A棟巡回員の怠惰なる日常・10(上)  投稿者:犬二号


まえがき

長きに渡る<怠惰>シリーズ、ついに今回で完結です。

最終回は、やっぱり三十分の番組が一時間スペシャルに変わるくらいの質量を持って
いるので、一発で書ききれませんでした。そのため「上中下」の三つに分けました。

では、<怠惰>最終話、どうぞお楽しみ下さい。

***

あらすじ

これは、「月」の二次創作小説です。
舞台は、超能力研究機関にして偽装宗教団体「ファーゴ」。
そこはかつて、洗脳・監禁・強姦・殺人が日常的に行われる非人道的な世界だった。
主人公は自らのうかつさゆえにファーゴに入信させられてしまい、幸か不幸か閑職の
A棟巡回班に編入させられてしまう。
女性二人だけの信者、超能力の源たる「悪魔」と呼ばれる少年、好色だが人のいい
仲間達のいる、異常ながらそれなりに安定しているA棟の日常。
そして、強姦を修行過程として組み込んでいる非人道的なBC棟の教団員達との対立。
ファーゴの持つ圧倒的な組織力と非人道性を前に、生きる目的や気力を失い、怠惰な
日常に溺れていく主人公。

しかし、運命は巡り回っていく。
他棟との対立や少年との会話によって、生きる目的、幸せで実り豊かで自由な日常を
手にする事に目覚め、その方向に動き出す主人公。
運命の奔流に乗って、ファーゴ教主の死と共に反乱を起こし、ファーゴ各総責任者の
捕獲と、信者全員の救出に成功する主人公達。

そして、時は動き出した。

***

A棟巡回員の怠惰なる日常・10(上)

法人宗団ファーゴが、その活動を停止したのは、反乱の日の夜九時頃だった。
残存勢力と警察機動隊の全面戦争は熾烈を極めたが、最終的には俺達反乱分子が敵の
各総責任者を初期の段階で捕獲してあったのが効を奏し、C棟巡回班が全滅したその
瞬間を以て、残存勢力が全面無条件降伏を宣言、戦いは終結した。

俺達への尋問は徹夜で行われた。徳に、BC棟での修行内容についてと、銃の所持に
ついては、何度もしつこく繰り返し訊かれた。俺はわざわざ図解までして説明して
やったのだが、不可視の力に関しては、やっぱり警察の理解の外にあったようだ。
「ファーゴの書類、全部掻き集めりゃ、俺の言った事のさらに詳しい事が分かり
  ますよ。え?俺も洗脳されてるって?冗談じゃありませんよ。俺は見たまんまを
  言ってるだけです。だから…本当ですってば」
しかし、どうやら書類やらデータやらは、降伏時に全て灰になっていたらしい。
痛ましい事に、悪魔の生き残りらしき銀髪金眼の奴等は全員、ほぼ同時に心臓マヒを
起こして死んでいたらしい。恐らく、消去された例のガキと同じく、『足枷』に
生命力を根こそぎ削り取られていったのだろう。
機密保持のために、ありとあらゆる類の『証拠』が消去されたのだ。

俺は、結果的に、銃刀法などに抵触したかどで懲役一年を科された。
莫大な罰金も払わざるを得なかったが、やむを得なかった。
(これで、決着がつく)
それくらいなら、一年の監禁と労働、そして銀行からの借金などどうという事は
なかった。死刑とか、無期懲役でないだけ、まだはるかにましだと思った。

ファーゴの事後処理は予想以上に難航していたらしい。事件の核心となるような証拠は
何一つ残っていない、しかし残っている比較的些末な証拠だけで既に刑事裁判が三桁は
起こせる、そしてその大半が公にすると原告と被告両者の人権を蹂躙しかねない類の
内容である。そして何より、これは「またしても」(そう、例のあの有名な事件から
二年たった後の話なのだ)宗教関連である。そうそう手早く決着がつく訳がない。
俺はまだその意味じゃ早かった方だ。
元上層部の裁判が終わる日は、まだはるか、遠い。


