A棟巡回員の怠惰なる日常・9  投稿者:犬二号


まえがき

訳あって、実家から投稿。
途中で、久しぶりにデータを飛ばす。
ひとしきり、空に向かって、吠える。

(野太い声で)
うおんどりゃー!
またかーい!
こんちきしょーっ!
(以上負け犬の遠吠えモード終わり)

今度こそ、マイクロソフト・ワード文章をちゃんと使う事にした。

***

気を取り直してあらすじ

超能力研究団体にして偽装宗教団体「ファーゴ」。
しかし、そこは監禁、強姦、殺人がまかり通る悪夢のような世界。
比較的平和なA棟で、刹那的に怠惰な日常を繰り返していた主人公だったが、
反目しあうセクトとの口論や、それなりにちゃんと真面目に生きているA棟の
仲間の姿を見る事により、かつてない程の自己嫌悪に襲われる。
<一体、俺に何が出来る?>
<俺は…本当に、再び日の目を見る事が出来るのか?>
「月」二次創作小説、第一案<怠惰>、第九章、スタート。

***

A棟巡回員の怠惰なる日常・9

俺は今まで、ファーゴが漠然と嫌だった。

では、今は?

今は、耐え難いほどの嫌悪感が体の中を支配している。

今まで、俺はあえてファーゴにおける色々な事に目をつぶってきた。
全て、自分と、自分自身の命を守るためだった。
俺には、ファーゴに対し、ノーと言えるだけの気力に欠けていた。
無気力だったから無力だった。
そして、無力だったからこそ…余計な事に耳を塞いだんだ。

今はどうだ?
無気力で無力な事には変わりない。
しかし…無知ではもう、なくなった。
だから、きっとこんなに苦しいんだ。
怠惰な日常は、もう、送れない。

高槻の屑に罵られたあの日から、俺は漫然とそういう事を意識していた。


あれから、本当に色んな事があった。


C棟で起きてたはずのロスト体騒ぎが、なぜがB棟で決着が付いた事。
問題のロスト体が、B棟精練の間で血の海に沈んでいた事。


それと前後して、B棟で脱走騒ぎがあった事。
脱走した信者が、女子校生だった事。
そして、ロスト体の妹だった事。
その話を俺にした巳間の奴が、やけに荒れていた事。
「結局…俺はあの娘に何もしてやれなかったか」

そして、奴が俺に訊いた事。
「例の悪魔のガキ…何考えて女を抱いてるんだろうな」

悪魔が人間の女と交わる事で、超能力の移植が可能な事。
その目的のために、巳間が手を汚し続けている事。
あのガキを、憎んでいる事。

「本人に直接訊きゃいいじゃねえか」
俺のその答は、しかし結局は何の役にも立たなかった事。

なぜなら、その後巳間は訳あって高槻に消去されたからだ。


巳間の実家の妹。
巳間の最大の急所にして、高槻の、巳間を利用するための最大のカード。
高槻に妹を拉致されて陵辱される事。
それに比べれば、自分が手を汚す事くらいは耐え抜く事が出来たという事。
しかし、その巳間と高槻、両方の想像を超える事態が発生した事。

妹が、兄に会いに、ファーゴにやってきた事。

妹さんは、既にC棟でズタズタに蹂躪し尽くされていた後だったという事。
しかし、それでも妹さんは、兄への一途な思いで、ボロボロになりながら、
やっとの思いでB棟の兄の元へたどり着いた事。
そしてそれが、さらなる悲劇の始まりだった事。

教団員の規則。
肉親同士の邂逅を厳重に禁じている事。
その違反に対する刑罰は、両者の消去である事。
ゆえに、巳間が妹に対して、自分が兄であると認める事が出来なかった事。
高槻に、妹を嬲られるのを、黙って見ているしかなかった事。

そして、この話を俺にした悪魔のガキが、無残にもこの兄妹を、「馬鹿」の
一言で片付けた事。
「妹の方はまあいい。でも、兄の方はもうどうしようもなく愚劣さ。だって、
妹や他の女を不幸にしといて、その幸せにはちっとも貢献しなかったんだ。
いくら何でもそりゃないよ。それで自分も不幸なんだ。馬鹿だよ」

その後、俺とガキと、ひとしきり怒鳴り合いの大喧嘩になった事。


巳間は、妹にだけはこんな世界に関わって欲しくないと思っていた事。
しかし、ほとんど最悪に近い形での再会の後、奴の考え方に変化が
あった事。
二度と会えなくていいから、妹をこれ以上こんな所にいさせたくない事。

巳間がカードキーを誰かに託した事。
当然、重大なる反逆行為であった事。
高槻は上司として、巳間に壮絶なリンチをかけた事。
もうさっさと死ねばいいと思っていただろう巳間にとって、正に舌を噛み
千切らんばかりの事態が発生した事。

