少年ジャ○プに掲載されていた、かずは○め先生の
『Mind *ssassin』。この漫画に関してだけは、綴りはS二つで
合っているはずだ」
巡回員「普通は『Asassin』、S一つか」
犬「僕としては、最新版の『明○帝』より、媚びてないこっちの方が
好きだった」
少年「それにしても、君もまた、『月』と『おね』の設定を無理矢理
くっつけちゃったんだね」
犬「まあね。ただ、『絆なき永遠』計画は、FARGOが偶然に実施
しただけで、神隠し現象は中崎町周辺に独立してあったと考えている」
少年「そりゃ、そうさ。二つのゲームには、直接的には何の関係もない
はずだ」
犬「声の主も、郁未に攻撃された瞬間、強引に『永遠の世界』に逃げて
しまって生き延びたかも知れない…という設定を考えていたのだが」
少年「そう言えば、僕はどうしてここにいるんだろう」
犬「それは…うぐ…弱ったな…ふはははは、さらばだ諸君!とうっ!」
変な台詞を吐きながら、逃げる犬。
二人「あ、こら、待てー!」

***

嘘予告

BGM「崎元仁/レイディ○ントシルバーガン/DEBLIS」

2152年。20世紀の地層から発掘された月のような物体、
人類を滅ぼす。生き残りの巡洋艦MONO(一)艦長「髭」以下
最新鋭戦闘機「RadiantSeasonOne」部隊は、
七種類の兵装を使い分け、人類の未来を賭けて月のような物体と
戦うのだ!

***

犬「もちろん、ラスボスはウルトラマン○ィガ…じゃなかった、
シィ○さんだ。あの荘厳で圧倒的な攻撃を受けて、俺みたく
ゲームオーバーを繰り返してみよう!そして!月のような物体の
断末魔の攻撃を避けてみよう!俺はどうしてもあそこでゲーム
オーバーを繰り返してしまうけどね!ファッキン!」
少年「あちこちに犬が隠れているぞ!見つけていぶり出せば
ボーナス追加だ!サ○ーン版では28匹が最高らしいよ!」
巡回員「…お前ら、どうしてそういうウソにこだわるんだ…」

***

巡回員「ま、とりあえず犬、ハッピーバースデー!」
少年「テスト前に原稿仕上げて、バンザーイ!」
犬「テスト、一生懸命やったけど、それでも沢山穴があってがっかりさんです!どうか
せめて及第点は取れてますよーに!」
…もっと皆、心を一つに。
三人「それじゃ、さよーならー!」