刑期の間、刑務所の中で、俺は色々な事を思い出していた。

A棟の仲間達。
あのうち多くは、俺と同じく、懲役と罰金をそれぞれ科されたという。
多分、さっさと刑期を終えたいという気持ちと、どの面下げてシャバに戻れるんだと
いう気持ちのせめぎ合いの中で苦しんでいるはずだ。何より、俺がそうなんだから。

クラスA信者。
Aー9は、もうシャバに戻っているはずだ。
あの娘は、外と関わりを持ちたがらないが、それでも世間の奴等とは比較にならない
ほどの気高い人格者でもある。多分、外でもそれなりにしっかり生きていけるだろう。
Aー12は、あれきり姿を見せていない。死体は見つかってないが、生きているとも
断言し難い所だ。生きているのか、死んでいるのか。個人的には、やはり生きていて
欲しい。
あのガキが、唯一愛した娘だ。

悪魔のガキ。
あいつは人間に利用され、人間を深く恨んでいた。
しかし、最後には人間の小娘であるAー12を愛し、その愛に殉じた。
あのガキが人間に抱いていた憎悪と軽蔑には、人間である俺には到底馴染めないものが
あったが、決してあいつ自身は嫌いじゃなかった。
女を何人も地獄に送ってきた悪魔だ。こいつ自身も地獄行きは免れ得まい。それでも、
あいつには六道を巡り回って、いつかこの悪意に満ちた世界を脱しうる、何か悟りの
ようなものへ達して欲しい。
そう、強く思う。

高槻。
こいつが裁判まで生きてなかったのは残念だ。
こいつこそは、ガキの手でなく、司直の手で死刑にされて欲しかった。
俺はこいつだけは一生認める事が出来ないだろう。それが、何となく分かった。

巳間。
こいつは悲劇的な運命に弄ばれ、多くの女を地獄に送ってきた。
俺も、B棟に配属されていれば、遠からずこいつのようになっていただろう。
そのせいもあるのだろうが、俺はこいつも許せない。
こいつの状況と、背負っているものの大切さは分かるが、それでもやはり許せない。
ガキが評して「馬鹿だ」と言っていたが、確かにその通りだ。
いい奴だった事には違いないが、運命の方を逆に弄んでやるだけの強さに欠けていた。
こいつも、ガキと同じく、地獄で何かを悟って欲しい。二度と地獄に関わらないで済む
ような、何かを。

そして…俺。
ファーゴの奴等は、全員「馬鹿」でひとくくりに出来るかも知れない。
馬鹿が馬鹿のまま許されてきた結果馬鹿を見た、それが今までの俺だったらしい。
前よりは大分マシになっている俺がいる。
それでも、未だ馬鹿である事から脱しきれていない俺がいる。

一生、この命題からは離れられないだろうなという、予感。

幸せを手に入れるためには、何をすべきか見えてなければならない。
そして、その目標に向かって歩き出さねばならない。
そのためには、賢く、強く、そして徹底的にしぶとくあらねばならない。
無目的で、無気力で、馬鹿で、弱く、脆いようでは幸福もクソもないのだ。
何しろ、この世界、馬鹿だといずれ馬鹿を見るように出来ている。
無目的だといつか踏み外す、無気力だと腐る、弱いと搾取される、そして脆いと死ぬ。
思えば、ファーゴで嫌という味わった怠惰とは、そういうダメダメな状況の中で悶々と
しながら生きるという事だ。
そこそこ安定してはいたが、幸福ではない。
そんなの、もう、心の底から、飽きた。

俺が一瞬だけ満喫できたシャバで、何かのヤング漫画雑誌で読んだとある漫画の事を
思い出す。あれに出てきたギャンブルの主催者の偉そうなオヤジの言葉が、そして
主人公の、詐欺のカモにされた借金野郎の足掻く様が、なぜか暇な時に頭の中に
浮かんだ。

(運命は…掴む…この手でっ…!)

そこまで悟ったのが、出所前夜だった。

(続く)

***

続編!