妹さんが、そんな状況下で兄に会いに来た事。

後に、高槻の気分を決定的に害するような何かを巳間が叫んだ事。
そして、巳間が消去された事。
妹さんが、兄の屍の前で、高槻の外道に陵辱された事。

そして、妹さんが絶望そのものと魂を同化させた事。
精神強度が移植レベルに達した事。
そして、それが彼女の限界だった事。
上層部が、彼女への移植を決定した事。
使い捨てのコントロール体として生まれ変わった事。
そして、上層部の直接支配下に置かれた事。


そして、A棟の事。

まず、ガキがA−12に対する移植を終わらせた事。

そして、A−9が実験のためA棟を去った事。
彼女と別れの挨拶を交わした事。
「行ってしまうのか…」
「…」
彼女の表情が硬かった事。
「…フン。まあいい」
そう言って立ち去ろうとしたが、何か心残りがあった事。
何か、もっと別の事を言っておかねばならないのに、いつものぶっきらぼうな
言葉が出てしまった事。
そんなんじゃだめだと、心の奥で声がした事。
「…それと…」
俺の中で、少し逡巡があった事。
「…くれぐれも、自分を大事にしろよ」
「え?」
A−9の驚いたような声が聞こえた事。
無視して、極力平静を装ってその場を立ち去った事。

言った事を猛烈に後悔した事。
そして、ほんの少し、ほんの少しだけ、心が寂しくなった事。


ある日、A−12がふらふら歩いていた事。
意識がなかった事。
そして、瞳が金色に輝いていた事。

俺は、慌ててガキを探し回った。
奴は、なぜか角材と日曜大工道具を持って、奴と彼女、二人の個室に入ろうと
していた。
俺は、そんな呑気そうなあいつに、A−12のロストを告げた。
奴は、ここに来て初めて、絶望的な表情をその呑気だった顔に浮かべた。
「覚悟は…していたはずだったんだけどな…」
奴の反乱計画が頓挫した事。
また、一からやり直しである事。
これで、A棟が、当分の間封鎖になる事。
何より、あいつの初恋の相手が、これで確実に死ぬという事。
殺されるか、狂死するかという事。

奴は、黙って部屋の中に入ると、内鍵をかけた。
選択の拒絶だ。
奴らしくない。そんなにあの小娘に入れ込んでいるのか。

結局、俺は上層部にこの事を告げた。
ロスト体に、何かのとばっちりで殺されかねない事。
そして、やっぱり俺は自分の命が一番可愛かった事。

告発の後で、何とも言えない嫌な気分が胸の中に広がっていった事。

そして、その数分後、巳間の妹がやってきた事。


作戦概容。

作戦1。
対ロスト体消去・対反乱軍掃討用戦闘兵器としての彼女の運用実験。
彼女がA−12を消去するのを確認するのが、俺達A棟巡回班の任務だ。
作戦2。
作戦1が失敗した時に、どのような場合であれ、二人を完全に消去する。
その任務も、俺達A棟巡回班が請け負う。

だから、最初からアラームが鳴ったままでの「実験」だった。

俺達は耐えた。
待った。
そして、気付いた。
あのガキが、まだA棟に残っている事を。

俺達は、食堂から出動した。命令など待っていられるものか。

そして、俺達は見た。
あの二人が、正に戦わんとしていた所を。
あのガキが、念力を込めた鉄拳で、両者を昏倒させた所を。
そして、念力を使った後で、あのガキが自らの首を掴んで、泡を吹いて唸り
出した所を。

足枷。
悪魔が超能力を使うと課される、システム不明の拷問器具。
致死量の苦痛を与える、悪魔にのみ有効な拘束具。

「ガキ!邪魔だ、どけ!」
しかし、それでもガキはどかなかった事。
「君らこそ邪魔だ…どいてろ…戦いは…まだ真っ最中なんだ…死にたく
なかったら…いいか、君ら、戦いに巻き込まれて死ぬのは嫌なんだろう…
だったら…どけ!」
ガキの鬼気迫る雰囲気に、俺達が一瞬戸惑った事。
「下がれっ!」
ガキの、ほとんど命令とも言える忠告。
数人は下がり、数人はそのままとどまっていた事。
そして、次の瞬間、残ってた奴は背中だけ残して「消滅」していた事。
「なっ…」
妹さんが、ふらりと立ち上がった事。
そして、周囲に念力を無制限に放射した事。
俺達は伏せた事。
しかし、来るべき爆風が、A−12の手前でとどまっていた事。
ガキが、爆風を結界で水際で止めていた事。
絶筆に尽くし難い激痛が、奴の生命力を確実に削っていた事。
腕や肩が、ミシッ、ビキッと嫌な音を立てていた事。

俺が、A−12を保護した事。
「今だけ、こいつの身柄を保証する!だから、気兼ねせずに攻撃に回れ!」
ガキが、正に悪魔のような形相でこちらを見て、ニタリ、と笑った事。
「…感謝するよ」
突然、風船が破裂するような音がした事。
妹さんが、瞳は金色のまま、全身を痙攣させていた事。
ガキが、さっきの顔を今度は彼女の方に向け、嘲笑うように言った事。
「愚かな…力の使い方すら知らないのか…フン、所詮は使い捨てめが…
本当の不可視の力というものを…身を以って知るがいいっ!」

俺達の身に、戦慄が走った事。
奴の周りの空間そのものが、殺意を介さないまま、俺達の魂を直に冥府へ
導こうとしていた事。
魂が、摂氏36度から絶対零度へ急激に冷却していく様を感じた事。

気がつくと、俺達が全員全速力で食堂に向かって猛然と走り出していた事。

馬鹿な…
俺達は、「あんなもの」の力を借りようとしていたのか?
あれは悪魔じゃない。
死神だ。
神話の中から抜け出してきた、肉体を持つ死神だ。
「あんなもの」と俺は会話していたのか。
「あんなもの」と俺は喧嘩していたのか。
そして、俺の背中で気絶しているこの小娘は、「あんなもの」を愛したのか。
今考えるに、ゾッとする。

断末魔の声が立て続けに起こった後で、ガキがゆらりと食堂に入ってきた事。
A−12の身柄の引き渡しを要求してきた事。
手出しが出来なかった事。
いいなりになった事。

上層部の命令を無視したという理由で、俺達が謹慎処分を受けた事。
最後の仕事は、A−12の監禁だった事。

これで、あのガキの計画は頓挫したという事。

高槻が、なぜかA−12に会いに来た事。
顔見知りだったらしいという事。

そして、ガキが予想外の行動に出た事。
足枷を破る事で、命が縮んでいるにも関わらず、再び超能力を使った事。
高槻と、その護衛である信者との戦闘。
両腕を失った事。
しかし、信者を昏倒させ、高槻を世にも無残な殺し方で消去した事。
高槻、血の霧と化した事。

そのまま、A−12を脱走させた事。
代わりに、激痛でとうとう気絶したガキが捕まった事。

A−12が、何かを探してうろついていた事。
A棟ミンメス実験室担当研究員の先輩がA−12と出会ったらしいが、
先輩は彼女を見逃した事。
「さっさと、お前に殺されろって言ったのさ」
「…殺せませんよ」
「お前、死ぬくらいなら殺せ、ってタイプじゃなかったか?」
「…もう、疲れましたよ」

そして、結局ガキが消去された事。

俺達、A棟教団員の全面的な謹慎が実行された事。


そして、反乱計画は、結局はA−12がちゃんと受け継いでいたという事。

教主との戦闘。

教主の死。


そして、それを聞いた俺達の行動。

「な、何をするっ!」
「あんたはA棟総責任者だ。教主が死んだ今、どうするべきだと思う?」
「それは…私が次の教主にでも…」
「…決まりだな。あんたは教主にはなれねえ。これからの裁判の
 被告になってもらおう」
「なっ!?」
「おい!皆!こいつを四つに畳んじまえ!」
「おう!」

俺達の反乱。


百戦錬磨のC棟巡回班は、教主を殺した下手人の消去のために出払っていた。
場数を踏んではいるが、賢くはない。
C棟総責任者が、俺達に捕獲される可能性とか考えなかったのだろうか。

その外、めぼしい責任者を全て捕獲すると、俺達はトラック班を脅迫し、
扉を開いた。


途中で、行方不明だったA−9に出会った。
「おい、久しぶりだな、A−9」
「…お久しぶりです」
「言っておくが、俺達は反乱を起こした。責任者は全員捕まえた。お前は、
反乱に組するか、それともまだ向こうにつくか?」
「…そうですか…分かりました」
A−9は、今まで見せた事のないような笑顔で、俺に微笑みかけた。
「私も、ファーゴを出ようと思っていた所です」


久しぶりの空は、この世のものでない程青かった。
俺達は、警察への連絡を終わらせると、近くの広場へ信者を全員運んだ。

空から、警察のヘリが降りてきた。

「これで…シャバに帰れる」
俺は、声に出して、そう呟いた。

(続く)

***

あとがき

次回完結。請うご期待。

巡回員「短い!」
犬「短いさ。本文書くのに、体力をどれほど使ったと思ってる」
巡回員「まあ、そりゃそうだろうが、他に何かこうないのかよ」
犬「んー、じゃあ、次々回予告」
巡回員「何で次回予告じゃないんだ?」
犬「次回は見てのお楽しみ」

***

次々回予告
「Our way is FAR to GO」
ファーゴ教主、「声の主」が主役のSSです。
請うご期待!

***

巡回員「だから、短いっつーの!」
犬「では、今日はこの辺で!」
巡回員「あ!この野郎!勝手にシメやがって!…えーい、もうヤケだ!
    ファーゴも滅んだ事だし!」
二人「では、さようならー!」

一方、少年。
少年「…おーい、僕はもう出てこないの?」
(答・出てきません)